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第八話 そこには彼/彼女がいた

 俺はきっと空を飛んでいたと思う。

 雲の上を歩いて、眩い何かを探しに行く。

 よく分からない。

 意識が朦朧としているような、もしくは浮かんでいるような感覚。

 何に会おうとしているのかも分からない。

 ただ何も分からない、大きな木の枝に向かって進んでいた。


 そして、そこにあるのは、大きな蛹。

 こちらに中身を、何も見せない蛹。



「おい髙木ー! いつまでねんねんころりしてんのー。生物の授業で居眠りしてるようじゃ、古典とかもう死んでるんじゃないー?」


「は、はい! すみません!」


 優太朗は勢いよく顔を上げて、寝ぼけ眼で先生の姿を探していた。

 いくら探しても高柳(たかやなぎ)先生を見つけられないようで、少し焦っている。


「起きた?」


「お、起きました!」


 すぐ隣から聞こえた声に、(おれ)も目元を擦る。

 優太朗は焦りを見せないように目を大きく開いて元気よく返事を返した。

 

「はい、じゃあこの原核細胞と真核細胞の比較のところ囲んでねー。」


「え、あ、はい! 分かりました!」


 今のやり取りだけで授業を聞いていないことは明らかだ。

 しかし先生は何事もなかったかのように授業を続ける。慣れているのだろう。


「ゆーたろ、タンクになってくれてありがと! 俺も寝てた!」


 囁くようにそう言い、歯を見せて笑う。


「ふざけんな……! なんで俺だけ……」


「珍しいな! 普段なら俺が怒られて優太朗は笑う側なのに。」


「いやほんとに。昨日あんま寝れなかったんだよ。」


「へー? 何かあったん?」


 別におかしな言葉を使った訳でもないのに、優太朗は頬を緩ませて顔を赤くした。


「い、いや? 別に何も……何かよく分かんないけど寝れない日ってあるだろ?」


「んー、まぁ確かに! 俺はあんま無いけどな。」


 いつも通り、明るく返事をする。



 普段ならこんなことを意識する必要もない。皆んな、俺のことを明るくてうるさいと言う。

 でも、最近は明るくすることを意識するようになった。特に優太朗の前では。


 気になる。気になってしまう。

 優太朗に何があったのか。


 明らかに花月さんとやらを庇ったという日からだ。頭でも打ってしまったのかもしれない。

 そうであったら楽だ。俺の感覚は間違っていなくて、おかしいのは優太朗の方だったというだけなのだから。

 けれど、前嗣とか、叶采でさえもあんまり気にしていない。俺だけが、おかしい。


 そりゃ、気にしすぎだって言われたら確かにってなるよ。でも時々元気がないこととか、かと思ったら嬉しそうににやけてたりすることとか、変だと思わないの?

 今日だって、滅多に居眠りなんてしない優太朗が先生に言われるまで起きないなんて今まで無かった……と思う。


 やっぱり、気になってしまう。

 けれど昨日前嗣に言われたことが耳に残っている。


『明は……髙木のこと、あんま信じてないよね。』


 心配することが信じていないってことだなんて知らなかった。

 でも言われてみればそうだ。

 後で話す、と彼は言った。

 信じているのなら彼が話してくれるのを待つべきだろう。


 でも、話してくれていない。二日経った今でも、優太朗の家の常連ということしか俺は知らない。

 凄く嫌という訳ではないんだ。

 胸に矢が刺さっているほどの痛みは感じない。

 ただ喉に小骨が刺さっているような痛みは感じる。



 俺はもう、耐えられないような気すらしていた。



  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  



「いやー! 今日も一日長かったなー。ゆうたろ、歳取ったら時間が早くなるってほんとかな? 俺全然感じねーんだけど。」


「ほんとじゃね? 俺は結構早く感じてきてるんだけど……こんなんじゃ二十歳(はたち)になる頃にどうなってることか……」


 何気ない会話を優太朗に投げかけてみる。しかし昨日のような元気の無さは感じられない。

 むしろ若干機嫌が良いようにすら思える。


「お爺ちゃんかよ! なー、叶采はどう? 歳取るたびに時間、早くなってるように感じるか?」


「うーん……オレは全然かなー? 学校長すぎて辛たんー……」


「まーでも学生時代はすぐ終わるよな! やっぱいっぱい遊ばんと勿体ない! ……と、いうことで優太朗君! 今日は用事ある?」


 いつも通り、彼を誘う。ここ数日、優太朗はよく誘いを断るが……

 さて、機嫌の良さそうな今日はどうだろうか。


「あー……すまん、今日もちょっと予定あるわ。ら、来週は開けとくから! 来週は……」


 はい、今日もダメでしたと。

 やっぱり何かがあると思う。怪我の療養のためと言われたのなら理解どころか納得までできるというのに、そんな嘘すら吐かない。


 ……気になる。気になってしまう。

 もはやこれは心配というよりも好奇心なのではないだろうか。


 流石にもう限界だった。

 昨日の今日で申し訳ないとも思うが、流石にここ数日の優太朗には不審な点が多すぎる。


「おっけー! じゃあ来週な! 前嗣ー! 俺たちはカラオケでも行こーぜー」


 笑顔で優太朗に手を振って前嗣の方に駆け寄る。


「おう、またなー。叶采も、じゃあな。」


「うん、じゃーねー。」


 背後から二人の別れの声が聞こえてくる。

 取り敢えず普段らしいことをしようと、前嗣に肩を組んでダル絡みしておこう。


「明、邪魔……! そんでうるさい。」


「ほべー! おい、危ないだろ! 机に顔面ぶつけて骨でも折れたらどうすんだ!」


 思い切り押し退けられて机と机の間に倒れこんでしまった。

 まあ、こんなのは日常茶飯事なのでクラスの皆も見向きもしない。

 優太朗が教室を出るのを確認してすぐさま立ち上がった。


「もう無理!! 前嗣! 今日空いてる? 空いてるよな!?」


「……今予定入ったかも。」


「んな訳あるかー!」


「……違うよ、明の件で予定入ったかもってこと。どうせカラオケなんて行かないんでしょ。……めんどくさいけど一人だと何するか分かんないし、叶采じゃ頼りないから……」


 思わず感激してしまった。

 前嗣とは十年ほどの関係だが、ここまで俺のことを理解しているとは。


 まあ、理解されていることにはそこまで驚きはしなかった。

 驚くべきは──


「さ、前嗣……お前、風邪でも引いた? いつもなら、まずは『めんど』から始まって、『えー』とか言って、『仕方ない』って言って着いてくるぐらいが普通だろ!?」


「……まあ、今回は明が何するのかなんとなく分かってるから。……あと、シャレにならないことになるのは避けたいから。」


 シャレにならないことになる可能性なんてあるのだろうか。

 ただ、優太朗の跡をつけるだけで?

 そんなこと、優太朗の実家が犯罪組織でもないとありえないだろう。

 そしてもし犯罪組織だったとしたら『常連』の意味が大変なことになってしまう。


「さ、流石に大丈夫だと思うけどなー。優太朗の家がそんな怖いところな訳……」


 前嗣は呆れたような目をして、とても大きなため息を吐いた。


「はあ~~~……。やっぱついてくつもりだったの……。言っとくけどそれ、普通にストーカーだから捕まるよ。」


「つ、捕まる!? 逮捕ってこと!? ストーカーって捕まんの!?」


「…………だから、捕まんない程度に抑えるために俺も行くって言ってんだけど。……赤松は来んの?」


「え、叶采にはまだ聞いて──」


「行くよー。」


 いつの間にか背後には叶采が立っていて、いつも通りのにこやかな顔でフラフラと揺れていた。


「流石にここで仲間外れは無いでしょー。オレだって優太朗のこと、気にはなってるしさー。ね、明?」


 実は少しだけ安心した。前嗣と叶采に断られていたら実際に行動に移すかは怪しかった。

 俺は一人じゃ何もできない。

 きっと途中で優太朗に見つかるか、若しくはそもそも見失うかだと思う。


 友達は、いるだけで心強い。

 だからこそ、何も見せてくれない優太朗をもっと知りたい。

 このままじゃ、何も知らないままだ。



 頬を両手で叩いて気合を入れる。


「……ヨシ! じゃあ、行くぞ! 絶対見つからないようにな! もし見つかったら……」


「「いや、一番見つかりそうなの明だよ。」」


「…………そうですか。」



  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  



「……あ、見つけた! いるいるあっち!」


 前嗣のリュックをバンバンと叩いて向かいのホームを指さす。


「痛い。分かったよ。……分かったから静かにして。」


「ほんとだー。優太朗って家あっちなんだー。」


 叶采と前嗣と駅のホームの階段に隠れ、優太朗を観察する。

 叶采は学校から家が近いので電車通学じゃないが、俺と前嗣はいつもこちらのホームを使っている。つまり、優太朗の家は逆方向だということだ。


「……ほら! 早くあっちのホーム行こうぜ! 電車来ちゃったら置いてかれる!」


 急いで階段を駆け上がり、向かいのホームに向かう。

 叶采はルンルンでついて来ているが、前嗣はやはりめんどくさそうだ。

 途中で他の学生たちとぶつかりそうになりながらも無事に優太朗がいるホームに辿り着く。


「……バレないように向こうまで行くぞ!」


「はいはーい。」


 コソコソと優太朗の後ろを通り抜け、待合室の影から三人で彼を覗く。

 側から見ればすごく不審な三人組に見えたことだろう。

 待合室に入るでもなく、ただ壁のように利用して何かを観察しているのだ。学ランやワイシャツで学生だと分からなかったら通報されていてもおかしくない。


「……なんか、優太朗笑ってね?」


「うんー……笑ってるって言うか、ニヤけてる? 変なのー。」


「…………言うほど変? 明とかいつもニヤニヤしてるじゃん。」


「してねーよ!! してんの!?」


 思わず少し大きな声でツッコんでしまい、慌てて口を覆う。

 前嗣から呆れたような目を向けられた。

 お前のせいだろと言いたくなるのを堪える。


 幸い優太朗はこちらに気づいたりはしなかった。

 スマホを見ながら少し嬉しそうに微笑んでいる。


「……あの顔さ、前もやってたよな。いつだったっけ?」


「……一昨日とかじゃない? ……昨日は具合悪そうだったし。」


「まぁ最近か。……やっぱなんかあるだろ! 前はあんなニヤニヤしてなかったって!」


「もはや悪口でしょーそれー。」


 そんな会話をコソコソと繰り広げている間に、ホームに電車が入って来た。


「ちょ、前嗣! 優太朗の家がある場所知ってる!? この電車でいいんかな!?」


「お、落ち着けって……髙木が乗るかどうか見てから乗ればいいでしょ……。」


 確かにと優太朗に目を向けて観察する。

 三人分の視線を受けても全く気づいていないようだ。


 そして、優太朗はスマホをしまって電車に乗り込んだ。


「急げ急げ! 乗り遅れたら絶対見失う!」


 三人とも優太朗が乗った車両の隣に乗り込み、車両間の窓越しに彼を見れる場所に座った。


「ほんとにやってることストーカーだねー。楽しいけどー。」


「シーッ! 叶采、周りに聞かれたら変な奴らに思われるだろ!!」


「……もう十分変な奴らだと思うんだけど……」



 やっていることは探偵紛いの追跡ごっこで、本人にバレたら怒られるかもしれない。

 なのに、友達とこういうことをするのは楽しい。


 優太朗はあまり付き合ってくれないけれど、いつか一緒にバカをやりたい。

 だって、青春なんて今しかできないだろ?

 高校卒業したら皆んな一緒になんていられない。


 ならやっぱり、今をこいつらと楽しみたい。

 そんで、優太朗も混ざって欲しい。


 こういうのは、多けりゃ多いだけ楽しいだろうから。




「……あっ、明、前嗣、見て。降りるっぽいよー。」


 優太朗がスマホをポケットにしまい、扉の前に移動したのを見て叶采がそう言った。


「……潮岡(うしおか)……。駅三つか……。あんまり離れてないな。俺と明は正反対だけど。」


「んー、そうだな! 潮岡って何かあったっけ? あんま印象無いんだけど。」


「……知らない。」


 叶采も肩をすくめて首を傾げた。


 潮岡(うしおか)は県内では比較的大きめの街ではあるが、あまり印象的なものが無い場所でもある。

 特急は止まるが、止まるからと言って何があるわけでも無い。


 音が鳴って扉が開き、優太朗が降りていくのを確認してから三人とも降りた。そのまま素早く移動して自販機の影に隠れる。


「……オレ、潮岡って初めて来たかもー。二人はー?」


「「ほぼ初めて。」」


 それはつまりこの街について知っている者がいないということだ。

 迷ったら終わり、なんてことはスマホが普及した今は無いが、見知らぬ土地で迷うのはきっと疲れる。

 絶対に優太朗を見失わないようにしなければ。


「……よし、行くぞ!」


 そうして、背の高いシルエットを見失わない程度に距離をとってエスカレーターに足を踏み出した。




  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  



「……見失ったー!!!」


「はぁ……明が野良猫と遊んでるからでしょ……」


「前嗣だって遊んでただろー!! なあ、叶采! 俺だけのせいじゃないよな!」


「うん、そうだねー。ところでこの猫ちゃん、着いてくるんだけどどーすんの?」


 夕日が照らす三人の背後には、少し遊んだだけの野良猫が歩いていた。

 茶トラのような柄の小さな猫。

 ナーオと野良猫らしい声をあげた。


「なー、猫ー。優太朗の家教えてくれー!」


「こんな住宅街じゃ、表札しらみ潰しにするしかないかもねー。……前嗣ー?」


「…………明が会った女子ってさ、髙木は常連って言ってたんだよね? ……なら、住宅街ってよりは大通りとかなんじゃないの。」


 明は目を大きく見開いて手を打った。


「確かに!! そうじゃん、忘れてた! 見失ったのはここら辺なんだから、この辺りの大通り……あっちじゃね!?」


 スマホのマップアプリと睨めっこしながら、少しでも大きそうな通りの方を指差す。

 前嗣はため息を吐いて猫をひと撫でして歩き出した。


「……行くよ。どうせ来たならハッキリさせたいでしょ。」


「ねぇねぇ叶采、なんか前嗣がやる気なんだけど。明日は大嵐かな。」


「…………もう帰っていい?」


「冗談だろ! ほら、行こうぜ!」


 少し浮かれたように住宅街を進んでいく。

 相変わらず猫はついて来ていて、時折日の当たる場所に座って毛繕いをしていた。



「……あ、あれじゃね!? 大通りその一!」


 数分歩いて、ようやく住宅街の端の辺りにやって来た。前方には車が行き交う大通りが見える。


「明ー。あんま走んないでねー。大通りに飛び出たら即死だよー。」


「分かってる! おい、猫ー。危ないぞー。」


 ずっとついて来ていた猫がてちてちと大通りに向かって早足に歩き出した。

 もし飛び出たりでもしたら人間よりも数倍簡単に死んでしまうだろう。


 幸い猫の速さ的に飛び出しそうな気配はない。しかし危ないと思って追いかけた。


「よっと、捕まえた!!」


 猫の脇腹を掴んで持ち上げ、某ライオン映画のような構図になる。

 そして、ふと大通りの方に目を向けると、そこには二人の女子学生が立っていた。


 片方は背の高さが、もう片方は短いスカートが目についた。

 そして何より、そんな各々の印象を吹き飛ばしてくれるくらいに印象的だったのは──


 ──そのどちらもが身につけていた真堂の制服だった。



 別に驚いたわけじゃない。そりゃ県内なら真堂の生徒なんて別にどこにいてもおかしくない。


 なんて考えておきながら、心底では驚いていた。

 だって背の高い方はあの日、花月さんと話していた優太朗に鋭い視線を向けた人だったのだから。


 相変わらず背が高く、叶采と同じくらいだろうか。

 俺や前嗣なら見下ろされてしまう。


「あ、あの時の!! えっと……名前は知らないけど!」


「えっ、栞、知り合い? 珍し~。」


「知らない。……誰ですか?」


 まあ向こうからすれば俺なんて印象の薄い男でしょうけど!


 思い返してみれば、栞と呼ばれた彼女が話していたのは花月さんと優太朗であって俺ではない。

 ちょっとすれ違ったくらいの異性を覚えてる生徒なんて、真堂にはいないだろう。


「うっ、えっと……あの、花月さんとゆうた──なんか、背の高い男子が話していた時に近くにいた……」


 そう言うと、彼女は露骨に機嫌が悪くなったようだった。

 思い出してもらえたかは分からないが、その目つきは鋭いものになる。


「……そうですか。……それで、何の用ですか? 私たち、今少し急いでるんです。」


「えっ、別に用があったわけじゃないけど……すっごい頭に残ってたから声に出ちゃっただけで……」


「じゃあ、もう行っていいですか? 失礼しま──」


「ちょっと待った! ちょい待ち、栞! せっかく真堂の人なんだからさ、少し聞くくらいしないと勿体無いよ。」


 もう片方のギャルっぽい女子が突然割って入って来た。容姿の通り、明るそうな人だ。

 しかし栞と呼ばれた背の高い彼女は心底嫌そうな顔をする。


「……別に聞かなくてもいいでしょ。今日じゃなくてもいいんだし。」


「えー、アタシまた潮岡来るのめんどくさいんだけどー! いいから、情報は大事。私がやるからさ? へい、そこの真堂男子たち! ここらで背の低い女の子見なかった?」


「……小春(こはる)、きっと彩葉のこと、知ってるよ。さっき花月さんって言ってた。」


「ありゃ、そうだっけ? じゃあ、その花月さんとやら、見なかった?」


 明は首を傾げて不思議そうな顔をした。肩からぴょこんと顔を出して叶采が口を開く。


「見てないよー。そっちこそ、背の高い男子見なかったー? 探してるんだよねー。」


 こんな状況でも臆せずに話せる叶采には驚きだ。

 前嗣もいつも通り興味の無さそうな顔をしている。


「うん。こっちも見てないよん。へへ、それだけー。ごめんねー、邪魔しちゃってー。ほら栞、早く行こ~。」


「…………背の高い……」



 結局、何かを考えるように呟いている背の高い女子の背中を、明るい女子が押してどこかへ去って行ってしまった。


「知らないってさー。やっぱ地道に探すしかないよー。」


「結局かーちょっとめんどいけど仕方ない……前嗣?」


 呆れたような顔をしてため息を吐いた前嗣の方を振り返った。


「…………ねえ、あの二人、花月さんって人を探してたんでしょ? なら一緒に探した方がいいでしょ。その人が優太朗ん家の常連なら探してる場所は同じ可能性が高いんだしさ……」


「「ああ! 確かにー!!」」


 叶采と同時に手を打って目を見開いた。


「はあ……これだからバカは……」


「いやぁ、前嗣がついて来てくれてよかったー!! 俺と叶采だけだったら一生ここら辺でうろついてた気がするわ!」


「ねー。前嗣様様だー。」


 いつもこう。

 前嗣に助けてもらって、俺と叶采はそれを崇めることしかできない。

 定期テストでは赤点常連の俺と、それよりも頭の悪い叶采。こんな二人じゃできることも限られているだろう。


「じゃあさっさと追いかけようぜ! あの二人も見失ったらそれこそ終わりだし!」


 そう言って急いで大通りの方に向かう。野良猫は三人を見送るように住宅街の道で寝転んで動かなかった。


 明らかに先ほどまでの道に比べて交通量が多い視界を左右に揺らし、さっきの二人組を探す。


「おーい! ちょっと待ってー!」


 二人組はその声を聞いて振り返り、背が高い方は露骨にこちらを睨んでくる。


「思い出したんだけど……あ、いや、思い出したのは俺じゃないんだけど……花月さんって潮岡に住んでたりする!?」


「……なんでそれを教え──」


「ううん、違うよ! 住んでるのは紅塚だったっけ?」


「……小春……個人情報……」


「えー? そんなの気にしなくていいでしょー。ところで、何かあるの?」


 やはり長身の女子は俺たちに心を許していないようだ。


「えっと……俺たちが探してる奴がさ、前に花月さんのことを『常連』って紹介してくれたんだよね。だから、もしかしたらそいつの店に二人ともいるのかもって思って! だから、一緒に探した方が早いんじゃ……みたいな!」


「あ~……なるほどね~……。」


 小春と呼ばれる女子はチラチラと、栞と呼ばれた女子の方を見ている。

 やがて栞は大きなため息を吐いて小春の方を向いた。


「……はぁ……小春、別にいいよ。目は多い方が楽だし。」


「おお! ということで許可が下りたからいいよ! 一緒に探そ~!」


「マジ? 助かるー。俺たち一人を除いてバカだからもう四十分くらい彷徨っててさー……あ、自己紹介してなかった! 俺は──」


「あ! それはいいや! どうせ今回限りだし。こっちの背が高い子はねー……男の子が苦手なの。だから仲良くする訳じゃなくて、ただの協力関係。それに、アタシたちは真堂の生徒だしね?」


 もう何となく二人の名前を知っているような……と悩ましくしていると、後ろから叶采と歩いてきた前嗣が口を開いた。


「……でも互いに呼べないんじゃやりにくいでしょ。」


「確かにね~? じゃあ……アタシが女子Aで、こっちが女子Bね。気軽にAさんとかAちゃんとか呼んでね? んで、そっちが男子C、D、E! これでいい?」


 そう言って女子(小春)は明、前嗣、叶采を順に見た。

 ()さんは呆れたように顔を背けている。きっと普段からこんな感じなんだろう。


「いいじゃん! じゃあそれで! 叶采と前嗣もそれでいいっしょ?」


「かっこいーねー。」


「……確認のために呼んだら何の意味も無いと思うんだけど……」


「確かに!? やべ……」


 いつも通りの三人のやり取りを見て、(小春)はケラケラと笑う。


 そしてそれを少し遠巻きに見ていた()は幾度目かのため息を吐いて、空気を割るような声を出した。


「……早く探しに行きましょう。人数が増えても探さなかったら意味がないと思います。」


 そう言って全員に背を向けて歩道を歩きだしていく。

 しかしそれを止めるように前嗣が口を開いた。


「……そっちは急ぎすぎ。頭を使いなよ。……探してる人と仲がいいなら、その人が常連になりそうなところに心当たりとかあるでしょ……」


「……彩葉が常連になりそうなところ……?」


「はぁ……趣味とか、無いの?」


「趣味は……読書とかです。あとは……食べるのが、好き……です。」


 この二人の会話は大人しくて車の音にすら負けてしまいそうだ。

 俺と(小春)さんの会話と音量の差をテーマに論文すら書けるのではないだろうか。


D(前嗣)くーん、言葉強ーい。怖いよー。」


 叶采は気を遣っているのか軽く場を和ませる。こういうのが上手いのは明確に彼の良いところだ。


「……別にそんな強くない。……で、読書と食べること、か……」


「うーん……図書館とか?」


 そう言った瞬間、全員の視線が俺に向いて固まった。

 すぐに前嗣がため息を吐いて呆れたような顔をする。


「……ほんとバカ。家が図書館なわけないだろ……。それに、『食べること』の方はどうしたんだよ……。」


「い、いや別に同時にやらなきゃいけない訳じゃないだろ!! まぁ、よく考えたら家が図書館な訳ないか……」


 再び頭を悩ませて色々と考える。

 しかし読書はともかく、食べることなんて今時そこら中でできてしまう。だとしたら考えても意味がないのではないだろうか。


「ここはー?」


 静寂を切り裂くように口を開いたのは叶采。

 スマホのマップアプリを開いて皆んなに向けて見せていた。


 そこに映し出されていたのは『図書喫茶BRANCH』というカフェだった。

 聞いたこともないが、写真はどれも大人しそうな雰囲気の普通のカフェのように見える。

 しかし、そこに大量の本棚があることに気づいてからは普通のカフェだなんて感想は湧いて来なかった。

 図書喫茶の名の通りに本が読めるカフェなんて初めて見た。


「……確かにね! ここなら本もご飯もいけるじゃん。ナイス(叶采)くん! じゃあ早速行こー。違ったらまた他のとこ探せば良いし。」


「……図書喫茶……まぁ、行く価値は十分ありそうですね。……行きましょう。」


 二人の女子も賛同してくれた。

 かくして、俺たち五人は『図書喫茶BRANCH』に向かって歩き出す。


 大した根拠は無いが、この時の俺は何だかそこに優太朗がいる予感がしていた。


 本当に、何の根拠も無かったのだが、少しだけ足がすくんだ。




 まぁ、そのカフェまでは意外と近く、歩いて五分ほどだ。

 まだ互いに気を許し切れていない男女は自然と別れ、目的地に着くまでにその間には一切の会話はない。

 前嗣と叶采はいつも通りだ。前の女子二人はあまり話していないが、普段を知らないので違和感なんて覚えるはずもない。


 俺だけが、少し怖がっている気がした。


 見せないということは、俺たちは見ない方がいいと判断されているということではないのか。

 無理やりに蛹をこじ開けていいのか。

 土足で踏み入っていいのか。


 しかしそんな心を皆んなに打ち明ける訳にはいかない。

 女子はともかく、前嗣と叶采は俺の我儘で連れて来たようなものだ。これ以上振り回す訳にはいかない。


 行動に移してから不安になるなんて、後先を考えていない証拠だ。



「あ、そろそろだよー。あれだー。」


 叶采のそんな言葉に、意識を思考から引き上げられる。

 全員が、前方の歩道沿いに見える看板に目を向けた。


『図書喫茶BRANCH』


 そう書かれた看板は森の中の小屋を彷彿とさせるデザイン。少しずつカフェの大きな窓が見えてくる。

 夕陽の熱が、少しだけ服の中を汗ばませた。


「……あっ、あれ、彩葉じゃない? 彩葉だ、彩葉! ほらほら、あれ!」


 少し先を行く(小春)()の手を引いて、まだ遠いカフェの中を指さした。

 遅れないようにと俺も少し駆け足で二人を追いかける。


 三人で電柱に隠れながらそっとカフェの窓に目を凝らす。

 (小春)の指の先には端に位置する席がある。

 それと、そこに腰掛ける小さな女の子。

 見覚えはあった。それが花月さんだとすぐに理解した。



 そして、そこには『彼』がいた。

 俺たちが見たことのない、俺たちには見せない笑顔を浮かべて、そこに。



  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  



 そこには『彼女』がいた。

 長年隣にいたのに、知らない笑顔を浮かべていた。

 太陽よりも明るいと思っていたいつもの笑顔よりも、さらに明るい。


 心が壊れる感覚というのはこういうものなのだろうか。


 いや、別にショックだったわけじゃない。

 私は彩葉の幸せを願ってる。いつでもあの子に笑っていて欲しい。

 だから、あの子が笑っているのは嬉しかった。


 のに、素直に喜べない。

 だって、そこにはあの男の子もいたから。



 いろんな疑問はある。

 でもそれら全てを差し置いて、私の背中には冷や汗が溢れていた。


 彩葉が男の子と親しげにしているだけで、私は不安で仕方なかった。

 これが、誰かに見られたらと思うと怖い。

 真堂生に見られていたら、それだけで笑えない。



 自分の呼吸が荒くなっていくのを感じる。

 視界が震え、辺りを見回す。

 少なくとも私たちの他に真堂の生徒は見当たらなかった。


 カフェに入ろうとする日和の袖を引いて、近くの路地に入る。男子三人もしっかり着いてきた。


「栞? 入らないの?」


「…………入らない。」


 コンクリートを見つめて、上下する胸を押さえる。


 嫌なんじゃない。怖いんだ。

 私のこれからが怖いんじゃない。彩葉のこれからが怖いんだ。


「……栞、だいじょぶ?」


「大丈夫。」


 な訳がない。

 どうしたらいいのか、だけを考えてる。


 遅かった。

 もう遅かった。

 彩葉が男の子と仲良くなってしまった。

 そうはならないように言っていたのに。


 あの子はまだまだ純粋で、何にも知らない。

 だから私が守らなきゃ。

 今までたくさん守ってくれた分、今度は私が恩返しをしないといけない。

 それが私のやるべきこと。


 なのに、こうなってしまった。

 こうなった以上、私にできることは……話すこと。

 そして、説得することだ。



 彼に、話をする。

 もしかしたら、万が一、ひょっとしたら、ともすると、彼は話がわかる人かもしれない。


 だからと言って、こんな話をするべきでは無いのかもしれない。

 でもしないといけない。


 あの子はまだ、知らないから。




 人の醜さを。

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