37.願い
『クエスト』の内容はアレス達が調べあげていた。それは一冊の書物を読むことで始まる。そしてその書物を手に入れる為には、この部屋から始まる謎解きを攻略する必要があったらしい、ホントは。
謎解きは、この部屋の机の上に置かれた紙片を発見する事から始まる。まずそこに記されたメッセージに従って、『前室』や周辺の幾つかの部屋にさりげ無く飾られた絵画や彫像などのオブジェクトを調べ、キーワードを集める。そしてキーワードの中に断片的に隠されたヒントから四桁の数字を入手し、別の場所に隠されていた順番に並び替える事で机の引き出しの鍵を解錠するナンバーを知ることが出来る。しかし鍵を外して引き出しを開けても、中には何もない。実はこの引き出しは心理的盲点をついたダミーで、机から引き出しを完全に引き抜いて覗きこむと、天板の裏に彫りこまれた秘密の隠し場所を見付けることが出来るようになっていた。その隠し場所には、引き出しを覗きこめる方からの死角にワイヤートラップが設置されていて、このトラップの発見と解除に必要な《スキル》値は非常に高いレベルの数値で、失敗した場合のダメージも致命的なものだった。慎重にトラップを解除したあと、ようやく書物を手に入れる事が出来るという、謎解きの難解さと要求される《スキル》レベルの高さから、非常に難易度の高いのものだったらしい。その謎解きのスタートで、ゴールでもある机はヤラッサによると、
「なんかそれ、斧で開いたぜ。」
との事だった。因みに謎解きの方は、アレス曰く、
「暇すぎて、すること無いから後から解いてみた。」
だそうで。
イオンは、部屋に家具らしき残骸が散らばる理由を知って思った。その『クエスト』の本が壊れなくて良かった。『転移装置』を利用可能にする事、或いは『転移魔法』の入手は『開拓団』にとって優先度の高い目標の一つだった。これを利用できるようになれば、その恩恵は計り知れない。世界の探索も飛躍的に進むかもしれない。そしてその『クエスト』は『転移装置』の為だけのものでは無いらしい。アレスが書物を開いて指で指し示し、説明を続けるのを聞く。
「この本は『転移装置』を造り出した魔法使いが書いたもの、という設定らしい。」
書物の内容は魔法使いの日記の体裁をとっていて、『転移装置』の建造に関わる話(主に大幅に遅れる作業の工程や部下への愚痴)や原理的な説明や考察を、さりげ無く混ぜ混んで綴られていた。アレスの説明によると『転移装置』の動作原理は、この『世界』を創ったドラゴン達が自分達を外から『世界』の中に運び込む為に使った力の残滓、残りカスを再構築したもので、この力の存在をドラゴン達に教えられた魔法使いが『転移装置』として利用しようとした。と云うような事が書かれいるらしい。
「それからここを見てくれ。『ドラゴンティアー』……この魔法使いはドラゴンの力の残滓をそう呼んでいるんだが、それを全て集めると再びドラゴンと会える、と有る。」
アレスは一度話をそこで止め、話を聞く者達の顔を順番に見た。話の内容を既に知っているらしいヤラッサとナニワも、押し黙ってアレスを見つめ返している。
「ドラゴンに出会えた者は、願いを一つ叶える事が出来るらしい。この世界の創造主たるドラゴンが、全ての秘密の答えと共に、望みを叶えてくれるとも書かれている。」
「全部で七個かニャ?」
「星入ってるヤツかしら?」
アレスは無視して続けた。
「俺は、これが我々が探していた『ログアウト』の方法ではないかと考えている。どんな願いも叶うなら、可能性はある。」
『ログアウト』と云う言葉にイオンは衝撃を受けた。探していたもの手掛かりをついに掴んだ。いつか帰れるかもしれない、という思いに光明がさした。それと同時に、安易に期待しまうことへの不安がある。望む気持ちの強いぶん、イオンは用心深くなっていた。ノーザと眼が合った。『信じられない。』とその表情は告げていた。テスとチャカはアレスを見つめてやはり無言だった。そして二人が何も云わずに考えている事は、アレスにもよくわかっているようだ。説明の口調と裏腹に、心のうちは同じようなものかもしれない。
「『転移装置』というだけでも挑戦するべきでしょうね。ただ、『ログアウト』の話は、今はまだ内密にするべきかも知れない。」
ノーザが沈黙を破った。アレスはノーザを見て頷いた。ただし問題もあるらしい。
「大きな混乱を避ける為にはそうだろうな。ただ、他の場所の巨石群周辺で同じヒントが見付かることもあり得る。いつまでも秘密にはしておけないな。」
「でも、期待させておいて『ログアウト』出来なかったら、大変な事になりそうよ。」
イオンがそう云ったのを最後に、全員口を閉ざしたまま沈黙が続いた。イオンは『ログアウト』に関しては若干懐疑的な考えでノーザも同じようだ。他の二人はまだ考えがまとまらないのか、思案げな様子をしている。これは慎重に扱うべき問題かもしれない。『願いが叶う』『望みを聞く』という言葉はどんな風にでも都合よく聞こえてしまうし、具体的でない。『なんでも』と云われてもそれは叶える側『システム』の、ゲーム内の設定で云えば創造主であるドラゴンしだいの事だ。《プレイヤー》達の『ログアウト』が、『システム』なりドラゴンにとって実現可能で、容易に叶えてくれるモノなのかは誰にもわからない。
「賭けになるな。それでも俺達で全部見付けるしか無い。」
テスが腕を組んで前を見ながら云った。どのみち挑戦しなければならない『クエスト』だ。それに、はっきりとした事がわかるまでは、公表するべきでもない。『ログアウト』の事も、情報がもっと集まった時に再検討してみるべきだろう。その為にも今このダンジョンにある、最初の一つを手に入れる。黙って話を聞いていたチャカとナニワが頷いた。眼を閉じて考え込んでいたヤラッサはアレスの顔を片眼を開けてチラリと見た。アレスはもう決断しているようだ。するべき事が具体的になると、さっきの用心深い発言の時と逆に、安易に期待してしまう気持ちが自分の中で強くなるのをイオンは感じた。――みんな同じ気持ちかもしれない。仲間達の顔を見回して、イオンは思った。




