三春と壱夜の話1
「初詣?」
「うん。それで、初詣の前に初日の出も見に行きたいなぁと思ってて」
話しながら向かい側に座る壱夜兄さんの顔をチラッと見た。別に悪いことをするわけじゃないのに、なんとなく気まずくて窺うように見てしまう。
「もし行けるなら、早朝って言うか夜中っていうか、迎えに行こうかって慎兄さんが言ってくれてて」
「三春は行きたいの?」
「うん。初日の出見に行ったことないし、せっかくなら慎兄さんと行きたいなぁって思ってる」
本を読んでいた壱夜兄さんが顔を上げた。表情はいつもどおりで、不機嫌だとか怒っているようには見えない。
「そっか。てっきり今夜から一緒に過ごしたいって言うのかと思ってた」
「えっ?」
「迎えに来るのは日付が変わってから?」
「うん」
「それじゃあ年越し蕎麦は早めに食べようか」
「二海兄さんは今年もいるの?」
「出かけるのは明日の昼過ぎだって言ってたよ」
そう言って壱夜兄さんがニコッと笑った。
(さすがに年末年始は駄目だと言われるかと思った)
これまで年末年始は毎年家族で過ごしていた。父さんは帰って来たり来なかったりで、今年は出版社主催のパーティがあるとかで帰国しない。
カップル歴の長い二海兄さんも、年越しと初詣はいつも僕たちと一緒に過ごしていた。僕たちの事情を知っている優美ちゃんが「三春くんがいる間はそうしたほうがいい」って言ってくれたからだ。
(だから慎兄さんも無理しなくていいって言ってくれたんだろうけど)
年末年始の話になったとき、慎兄さんも「兄弟で過ごしたらいいよ」と言ってくれた。年末年始をあれこれ妄想していた僕も最終的にはそうなるんだろうなと思っていた。それでも恋人とのお正月が諦め切れなくて、つい「初詣は慎兄さんとがいい」なんて我が儘を言ってしまった。
「初詣は毎年二海たちと行ってるんだよね?」
「そうだけど……たまには別々でもいいと思う」
ボソボソと答えると、慎兄さんが困ったように笑った。もしかして予定があったんだろうか。「それとも僕と一緒にいたいって思わないのかな」なんて寂しく思いながらチラチラと見ていると、「三春くんたちは毎年どこにお参りに行ってるの?」と聞かれて一年前のことを思い出した。
「ええと、近所の神社と、二海兄さんがお酒飲んでなかったら海のほうの神社にも行くけど……」
「へぇ、元日から海っていうのもいいね」
「慎兄さんはどこに行くの?」
「俺はほとんど寝正月かな」
仕事を始めてからは年末年始は休みがほとんどなくて、お正月らしいことは何もしなかったと笑った。代わりに、高校のとき眠い目を擦りながら初日の出を見に行った話をしてくれた。
(そういや二海兄さんも初日の出見に行ったって言ってたような)
もしかして慎兄さんと行ったんだろうか。そう思ったら無性にうらやましくなった。
「慎兄さんと初日の出見に行きたい」
「俺も行きたいけど、壱夜さんがいいって言ったらね」
やっぱりか、なんて項垂れたのは昨日で、それでも諦め切れなくて直談判することにした。
「ねぇ、本当に初日の出見に行ってもいいの?」
許可が出たのは嬉しいけど、これまでとあまりに違いすぎて逆に不安になってしまう。
「もちろんいいよ。どうして?」
「ううん。ただ、みんなで初詣に行けなくなるなと思って」
「そうだなぁ。それなら三日あたりに一緒に行こうか」
「三日?」
どうして二日じゃないんだろう。
「明日はそのまま慎太郎くんの部屋に泊まるんだよね?」
「え……っと」
「二海が『慎太郎なら絶対にそうするから』って言ってたけど」
「あー……うん。大丈夫そうなら泊まりにおいでって言われたけど」
「それなら明日は遅くなるかもしれないし、初日の出を見に行くなら寝不足になるでしょ。二日はゆっくりして、三日のお昼過ぎくらいがいいんじゃないかな。二海も三日は空いてるって言ってたし」
「そっか」
「そうなると明日は俺一人かぁ」
一人という言葉に胸がズキッとした。新年早々壱夜兄さんを一人にしてしまうことに少しだけ罪悪感が芽生える。
「じゃあ明日は俺も泊まりに行こうかな」
壱夜兄さんの言葉にハッとした。
そうだ、壱夜兄さんだって恋人の靜佳と一緒に過ごしたいはずだ。それなのに毎年年越し蕎麦だとかお正月の準備だとかで大晦日から正月三が日の間はいつも家にいた。
(僕たちのためにずっと我慢してたんだ)
そんなことにも気づけなかった自分が嫌になる。もちろん家族で過ごすのは楽しいし、壱夜兄さんだって嫌々一緒にいたわけじゃないと思う。でも、家族と恋人はやっぱり違う。
(もし慎兄さんと付き合ってなかったら、今年も僕は気づけなかった)
付き合い始めたばかりだからかもしれないけど、僕は起きたときから寝るときまで慎兄さんと一緒にいたい。ただ隣にいるだけで幸せだし、話をするだけでドキドキしたりワクワクしたりもする。もちろんキスもしたいし、手を繋いだりハグもしたい。そんなふうに思うのは相手が恋人だからだ。
壱夜兄さんだって靜佳とそうやって過ごしたいはず。それなのに何も言わずにずっと我慢してきたんだと思うと切なくなった。
「どうかした?」
僕が変な顔をしているからか壱夜兄さんが首を傾げている。
「なんでもないよ」
「……もしかして、慎太郎くんに何か言われたかされたりした?」
急に低くなった声に、慌てて首を横に振った。「慎兄さんはいつも優しいよ」と返すと「それならいいけど」と言いながら心配そうな顔をする。
(もう心配しなくていいのに)
これまで兄さんたちが心配してくれたように、いまは慎兄さんが僕を見ていてくれる。もちろん僕だってただ心配されているばかりじゃない。早く大人の男になって慎兄さんを気遣えるようになりたいと思っていた。
(壱夜兄さんもあのときホッとした顔してた)
クリスマスの夜、慎兄さんが僕の家に挨拶に来た。「こういうことはちゃんとやっておかないと」と微笑むスーツ姿の慎兄さんがあまりにかっこよくて、僕のほうが落ち着かなくなったくらいだ。
あの日を境に壱夜兄さんが変わった気がする。お泊まりも事前にちゃんと言えばOKになったし、夜遅くなっても車で送ってもらえるならいいよって言ってくれた。ちなみに年が明けて父さんが帰国したら、改めて慎兄さんが挨拶に来ることにもなっている。
(なんだか本当にお嫁に行くみたいだ)
そう思ったら胸がくすぐったくなった。そういえば慎兄さんも少しだけ変わった。僕のことを「三春」って呼び捨てて呼ぶことが増えてきたんだ。
大体はキスするときだけど、それ以外にも手を繋ぐときとかハグするときとか、そういうときに「三春」と呼んでくれる。呼ばれるたびにドキドキして、足をバタバタしたくなるくらい嬉しかった。
(まだ付き合い始めて一カ月も経ってないのに、もうずっと恋人のような気がしてきた)
「僕なんかが慎兄さんの隣に」なんて思っていたのが嘘みたいに、最近は一緒にいることが楽しくて仕方がない。いまだって初日の出を慎兄さんと見に行けると思うだけでワクワクするし、そのままお泊まりできるんだと思うと顔がにやけた。
「慎太郎くんも本気みたいだし、三春ももう大人だしね。俺がとやかく言うこともないかなと思って」
「壱夜兄さん……」
「それに付き合いたてなら楽しみもいっぱいあるでしょ。せっかくだから慎太郎くんにたくさん甘えるといいよ」
「甘えるって、僕もう二十二歳だよ? 子どもじゃないんだし、それにそんなことしたら慎兄さんに迷惑をかけることになる」
「彼氏なら甘えてほしいって思うんじゃないかな」
「か、彼氏……」
慎兄さんは間違いなく彼氏だけど、改めて言われるとやっぱり気恥ずかしい。
「それに慎太郎くんなら喜んで甘やかしてくれると思うよ。まぁ、三春は普段どおりにしてても十分可愛いけど」
「そんなこと言うの兄さんたちくらいだよ」
「慎太郎くんは言わないの?」
「……言ってくれるけど」
「三春は世界一可愛いよ」
そう言ってニコッと笑う顔がなんだか可愛く見えた。
「……あのさ、兄さんも靜佳に可愛いって言われたりする?」
思わずそう尋ねると壱夜兄さんの顔がパッと赤くなった。「ななな何言ってるの」と答える声も少し上ずっている。
「急に何言い出すの」
「前に靜佳が“壱夜さんも可愛いところがたくさんある”って言ってたから」
今度は眉間に皺が寄った。
「靜佳のやつ……」
「兄さん?」
「俺の話はいいから。それより三春のほうこそ慎太郎くんに可愛いってたくさん言われるでしょ」
「そ、れは……そう、かな」
「たくさん言ってもらうといいよ。もちろん三春はそのままで十分可愛いし、ニコッて笑うだけで慎太郎くんはメロメロなんじゃないかな」
「メロメロって……」
「メロメロじゃないの?」
「そんなのわかんないよ」
いつも「可愛いよ」と言ってくれるけど、メロメロなのかどうかなんて僕にわかるわけがない。
「ここで“当然”って言えないのは俺たちのせいか」




