45話
カチリとハマった俺の中の歯車。
今までとは明らかに違うイチモクレン、そして体を駆け巡る熱。
そして感じる晴れやかさ。
心にたまった陰鬱とした何かが、熱により蒸発していくかのような軽さを感じる。
何より、心のどこかで『やっと出番が来た』と、何かがささやきかける。
一度は、たじろいだ巨体の虫の戦士。俺が自分の体を確かめるように眺めていると好機とばかりに鋭い爪を持った指先を俺に向かって振るいだす。
朝焼けになってやっと視認出来るその黒々とした爪は、普通であれば人の身体など容易く引き裂くのだろう。
しかし、今の俺には違う結果が待っていた。
振り下ろされた爪は、俺の目の前で止まっていた。
何かに侵入を阻まれた爪は、俺の目の前で細かく動きながらも確実に止められていた。
まったく違う表情筋を持っているはずの虫の戦士の表情が、俺にも分かるぐらい狼狽していた。
距離を取った戦士は、間髪を入れずにすぐさま違う攻撃を俺に仕掛ける。
しかし、そのどれもが俺には到達せず俺と戦士を隔てる何かに阻まれていた。
その様子を見ながら自分に起きた状況を考える。
今までに起き得ない状況が、今こうして起きている。
どこかで似たような感覚を受けた気がする。
まったく違う状況なのに確かに近い感覚を知っている。
そう、エジプトで感じたものとよく似ている気がしてならない。
山の女神の祝福が、初めて発現したあの時とよく似ている。
ああ、そうか。これは祝福だ。
そう考えると、もう一柱の存在も思い出す。
俺に対して熱烈な祝福をしていった、子供のような笑顔が良く似合う男神の顔が浮ぶ。
あの祝福の効果が、これなのだろうか?
目に映らないイチモクレン、そして創り上げた刀。そして届かない攻撃。
一回の祝福で複数の効果。
違和感を感じる。
自分とは違う神の世界で、そんなにも融通が利くのだろうか?
いや、そんな訳はない。
これまで遺跡に込められた力を見る限り、神であれこの世界では万能ではない。
であるなら、・・・・・・。
目の前でチラチラと虫の戦士が、休まず攻撃をしているのが映っている。
・・・・・・今重要な考え事をしているのに。
危害がないと言っても、目障りである事には変わりがない。
あと少しだけ、時間をいただきたい。
後で必ず、相手をしないといけないんだから、今だけはこの現象に心を割くことを許してもらえないだろうか?
そう想い、大地を軽く蹴って後方に距離を取る。
目に映る全てのものがものすごい勢いで流れ、意図した距離の数倍は離れた場所に降り立つ。
山の中で、よくも木にぶつからずこの位置まで飛べたな。
いや、それよりも俺にこんな身体能力は無かったはず。
身体強化の魔法を常時展開しているスーツを着てはいるものの、それを織り込んで動いた気でいたのに。
・・・・・・もしかして、スーツの能力が上がっている?
何故?
直前まで何も変化はなかったはずだ。
今も形状的にも色彩的にも変化はない。
しかし、熱はスーツにも伝わっているのか、指に伝わる感覚には暖かいと思える。
この熱が伝わったことで、スーツの機能が向上したのだろうか?
そんな機能は、想像もしていないはずなのに。
なら、この身体に関する何かが変化したんだろうか?
元々この身体は、俺自身のものではない。
この世界の俺の同一存在、斉藤達夫のものだ。
俺と彼の違いは・・・・・・そうか、魔力だ。
腑に落ちる気がした。
この世界にある魔法という現象の源、魔力。
魔法を使う者であれば、魔力を扱えなければいけない。
その上で、祈りを神にささげることで魔法は発動する。
そして、俺が現在この世界のいるという結果をもたらした理由も魔力に関することだ。
少なくともこの世界の誰よりも高い魔力を有しているといわれていたが、これまで魔力の魔の字も感じてこなかった。
それが今、感じている熱と同じものであるなら?
俺は生まれて初めて、魔力と言う不思議な力を感じているのかもしれない。
祈りも拒絶もしていない、今初めてだ。
スーツが魔力に呼応して機能を向上させたとしたら、イチモクレンも魔力により機能を変化させる可能性もある。
何せ、俺には分からない魔法という現象なんだから。
何より、刀が出来る前段階。
確かに、俺の目には炎が見えた。
あれも、魔法の一端だとすれば何となく説明できる。
何時だったか、小さな神様が瑠璃男さんの部屋で笑っていた時遊んでいた炎。
あれと俺の炎は似ていた。
そうか、山の女神さまの祝福はこれが正しい発現なのかもしれない。
では、悪戯の神様が与えてくれた祝福は?
魔力を強制的に発現する祝福だったのかな。
そうか、俺はやっと魔法を使ったんだ。
この世界に来て、理解するつもりもなかった祈りをいつの間にかしていたんだな。
祈りは精神を安定させる、心を落ち着かせる効果があると何かで読んだ記憶がある。
では、今本来混乱するべき状況においても、こうして何かを考える事が出来るのも、いつの間にか祈っていた証拠なのかもしれない。
俺は、ようやくこの世界の住人に正式になれたのかもしれない。
そう思うと、今まで何も感じなかった虫の戦士たちが急速の憎く感じる。
俺が住むこの世界を壊すために、壊すためだけに存在する生き物。
人に、神様に害を与えるために遣わされた女神の呪い。
それを今まで、何も感じず相対していられたのが、不思議でならない。
あえて口にすることで、自分に言い聞かせる。
「さあ、害虫駆除を始めよう」
次回投稿は11/28を予定しております。
では、次回投稿で。




