第十六話 いざ、試験! ビバ、日常!
ああ本当に嘆かわしい。
テストというのは本当に面白くない。
勉強が嫌いなわけではないのだ。もちろん、好きでもないが。
ただ、こうして問題を解くだけの時間は楽しくない。
何だか変な緊張をしてしまうし。
愛染さんと花月さんの諸々を解決し、何も無い週末を超えて今日は火曜日。いよいよテスト期間に入り、学校中が少しどんよりとしている。
もう五月も終盤だ。
思えば、本当に色々あった一ヶ月だった。
まさかこの高校で女子と友達になることがあるとは思わなかったし、あんなゴタゴタに巻き込まれるとも思っていなかった。
……でも、何だか少しだけ……楽しかったな。
なんて、まるで卒業前みたいなことを考えている。別に月が変わったくらいで何も変わらないというのに。
ああまずい。こうして思考があちこちに散らかるからテストが進まない。
タイマーの減りゆく数字のうち、三分の一くらいはボーッと窓の外を見ていた気がする。
まぁでも、これはいつも通りかもしれない。
テスト中というのはどうしても集中できない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ウェストミンスターの鐘の声と共に、今日の分の試験の終わりを告げられる。
回収された解答用紙は一応埋めておいたが、分からないところも数多くあった。
「ゆうたろぉ〜〜〜マジで全っ然分かんなかったんだけど……」
「ははは……俺もあんまり……」
明からはとんでもないオーラが出ていた。
テスト期間の明は、普段の明るさはどこへ行ったのかと問いたくなるくらいにボロボロになる。
「俺も分かんなかったからだいじょぶだよー。」
対して叶采はいつも通りだ。大抵テストでは明よりも叶采の方が成績が悪いというのに。
「いや叶采はいつも大丈夫じゃないだろ! よく二年生になれたよな……」
「授業は休まないからねー。」
何とも気の抜けた会話だ。
前嗣はカバンを持ってため息を吐く。
「……勉強会とか言ってスマホばっか触ってたくせに何言ってんの。」
「んんん…………確かに。」
明でも自分のせいだというのはわかっているらしい。
それにしても不思議だ。
明はまだ分かる。しかし叶采はどうやってこの高校に入ったのだろう。
今の成績を考えれば完全に不可能だ。
「帰ろー。今日はファミレス寄るー?」
「……俺は帰るよ?」
「前嗣が帰ったら勉強会にならねーじゃん!! じゃあ今日は帰るかぁ〜。」
そうして、その日はそれぞれの家に帰った。
「ふわぁ……疲れた……」
部屋に入るなりベッドに倒れ込む。
まだ明日も地理と英語のテストがある。
色々あったから勉強は足りていない。けれどなぜか達成感はある。あってしまう。
「…………今回は……まぁ、いいかなぁ……」
そんな甘えたことを言って布団に顔を埋めた。
そうして、数秒後にはすうすうと寝息を立てていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
どうして昨日は眠ってしまったのだろう。
英語はともかく、地理が全く分からない。
考えれば考えるほど後悔の念が生まれる。
何が『まぁ、いいかなぁ』なのか。いい訳が無いだろう。
シャーペンを持っていても、その手が動かなければ点数は取れない。
答案用紙は完璧に埋めた。しかし埋めただけである。このうちの何問が正解しているのか。
窓の外を見て、向かいの女子校舎の方を見た。
花月さんは、今どうしているのだろう。
彼女は優秀らしく、テストは二位をキープしているらしい。
正直、どんなモチベーションでその勉強意欲を保っているのか尋ねてみたい。
俺だってそれくらいモチベーションを保てればもっと順位は良くなる。
それと、きっと愛染さんも勉強はできる方だろう。逆にあの感じで頭が悪かったらギャップ萌え要素すぎる。
下を見れば明と叶采がいるが、そんなことに意味はないし下ばっか見てたらいつか自分がそこにいるかもしれない。
大きなため息を一つ吐いて、ペンを置いた。
タイマーはいつの間にかあと二分でゼロになるところだった。
早く終わったので見直しも三回くらいした。今回はここまでだ。
少ししてチャイムが鳴り、答案を回収される。
廊下に出て、自分のカバンを拾い上げた。
「帰ろうぜー! 終わったぁー!」
明の大きな声が廊下に響くが、テスト終わりで皆んな騒がしいので気にならない。
「うん、帰ろ。……前嗣、地理どうだった?」
「……別に。普通。」
こいつが普通と言うときは、大抵俺たちから見たら普通の点数ではない。羨ましいというのはまた違う気がするが、そう思ってしまう。
「今日カラオケ行こうぜー! もう勉強なんてしなくていいんだし!」
「いや別に勉強はしないといけないけどな?」
「明は尚更でしょ。髙木より頭悪いんだから。」
「いや叶采いるし!」
「えー?」
叶采は本当に気楽だ。きっと今回のテストも酷い結果だった筈なのに、いつも通りニコニコと微笑んでいる。
明でさえ少しは落ち込んでいるというのに。
「いいからカラオケ行こー。オレ、割引券あるよー。」
「叶采様!」
いや、明もかなりいつも通りかもしれない。
かくして、俺たちはカラオケに向かった。
俺は歌わないという約束で着いていく。ずっと歌が下手だからという理由でカラオケの誘いは断っていたから、こいつらとカラオケに行くのは初めてだ。
少し楽しみな気持ちがある反面、歌わない自分が行くことの無駄とか、申し訳なさみたいなものもあった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「優太朗ー!! 歌えよー!!」
「歌わねえって!」
明と叶采がずっとマイクを握り、俺と前嗣はそれを聞いているだけ。
いや、楽しい。外聞など気にせずに盛り上がるというのはそれだけで意外と楽しいものだ。
俺はマイクの代わりにタンバリンを離さない人間になっていたが、前嗣はスマホを離さない人間になっていた。
「いいじゃーん、歌いなよー。無理にとは言わないけどねー。」
明は流行っている歌を片っ端に歌い、叶采はどちらかというと静かな曲調のものを得意としているようだ。
「……じゃあ、次は俺も歌う。」
そう言って前嗣がデンモクを手に取ったとき、俺はどうしようかと思った。
「おー! じゃあ優太朗も!」
「い、いや、俺は……」
これは一種のハラスメントにあたるのでは?と思った瞬間、ポケットの中のスマホが震える。
それを見て、俺は少し目を丸くした。
「…………ご、ごめん! 俺、用事入った……から、ここで帰る! 幾らだっけ?」
「はぁ!? まぁ、いいけどさ! 俺たちより大事な用事なんだから!」
「ご、ごめんって……また付き合うから。」
明は仕方なさそうに伝票を見て一人当たりの値段を計算し始めた。
財布から端数を切り上げた札を出し、カバンを手に取った。
「じゃあ、また明日!」
そそくさと部屋を出て、自動ドアの外に向かう。
テスト期間は早めに学校が終わるので、まだまだ空は明るかった。
再びスマホを見て、メッセージを再確認してみる。
『すみません、今日栞と二人でカフェに行ってもいいですか?』
間違いなかった。
間違いなく花月さんからのメッセージだ。
あくまで愛染さんを迎えに来ただけだが、つい五日前にカフェに来てはいたのにすごく久しぶりに感じる。
実際、テスト準備期間は来ていなかったので、久しぶりだ。
しかも今回は愛染さんと二人で来るらしい。
明や皆んなには悪いが、流石に顔を出さないわけにはいかないと思った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「すみません、待たせちゃいましたか!?」
「いえ! 全然大丈夫です! 『BRANCH』はどれだけいても飽きないので!」
押し殺したような声だが、確かな元気が節々に感じられる。
ああ、久しぶりの花月さんの声だ。
『Lynk』でやりとりをしているので会話自体は久しぶりと言うほどでもないが、それでもやっぱり顔を合わせて会話するのはすごく楽しい。
「お、お邪魔してます……」
「愛染さん、えっと……四日ぶりくらいですね。」
彼女は花月さんと違い、少し緊張しているようだ。
理由はいくつか思い当たるが、やはりまだ後ろめたさみたいなものを感じているのだろう。
しかも愛染さんからしたら俺と花月さんは被害者二代巨頭だ。少し気まずいくらいが彼女からしたら普通なのだろう。
「それで、今日はどうして来たんですか?」
「えっ? ああ、えっと……ただ、話したかったと言いますか……と、特に理由があった訳じゃないんです!」
花月さんの顔が真っ赤になるのも久しぶりに見た。
毎回思うのだが、人の顔ってそんなに赤くなるものか?
「そうですか? でも、俺も花月さんと話したかったです。」
本音を言っただけなのに、なぜか恥ずかしさを感じる。
これでは花月さんと話したかったみたいじゃないか?いや、一言一句間違っていないのだが。
愛染 栞は考えていた。彩葉と髙木君がどのような会話を繰り広げるのか。
彩葉は告白しないと言っていたが、ちょっと匂わすくらいはしているのか。
髙木君は彩葉をどう思っているのか。
しかしいざ隣で彼女らの会話を見て、ひどく強い驚愕に襲われる。
…………彩葉、ちょっと分かりやす過ぎるかも……。
逆にこんな真っ赤な顔になって話したかったとか言われて気づかない人がいるのだろうか。
男女とか関係なく、年齢とか関係なく、立場とか関係なく誰だって自分に好意を抱かれているとわかるだろう。
と思っていたのに、髙木君も少し頬を赤らめるくらいで全く気にしていないようだった。
嘘でしょ?
彩葉は誤魔化すのが下手すぎるし、髙木君は鈍感すぎる。
思っていたよりもずっと、この二人の恋路は長い道のりかもしれない。
そもそも髙木君は彩葉に恋をしていないし、彩葉は髙木君に想いを伝える気が無いのだから道のりが長いなんてものじゃない。全く進んでいないのだから。
彩葉……そんなんで本当にいいの……?
でもそう思っても私は口出しできないし、口出ししていいわけがない。
彩葉の初恋が、何の進展もなく終わるのは嫌だけれど、どうにもできない。
それはそれとして……
いくら初めてにしたって分かりやすすぎる!
「栞? 大丈夫?」
花月さんが固まってしまった愛染さんにそう尋ねた。
「えっ? あ、うん、大丈夫。ごめん、ちょっとボーッとしてた。」
「すみません、やっぱり俺がいると……」
「い、いえ! そんなことないです、本当に!」
てっきり、男がいるとまだ話しにくいのかななんて思ったが、そういうわけでもないらしい。
というか愛染さんが苦手なのは男だけではないと自分で言っていたのだからそうなのだろう。
「そうですよ、こっちから呼んだんですし!」
花月さんがニコニコと笑いながら、俺と愛染さんの顔を交互に見る。やはり可愛らしい。
「それで……なんで俺は呼ばれたんですか?」
「「…………。」」
花月さんと愛染さんが顔を見合わせる。
何か重大な用事でもあるのだろうか。しかし心当たりはない。
「……今回は、迷惑をかけてしまってごめんなさい!」
「……本当に、すみませんでした。」
「……えっ!?」
目の前で、隣同士に座る二人が頭を下げている。
てっきりそんな用だとは思わなかったし、何なら愛染さんには既に謝られている。二度目があるなんて思わなかった。
「いやいや、そんな……謝らないでください! 全然迷惑なんてしてませんし……」
「栞が一人で謝りに行ったって言ってたので、わたしも謝らないとって、思ったんです。」
「……彩葉は何も悪いことしてないから、謝らなくてもいいと思ったんですけど……聞かなくて。」
正直、愛染さんに謝られるのはまだ分かる。しかし花月さんに謝られるのは全然理解できなかった。
悪くないなら謝らないで、なんて言える余裕すらないくらい呆然としてしまう。
「ふふ、わたし自身、何を謝ったらいいんだろうって思ってたんですけど……そんなに悩むくらいなら謝らなくてもいいなって。だから、さっきのはあんまり本気にしないでください。」
そう言った花月さんはゴソゴソと紙袋の中から箱を取り出した。
「だから、ありがとうございます! わたしと栞の色々をちゃんと見てくれて!」
彼女の手にあるのは包装紙に包まれた箱。
中に何があるかなんて分からないけれど、このシチュエーション自体はデジャヴを感じる。
「……これ、最中です。テスト終わってから、AEOSに行って買ってきました。」
愛染さんも小さく微笑んでそう続ける。
初めに思ったのは、お礼を言われるようなことは、していないということ。
俺のしたことと言えば話を聞いて、自分には無理だと投げ出したことくらいだ。それなのに、二人してこんなにお礼を言ってくれる。
お礼を言われるのは好き?
もちろん、好き。
だけれどやっぱり、タダでこれを受け取るのは何か違う気がした。
「……じゃあ、俺からもお礼です。」
そう言って、財布を取り出す。
「これ、三分の一払います。だから、皆んなで食べましょう! 三人で買って、互いにとってのお礼にしませんか?」
我ながら可笑しな提案だ。
というかお礼をもらってすぐに財布を取り出すなんて失礼じゃないだろうか。
ほら、二人もポカンとしている。
「「いやいやいや! これはお礼なんで!」すから!」
二人して息ぴったりだ。語尾くらいしか違うところがない。
「で、でも、俺も何もしてませんから……それに、この一週間くらいで何度もウチに来てもらってるので……そのお礼です!」
「そ、そうは言っても……彩葉、どうする?」
「うーん……じゃあ、お金は貰いません! でも、みんなで食べましょう!」
花月さんはまるで妥協するかのように顔を顰めてそう言った。
こちらからすれば金を払っていない物を遠慮なく頂くのはどうかと思ったが、お礼をきちんと貰うのも誠実さというものだろう。
「分かりました、それでいいですよ。……じゃあ、お茶、持ってきますね。」
「えっ!? いや、いいですよ。今日はお客さんとして来てるので……」
「そ、そうですか? まぁ……なら、いいですけど……」
彼女は最中の箱を開け、中から三つの袋を取り出した。
そこまで高級そうな店のものではないが、当たり前ながら高校生の俺には大抵の菓子は美味しく見える。
「じゃあ……いただきます。」
「「いただきます。」」
花月さんに続いて、俺と愛染さんも最中を齧る。
華の形を模った最中種の中には、柔らかいこし餡が入っている。
「んっ……美味いです。俺、これめっちゃ好きかもしれません。」
あまりに俺好みの味というか、今まで食べた菓子の中でも高順位に割り込んできた。
「ほんとですか!? よかったです!」
「彩葉が、髙木君はこし餡が好きだって言ってたので、それを買ってきたんです。」
「本当に美味しいです。ありがとうございます……!」
あっという間に一つ平らげてしまった。
最中は六個入りだったので、全員あと一つずつ食べられるのだが……
「……もう一個、食べますか?」
「えっ……ああ……ふ、太りそうなので、大丈夫です……」
花月さんには顔を赤くしてそう断られてしまった。
ちなみに愛染さんは少食らしく、最中一つでそこそこお腹が満たされてしまったらしい。
その後も軽く雑談やテストの手応えについて話をしていたら、日が沈みかけて来たので二人は帰ることとなった。
「じゃあ、あとはウチで貰っちゃってもいいんですか? 一つずつ持って帰ってもらってもいいんですけど……」
「いえ、やっぱりそれはお礼なので。髙木くんが貰ってください。親御さんにも、お礼を言っておいてくださいね。」
「お、親にですか? 何てお礼を言ったらいいんですか?」
少し首を傾げ、そう尋ねる。
今回の件、別に両親は何もしていないと思うのだが。
「えっ!? あ、えっと……うーん……えっと……た、髙木くんを、産んでくれてありがとう、とか?」
は?
と口にしそうになって何とか噤む。
この人は何を言っているのだろう。
産んでくれてありがとうなんて普通言わないだろう。どういうシチュエーションならその感謝が出てくるのだろうか。
少し考えて思いつくのは、出産を終えた妻に夫が言う、とか?
だとしてこの人は何を言っているのだろうか。
「……わかり、ました? 言って、おきます……?」
俺はきっと酷く呆然としている。
花月さんは目をグルグルとさせて頬を染めている。
愛染さんは宇宙の情報を頭に注入された猫のような顔になっている。
大変な大惨事だ。
「じゃ、じゃあ、お願いしますね……あ、お邪魔しました……」
「お、お邪魔しました……」
花月さんの小さなお別れの言葉に続いて、愛染さんもペコリと頭を下げる。
「は、はい! ……二人とも、またぜひ来てください……」
俺自身も全く脳内の情報を完結させられなかったが、それでも彼女らに別れを告げなければと思った。
「…………はい! また来ます!」
「わ、私も、また来ます。」
花月さんは急に正気に戻ったように、元気な返事をする。
愛染さんもしっかりとこちらを見て頭を下げた。
二人は荷物を持ち、店の外に出た。
薄暗くなって来た空の下を、彼女らは何度も振り返りながら遠ざかって行った。
それが終わって、何を思うか。
端的に言えば、楽しかった。
明たちとカラオケに行って、その後に花月さんたちと話せるなんて。俺の最近の楽しみが詰まっている。
テストの憂鬱さなんてどこへやら。もう忘れてしまった。
微笑みが、消えてくれない。
消えて欲しいと思っているわけではないが、それでも、こんな顔を親に見られるのはなぜか嫌だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「彩葉、どうだった? 髙木君と話して。」
私たちは『BRANCH』からの帰り道、そんなことを話していた。
「うえっ!? ど、どうだったって……楽し、かったよ……?」
彩葉の顔はすぐに赤くなる。彼と話している時だってそれは変わらなかった。
いや、やっぱり分かりやす過ぎると思う。
というかこれで気づかない髙木君が鈍感過ぎると思う。
きっと彼以外の誰が相手でもすぐに気づくだろう。
でも、今はそんなことより尋ねたいことがあった。
「……楽しかったって……これでいいの?」
「え? これでいいのって?」
「……好きって、本当に言わないの?」
私は、彩葉の顔が赤くなるのを予想していた。
いや、言いようによっては期待していたのかもしれない。
けれど、その顔に浮かび上がった表情は──
「……うん、言わない。だって、好きな人と話せるだけで、私は幸せだよ?」
ニッコリとした、笑顔だった。
でも分かる、分かってしまう。
温度が無い。
彩葉の笑顔は、こうじゃない。
巧妙に作っているけれど、それが作っているものだと私には分かってしまった。
「……そっか。…………私は、彩葉を応援してるよ。」
「ふふっ、そう? ありがと。」
何気ない会話で自分の気持ちを隠す。
本当はもっと、彩葉に言ってあげたいことがたくさんある。
でもそれを言うのは、結局エゴだ。
どうしようもないけれど、どうしても彩葉の幸せを考えてしまう。でもやり過ぎれば、また迷惑になってしまうかもしれない。
私のするべきことがわからなくなっていく。
「彩葉。……もし、何か……えっと、うーん…………心変わりとか、あったら相談してね……!」
「うん? うん、ありがと!」
もし彩葉が、告白したいって思ってくれたら、そのときにまた頑張ろう。
私には、それしかないと思った。
星が瞬き始めた空は、少し湿っている気がした。




