三春と靜佳の話1
「で、聞きたいことって壱夜さんのこと?」
駅前のバーガーショップで待ち合わせた靜佳が、ハンバーガーにガブリとかじりつきながら僕を見た。いつもなら壱夜兄さんが働いている喫茶店で会う。それなのにわざわざこんなところに呼び出したから「壱夜さんのこと?」と聞いてきたんだろう。
(だって、喫茶店だと壱夜兄さんがいるからさ)
だから壱夜兄さんに聞かれたくない話をするのは難しい。靜佳は今日仕事が休みで、それなら大丈夫だと思って呼び出した。それなのに「夕方までならいいけど」なんて最初に言うってことは壱夜兄さんを迎えに行くつもりに違いない。
もしかするとそのままお泊まりコースなんだろうか。今夜は僕も慎兄さんとご飯を食べる約束をしていて、二海兄さんは昨日から優美ちゃんのところに行ったままだ。
「靜佳はいいよね」
うらやましくて自然と口が尖ってしまった。
「何が?」
「だって、いっつも壱夜兄さんと一緒でしょ? 今日だって迎えに行くんだよね?」
「そうだけど……って、あぁ、慎太郎のところに泊まるの許してもらえないんだったっけ。壱夜さん、慎太郎のことで何か言ってた?」
「慎兄さんのことっていうか、僕のことっていうか……」
四日前、慎兄さんの部屋に泊まりたいとメッセージを送ったときのことを思い出した。
“そんなに慎太郎くんと一緒にいたい? 俺だって三春と一緒に過ごしたいのに”
ココアを飲み終わる頃に返ってきたメッセージを見た僕は、「えぇ」と困惑した。心配性の壱夜兄さんだけど、ああいう内容のメッセージを送ってきたことはこれまでない。もしかして何かあったんだろうかと思って慌てて帰宅すると、先に帰っていた二海兄さんが「兄貴、すっげぇしょげてるけど」と呆れたように笑っていた。
それ以来、慎兄さんの部屋に泊まりたいと言い出せないままでいる。
「壱夜さんのは単なる心配性だよ」
「そうだとしても、僕だってもう二十歳すぎてるんだよ?」
「可愛い可愛い三春を慎太郎に取られた嫉妬も少しは混じってるんだろうけど」
「意味がわからない」
「まぁ、普通の兄弟ならそこまで思わないだろうけどさ。でも、おまえんとこはちょっと違うだろ?」
ほかとどのくらい違うかはわからないけど、小さい頃から両親がいない生活をしてきたという点ではそうかもしれない。
僕が四歳になる前、母さんが病気で天国に行ってしまった。一緒に過ごした記憶はほとんどないけど、兄さんたちがしょっちゅう写真や動画を見せてくれたから顔だけはしっかり覚えている。
そんな状況でも父さんは海外での仕事が忙しくてあまり家にいられなかった。母方の伯母さんもいろいろ手伝ってくれたけど、僕を育ててくれたのは年の離れた兄さんたちのようなものだ。
「それに幼稚園のときのこともあるだろうし」
「そうかもしれないけど……」
幼稚園でのことが兄さんたちのトラウマになっていることはなんとなくわかる。いまだに過保護なくらい心配してしまうのも理解はできた。
(小さかったからか、僕自身はあんまり覚えてないけどさ)
いまでも覚えているのは「可愛いね」と笑っていたおじさんの顔と、あとは頭や背中を撫でられたことくらいだ。思い出すと嫌な感じはするけど、はっきり覚えていないからか怖いと思ったことはない。
そんな僕より大きかった兄さんたちは、あのときのことを鮮明に覚えているんだろう。だから僕がどこか行こうとするたびに「一人じゃ駄目だよ」「一緒に行くから」と言っていつもついてきた。何かしようとするたびに「やっておくから」と言ってさせてもらえなかった。さすがに中学に入ってからはそこまでではなくなったものの、いまでも夜の外出にはあまりいい顔をしない。
(僕がまたあんな目に遭うって心配してるんだろうけど)
大事に思ってくれるのは嬉しいけど、僕だってもう二十二歳だ。そりゃあ兄さんたちに比べたら大人に見えないかもしれないけど僕だって成人している。それに慎兄さんは恋人で危ない人じゃない。
「僕だってもう二十二だし、子どもじゃないんだけどなぁ」
「子どもじゃなくなったぶん別の意味で危ないと思うけどな」
「どういうこと?」
「ろくでもない虫がわんさか寄ってくるってことだよ」
そういえば二海兄さんにも似たようなことを言われたのを思い出す。
「意味がわからない」
「わからなくてもいいけどさ。壱夜さんは、いまも昔もいろいろ心配してるってこと」
「心配してくれるのはありがたいと思ってる。でも僕はもっと慎兄さんと一緒にいたいし部屋にも泊まりたい。だって壱夜兄さんはしょっちゅう靜佳のところに泊まってるよね? 僕と慎兄さんも恋人なんだし、ちょっとくらい泊まってもいいと思うんだけど」
「まぁ、そう思うのが普通だよな。二十二歳なんてまだまだヤりたい盛りだろうし」
靜佳の言葉に首を傾げた。
「“やりたいさかり”って、なんのこと?」
「……は?」
「僕は慎兄さんと一緒にいたいだけだよ。それに、泊まるためのパジャマとか枕とかいろいろ買ったから、それも早く使いたい」
なぜか靜佳がハンバーガーを持ったままじっと僕を見つめている。無言のまま見つめられるとさすがに居心地が悪い。
「なに?」
「いや、見事なほどの箱入り息子だなと思って。呆れるより尊敬したくなる」
「何が言いたいのさ。もしかして馬鹿にしてる?」
「馬鹿になんかしてないって。いまどきエロ本すら知らない奴がいるんだなと思って驚いただけ」
「エロ本なら知ってるよ。海外の官能小説だって読んだことある。でも僕は女の子を好きになったことはないし、ちっともおもしろいと思わなかった」
「いやいや、おもしろいかどうかは別にして性欲は湧くだろ」
「そりゃあ初めて見たときはギョッとしたけど、別にドキドキしたりなんてしないよ。そもそも女の子の裸に興味なんてないし」
「ちょっと待て。それじゃあ三春は何をオカズに抜いてんだ?」
「もちろん慎……」
「あぁいい。言わなくてもわかった」
靜佳がまた変な顔をした。
(自分から聞いたくせになんだよ)
昔から靜佳はたまにこんな顔をする。大体は僕が何か相談したときで、最後は「まぁ、三春だからな」で終わるんだ。
「まぁ三春だし、予想どおりって言えばそうなんだけど」
今回もやっぱり同じようなことを言われてしまった。何に呆れているのかわからないけど、こういう話ができるのは幼馴染みの靜佳だけだから甘んじて受け入れるしかない。
(そもそも男同士の恋愛の相談なんて、ほかの人には絶対にできないし)
壱夜兄さんや靜佳みたいに綺麗でかっこいい大人の男なら変に思われないかもしれない。でも僕なんかの恋愛話なんて、たとえ女の子と付き合っていたとしても聞きたくはないはずだ。
しかも相手は芸能人みたいにかっこいい慎兄さんだ。話を聞いて、慎兄さんの写真を見て、最後は反対されて終わるに決まっている。
「僕だって慎兄さんのところに泊まりたいのになぁ。どうして駄目なんだろう」
ハァとため息をつくと「壱夜さんもそろそろ弟から卒業しないとな」と靜佳が口にした。
「卒業?」
「そう、三春のことばかり考えることから卒業しないとってこと。それに、いい加減俺だけを見てほしいし」




