三春と慎太郎の話11
こうして僕は小さいときからずっとずっと好きだった慎兄さんと恋人になった。しばらくは夢なんじゃないかと思ったりもしたけど、何度も部屋に行ったりデートしたりしているうちにようやく実感できるようになってきた。そのせいか、恋人になる前とは違う悩みが出てきて困っている。
(こんなこと思うのは慎兄さんに対して失礼だと思うけど……本当に僕でいいのかな)
慎兄さんは毎日「好きだよ」と言ってくれるけど、それでも不安になることがある。だって慎兄さんはあんなにかっこいいのに、その隣にいるのが僕みたいな何もできない奴でいいのかってどうしても思ってしまうんだ。
(いろいろ努力はしてるけど、そう簡単には変われないし……)
付き合い始めて一番に気になったのは見た目のことだ。慎兄さんは「可愛いよ」と言ってくれるけど、それだって恋人フィルターがかかっているからかもしれない。「可愛くないなんて三春くんの思い込みだよ」と言われても、僕が可愛いなんてあってはならないことだと思ってきたからかどうしても信じられなかった。
(ずっとそう思ってきたし、そう思わないと駄目だと思ってた。でも……いまは少しでもいいから可愛くなりたい)
かっこいい慎兄さんの隣にいてもおかしくない自分になりたいと本気で思っている。
(っていうか、そもそも男の僕と一緒にいて大丈夫なのかな)
よく考えたらそっちのほうが大変なことかもしれない。慎兄さんはかっこいいからどこにいても注目される。それなのに男の僕が恋人なんて知られたら大問題にならないだろうか。もし変な噂でも流れたらお店にも迷惑をかけることになる。
(いまのところ、あからさまに変な目で見られることはないけど……)
今日もショッピングモールで並んで歩いたけど、ヒソヒソ話をされたり指をさされたりすることはなかった。たまに女の子たちが「きゃあ!」なんて黄色い声を上げたりするけど、それは慎兄さんがかっこよすぎるからだ。いつもそばで見ている僕だって「やばいやばいやばい!」って思うくらいだから叫びたくなる気持ちはよくわかる。
(慎兄さんはいつだってかっこいいもんな)
仕事中のキリッとした慎兄さんも、眠そうにあくびをする慎兄さんも全部かっこいい。なかでも断トツなのがデートのときの慎兄さんだ。服や髪型はもちろん、表情というか雰囲気というか、そういうのまでかっこよくていつも見惚れてしまう。
(そんな慎兄さんに僕なんか……って、駄目だ! こんなふうに考えるのはよくないって優美ちゃんにも言われたのに)
可愛くなれるかは置いておいて、服装は前よりもずっとお洒落になったと思っている。今日着ている服は二海兄さんと優美ちゃんが選んでくれたもので、自分では絶対に手に取らない明るい色だ。これまであまり着たことがない色味だからか気になってソワソワしたけど、慎兄さんも「可愛い」と言って褒めてくれた。
(優美ちゃんはアパレルショップの店員だし、兄さんたちよりはいろんなこと正直に話してくれるし、優美ちゃんがいてくれてよかった)
「可愛い」に関しては優美ちゃん以上に頼りになる人はいない。
僕に彼氏ができたと聞いた優美ちゃんは「めっちゃ可愛くしてあげる!」と言ってくれた。言葉どおり服や小物の組み合わせを考えてくれたり、最近では化粧品のことなんかも教えてくれる。
冬の間だけ小さい頃から使っている青い缶のクリームを塗るくらいしかしたことがなかった僕は、毎日優美ちゃんに言わたとおり化粧水や乳液なんかを使うようになった。週末は優美ちゃんと一緒にパックというのもやっている。
(ちょっとは可愛くなれてるといいんだけど……)
肌がつるつるのすべすべになったような気はしている。服も優美ちゃんのおかげでお洒落になった。これなら……と思ってはいるものの、慎兄さんの隣に立つたびに本当はどうなんだろうとつい考えてしまう。
そんなことをつらつら思い返しながらスマホの画面を見た。
「今日は泊まれそう?」
「うーん……やっぱり返事、来てません」
出かける前にメッセージを送った。デート中も確認して、慎兄さんの部屋に来てからも何度も見ているけど返事が表示されることはない。
(壱夜兄さん、まだ怒ってるのかな)
恋人になったその日に外泊したからか、あの日以来僕は慎兄さんの部屋に泊まることができないでいる。理由は壱夜兄さんが許してくれないからだ。
(やっぱり慎兄さんに迷惑をかけるって心配してるんだろうなぁ)
少し前の僕だったら同じ心配をしていたと思う。でも、僕はもう以前の僕じゃない。見た目以外のこともいろいろがんばっている。
これまで本を読むこと以外興味が持てなかった僕だけど、慎兄さんと恋人になってからはいろんなことが気になるようになってきた。自分でも変わったなと思うのは、これまで「別にいいや」と諦めていたことにもチャレンジする気持ちが湧いてきたことだ。
最初に始めたのは自分の部屋の掃除で、いまでは美容師の仕事が忙しい慎兄さんに代わってマンションの部屋の掃除もやっている。ほかにもタグを見て洗濯できるようになったし、買い物もそれなりにできるようになってきた。
(いまじゃ壱夜兄さんとポイントの話だってできるしね)
以前は一人でスーパーに行くことさえなかった。
(兄さんたちが心配するからって何もしなかった僕が悪い)
そもそも兄さんたちが必要以上に心配するのには理由があった。
幼稚園生のとき、知らない人に声をかけられた僕はフラフラとついて行ってしまったことがあった。
「ぼく、可愛いね」
「かわいい?」
「うん、とっても可愛い」
知らないおじさんだったけど、可愛いと言われた僕は嬉しくなっておしゃべりしながらおじさんの後をついていった。
兄さんたちはそのことが忘れられないらしく、小学生になってからも学校の友達と遊びに行くことをなかなか許してくれなかった。中学や高校のときも門限があり、おかげで友達と放課後寄り道することもほとんどなかった。
(僕が可愛いなんて言われて有頂天になったせいだ)
そう思った僕は、小学校に入ったあたりから「僕は可愛くない。絶対に可愛くない」と考えるようになった。もしまた「可愛いね」と言われても否定できるようにするためだ。
(僕はもう二十二歳の大人だ。幼稚園生の頃とは違う)
可愛いなんて言われてもついていったりはしない。腕を掴まれても振りほどけばいいし、それが駄目なら声を上げればいい。何もできない子どもでもか弱い女の子でもないんだから、もっといろんなことに挑戦すべきだ。
(それなのに危ないから何もしなくていいっていう兄さんたちの言葉を真に受けて、本当に何もしないままでいたなんて駄目すぎる)
いろいろ自分でやるようになって、僕がどれだけ兄さんたちに甘えていたのかようやく気がつくことができた。
(こんなふうに考えられるようになったのも慎兄さんのおかげだ)
慎兄さんの恋人になってから、僕は慎兄さんにふさわしい大人の男になるにはどうしたらいいのか考えた。考えているうちにもっと自立しないと駄目だと思うようになった。いまは見た目のことのほうが気になるけど、中身が変わらないと慎兄さんにふさわしい男にはなれない気がする。
(僕だってやればきっとできる。それに前よりはできることが増えたと思うし)
こうやって自信が湧くこともあれば、さっきみたいに不安になることもあった。そんな毎日を僕はくり返している。
それにしても壱夜兄さんはどうしてお泊まりを許してくれないんだろう。交際自体は「よかったね」と言ってくれたのに……スマホの画面を見ながら最近の壱夜兄さんのことを思い浮かべた。
慎兄さんは家事がそこそこできる。何もしてこなかった僕よりずっと上手だ。それでも何か手伝いたくて、料理上手の壱夜兄さんに簡単にできる料理を教えてほしいと頼み込んだ。そのときも「三春のためなら喜んで」と言って僕専用のレシピまで考えてくれた。
(そんなことまでできる壱夜兄さんって、やっぱりすごいよな)
前からすごいとは思っていたけど、実際に自分でいろいろやるようになって改めてそのすごさを実感している。包丁すら握ったことがなかった僕に一から使い方を教えてくれるのもすごいし、僕でも作れるように簡単な方法を編み出してくれたのもすごい。
おかげでフレンチトーストと生姜焼きだけは作れるようになった。フレンチトーストは僕が好きだからで、生姜焼きは慎兄さんが好きだと教えてもらったからだ。
(教えてくれてるときは普通なのに、慎兄さんに食べさせたいって話すとちょっとだけ不機嫌になるんだよなぁ)
昼間デートに行くことには何も言わない。それなのに夜ちょっと遅くなるだけで渋い顔をした。
(そういや靜佳が「難しい年頃なんだよ」とか言ってたっけ)
年頃かどうかはわからないけど、壱夜兄さんにはちょっと頑固なところがある。普段が優しすぎるくらい優しいから忘れがちだけど、今回は久しぶりに頑固な壱夜兄さんが出ている気がした。
そうだとしても、このまま慎兄さんの部屋に泊まれないのは絶対に嫌だ。だって、恋人ができたら部屋を行き来したり泊まったりするのが僕の夢だったんだ。そもそも兄さんたちは恋人の部屋に泊まるのに僕だけ駄目だなんて納得できない。
「もう一回聞いてみます」
慎兄さんが「がんばって」と頭をポンと撫でてキッチンに向かった。それだけで顔がポッと熱くなる。
(もし泊まったら、こんなふうにずっと慎兄さんとイチャイチャできるのにさ)
初めて泊まった日、寝落ちするまでたくさん話をしたのが楽しくて忘れられない。またあんなふうにたくさん話をしたい。僕が知らない慎兄さんのことをもっと聞きたいし、僕のことだってもっと話したい。
それにせっかくお揃いのパジャマや僕専用の枕を買ったんだ。早く使いたいのに壱夜兄さんが許してくれないせいで使わず終いになっている。
(慎兄さんもまだ着てないって言ってたけど、あのパジャマ、絶対に似合うと思う)
それにお揃いのパジャマなんて、まるで恋人みたいだ。
(いや、恋人なんだけどさ)
恋人のキスだって何回もしている。車の中でもするし、帰ってきたときに玄関でもした。慎兄さんの部屋でキスをしていない場所はないような気がする。
(あっ、でもトイレとお風呂ではしてないか)
さすがにそんなところでキスはできない。できないけど……玄関でしたキスを思い出してソワソワしてきた。暴れたくなるような、ウズウズするような気持ちをなんとかしたくて、クッションを抱きしめながら足をバタバタさせる。
「どうかした?」
コップを持って来た慎兄さんに見られてしまった。「な、なんでもないです」と慌ててソファに座り直す。
テーブルに並んでいるマグカップもお揃いで買ったものだ。中身は僕が好きなココアで、慎兄さんのにはカフェオレが入っている。
(こういうの、恋人っぽくていいな)
そう思うだけで顔がにんまりした。
「メッセージ、もう一回送ってみます」
「許してもらえるといいね」
「はい」
ドキドキしている僕の耳に「待ち遠しいなぁ」という声が聞こえてきた。「僕だって待ち遠しいです」と心の中で答えながらグループメッセージの画面を開く。
一文字ずつ念を込めながら“今夜、慎兄さんの部屋に泊まりたいです”とメッセージを打ち込んだ。そうして「どうか許可が出ますように」と祈りながら送信ボタンを押す。
「どうかな……」
「そろそろいい頃合いだと思うんだけどね」
そう言って微笑みながら隣に座った慎兄さんの腕に、ほんの少し自分の腕をくっつけながらこくりと頷いた。




