67.ゲルダの恋
イオンは結局そのあとまるまる二日、教会の照明の付け替えのために時間を取られてしまった。新しい形状のマジックランタンの追加注文や、聖堂用の取り付け金具の改造などなど、細かな用事が出来てしまい、毎日ゲルダとテスに付き合ってもらいながら教会に通うことになった。
ようやく付け替えの工事が始まっても、イオンは遅れを気にして青い顔をしたダルジュロスと一緒に作業を眺めながら、足りないパーツや工具類をその場で作らされたり、毎日朝から昼過ぎまで工事に付き合わされた。そんなイオンと一緒に毎日教会に通う二人には、それぞれ別々の目的があった。テスの目的は『観察』だった。
亀の云うように《プレイヤー》達をしらみ潰しに『観察』していくことが、今のところ『亀裂』を探し出す唯一の手段だった。
今、教会に働きに来ている《プレイヤー》達は、元スラムの住人で、テスもイオンも、ずっとノーザに閉じ込められていたゲルダも、彼らをよく知らなかった。《ギルド》を通じてある程度まとまっているほかの《プレイヤー》達のように、誰かが誰かの知り合いで、変わった人間なら噂話にでも聞こえてくるような、グリーゼの街の中で既に出来上がっている人の繋がりや、コミュニケーションの和の中に彼等はいない。テス達は、彼等から『観察』を始める事になった。
――それに『亀裂』の件と関係なくても、知り合いが増えるのは悪いことじゃない。とくにゲルダには。
テス達はしばらく、午前中のあいだ教会で彼等と過ごし、狩りは午後からする事に決めた。数日の間、何事もなく作業を眺めて退屈な時間を過ごしていたが、そのあいだに少しずつ変わっていくこともあった。ゲルダだ。
ロンサムを訪ねたときに会ったミスフォーチュンという青年と、ゲルダが二人っきりでいるのをイオンもテスもよく見かけるようになった。彼女がいつの間にかいなくなって、てっきりロンサムに会いに行ったと思っていたら、彼と話をしていたりする。そんなときのゲルダは、何処に行くのか、行ってきたのか、何も話さないのでかえってわかりやすい。イオンとテスは、今も作業の合間の休憩中に、笑いながら話をしている二人を見ていた。
「また見たな。二回目。」
「三回目じゃなかった?」
イオン達から少し離れた場所に、二人は今いる。イオンとテスは二人を『観察』していた。一度冷やかし半分にゲルダにミスフォーチュンのことを訊くと、人気のない場所で会うようことが多くなったらしく、今日のようにすぐ近くに見える場所で二人を見かけるのは珍しかった。イオンとはともかく、テスには二人の話を聞き取れるような距離ではなかったが、人間族のゲルダ達はエルフ族の視力のことを忘れている。イオン達は、ミスフォーチュンがゲルダの胸をチラ見した回数を数えて暇を潰していたのだ。
「あんな顔出来る? 同じ人格なんだろ?」
「無理……見てたら恥ずかしくなってきた……」
「記憶の違いってすげーな。笑うとき手で口隠した。」
テスが大袈裟に驚く素振りをして見せる。
「手をさ、背中に回して、片膝まげてうつ向いて、なんかクネクネしてるぞ。あ、爪先で地面ぐりぐりになった。」
「……やめて、笑い死ぬ。」
「話は変わるけど、もうたいして仕事無いんだろ? 明日は朝から狩りにする? ……四回目。」
「ゲルダがなんて云うかしら? ……五回目?」
「五回目だな。 強く反対はしなくても素直には……」
当の二人が何事か話しながら近付いて来るのに気が付いて、テスは最後まで云わずに口を閉じた。
「ねぇ、ちょっと良いかしら?」
「こんにちはテスさん、イオンさん。」
「どうも、お疲れさま。ゲルダ何?」
テスは簡単に片手を上げて挨拶に答えた。何故か笑っている。ゲルダの顔が少し赤い。正に『眼を輝かせて』という顔をしている。
「明日なんだけど……彼も一緒に狩り、どうかな?」
「へ?」
テスが面白い声を出した。――なるほど、そう来たか。ミスフォーチュンが大真面目な顔で云った。
「僕も……戦って、狩りが出来るようになりたいんです。」
「明日はお仕事お休みなんですって。だから……」
「あ、あーいいよ、もちろん なぁ、イオンもいいだろ?」
「え? え? 良いんじゃないの? じゃあ一緒に行きましょう!」
「よろしくお願いします!」
休憩時間が終ったらしく、ミスフォーチュンを呼ぶ声がした。彼が建物の影に入ると、仲間たちに事前に何か話をしていたのか、乱暴な冷やかし混じりの声と笑い声が聞こえた。友人達が物陰から彼を見守っていたらしい。その声を聞いて、ゲルダの顔がさらに赤くなった。
ヤラッサが棲み家にしているのは《NPC》の経営する宿の一室だった。部屋の中は小綺麗に片付けられている。明るい色のカーテンがわりの布や家具は、彼が自分で選んで勝手に置いたものだ。彼の体格に合うサイズの机は見付からなかったのか、机の脚の間に窮屈そうに膝を入れて、今彼は机の上に覆い被さるようにして座っていた。獅子人の巨大な手の中で、羽のペンは玩具のように見えた。紙の上を滑るペン先の音だけが、しばらく前から聞こえていた。そこに微かな呼吸音が混じった。欠伸だ。ベッドに腰かけていたチャカが伸びをしながら立ち上がって、ヤラッサの座る机に歩み寄った。
「もうすぐ終わるぜ。眠かったら帰っても良いぞ。」
机の上の、ヤラッサが書いているのは《ギルド》から受けた依頼の報告書だった。彼等は街から一番近い巨石群の再調査から昨日帰ったばかりだ。
予定の期間を延長して行った調査は空振りに終った。新しい事実は何も見つからず、成果は上がらなかった。その報告書にいったいどんなことを書くのか。チャカなら四文字以上書けそうにない。『何もなし』だ。それで十分に結果の報告になる。いっそ白紙でもいい。しかしヤラッサの手の下の紙の上には、神経質そうな文字がびっしりと並んでいる。
「パソコンがありゃ、もっと早く終わるんだけどな。」
「私はもう、ブラインドタッチとか出来そうにないニャ。」
「あーそりゃ俺もだな……おし、終ったぜ。」
別の薄い紙を上に当てて余計なインクを吸わせると、書き上げたばかりの書類をくるくると巻いてリボンで結ぶ。ヤラッサは立ち上がって肩を叩いた。
「受け取って来たわ。それと、また依頼したいことがあるらしいわ。」
ナニワともう一人、人間族の女性が部屋に入ってくる。今回の調査中パーティーに、ヒーラーとして加わったミスビリーフと云う名前の肉感的な女性だった。常にノーズヘルムをかぶって、口元しか見せないので美人かどうかはわからない。報酬を受け取りと帰還の報告に《ギルド》に云って戻ってきたのだ。
「またかい、最近人使いが荒いぜアレスの奴。」
「すまんな、緊急事態なんだ。お邪魔するよ。」
ナニワ達の後から部屋に入って来たのはアレスとシェリルだった。忙しい彼等が揃って訪ねてくるのは珍しい。
「今度はなんだ? しばらく街でのんびりしたかったんだけどなぁ。」
「ちょっと世界を救うのを手伝って欲しいんだ。」
「はっ、そりゃスケールがでかいな。緊急事態だな。」
ヤラッサもチャカも、てっきりアレスが冗談を云ったのだと思っていた。




