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第十八話 友達

「優太朗ー! 前嗣ー! 行きたくないーー!!」


「……しょうがないでしょ。勉強サボってたのは明なんだから。」


「あはは……頑張れー。大丈夫だって。さっき詰め込んだろ?」


「数学は詰め込んだだけじゃ無理だろー!」


「なんでわかってるのに勉強しないんだか。」



 あの殴り合いから五日後。

 明と叶采は試験の補講に行かなければならないそうだ。


「うわぁーー! マジで行きたくない! どうにかならん!?」


「なるわけ無いでしょ。嫌なら赤点回避できるよう頑張って。」


「前嗣のあほー! そんなんできるわけ無いだろ!」


 という感じで、明と前嗣はごちゃごちゃと言い合っている。

 一方叶采はやはり楽観的で、明の手を引っ張っていた。


「ほら明ー。早く行こー。」


「くそー! ……わかった、さっさと行って終わらせるぞ! 二人とも、絶対待ってろ!」


 まるで捨て台詞を吐く悪役かの如くそう言って、赤点組は教室から出て行った。


「え、待ってなきゃいけないの?」


「……まぁ、どうせあの二人なら適当に書いてすぐ帰ってくるでしょ。……髙木は、なんか用事あるの?」


「まぁ、無いけど……」


 正直、前嗣と二人は少し困る。

 こちらからは何を話せばいいかわからないし、向こうから話を振ってくることもあまり無い。


 ぶっちゃけてしまえば、今はまだ友達の友達感が抜けないのだ。



 二人の間で会話が始まらないこと一分ほど。

 残って駄弁っている生徒たちの声を環境音楽に、俺は少し目を泳がせる。


「……ふっ、髙木って、本当にわかりやすいよね。」


「えっ!? えっと、えっ?」


 彼が口を開いたことにも驚いたが、それよりもその前の小さな笑い声に驚愕した。


「……何?」


「いや……急に?」


「……俺といる時に話しにくいなって思ってるでしょ。」


「……まぁ、うん。」


 バレていた。

 俺は前から思っていたのだが、何にも興味が無いような顔をしておいて、意外と周りを見ているのが前嗣という男だ。

 俺たち四人の中で、もしかしたら最も個人個人の情報を覚えているのは彼かもしれない。


「……俺も、髙木といると何を話せばいいかわからなかった。」


「それは……すまん。」


「いや、そっちの問題じゃなくて。……いや、そっちの問題かもだけど。俺たちにずっと何かを隠してる人に、どんな話を振ればいいか分からなかった。」


「……。」


 それはそうだ。

 どうせ何か話題を振っても、曖昧な嘘しか返ってこないのならそれは意味がない。


 改めて自身の不誠実さを感じる。


「……別に責めてるわけじゃないんだけど。髙木がちゃんとこっちを見ないうちは、俺も髙木のことは友達と思ったこと無いし。」


「え!? マジかよ!」


「だからほら、髙木のこと苗字で呼んでる。」


「それそういう意味だったのかよ……。あれ? でも叶采は?」


「赤松は…………なんか、ノリ。髙木を名前で呼ばないのにあっちだけ名前だったらあからさまだと思った。」


 ノリで距離を取られる叶采に少し同情しつつ、少し深く椅子に腰かける。


「……そっか。ごめん。これからはできる限り隠し事はしないから。」


「……いや別に隠し事はしていいでしょ。それは明も同じだと思う。……ただ、適当な嘘で誤魔化すのはあいつ的には嫌だっただけじゃない。」


「でも……」


 それは線引きが難しいだろう。

 隠し事はしていいのに適当な嘘はよくない。それはどこまでが許されるのだろうか。


「簡単に言えば、俺たちを信用しろってこと。優(・)太(・)朗(・)。」


 そう言った前嗣の顔はいつも通りの無表情のまま、本当に何気ないようだった。


「……前嗣、名前……」


「……何? 友達を名前で呼ぶのは普通でしょ。」



 驚いた、なんて言ったら失礼だろうか。

 しかし前嗣は俺が思っていたよりもずっと……何というか……



「…………前嗣って、意外と普通?」


「……は? いや、俺は前から普通だけど。」


「いやそうじゃなくて、なんか……そんな感じに話したり笑ったりするのか、って。」


「……ああ、無口で無表情のつまんない奴だと思ってた?」


「い、いや! そこまでいうわけじゃねーけど。」


 いや、正直に言えば思っていた。つまんないとまでは言わずとも、感情の発露が極端に薄く、何にも興味が無いような男だと思い込んでいた。


「……よく言われるし別にいいよ。無表情、無口、無愛想だって。まぁ、無表情は自分でもそこそこ納得できるけど。」


 彼の言動を考えれば変な話では無いのかもしれない。実際俺だって少しはそう思っていた。

 けれど今の前嗣に無口だなんて印象は持たない。


「……どう? 俺は普通に笑うし、怒るし泣くし喋るよ。」


「どうって……まぁ、少しは意外だった。でも前嗣は、明と違って俺が何も言わないのは何とも思わなかっただろうし……」


「……別に何とも思ってなかったわけじゃない。だから名前で呼ばないようにしてたでしょ。……それに、明ほど感情が激しい人なんてそういない。」


 確かに。言われてみればそうだ。


「……それに、俺はある程度優太朗を信じてたし。」


「……え?」


「明はあんまり優太朗を信じてなかったでしょ。だからああやって跡をつけたり、殴り合ってはっきりと本心を聞こうとしてた。」


 なるほど。あれは信じていないという解釈になってしまうのか。


 前嗣の言葉は誰も責めていない。

 明も、俺も。

 けれどやはり、俺の目を逸らす癖が色々なものに大きな影響を及ぼしてしまっていたことは確かだ。


 しかし、そう言う前嗣はどうして俺を信じていたのか。そもそもどういう方向性で信じていたのだろう。


「さ、前嗣は、どうして俺を? 正直俺、明がああしてくれなかったら今でも前のままだったと思うよ?」


「……さぁ。あんまり俺自身も納得いってない。」


「え?」


「……優太朗はバカだし、意外と頭硬いし、自分のことゴミくらいにしか思ってなさそうだし、普段なら俺たちを頼るなんて選択肢にも無いだろうけど……」


「酷い言い草……」


 そこまで自己評価が低い人間だと思われていたのか。まぁ、割と合っている気もするのだが。


「……でも、なんか、あんまり心配してなかった。頭硬いけど、柔軟さが無いわけじゃないし……いざ本当に最悪の事態になったら、申し訳なさそうに謝りながら頼ってくるのが想像できた。」


「…………へ、へぇ……」


 すごく気持ちが悪いのだが、何だか頬が緩んでしまった。

 恥ずかしいとか、嬉しいとか、そういうのとはまた違う、変な感情。


 ただただ照れ臭かった。


 どんなかたちであれ、信じてたなんて言われれば照れ臭くなってくる。

 ニヤけそうになる頬を筋肉で貼り付けた。



「……まぁでも、明のあれも間違っては無いと思う。あいつは意外と不安症だから。」


「そうなんだ?」


「……うん。あいつは、いい奴だから。底抜けに。優太朗が俺たちと一緒にいるのが嫌なんじゃないかとか、思ってたんじゃない?」


「いい奴……それは、そうだな……」


 明がいい奴なのは皆んな知っている。俺たちだけじゃない。クラスメイト、何ならクラスの外にまで知れ渡っている。

 もちろん、俺だって。

 一緒にいればいるほど明のいいところは見えてくる。そういう人間だ。



「……まぁいいよ、昔のことは。……明との殴り合いはどうだった?」


「んー、どうだったかって聞かれても……何て答えればいいかわかんない。」


「……楽しかったとか。」


「なるほど? ……じゃあ、楽しかったかな。なんて言うか……やっぱり、ちゃんと人に向き合うと気持ちいい。」



 前嗣は目を閉じて優太朗の声を聞く。

 その内容も大切なのだが、もっと大切なのはその声音だった。


 あまりに些細で、多くの人は気づかない。

 きっと明や叶采だって気づいていない。

 けれど前嗣だけは、それに耳を澄ませていた。


 少しだけ、本当に少しだけ、優太朗の声は和らいでいた。


 自身でも気づかないような重荷となっていた不誠実。それが明との殴り合いで溶け落ちた。

 あの殴り合いという名の戯れ合いで胸中のモヤモヤが消えたのは明だけではない。



「……それで優太朗は、結局名前はつけられたの? 絶賛関係性名前募集中友達(仮)さんは。えっと……誰だっけ。」


「は、花月さんね! えっと……まだ上手く言えない、かも。……俺は本当に友達だと思ってたから。」


 あの戯れ合いの後、俺は叶采と前嗣にもちゃんと説明をした。

 叶采はやはりあまりに気にしていないようだったが、前嗣は少し気にかけてくれているようだ。

 だからと言って叶采が薄情というわけではないが。


「……まぁでも、確かにあの時の優太朗はすごく楽しそうだったよ。……最近の優太朗は割と楽しそうだけどね。」


「な、なんで知ってんの!?」


「……優太朗が最近楽しそうなこと?」


「いやそっちじゃなくて! 俺と花月さんが話してた時のこと!」


「…………あ、言ってなかったっけ。あの日見てたの、明だけじゃないよ。俺も、叶采もいた。」


 なんてことだ。

 花月さんと話してるときの俺が、すごく楽しそうな笑顔を浮かべていたという客観的事実が明によって告げられたことがもう恥ずかしかったというのに。まさかその状況を他の二人にも見られていたなんて。

 顔から火が噴き出て、そのまま溶けてのっぺらぼうになってしまいそうだ。


「な……お前ら全員で尾けてたのかよ! はぁ……」


「…………嫌だった? ……俺も行く気は無かった。」


「……そうなの?」


「……だって俺は、優太朗をそんなに疑ってなかったから。でも、あのままじゃ明が何をするか分かったもんじゃなかったし。」


 結果を考えれば、まぁいい判断だったのかもしれない。

 もし明が暴走して俺たちの下に割り込んできていたら、花月さんだって少しは不安に思ったはずだ。そうなれば、その時こそ愛染さんとの和解は不可能だったかもしれない。


 明と叶采はエンジンの効きがいい。

 代わりに止まらなくなることもある。

 だからこそ、前嗣は二人のブレーキ係だ。

 自分では普通の人間だと言っているが、やはりその冷静さは素晴らしいと思う。


「まぁ、分かんないけどありがとう。俺がいろいろ気づけたのは前嗣のおかげでもあると思う。」


「……どういたしまして。」


 いつもと変わらない、素っ気ない返事。

 なのに何故か、いつもと違うように聞こえた。


「……優太朗。」


「ん? 何?」


「…………その人、紹介してよ。」


「……え?」


『その人』というのは、花月さんのことだろうか。

 いや、そうじゃないわけがないだろう。

 しかしどうして急にそんなことを?


「な、なんで!? えっと、花月さんのことだよな?」


「……うん。それ以外いる?」


「いないだろうけど……急に言うから、ビックリした。」


「……優太朗をあんな笑顔にできる人に、俺も興味はあるから。」


 至極当然というか、普通の答えだ。

 しかし前嗣に言われるとは思っていなかった。言われるとしても明からだとばかり。



 しかしこうして話していると、前嗣の印象がどんどん変わっていく。

 良い方向にか悪い方向にかと聞かれれば困るが、前よりもずっと仲良くなれた気がした。



「…………うーん……」


「嫌? なら別にいいけど。」


「嫌なわけじゃないんだよな〜……うーん……」



 腕を組み、目を閉じて考える。


 まず考えるのはリスク。

 愛染さんの言ったように、あまり男と関わらせすぎると嫉妬を招くのではないかというもの。


 正直、俺にはあまり想像ができない。しかし納得はできてしまった。

 見てきたものによって考え方は変わるのだから、彼女の危惧が完全に間違ってるとは言えない。


 もちろんメリットだってある。

 花月さんはあの性格だ。きっとすぐに人と仲良くなれる。

 恐らくだが、前嗣や叶采とだって簡単に打ち解けるはずだ。


 そうなれば、俺は嬉しい。

 花月さんの笑顔が、もっと見られるかもしれない。



 しかし、やはり簡単に決断を下すのは難しかった。


「……前嗣。」


「……何?」


「一旦、聞いてみる……! 俺一人で勝手に決めちゃうのは、何か……いけなさそうだから……!」


「うん、それがいいと思う。……前までだったら、色々理由をつけて、肝心なことは何も言わずに断ってただろうけど。」


「うっ……それは、ごめんなさい……」



 痛いところを突かれながらも花月さんにメッセージを送ってみる。


『すみません。今度空いてる時でいいので、俺の友達と会ってもらえませんか?』


 もちろんすぐに既読がつくわけもなく。

 しかしスマホをポケットに入れようとしたときにあることに気づいてその手を止めた。

 俺が聞くべきなのは、花月さんよりも彼女のはずだ。こう言うとそれはどうなんだと思うが、花月さんだったらきっと嫌な顔なんてしないで承諾してくれるだろう。


 だが、愛染さんがどうかはわからない。

 花月さんを何より大切に思っている彼女だ。もしかしたらまだ、男と会うのを許すのは難しいかもしれない。


『すみません。今度花月さんに俺の友達を紹介したいんですけど、どう思いますか? もちろん嫌だと思うなら断ってください!』


 きっと友達を紹介するのにこんな文章を送るのは、世界中を探しても片手で数えられるくらいしかいないだろう。

 いや、もしかしたら俺だけかもしれない。


 けれど軽率な行動はいけない。俺だって花月さんを大切にしたい気持ちは変わらないのだから。

 俺よりもずっと花月さんを知っている愛染さんに相談するのは変じゃないだろう。



「一応言ってみた。ダメな可能性もあるけど……」


「……いや、いいよ。向こうにだって事情はあるだろうし。……何より、真堂に来るような物好きは何かあって然るべきでしょ。」


「うん。ありがと。」


 確かに。言われてみれば真堂に来る生徒は何か理由があることが多い。愛染さんはその筆頭だろう。

 しかし花月さんに何か理由があると言うのは聞いたことがない。

 というか、よく考えれば明や前嗣、叶采のだってそんな話は聞いたことがない。


「え、そういえば前嗣はどうして真堂来たの?」


「……成績が丁度いいくらいだったから。」


 なんてことだ。何かしら理由があるなんて言った張本人が全くもって大した理由を持ち合わせていないなんて。


「……イイリユウダナー。」


「そういう優太朗はなんで真堂になんか来たの。」


「えー……せ、成績がちょうどいいくらいだったから。」


「…………冗談か本気かわかんないんだけど。」


「本当だよ?」


 ちなみに、本当にそれが理由である。


「……まぁいい。……前までの優太朗だったら何となくとか言ってただろうし。」


「はは……確かに。」


「……ようやく、お前を友達って言える。」


「俺はずっとそう思ってたけどね?」


「……俺は思ってなかった。」


 酷い。

 でも俺が理由なのだから、変な話でも何でもない。


 しかし、こうして前嗣と普通に話せるようになったのはすごく嬉しかった。

 俺は本当に、色眼鏡をかけて他人を見ていたのだろう。


「……ごめん。本当に。」


「別に謝ることじゃないと思うけど。……今は友達なんだから。」


「……ふふ、ありがとう。…………それにしてもあいつら遅いな。」


 時計を見ると、二人を見送ってから一時間ほどが経っていた。いくら補講といえど、そろそろ帰ってきてもいい頃だろう。

 いつの間にか教室の中に残っているのも俺たち二人だけになっている。

 

「……そろそろ来るでしょ。どうせ明が騒がしい声をあげながら──」


「ただいまぁー!!!」


 耳を劈くような声と共に、教室の扉が開いた。


「終わったー! 意外と何とかなった!!」


「ははは……おかえり、明。」


「……うるさい…………」


 いつも通りの元気な明は笑顔でこっちに向かってくる。

 叶采も少し遅れて教室に入ってきた。


「助けてー……多分オレ、もう一回補講だわー……」


「俺は多分いけた!」


「まぁ、叶采はいつも通りだし……何なら赤点の教科もっとあるでしょ。」


「そーだけどー……」


 叶采は両腕をぶらりと下げ、しょもしょもとした顔をしている。赤点を取った瞬間はあんなにも気楽そうな顔をしていたのに、補講はどうしても嫌らしい。


 明がワーワーギャーギャーと前嗣にダル絡みをしているうちに、ポケットの中で電子の板が震える。

 もしかしたら花月さんかもしれないと、微かな期待を感じながら指先をうごした。


「……え゛っ……!?」


 喉の奥から引き締まるような変な音が漏れ、顔面が固まる。小さな汗粒が頬を伝った。


「ゆーたろー? どしたー?」


「何かあったの!?」


 叶采と明が、心配しているのか興味があるのかよくわからない感じにこちらを見る。

 前嗣は、二人よりはある程度事情を察することができるからかチラリとこちらを一瞥するだけに留まっていた。


「……まぁ、待ちなよ。優太朗はどうせちゃんと話すから。」


「まーねー……えっ? 前嗣、今ゆーたろーのこと名前で呼んだー?」


「えっ! 確かに!」


「……もう友達だから。……別に叶采も名前で呼ぶよ。」


「わー、やったー。」


 何だか向こうは向こうで和やかな会話を繰り広げている。



 もちろん説明はするし、言うべきことは言う。

 けれど今は少し、頭が混乱している。いや、混乱というのも違うかもしれないが、少し想定外だった。

 スマホの画面。そこにはとある一つのメッセージ。


 待望の、なんて言い方をすると変だが、花月さんからのメッセージが。




『もちろん! ぜひ会ってみたいです! でも、条件みたいになっちゃうんですけど……もしよければ、栞もご一緒していいですか?( > < )՞ ՞』

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