53 掴まったルシオ
ルシオは不思議な牢屋に入れられていた。
回りは総て水で、その中の空気の玉の中に、今、一人拘束されている。
「ここの空気、いつまで持つかな……」
異空間を開こうとしても無理だった。魔法が封じられている。
――ご先祖様、いる?
【ああ、おるぞ。困ったな、ルシオ。これは儂にもどうにもできない不思議な空間だ】
テセロはどうなったのか。彼等の態度を見ていたから、まさか酷いことにはなっていないだろうが――
手足をもぎ取られたようなこの状況では、どうにもできない。
八方塞がりだった。
「待つしか手がないというのは、どうにも不安だ」
【そうじゃな。この空間の空気は一日くらいは持ちそうじゃゾ】
あまりありがたくない情報だった。
――一日しか持たない……空気の層から抜け出して水面まで泳いで上がれるのではないだろうか。
だが、ここから抜け出せないことにはどうにもならない。
ルシオは立ち上がり空気の壁を人差し指でそっと押してみた。
すると、そこから水がシューッと噴き出してきて、慌てて手で押さえる。
「不味い!」
【何をやっておるか、馬鹿もんが!】
空気の壁から手を放せば、たちまち溺れてしまう。
――いっそ破いてしまおうか。だが、ここはどれくらい深いか分からない。
どうしようかと迷いながら、ルシオは、馬鹿な行いを恥じ、そのままの格好で待ち続けた。
暫くすると、上の方から――おそらくここは深い水の底なのだろう――トカゲの獣人たちが泳いできてルシオの入っている空気の玉を押し上げていく。
「なんて不思議なんだ。空気の玉がずっと水底にあるのも、おかしなものだったが、彼等は水の中でも息ができるのか?」
★
ルシオが連れてこられた場所は、ホッとしたことに空気のある洞窟の中だった。
閉じ込められていた空気の玉は、境が見えないが、まだあるようだ。
指で軽く押して穴が開いていたはずなのに、今は強固で、押してもどうにもならない。
本当に不可解な魔法だ。
――クリステルにあげてしまった、魔法が切れるというヒヒイロガネの剣が今あれば、どうにかなったかも知れないな。後の祭りだけど……
【どうじゃろうな。この魔法は……理からはずれておるようじゃ。あの剣でも太刀打ちできんだろう】
ご先祖様の言葉を聞き背筋が凍る。
――理から外れている?
洞窟の奥から、二十人ほどの者達がゆっくり近づいてくる。
彼らは急ぐ様子はない。静かで、落ち着いた足取りだ。
もっと早く来て欲しい――テセロがどうなったか知りたい。
ルシオを取り囲みまた何やら魔法を放った。
ルシオには全く何も感じられない。
だが、彼等の動きから、何かを施しているのだと分かる。
ルシオの回りの空気の玉は、縮んだように見えた。
それでもまだ、ルシオの身体を包み込んでいるのが感じられる。
当然魔法は使えない。
彼らはルシオに合図し、洞窟の奥へ進むように促される。
「言葉は分かる。僕は精霊語が話せるんだ。ここはなんという国だ?」
周りを囲むトカゲ獣人に問いかけてみたが、彼らはうんともすんとも答えなかった。
どれほど歩いただろう。 上がったり下ったりを繰り返してせいで、ここは地上に近いのか深い地下なのかも判断が付かない。
やがて一つの扉の前に立たされた。
扉が静かに開く。
奥には祭壇のような造りの台座があり、その上には、拳大の白い石が置かれていた。
白い石――精霊石だろう。
だが、あの鋭い光は放たれていない。ただ、今にも消えそうな、微弱な鼓動が感じられるだけだった。
「テセロはどこにいる? 答えてくれ」
「其方は、精霊語を何処で知った?」
「エルフの里の者から習った」
「そうか、エルフは生きておるのか。やはりそうであったか……今この地溝にも現れていると報告を受けた。其方はエルフではない、其方は人の民……か?」
「え……と、人の民……です」
「そうか、少し長い話に付き合ってもらわねばならんな。そこに腰掛けよ」
ルシオと対峙しているトカゲ獣人は、年老いて見えた。
淡い水色の肌色がくすんで見える。髪は無い。手足はひょろ長い。
指には水かきのような膜が張っている。
彼の回りにいるトカゲたちも、よく見ると年老いているようだった。
そしてその奥には――総勢三百人ほどはいるだろうか。
あまりに静かに佇んでいたため、気が付かなかった。
「我らは、水の民。水の精霊に形作られた者たち。初めは神によって命が芽生え、この地に蔓延っていたタダの有象無象だった」
そういう風に語られた彼の長い話は重いものだった。
昔、この地には多くのトカゲ――いや水の民が住んでいた。
南は神から与えられた土地で、そこで彼らは漫然と暮らしていた。
獣との境は曖昧で、獣と変わりない生活だったという。
あるとき天変地異がおきた。
地は割れ水が押し寄せ風が吹き荒れた。
水の民は地に潜る者、山に逃げ込む者と別れていったが、殆どが死んだ。
その後、ここに逃れた水の民が、光る石を見つけて持ち帰った。
その石は水の精霊の欠片だった。
彼らはそれを大事に水の底に沈めた。
すると石は、彼らに語りかけてきた。
【我は、神によって滅せられん。我を神から隠し守れ。さすれば其方等に力を授けよう】
この水の精霊によって水の民は、魔法の力を授かった。
精霊の欠片は、神に見つからないように、自分の周りに理から外れた結界を張った。
彼らに授けた魔法も、神とは理が違うものだった。
精霊の欠片は自らの命を削り結界を張り続け、ここに籠もり続けてきたが、
それももう力尽きようとしている。
【神から離れて生きていける者はいない。例え精霊であろうともな】
――ご先祖様が言うとおりなんだろうけど、その割には、長生きだったな。一万年以上も生きたんだから。
★
「話は分かった。大変だったね。でも、それとテセロはどう言う繋がりがある?」
「精霊の石に力を注ぐため、この童を我らに与えて欲しい」
「断る。テセロの中の精霊も消えた……もう殆ど消えかかっている。彼は人の子だし、君達の望むことは何もしてあげられないと思う」
「……彼を石に吸わせれば……そうすれば何とかなると、精霊はおっしゃったのだ……」
「なんだって! 何と言うことを言うんだこの精霊は! 自分が生きながらえるために子どもを犠牲にしろというのか!」
そこにテセロが連れてこれれた。
彼はボンヤリしていて、これから何をされるか理解していないようだった。
石が置かれた台座にテセロが寝かされ、テセロの胸の上に白い精霊石が置かれる。
ルシオは拳を握りブルブルと震えていた。
だが、今の自分には魔法が使えない。
ここにいる者たちを押しのけることは出るだろうか――
「其方には逆らえぬであろう? 魔法を封じておるゆえ」
「なぜ、僕を殺さない? なぜ、態々こんな残酷な所業を見せつける!?」
「せめて父親には最期を見届けさせようと思うてな……」
魔法が使えない。だから拘束もされなかったということか。
ルシオは周りを見まわした。皆、虚弱だ。
――行けるかも知れない!
ルシオは走り出した。台座めがけて。
そしてテセロの側まで、あと一歩というところで、慌てたトカゲたちが道を塞ぐ。
足を踏ん張り、力を入れると身体強化が出来ることに、今更ながらルシオは気が付いた。
――そうか! 外向きの魔法はできないけど、内向きの魔力は使えたのか。全く気付くのが遅い!! でもまだ間に合う。
ルシオは高くジャンプし、トカゲたちを飛び越え、台座の側にドシンと降り立った。
そして、テセロの胸の上に置かれた石を、むんずと掴み、にぎり潰した。
白い石は粉々になり、精霊の息吹が、スーッと消えた。
その直後、洞窟全体に行き渡っていた結界が壊れる音が響く。
グワワーン――
もの悲しい、大きな鐘が余韻を残して鳴り響く。
その響きが、空気を震わせゆっくりと治まっていく。
そして――洞窟が崩れ始めた。
トカゲたちは顔を青ざめて――元々青かったが……更に青ざめて、
右往左往し始めた。




