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69話

 海底の神殿に降り立つと、やはりその荘厳さに目が奪われる。

 大きさではなくその佇まいと言えばいいのだろうか?

 神様の創ったものに宿る力を感じるというべきか。

 この空間で言葉を発することすらためらわれる、そんな空気を内包した神殿。

 ただ一つの遺跡のために建てらた、その聖域をこれから壊すという大役を行うのに若干のためらいが感じられる。

 

「さあ、こちらです」

 桐山に乗り移っている蛇の女神様が、俺とキツネを奥に誘う。

 桐山の姿が悪いわけではないが、やはりどこかミスマッチに感じてしまうのは仕方がない事だろう。

 通された一室。そこには水に浮かんだ一個の石があった。

 石が浮んでいる水は、循環し壁の外に運ばれていく。

 ピラミッドの時にも思ったが、言ってしまえばただの石ころだけで周囲の環境に多大な影響を与えられるというのは、ただただ脅威でしかない。

 まさに神様の創造物なんだな。


 俺が蛇の女神様に続いて部屋に入ると、その荘厳さが突如として失われたような気がした。

 何か、そう何か、いる。

 嫌な空気だ。

 決して淀んではいない、とても清々しい空気ではある。

 しかし、言い知れない不安を掻き立てる空気。

 辺りを見回しても遮蔽物のない空間で、見落とすものなど無い。

 確かにこの空間には、俺達しかいないと視覚情報は言っている。

 でも、どうしてもそうでは無いと何かが告げている。

 

 生きさえ吸うことがためらわれる、重苦しい空気。

 つい最近感じたことのある、逃げだすことすら出来ない恐怖。

 あいつだ。

 あの女が、ここにいる。


 姿は未だに確認出来ないが、こんな空気を発することのできる奴が、そう何人もいてたまるか。

 間違いなくあいつが、この空間のどこかにいる。

 姿は隠しているのに、その存在感を微塵も隠すつもりのないあの女に、心の中で何度も何度も毒づく。

 しかし、身体は正直だ。

 一歩、二歩と足がうしろに運ばれている。

 そう、本心では今すぐ逃げたい。

 外が海中だからとか、関係なしに走って逃げたい。

 

 そんな俺の葛藤は、蛇の女神さまの声で途切れた。

「いたずら者がいるようですね。もう私にもその姿を見せられなくなったんですか?」

「ふふふ、私がお姉さまから隠れる必要がありますか?」

 間違いない! この声!

 あの時の女の声。

 これで確定した。今、俺の出会いたくはないリスト第一位の女がこの場所にいる。

「出てこい、虫女!」

 キツネが明らかな敵意を込めて、空間の一点に向けて声を発する。

 その声を受けて、まさにキツネが声を飛ばした空間から一人の女が姿を現す。

 

 最初の印象は、美しい。

 その一言に尽きる。

 姿形だけでなく、その佇まい。

 吐き出される空気すら、美しいと感じてしまう。

 しかし、次に訪れたのは既視感。

 誰かに似ている。

 どこかで会ったことがある。

 そんな印象がぬぐいきれない。


 そして何よりおかしいと思うのは、俺の中にいる達夫が静かすぎる事。

 人生を捨てる可能性すら省みず、自分の全てを捧げた女がそこにいるというのに、俺の中の魔力は一切の熱を発していない。

 これはどういうことだ?

 

「久しぶりね、魔法使い君。ゲームの準備は整ったのかしら?」

「もう一人、お前を見つけていない奴が居るやん。確か、俺達が見つけたらだったよな?」

 先ほどの敵意を霧散させたキツネの言葉に、女は苦笑を浮かべて頷く。

「それでいいなら、良いけど? こっちにも都合はあるから・・・・・・」

 そう言った女の目線が、俺に留まる。

 心臓どころか魂さえ握りつぶされるかと思いうぐらいの、重圧感がその瞳には宿っていた。

 思わずのどが鳴る。

 

「何をしていたのですか? ここは私の領域ですよ」

「いたずら者が悪戯以外の何をするのかしら? ・・・・・・って言いたいけど、あなた達来るの早すぎ。面白いことはこれからだったのに」

 その美しい顔をむくれさせ、女が怒ったようなそぶりを見せる。

 行動はあざとさの残る動作だが、俺はその動作にさえ若干の恐怖を感じる。

 この女の一挙一動が、恐ろしくてしょうがない。

 

 俺は自分の不甲斐なさを感じていた。

 目の前に人生を賭してでも、殴りたい女がいる。

 そのためにこの世界で生きていこうと心に決めた。

 でも、その女を目の前にすると、恐怖することしかできない。

 今も指の一本、いや、一関節でも動かすことが出来ない。

 何が足りない? 俺が目的を遂げるには何が足りない?

 どうすれば、この身体は動いてくれる。

 どうすればこの心は奮い立ってくれる。

 どうすれば俺の目は、仇敵を見据えることが出来る。

 答えの出ないまま、神様たちのにらみ合いの添え物に徹するしかなかった。


「それにしても、何の因果かしらね」

 その言葉は、蛇の女神様に向けられている。

 いや、違う。

 これは誰に向けた言葉だ?

 何となくの違和感が、頭から離れない。

「巻き込みたくないと遠ざけた娘が、こんな場所にいるなんてね。あなたもそうは思わない?」

 だれだ? その言葉、誰と誰に向けた言葉だ?

 言い知れぬ不安が胸の中で渦巻く。

 出会った時から感じていた既視感。

 俺はどこでこの女と会ったことがある? 本当に初対面か?

 

 心の中のモヤモヤが、奥底に押し込めていた何かを引き上げる。

 忘れたいと思う何かと、思い出したい何か。

 そのせめぎ合いは、不意に感じた頭の痛みで勝敗が付いた。

 ・・・・・・思い・・・・・・出した!

 初めてイチモクレンを使った任務で、暴走したあの時。

 歓喜と憤怒を同時に感じていた、あの時に殺意を向けたあの顔。

 そうだ、間違いない!

 あの顔は、間違いなくこの顔だ。

 

 思い出した殺意が、俺の目に仇敵を映す。

 相手が見れれば、とも思った過去の殺意では恐怖までは押し殺すことが出来ない。 

 一瞬だけその姿を確認して、目線がそれる。

 その先には蛇の女神さまの姿があった。

 いや、そこに居たのは間違いなく蛇の女神様のはずなのに、俺の認識では違う人が映っていた。

 桐山さくらが女を見ている。

「護りたい娘を結局、巻き込んでしまうなんてなんて不運なのかしら?」

 その言葉には、不運に対する憐れみではなく嘲りが混じっていた。

 女の言葉を聞いた桐山さくらの目に、流れる何かを見た。


 何でだろう、どうしてだろうか?

 俺にはそうしないといけないような気がして、思わず行動を起こしていた。

 一歩強く踏み出して、手には鍛造した槍を握りしめる。

 キツネも蛇の女神も、目の前の女さえ俺に意識が向くより速く、俺はその槍を女目掛けて投げつけていた。

 絶対的強者に弓引く行為。

 間違いなくやってはいけない行為だと認識できているにもかかわらず、俺にはそうすることが何よりも正しいと思えてならなかった。

次回投稿は01/15を予定しております。

では、次回投稿で。

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