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【BL】幼馴染みの二人  作者: 朏猫


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三春と慎太郎の話6

(まさか慎兄さんの車に乗る日が来るなんて……)


 迎えに来てくれた慎兄さんが乗っていたのは濃い青色の車だった。二海兄さんが乗っているコンパクトカーと呼ばれるものより少しだけ大きい気がする。車に詳しくない僕には種類なんてわからないけど、とにかく慎兄さんにぴったりでかっこいい車だと思った。

 そんな車の助手席にいま僕は乗っている。運転している慎兄さんが気になってチラチラ盗み見ていると「本当に用事なかったの?」と聞かれて慌てて前を向いた。チラ見していたのがばれたのかと焦りながら、「だ、大丈夫です」と前の車を見ながら答える。


「金曜日だから、てっきりデートとか入ってるんじゃないかと思ってたんだけど」

「で、デートなんて、そんなのないです」


 答え方が変だったのか、慎兄さんがちょっとだけ笑ったような気がした。


(運転してる慎兄さんなんてレアすぎる。……できれば運転中の慎兄さんを目に焼きつけておきたい)


 それに今日を逃したらこんなチャンスは二度と来ないに違いない。そう思ったら我慢できなかった。なるべく頭を動かさないようにしながら、横目でチラチラと運転席を見る。そうできていたのは最初だけで、気がつけばかっこいい横顔にがっつりと見惚れてしまっていた。僕の視線に気づいたのか、慎兄さんが流し目みたいな感じでこっちを見る。


(か、かっこよすぎてつらい)


 運転する姿も流し目もあまりのかっこよさにクラクラしてきた。こんなにもかっこいい慎兄さんの隣に座れるなんて、年末の宝くじが当たるより絶対にすごい。


「もしかしてデートの相手がいないってこと?」

「そ、そんな相手いませんっ」


 思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を閉じた。二海兄さんの車なら賑やかな音楽が流れているから多少大きな声を出しても気にならないのに、静かな車内だとやけに大きく聞こえて恥ずかしくなる。


「そっか。二海に何度聞いてもはぐらかされたんだよね」

「えっ? 二海兄さんがなんて、」

「でも三春くん可愛いから、すぐに恋人なんてできそうだけど」

「か、可愛いって……」

「あ、男に可愛いはナシか」


 慌てて首を横に振った。兄さんたちに言われるのは勘弁だけど、慎兄さんに言われるのは悪くない。というより慎兄さんになら何を言われても嬉しくなる。


「店で借りてる駐車場、ちょっと離れてるから先に店の前で下ろすね」

「あっ、はい」


 そういって車が止まったのは、あのお洒落な美容院の前だった。僕が下りるとかっこいい車が音を立てずに去って行く。冬は日が傾くのが早い。薄暗くなった中、小さくなっていく車のライトを見送ってから改めてお店を見た。

 今日は臨時休業らしく、ブラインドが下りているから中の様子はわからない。それなのにこうして美容院に来ることになったのは、少しだけ伸びた髪の毛が気になると慎兄さんが言ったからだ。


(僕は全然気にならないけど、やっぱり美容師だからかな)


 都会でヘアメイクなんてすごい仕事をしていたくらいだから、ちょっと伸びただけでも気になるのかもしれない。そんなすごい人にタダで切ってもらうなんて贅沢すぎやしないだろうか。


(「俺が気になってるだけだから」って言ってたけど、本当にいいのかな)


 この前も割引券以上に安くしてもらった。「ほかのお客さんには内緒だよ」なんて口に人差し指を当てながら小声で言う慎兄さんがかっこよすぎて遠慮するのを忘れてしまった。あのときの顔を思い出すだけで顔が熱くなる。


(大人の雰囲気ダダ漏れでかっこよかったなぁ)


 大人の雰囲気というより、あれは色気だったに違いない。


(い、色気って何考えてんだか)


 変なことを考えたせいで首まで熱くなってきた。慌てて両手でパタパタ顔をあおいでいると「お待たせ」とかっこいい声が聞こえてきて、ますます顔が熱くなる。

 振り返るとモデルにしか見えない慎兄さんが立っていた。暗い中でもスポットライトが当たっているみたいにキラキラ眩しくて仕方がない。


(こんなかっこいい慎兄さんと二人きりなんて、どうしよう)


 前回以上に緊張しながら誰もいないお店の中に入った。


「あの、本当にいいんですか?」

「うん?」

「だって今日はお店休みだし、それにお金も……」

「俺がやりたいだけだから気にしなくていいよ」

「でも、」

「俺好みにさせてもらったお礼だと思って。それより俺の我が儘に付き合わせちゃってごめんね?」

「つ、付き合わされてるなんて、そんなこと思ってません」

「あはは。三春くんは相変わらずいい子だなぁ」


 頭をポンと撫でられて顔から火が出るかと思った。きっと真っ赤になっているに違いない顔を見られたくなくて、俯いたままマントを着けてお洒落な椅子に座る。


(うぅ……静かすぎてますます緊張してきた)


 前回と違って音楽も流れていなければお客さんやお店の人たちの話し声もしない。そんな中で慎兄さんと二人きりだなんて緊張しないわけがなかった。前回以上にガチガチに固まっている僕とは違い、慎兄さんは慣れた手つきでシュッシュッと後ろ髪を切り始めた。

 そうっと鏡越しに慎兄さんを見た。真剣な表情はやっぱりかっこよくて惚れ惚れする。長くて器用な指が僕の髪を何度も触り、その指がたまに耳や首に触れる。そのたびに触れた場所が燃えるようにカッと熱くなった。


(落ち着け……落ち着け……)


 そう言い聞かせないと変な声を出してしまいそうだ。


(あんまり見ないようにしないと……でも、こんなチャンスそうそうないんだから見ておきたいし……どうしよう……)


 見たい気持ちと、ジロジロ見たら怪しまれるんじゃないかという不安が入り混じって頭がグルグルする。そうこうしているうちに「はい、終わったよ」という声がしてホッとした。同時に「もっと見ておけばよかった」なんて残念な気持ちになる。


「うん、これで半月はもつかな」


 鏡を持った慎兄さんが「後ろ、すっきりしたよ」と言って合わせ鏡にしてくれた。たしかにすっきりしたような気もするけど、自分の髪型に無頓着だからかよくわからない。それよりも僕を見ながら微笑んでいる鏡の中の慎兄さんのほうが気になって、自分の髪の毛なんてそっちのけで慎兄さんばかり見ていた。


「じゃ、ちょっと待ってて」

「はい」


 マントみたいなものを取った慎兄さんが、床に散らばっている髪の毛をホウキで集め始めた。本当は手伝ったほうがいいんだろうけど、普段ほとんど掃除をしない僕じゃきっと役に立たない。むしろ邪魔になるような気がして声をかけることができなかった。

「やっぱり僕って駄目だな」としょげながらソファでおとなしく待つ。少ししてから「お待たせ」と言って慎兄さんが店の奥から戻ってきた。慌てて立ち上がろうとしたタイミングでピロンと着信音が鳴る。


「おっと、ちょっとごめんね」


 鳴ったのは慎兄さんのスマホだった。レジのほうに歩いて行きながらズボンの後ろポケットからスマホを取り出している。そのまま画面を見ているということは届いたメッセージに返信をしているのだろう。


(慎兄さんのほうこそ恋人とかいないのかな)


 かっこいい後ろ姿を見ながらそんなことを思った、途端に胸がキリキリと痛くなる。

 慎兄さんはこんなにかっこいいんだから恋人がいてもおかしくない。都会にいたときもモテただろうし、そういえば高校生のときは二海兄さんみたいなファンクラブもあったと聞いている。


(高校のときも恋人、いたんだろうな)


 慎兄さんくらいかっこいいなら恋人の一人や二人……って、さすがに二人は駄目か。でも、いまだってファンならたくさんいそうな気がする。そういう僕だってファンみたいなものだ。


(そっか、僕だって慎兄さんからすればファンみたいなものだ)


 もちろん僕の好きは本気の好きだけど、慎兄さんにとっては親友の弟でしかない。それなら自分でもファンだと思ったほうがいいような気がしてきた。


(それにいまはいろんな“推し活”があるって聞くし)


 慎兄さんはアイドルじゃない。でも僕にとってはアイドルみたいなもので、“好き”や“憧れ”がぎゅうぎゅうに詰まった存在だ。


(それにファンなら諦めなくていいし)


 どんなに好きでも僕の想いは叶わない。それどころか慎兄さんにとっては迷惑なだけで、それならファンとして慎兄さんを好きでいるほうが両方にとっていい気がする。


「ごめんね」


 慎兄さんの声にハッとした。「ごめんね」という言葉に心臓が嫌な音を立てる。


「ついでにこのゴミもまとめてくるから、もう少し待っててくれるかな?」


 そう言ってレジ近くに置いてあったゴミ箱を持ち上げた。きっと僕の髪の毛と一緒にゴミ袋にまとめるんだろう。


「はい、大丈夫です」


 一瞬「用事が入ったから」と続くのかと思った。さっきのメッセージが彼女からのもので、このあと会うことになったから……そう言われるんじゃないかと思ってお腹のあたりが冷たくなった。


(僕は慎兄さんのファンなんだって、たったいま思ったばかりなのに……)


 それなのに、慎兄さんに恋人がいるかもと思っただけで胸が押し潰されてしまいそうになる。せっかく抑え込もうとしていた“好き”という気持ちがあふれ出そうになる。


(僕、なんか変だ)


 駄目だと思えば思うほど慎兄さんへの“好き”が強くなっていく。前回髪を切ってもらったときよりいまのほうがもっと“好き”なような気がしてきた。

 髪を洗ってもらったときのこと、今日の車で見たかっこいい横顔、後ろ髪を整えてくれている真剣な顔……どの慎兄さんもかっこよくて、ファンでいなくちゃと決意した気持ちがグラグラと揺れる。


(ただのファンなんて……やっぱり僕には無理だ)


 俯くと握り締めた自分の手が目に入った。ぎゅうっと力を入れながら、どうにもならない自分の気持ちが嫌になる。


「三春くん、どうかした?」

「え……?」


 顔を上げたら、コートと僕のパーカーを手にした慎兄さんがすぐそばに立っていた。


「顔色が悪いね。もしかして体調がよくなかったんじゃない?」

「だ、大丈夫です」

「このあと一緒に夕飯でも食べようかと思ってたんだけど、やめとこうか?」

「そ、れは……」


 一緒にご飯を食べたい。こんなチャンスは二度とないかもしれない。それなのに喉が詰まって返事をすることができなかった。


(まだ一緒にいたい。でも、このまま一緒にいたら僕の気持ちがばれてしまいそうな気がする)


 何も言えずに俯くと、慎兄さんが足元にしゃがみ込んだ。

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