三春と慎太郎の話10
「本当にやってねぇんだろうな」
「だからやってないって昨夜もメッセージ送っただろ」
「下半身においておまえはまったく信用できない」
「失礼な奴だな。三春くんに関して俺は賢者タイムにならなくても賢者になれる男だよ」
帰宅してから、こんなふうに慎兄さんと二海兄さんがずっと言い争いをしている。きっと僕が慎兄さんの部屋に泊まったからだ。
(ちゃんとメッセージ送ったのに)
昨日、僕は慎兄さんと恋人になった。お互いに好きだと告白して、それからキスをした。家族だとか友達だとかのキスじゃなくて、ちゃんと恋人としてのキスだ。そのまま夕食を一緒に食べて部屋に泊まった。もちろん兄さんたちには事前にちゃんとメッセージを送っている。
(壱夜兄さんからは返事、来なかったけどさ)
気にはなったものの泊まりたい気持ちが抑えきれなくて、そのまま泊まってしまった。そのことは反省している。でも二海兄さんは駄目だなんて言わなかった。
それに「慎兄さんと恋人になりました」という報告だってちゃんとした。それに対する反応は何もなかったけど、二人に心配かけないようにいつだってちゃんと報告も連絡もしている。
(もしかしてメッセージで恋人ができたって伝えたのが悪かったのかな)
だけど二人には早く伝えたかったんだ。それに二人とも僕が慎兄さんを好きなことには薄々気づいていたはず。報われない恋をしているのは自分でもわかっていたし、だから二人は何も言わすに見守ってくれているんだと思っていた。
(喜んでくれると思ったのに……)
泊まるのが駄目ならメッセージを送ったときに言ってくれればよかったんだ。「さっきまで楽しい気分だったのに」と少し頬を膨らませながら二海兄さんを見る。
家に着いたのはお昼を少し過ぎた時間だった。今日も慎兄さんはお休みで、だからわざわざ車で送ってくれたのに、「おい」と低い声で呼び止めたのは二海兄さんだった。それから「やったのか」「やってない」という言い合いをずっとくり返している。
(そういえば前にもこんなふうに言い争ってる二人を見たことがあったっけ)
あれは僕が小学生のときで、兄さんたちが高校を卒業する前だった。あのときは「まだ小学生だぞ」と二海兄さんが怒っていて、それに慎兄さんが「手を出すわけないだろ」と言い返していた。それから少しして慎兄さんは赤色が混じった髪になり、そのまま都会に行ってしまった。
そんなことを思い出していた僕を、くるりと振り返った二海兄さんが睨むように見る。
「三春、ケツは痛くないんだな?」
「えっ? お尻? 別に痛くないけど……」
急に何を言い出すんだろう。首を傾げながら答えると、大きなため息をついた二海兄さんが慎兄さんを見た。
「ったく、兄貴といい三春といい、ろくでもない男に好かれやがって」
「俺と靜佳を一緒にしないでほしいな」
「同じだろ」
「靜佳はけだものだよ? 我慢できなくなって高校に入ってすぐ壱夜さんを襲うような奴と一緒にされたくないね」
「キスだけだけどな」
「俺は昨日までキスすら我慢してたんだ。俺のほうがずっと紳士じゃないか」
「どの口が言いやがる。ランドセル背負った子どもに欲情した時点でアウトだ」
「欲情じゃない、好きになっただけだ。誰に恋をするかは俺の自由だろ?」
「あー、わかったわかった! 好きになるのに年齢なんて関係ないって話だろ。はいはい、これまで手を出さなかったことだけは褒めてやる」
「おまえに褒められるなんて気持ち悪い」
「なんだとコラ」
いつもよりずっと低い二海兄さんの声にビクッとしたのは僕だけで、慎兄さんはかっこいい顔でニコニコと笑っている。
(ケンカかと思っていたんだけど違ったのかな)
それとも親友だとこうした言い争いも普通なんだろうか。前に見たときもびっくりするくらいの言い争いに見えた。だけど二人はいまも親友のままでいる。今回もきっとそうなるんだろうけど、できれば二人がケンカするのは見たくない。「あのときみたいに早く仲直りできますように」と心の中で祈りながら見守っていると、「三春、本当にこいつでいいのか?」と言いながら二海兄さんが振り向いた。
「なんのこと?」
「彼氏だよ。本当にこいつが彼氏でいいのかって聞いてんだ」
二海兄さんの言葉に顔がカァァと赤くなった。
「かか、か、彼氏……」
「彼氏じゃないのか?」
「か、彼氏だよ!」
口にするのはちょっと恥ずかしいけど、慎兄さんと僕は恋人になったんだから彼氏で間違いない。
「ぼ、僕はずっと慎兄さんが好きだったし、慎兄さんも、その、僕のこと好きだって言ってくれたし。だから、か、彼氏だし」
「……はぁぁ。こんな三春を慎太郎にって考えるだけで頭が痛くなる」
「三春くんをこんなふうに育てたのは二海たちだろ? 大事にしすぎて箱の中に閉じ込め続けた結果だ。まぁ、おかげで俺は三春くんのいろいろな初めてをもらうことができるわけだけど」
「そういうとこだよ!」
二海兄さんが慎兄さんの後頭部をベシッと叩いた。叩かれた慎兄さんは、なぜか「そういう意味では感謝してる」と笑っている。それをギロッと睨みつけた二海兄さんも、最後は呆れたような笑みを見せた。
「まっ、三春が幸せなら俺はそれでいいけどさ。三春、親父にもちゃんと知らせておけよ」
「うん、わかってる」
普通の家なら、男の僕に男の恋人ができたなんて話したらきっと驚くだろう。でも、父さんなら大丈夫だと確信していた。
十年くらい前、壱夜兄さんと靜佳が付き合い始めたときも一番に祝福したのは父さんだった。父さんは男同士でも気にならないみたいで、僕たちは家族全員で壱夜兄さんたちのことを応援してきた。
(二人が本当に好きあってるのは僕から見てもわかるくらいだったし。それで応援しないなんて選択肢はないよね)
たまにケンカするみたいだけど、それも含めて二人は素敵なカップルだと思う。そんな二人を見守ってきた父さんなら僕と慎兄さんのことも応援してくれるはず。
「親父、ボロ泣きするだろうなぁ。そこは可愛い三春の写真を送ってやれば大丈夫として、問題は兄貴の天の岩戸のほうか」
「天の岩戸?」
「まったくいまさらだよな? 三春の気持ちずっと知ってたくせに、いざ付き合うって言われた途端に部屋に閉じこもるなんてさ」
壱夜兄さんが姿を現さない理由がようやくわかった。「やっぱり僕のせいなんだ」としゅんとすると「気にするなって」と二海兄さんにポンと肩を叩かれる。
「メッセージまで無視するなんて大人げないよな。まぁ、三春のこと自分の息子くらい大事に思ってたからなぁ。親父と一緒に『三春まで嫁に行くなんて』って絶対に泣くぞ」
「さすがにそんなことはないと思うけど……」
そもそも僕は男だし嫁に行くわけじゃない。それでも一瞬言葉が詰まったのは、壱夜兄さんが靜佳と付き合い始めたときの父さんを思い出したからだ。
交際の話をした二日後、突然帰国した父さんは「壱夜がお嫁さんかぁ、寂しくなるなぁ」と目に涙を浮かべていた。そうして戻るまでの一週間、毎日のように壱夜兄さんに「もちろん応援してるけど、もし、万が一、どうしても靜佳くんのことが嫌になったら僕のところにおいで」と話していた。
「親父、兄貴のときも『嫁に行くのはまだ早い』とか言ってたしな」
「だから、僕はお嫁に行くわけじゃないってば」
口ではそう言いながら“お嫁に行く自分”を想像してみた。もちろん本物のお嫁さんになれるわけじゃないけど、そんな気持ちで慎兄さんの隣に立つ自分を想像すると……思ったよりも悪くない気がする。
(って、なに考えてるんだよ!)
慌てて頭をブンブンと振った。それを見た慎兄さんが「可愛い」と言って頭を撫でてくれる。その手をペシッと叩いた二海兄さんが「可愛いのは当然だ」なんて文句を言い始めた。
「俺の前じゃもっと可愛いけどね」
「マウントのつもりか?」
「ただの真実だ」
「さっそく彼氏面かよ」
ケンカしているように見えるけど、こういうのが親友なのかもしれない。そんなことを思いながら僕の目は慎兄さんばかり見ていた。




