68.殺れば出来る子
テスは歩きながら、丸められた厚手の羊皮紙を取り出して広げた。羊皮紙には不似合いな日本語の文章が癖のない綺麗な文字で綴られている。今朝、マジューレの店でゲルダから受け取ったアレスからの手紙で、受け取ったときにざっと眼を通していた。北門まで歩くあいだにもう一度読んでみることにする。
手紙の内容は、主に『亀裂』の捜索にチャカ達も加わったと云うこと。それに日中のあいだ街にいない《プレイヤー》達の調査についての幾つかの案だった。街の中の《プレイヤー》達の調査ついては、元賞金稼ぎ達に依頼が出されているらしい。変わった行動、目立つ振る舞いをする者の他に、逆に一人でひっそりと友人も仲間も作らずに生活しているような人物も探している。元賞金稼ぎ達は、過去にPK達のスパイを疑って街の《プレイヤー》達を調査したことがあるらしい。
二度読み終えた手紙を、横からのぞきこんでいたイオンに渡して簡単に内容を伝える。イオンも受け取った手紙を読み出した。
「チャカ達で東門と街道を見張るらしい。」
「チャカちゃん帰って来たばっかりなのに。」
「あんまり街道から外れた狩場にいけないからな。チャカは欲求不満だろうな。」
昨夜珍しく素面で帰ってきたチャカは、旅の途中の敵の弱さに不満があるらしかった。修理してもらった骨の剣を構えて、親方相手に小言をこぼしている彼女の顔を、テスは思い出した。――今度の仕事も彼女には退屈だろう。だいたい『観察』なんて向いてなさそうだが、まぁヤラッサがそのぶんしっかりやってくれるだろう。
「鳥人達はどうするの? 街道とか関係ないよ。」
手紙から眼を離さないまま、呟くように訊ねるイオンの問に答えながら、今度はテスが手紙をのぞきこんだ。
「ウチやブラウンの店に来る客達は、親方とブラウンで調べるらしいけど……全員は無理だな。」
どうしても調査漏れは出るだろう。ブラウンや鹿、それにキノコのフェアリーには別に調べる方法が有るのかも知れないが、彼等はその事について何も云わなかった。フェアリーは一度も現れていない。
「それにしても手が足りないわ。こっちのパーティーは、四人いても見張る眼は四つしかないし。」
そう云いながら、イオンは手紙をテスに返すと前を見た。視線の先にいるのは前を歩くゲルダとミスフォーチュンだ。この二人はお互いの事しか見ていない。彼女の視線を追って前を見ながら、テスは別のことを考えた。この二人についてはもうひとつ別の不安がある。ミスフォーチュンは、まだゲルダが戦っているところを見たことがないのだ。――今まで戦うことが出来ずに街で暮らしていた人間に、いきなりゲルダのあれを見せるのはキツい気もする。トラウマを負うことに成りかねない。ゲルダは、その辺りの事は考えているのか?
「大丈夫だと思うか? 見せても。」
イオンも同じことを考えていたらしい。
「……無理かも? さっきゲルダに訊いてみたんだけど、気合いでなんとかするらしいわ。あと、お弁当作ってきたって。」
「……」
うん、すごくどうでもいい。
ゲルダが微笑みながら、首の後ろをつかんで持ってきたウサギの脚を引きちぎる。折って捻る。ぶちぶちと、筋肉と健の千切れる音がして、血がゲルダの白い指を赤く染めた。目の前の光景と笑顔に、ミスフォーチュンの顔はたちまち血の気を失って蒼白になる。その顔にも血の飛沫が飛んだ。
ゲルダがウサギを彼の足元に投げる。ドラゴンティアーの力で強化された筋力で軽々と。地面に打ち付けられたウサギが、少し血を吐いた。
「ヒィッ!」
四肢を失っても身体をくねらせて逃れようとするウサギを見て、ゲルダがその上にかがみこむ。腰を抜かしてへたりこむミスフォーチュンの眼の前で、彼女はウサギの背中に手を当てる。周りの組織ごと背骨を握り潰す。骨の破片と柔らかい組織をこびりつかせて、血塗れの手が引き抜かれる。かろうじて、呼吸のために腹を動かすことしか出来なくなったウサギを見て、ゲルダは満足そうに頷く。彼女はもう一度、ミスフォーチュンを見て微笑んだ。彼はそのまま後ろに後退さる。既に泣いていた。
「さぁ、そいつはもう動けないわ。殺してご覧なさい。」
ゲルダはわざわざ止めを刺さずに、半殺しのウサギを用意して、ミスフォーチュンに『戦い方』を(彼女なりに)教えようとしていた。
街道を行き交う《プレイヤー》達を『観察』する事が第一の目的で、当然街道の近くで狩りをすることになる。異様な光景に道行く人が足を止め、ゲルダとミスフォーチュンを見ている。イオンは少し離れた場所でウサギを撃っていた。テスは思った。――他人のふりか、俺も逃げたい。
「殺すの。」
「た、助け……」
「見本を見せてあげる。」
痙攣するウサギを挟んで、ゲルダは紅く輝く眼で彼に微笑みかけた。ウサギの腹を刺す。そして捻る。かえり血のついた手でミスフォーチュンの震える手を包み込む。血が、肘まで流れて滴り落ちる。
「そのメイスで叩くの。ほらしっかりつかんで。」
ミスフォーチュンは青ざめてガタガタと震えながら、メイスをウサギの腹に当てる。腰が抜けて座り込んだまま、まったく力がはいっていない。メイスの頭部がウサギの腹で跳ねる。
「こうよ。」
云いながら刺したゲルダの手が、手首までウサギの腹にめり込んだ。血が二人の間に飛び散る。
「ヒィッ! 血! 血が!」
「殺りなさい。」
ミスフォーチュンが膝立ちになって、泣きながらウサギの腹を叩き始める。目の前の笑顔の方がモンスターよりよっぽど恐ろしい。
「そう! 殺れば出来るわ!」
ゲルダが嬉しそうに手を叩いて立ち上がる。次のウサギを探しに行くときの足取りは軽く、口笛でも吹き始めそうだ。ウサギが死んで消えた後も、ミスフォーチュンは何もない地面を、泣きながら叩き続けていた。




