救世主
グラシエラは、突如現れた凛々しい声の持ち主に目を向けた。
そこにいたのは、ワイルドな顔立ちの令息だった。
そして、グラシエラはその髪色と目の色に驚く。
(星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、アメジストのような紫の目……! アヴィス王家の特徴だわ……!)
王家の特徴を持つということは、以前の王家主催の夜会でグラシエラとアルヴァロに罰を与えようとした王太子ベルナルドと関係があるということだ。
グラシエラは少しだけその令息のことを警戒した。
「あれは……ブラガンサ筆頭公爵家のご長男、エンリケ様よ……!」
「ブラガンサ筆頭公爵家……! 現王家に万が一のことがあった時に王位継承権が与えられる第二の王家と言われているあの……!」
「ブラガンサ筆頭公爵家のご当主様は、国王陛下の従弟なのよね!」
「そういえば、エンリケ殿は最近まで他国を巡っていたようだが」
「ご帰国なされたのね……!」
突如現れた令息――エンリケを見た夜会参加者は、ざわざわとした様子である。
(ブラガンサ筆頭公爵家……!)
グラシエラはヘーゼルの目を大きく見開いた。
グラシエラを庇うように立っているアルヴァロの背中も、少し硬くなったような気がした。
後ろ姿で表情は見えないが、恐らくアルヴァロもエンリケの登場に驚いているのだろうとグラシエラは予想する。
(確かに、ブラガンサ筆頭公爵家の当主は国王陛下と従兄弟同士……。あのお方の髪色と目の色にも納得だわ)
グラシエラは改めてエンリケに目を向けた。
星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪に、アメジストのような紫の目。王族の血が流れている証拠である。
「改めて問おう。君達は何をしている? 俺は今来たばかりだから何が起こったのかは知らないが、そこの二人はブローチを盗んでいないと言っている。どうしてきちんと調べない?」
エンリケの凛々しい声が、再び会場に響き渡る。
「まるで最初から二人を犯人に仕立て上げようとしているみたいだ。いつからこの国はそんなやり方を許容するようになったのか。嘆かわしい」
顔に手を当て、呆れたように盛大なため息をつくエンリケである。
「とにかく、きちんと調べることもせずこの二人を犯人扱いすることはこの俺が許さない。もし文句があるならブラガンサ公爵家に抗議文を送ると良い。さあ、今からこの件を全てきちんと調べろ」
威厳があり、有無を言わさぬ口調のエンリケ。
周囲はエンリケの言葉に従うしかなかった。
夜会主催者の娘のブローチ盗難事件は、結局のところやはりグラシエラとアルヴァロを陥れる為に仕組まれたことであった。
ブローチを盗まれたと騒いだ令嬢本人も共犯者であったのだ。
こうして、グラシエラとアルヴァロは令嬢のブローチを盗んでいないことが証明された。
そして、この件の関係者はグラシエラとアルヴァロに賠償を行うことをエンリケ立会の元で約束されたのである。
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「改めて、この度はありがとうございました」
「貴殿のお陰で、僕達は助かりました」
落ち着いた頃、グラシエラとアルヴァロはエンリケにお礼を言った。
窓の外の空は、雲が薄れて少しだけ星が見えていた。
「礼には及ばないさ。改めて、俺はエンリケ・フィリペ・デ・ブラガンサ。ブラガンサ公爵家長男だ。よろしく頼む」
エンリケは白い歯を出してニッと笑う。
公爵令息らしい品はあるが、顔立ちや表情からはどことなくワイルドな印象である。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。マリャル侯爵家長男、アルヴァロ・ヴィタール・デ・マリャルです。彼女は僕の婚約者、グラシエラ嬢です」
自己紹介をするアルヴァロからそう言われ、グラシエラの心臓が跳ねる。
(どうしてドキドキするのよ? 私達は、偽の婚約者なのに)
グラシエラは少しだけアルヴァロから目をそらした。そして、アルヴァロに続いてグラシエラもエンリケに自己紹介をする。
「メゼネス伯爵家次女、グラシエラ・キアラ・デ・メゼネスと申します。自己紹介が遅れまして失礼しました」
「マリャル侯爵家とメゼネス伯爵家……やはり君達は五年前の『王宮殺人事件』関係者の親族か」
エンリケはグラシエラとアルヴァロを交互に見る。
そのアメジストの目は、何かを吟味するようであった。
「そんな二人が婚約者とは、実に興味深い」
エンリケは愉快そうな表情である。
(このエンリケ様というお方……今まで社交界で話した方とは違うわ。嫌な感じが全然しない……)
グラシエラは、エンリケの様子を見てヘーゼルの目を丸くした。
今まで社交界でグラシエラとアルヴァロは、悪意ある視線に晒されて来た。
しかし、目の前にいるエンリケからは一切の悪意を感じない。
今まで出会った者達とは違ったのである。
それが正直意外だったのだ。
(でも、完全に味方だと言えるかは分からないわ)
グラシエラはまだ少しだけエンリケを警戒していた。
「五年前の『王宮殺人事件』について、俺も色々と知りたいんだが……」
エンリケはそこで口をつぐみ、チラリと周囲を見渡す。
(……エンリケ様、どうしたのかしら?)
不思議に思ったグラシエラもエンリケと同様に、周囲に視線を向けた。
悪意ある視線や、エンリケと一緒にいることで怪訝そうな表情がグラシエラ達に向けられている。
壁際にいるとはいえど、グラシエラ達は相当目立っていたのだ。
「ここでは目立つな。君達二人、今から時間はあるだろうか?」
「……ええ」
アルヴァロはエンリケの問いに頷いた。
そのサファイアの目は、エンリケをやや探るようであった。
アルヴァロもグラシエラと同じで、エンリケをやや警戒しているようだ。
「じゃあ今からブラガンサ公爵家の王都の屋敷に来てもらおう」
エンリケは再び白い歯を見せてニッと笑った。
こうして、グラシエラとアルヴァロは夜会を抜けてブラガンサ公爵家の王都の屋敷へ向かうことになった。
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「さあ、二人共、掛けてくれ」
エンリケに促され、グラシエラとアルヴァロはソファに座る。
エンリケに連れられ、グラシエラとアルヴァロはブラガンサ公爵家の王都の屋敷の客間に通された。
客間のソファは柔らかく、座り心地がとても良かった。
グラシエラが今まで座ったソファの中で、一番の座り心地である。
天井の豪華なシャンデリアが部屋を照らしているが、その灯りは明る過ぎず暗過ぎず、丁度良いくらいだ。
客間にある調度品は、グラシエラが見たことないようなものばかり。高価な品や、恐らく他国のものであろう珍しい品が揃えられている。
そんな空間なので、いくら座り心地の良いソファに座っても、緊張感は抜けないグラシエラだ。
「五年前の『王宮殺人事件』について知りたいと仰っていましたが、エンリケ殿は事件についてどのくらいご存じですか?」
アルヴァロは落ち着いた様子でエンリケを見据えていた。
サファイアの目は、やはりまだエンリケを探るような感じである。
「五年前の事件当時、俺はアルヴァロ殿と同じでまだ十三歳。社交界デビューはしていなかった」
エンリケは語り始めた。
「だが、やはり不可解な部分はあった。王宮の白い部屋が血の海になる程の事件。それなのに、調べたところによると、マファルダ嬢は全く返り血を浴びていない。となると、マファルダ嬢が犯人ではないのではないかと思った。というか、どう考えてもマファルダ嬢が犯人であることはあり得ない」
エンリケは腕を組み、視線を右上に向けて思い出すような素振りである。
(マファルダお姉様の無実を信じてくださる方が、まだいらしたのね……!)
エンリケの言葉に、グラシエラは胸の中から込み上げるものがあった。
希望を見出したような表情で、グラシエラはエンリケを見ていた。
「事件当時は俺も社交界デビューはしていなかったから、周いにそれを訴えてもあまり聞き入れてもらえなかった。だから、社交界デビュー後に色々と事件のことを調べたり、不可解な点を周いに伝えたりしたのだが……」
エンリケはそこで眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「五年前の『王宮殺人事件』について探ろうとしたら、決まって何者かの邪魔が入るんだ」
「何者か、とは、具体的に誰か分かりますか?」
アルヴァロはそう聞くが、エンリケは首を横に振る。
「分からない。その正体も探ろうとしたが、決まって逃げられる。おまけに、二年前父上に見聞を広める為他国を回るように言われて、そこからは事件にあまり触れられなかった」
エンリケは肩をすくめ、ため息をついた。
「そうでしたか……」
アルヴァロは何かを考えるような素振りである。
「アルヴァロ殿とグラシエラ嬢。事件で殺されたペドロ殿の弟と、不幸にも犯人扱いされてしまったマファルダ嬢の妹。君達も、もしかして『王宮殺人事件』の真相を追っているのだろうか?」
そう聞かれ、グラシエラとアルヴァロは同時に首を縦に振る。
「はい、その通りです。あの日何があったのか、知りたくて」
「エンリケ様のおっしゃる通りでございます。私はマファルダお姉様の無実を証明したいと思っております」
「なるほど……」
エンリケは再び考える素振りをし、グラシエラとアルヴァロの方へ身を乗り出す。
「それなら、俺も協力しよう」
エンリケはグラシエラとアルヴァロに手を差し出した。
グラシエラとアルヴァロは、エンリケの手を取り握手を交わす。
グロートロップ王国の第二の王家と言われているブラガンサ筆頭公爵家の長男、エンリケの協力はとても心強いものであった。
窓の外は雲が晴れ、星々がちらほらと輝いていた。
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