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ルニタニアオンライン イオン編  作者: るるゐゑ
止まる世界
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84.絶望の石

 マジューレの店を出て中央広場に向かうあいだ、二人は一言も話さなかった。イオンの後について教会にやって来たテスは、前を歩くイオンの歩みに迷いがないことに、胸を締め付けられる思いがした。同時に、このとき初めて自分の考えに確信を持てた。――『亀裂』はここにいる。イオンも同じ結論を出したのだから間違いはないだろう。今夜、もう一人死んで全てが終わる。


 二人は教会の前で、中から出てきた何人かの《プレイヤー》とすれ違った。冗談を云い合いながら何処かに向かう彼等には見覚えがあった。彼等は《ギルド》の冒険者達だ。

 教会の入口のアーチを抜けると、ホールの中には顔見知りを見つけて無事を確かめ合う者達や、死者を悼み泣く者、慰める者達が集まって小さな人の集まりを作っている。

 てっきり店にいるものと思っていたマジューレが鳥人達と天井を見上げながら、なにか話し込んでいる。ひび割れた建物の修理を頼まれたのかも知れない。その側でブラウンとダルジュロスがテーブルと椅子を並べている。暗い街の中で今夜、数少ない灯りの漏れるこの建物に人々は集まって来ているらしい。二人が設置しているのは、そうやって集まって来た人達のための休憩場所のようだ。


 一際大勢の集団の、その中心にアレスを見つける。何人かがアレスと一緒にテーブルを囲んで話し込んでいて、テーブルはとりあえず何処かから持ってきたのか、周囲にいる人数には小さすぎた。誰もがそのテーブルの上に広げられた地図をのぞきこむように見ている。アレスの近くにいる《ギルド》の女性職員が、テスに気が付いて微笑む。


「臨時《冒険者ギルド》にようこそ。」


 『臨時』という言葉を強調して冗談のように云ったのは、いつか『生首』に怯えていた女性職員だった。テスは驚きながら微笑み返した。職員の声でテス達に気が付いたアレスが顔をあげた。


「テス、もう大丈夫か?」


「なんとかね。そっちは無事?」


「無事とは云えないな。《ギルド》は全壊して今ここで間借り中だ。街の被害状況をまとめている。」


 そう云って笑って見せたアレスの顔は疲労の影が濃い。彼がライルと別れ、眠るシェリルを抱いて教会を訪れたとき、ホールの中は運び込まれた負傷者と不安そうな人々で一杯だった。何が起きたのかもわからないまま怯える人々に声をかけ、励ましながら手を貸して欲しいと頼んだ。ダルジュロスにシェリルを預けて、怪我人の捜索を買って出た。最初に運び込まれた負傷者達の手当てが終わる頃には、成り行きでこのホールが臨時の《ギルド》のようになっていて、気が付けばその中で指揮を取っていた。街の被害状況と生き残りのドラゴンの捜索、焼け出された人々、問題は山積みだ。教会の外でテスとイオンがすれ違ったのは、街の様子を調べに向かった冒険者達だった。


 イオンは自分が落ち込んでいる間に動き出して、今出来ることをしようとしている人達を見て恥ずかしくなった。自分にも、ここで出来ることが何かあったのかも知れない。


「大勢が入れて普段使ってないのは、このホールぐらいだからね。ちょっと女神様には申し訳ないが……割れてしまったからね。」


 アレスの隣で、罰当たりな事を云って微笑んだのは《NPC》の司祭だった。砕けて倒壊した女神とドラゴンの像の残骸は、ホールの隅に集められて積み重ねられていた。その上にもっと罰当たりな獣人が座りこんで欠伸をしている。チャカとヤラッサだ。イオンが二人に駆け寄ると、豹人が軽く手をあげて答えた。


「テスちゃん無事かニャ?」


「やれやれ……俺達ぁ力仕事ばっかりだな。」


 そう云いながらヤラッサが笑った。


「無事だったのね。」


 イオンはチャカに声をかけた。


「うんニャ、死ぬかと思ったニャ。いきなりでっかいドラゴンが動かなくなったと思ったら、ビームみたいなのが突き破って飛び出て、あれはヤバいニャ。」


「あらヤベェよ、俺の鬣が焦げちまった。危なくて近寄れなかったぜ。」


 ……外のこと考えてなかった。イオンは話題を変えようと、大袈裟に周囲を見回しながら云った。


「ゲルダはどこかしら? 来てると思うんだけど。」


「亀と一緒にいるニャ。あと誤魔化すニャ。」


 チャカとヤラッサが笑った。









 二人が小さな教会の裏庭を訪れると、ゲルダは泉の側で膝を抱き締めて座っていた。すぐ側のロンサムは、甲羅に身体を納めて眠っているのかも知れない。テスとイオンが近付くと、ゲルダが振り向いた。水面の月の反射が彼女の顔を照らした。


「テスさん……もう平気なの?」


「ああ、ゲルダのお陰だ。」


 お陰と云われてゲルダはきょとんとした顔をした。イオンもよくわからずにテスの顔を見た。


「イオンにも親方にも話したことがないけど、俺のレア《特徴》は《隠しスキル・模倣(モノマネ)》だよ。」


 そう云うテスの両眼が紅く輝いた。ゲルダのものよりは弱いが、それは憎悪の石の力のようだった。初めて見るイオンは驚いた。


「見た技を三つまで覚えておける。これでギリギリ死なずにすんだよ。」


 テスはゲルダの隣に座ると話を続けた。


「あのとき、みんな吹き飛ばされて、俺も気を失ってたんだ。気が付いたらナニワがいてね、鹿を抱いてた。ナニワも《識別》持ちだから俺の《特徴》を知ってたんだ。……二人とも燃えてたよ。燃えながら鹿がやって見せてくれた。『亀裂』の塞ぎ方を。」


「……塞げるの?」


 イオンとゲルダの声が重なった。テスは頷いた。


「塞げる。今から塞いでしまおう。イオン……」


 テスはそこでイオンを見た。イオンは眠るロンサムの横に座ると、彼の甲羅を撫でた。


「ゲルダ……ロンサムさんを起こしましょう。起きてもらったら、彼の首に泪の宝石をかけてあげて。」









 ノックの音で眼を覚ました。ロンサムはゆっくりと首と四肢を甲羅から出して眼を開いた。いつの間にか眠ってしまったらしい。……懐かしい夢を見ていたようだ……夢の中で友人と会っていた気がした。


「こんばんは、ロンサムさん。」


 眼を開けると三人の友人たちが彼と一緒に座っていた。みんな彼を見ていた。


「やぁ……お嬢ちゃん達かい。大丈夫だったかい?」


「ロンサムさんも疲れたのね、よく寝ていたわ。」


 ゲルダはそう云いながら、手に持っている物を指先で軽く弄んでいる。闇の中で月明かりを受け、時おり輝くそれを見てロンサムは全てを悟った。


「懐かしい夢を見ていた……夢で会った友人の名前が思い出せなくて……今やっとわかったよ。『ライル』だ、『西風のライル』」


「俺達も会ったぜ、彼が助けてくれた。」


 テスが答えた。ロンサムは静かに頷いた。


「ゲルダちゃん……それを首にかけてくれんかね? それからイオンちゃん、説明……証明して欲しい。私が自分が自分でないと納得して『絶望』出来るように。」


 イオンは座り直して話し始めた。


「私達、ダンジョンで骨の《NPC》に会ったことがあるの。そのとき感じた違和感はあまり強くなかったわ。……《NPC》から感じる違和感は『不気味の谷』みたいな物よ、私達が元の自分達に似ていて、どこか小さな部分で決定的に違う相手に感じるの。ものすごく違う姿の《NPC》からは感じ方が弱くなる。『亀裂』が貴方を……貴方がロンサムさんを選んだのは、それが理由でしょうね。」


 イオンはわざと云い直した。残酷に彼を絶望させることが目的だったからだ。テスとゲルダは黙って話を聞いていた。


「一番最初にうちの店に来たときのこともおかしいの。直前までシェリルさんと会っていた貴方が、シェリルさんより先にうちの店に来るなんて。貴方は歩行速度にペナルティがある種族なのよ。それにスラムの火事のことを粉塵爆発だって知ってたわ。あの爆発の犯人は私で、あの場所にほかの人も亀もいなかった。私の五感はすごく遠いものの形や、壁の向こうのこともわかるの。」


「貴方は遠くのものを見たりする能力があるのね。《統括管理AI》と同じ。それからテレポートみたいなことも出来る。好奇心に負けて、何かに熱中したりして、そういった能力を使ってしまうことがある。《NPC》達と同じで『ついうっかり』することがある。」


 イオンは一度話をやめてロンサムを見た。彼はじっと水面の月を見ていた。同じように月を見ながら、今度はテスが口を開いた。


「この世界の一日は二十四時間だよ。鹿がそう云ってたんだ。……前にイオンと話してたろ? バッフの時間を元に時計を作ったって。ロンサムさん、あんたのバッフの時間はこの世界の時間からずれていってるんだ。この世界はハードウェアの増設で演算速度が上がっていってる。あんたを動かしてるシステムの時間は、この世界の時間から遅れていくんだ。あんたが作った時計が不正確なんてことはないと思う。でも測定結果はずれていったろ?」


 ロンサムはじっと動かなかった。ずっと無言でいるゲルダは泣いていた。


「私は……生きてみることが出来たのか? どうしてこんなことをしようと考えたんだろう? 記憶はきっと削除してしまったんだろうね。……元の世界のことは、何も覚えていない……」


「お友達のこと、夢に見てたじゃない。それにきっと、ここに呼びたかったのね。……ロンサムさん、お友達のことも、この世界も好きなのね。」


 ゲルダは泣きながそう云うと、ロンサムの首に泪の宝石をかけた。――ゲルダは優しい。それに比べて私は、この優しい友人を送る言葉に、なんて非道いことを云おうとしているのか。イオンはそう思いながらもう一度口を開いた。


「獣人達はみんな、『ネコのふり』とか『ライオンらしい振る舞い』で自分達を誤魔化して耐えてる。一番姿形が変わってしまった彼等には、考えるのをやめるためにそんな『ロールプレイ』が必要だった。でも貴方の『ロールプレイ』は『人間ごっこ』だった。……完璧だったけどね。」


 ロンサムは顔をあげて順番に三人を見た。彼は笑っていた。


「イオンちゃん、ありがとう。君は演技が上手くはない。ゲルダちゃん、泣いてはいけない。私が少しでも慰めを見つけてしまったら、上手く絶望出来ないかもしれない。……別れの言葉もいらない。テス君も世話になったね。……さよならだ。」


 テスがロンサムの甲羅に手を置いた。何処かで水の音がした。聞いたことのある音だと三人は思った。ほかにはゲームらしいエフェクトも効果音も何もなく、唐突にロンサムは消えた。


 彼が消える直前に伸ばされたテスの手のうえには、黒く輝く泪型の宝石が残された。漆黒のドラゴンティアー、絶望の石がこの世界に生まれていた。

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