54 増えた住人
ルシオの異空間には今、大地溝から避難してきたトカゲたちがいる。
水の精霊がいた洞窟が崩壊し始め、慌ててルシオの異空間へ避難させた。
精霊が消えたせいで洞窟を支えていた結界が崩れ、ルシオに施されていた魔法も解けた。
テセロに対する彼らの行いには、許せないものがあったが見捨てるわけにもいかない。
”トカゲ”と面と向かって言えないので、彼らを水の民と呼ぶことにする。
水の民は疲れ切って、ルシオの住んでいる島でうずくまっていた。
一晩寝ただけでは疲れが取れないようだ。
住処が崩壊し、信じて守ってきた存在が消えた。
自らの存在意義があやふやになり、行く当てがなくなった空虚と喪失感は、いかばかりだろう。
屋敷には三百人を超える人を受け入れられない。
そのため、めいめいが寝場所を見つけ昨日は野宿してもらった。
森で休む者、海辺の木陰へ行く者それぞれだ。
「住む場所を確保しないと、このままでは可哀想だな」
食べ物は、獣人達がふんだんに運んできてくれるので困らないが、住む家が無ければ落ち着かないだろう。
目の前には、使われていない島々が浮かんでいる。
あの中で彼らが住みたいと思える場所があれば、そこに住んでもらう。
「気に入らないというなら、もうお手上げだけど……」
クリステルが仕事終わりに、シュバリスの神殿からきた。
ルシオから話を聞いて、目を剥いていたが、彼らの無気力な姿を見て、同情したようだ。
「住む家なら私が作ればいいだけだが、彼らが住みたいと感じる島は私には分からない。水の民を連れて見てもらった方がいい」
「確かにそうだね……少し気持ちを整理して、落ち着いてからにする」
水の民に話しかけるのは、暫く気を張らなければ普通にはできそうにないルシオだ。
次の日の午後、水の民の長老らが休んでいた森へルシオは赴く。
足取りは重い。
できれば暫くは、顔も見たくないし口も聞きたくないのだが、このままここにいて貰うのもいやなのだ。
テセロがいるこの島から、水の民を早く追い出したいルシオだった。
彼らを見る度に、あの日、台座に横たえられたテセロの姿が脳裏に浮かぶ。
すると、ルシオはあの時の”手も足も出ない”という焦燥感がぶり返す。
胸が締め付けられ、手が震える。
今まで、魔法でなんでも簡単に解決してきた自分の傲慢さも感じられて、思わず顔を背けたくなるのだ。
魔法は力だ。
その力は与えられたものにすぎない。決して自分のものではなかった。
その事実を、あの日まざまざと突きつけられた。
水の民の長老らは、さらに老け込んでいた。
歩くこともできそうにないほどだ。ぼんやりと宙を見つめ、焦点も定まっていない。
「皆が、これから住む島に案内したいのだが……長老は無理なようだな。誰か僕と一緒に島を廻ってくれないだろうか」
水の民の一人がゆっくりと立ち上がった。
「われが行こう。御じじ様はもう心を閉ざしておる。水の民を住まわしてくれて、礼を言う」
ルシオが目をやると、その者は目を反らさずに真っ直ぐこちらを見ている。
「君、名前は?」
「名前は……ない」
水の民は名をつける習慣がないのだろうか。
だが、このままでは不便極まりない。ルシオは少し考え、彼に名を与えることにした。
「君をミナリスと呼んでもいいかい?」
「! は、ありがたい。名をもらえるとは……」
ミナリスは、水の民の中でも中堅に当る。長老は百歳を超える年齢で、ミナリスは五十代のようだ。彼らには名前もなく、年齢も数えない不思議な種族だ。
以前、エルフを愛でた精霊たちの愛は、水の民には降り注がなかった。
何とも嫌な、依怙贔屓で自分勝手な精霊だ。
ミナリスと二人、フライトモービルに乗って島々を回る。
その途中、ミナリスが静かに口を開いた。水の民に伝わる古い言い伝えだという。
「昔、精霊は四柱おった。
北に住む美しい妖精たちを愛で、桃源郷に住まわせていた。
あるとき、神は嫉妬し、彼らを滅ぼそうとなさった。
火の精霊と風の精霊は神に戦いを挑み、燃え尽きた。
土の精霊は砕かれ、地に埋められた。
水の精霊も同じく砕かれたが……ひとつの欠片だけが逃げ延びた」
その話を聞き、ルシオは
――テセロに宿ったのは土の精霊だったのか?
とぼんやり考えた。
島を廻るが、中々気に入る島はないようだ。
島の殆どは緑に溢れ小川が流れている。一つの島は火山があり、ここは地の民の住む島だ。
「きみたちが望む条件はなんだい?」
「水がふんだんにある洞窟……あまり光が降り注げば……我らは干からびてしまう」
――ずいぶん地底人たちと似ているな。元は同じ種族かも知れない……
【ルシオ、神に祈ってみればどうだ? また迷宮島のように作ってもらえるのではないか】
ご先祖様はこう言ったが、とんでもない!
神が勝手に作れば大がかりになるし、問題が起きる予感しかしない。
「僕が何とかする」
そうは言ったが、何処をどうすればいいのか……。
ミナリスを送り届けた後、ルシオは再び一人で島々を巡った。
その中で、一番小さな島がふと目に留まった。
先ほどもここを見たが、降り立つことなく通り過ぎた島だった。
岩場から少し離れた平地に降り立ち、隈なく見て回る。
「すごく小さい島だけど……岩場が多い」
ここには獣人達も滅多に来ない。植生が疎らで、旨みがない島だからだろう。だが、獣が少なく危険は最小限だ。
島の中心に小さな洞窟があるのに気づいた。
洞窟に入ると、中は意外に広く、まるで誂えたように泉が湧き出している。
暗い洞窟の中では水は暗く沈んで見えた。
――以前からあったのだろうか?
不審には思ったが、これ以上の物件は見つからないだろう。
早速屋敷がある島へとって返し、ミナリスを連れてもう一度見てもらう。
「ここは素晴らしい場所だ。ここがいい!」
彼らは自分達で住居を整えるから、このまま移住したいと言ってきた。
「こんな処でいいの? まあ、気に入ったのなら……いいけど」
洞窟は広く涼しく、静けさに満ちていた。
順次彼らをフライトモービルで送り届けるのには手間がかかりすぎる。
ここに転位陣を敷き、一気に彼らを運び入れた。
彼ら水の民は新住居に落ち着いた。
ルシオは時々彼らの島を訪れ、生活の様子をつぶさに覗う。
彼らは、魔法が使えなくなっていた。
魔力はある。エルフや妖精たちと同じで、魔法を習うということがない彼ら。初めからいつの間にか使えるようになるのだそうだが……。
精霊が消え、魔法を発現する力が消えてしまったようだ。
ルシオが教え込めば、もしかすると魔法が使えるようになるかも知れないが、あえてルシオは教えない。
彼らが、また、理から外れた魔法を使うようになれば――
それは脅威以外の何物でもない。
彼らは、泳ぎが得意で、海へ出て魚を捕って食べているようだ。
それだけでなく、海から海藻も採ってくる。
岩場には、昆布に似た海藻が敷き詰められ、天日干しされていた。
「これ……出汁昆布か?」
思わず叫んでしまったルシオだ。
ルシオの異空間には米も採れる。陸稲だが確かに米だ。
そして今度は昆布か……。
――神様は僕の機嫌を取っている? まさかな……
【そうかな、本当に機嫌取りをしているかもしれんぞ。お前には世話になりっぱなしだからな。この神は】
「ええーーっ!!」




