38.準備
地上にある巨石群の真下、その中心地は円形の広い空間になっていた。壁の石材の種類は違うが、チャカと骨が戦ったホールによく似ている。金属製の大扉からこの空間に入った一行の眼にまず入ったのは、中央に設置された祭壇とドラゴンの像だった。祭壇には暗号化された『クエスト』のキーワードが刻みこまれているが、キーワードの解読はアレスが既に終わらせていた。ドラゴンのデザインにイオンは見覚えがあった。グリーゼの街の教会でも、このダンジョンでも見たことがある。このドラゴンが『北風のノース』かもしれない。他の場所で一緒に飾られている乙女像は、ここには無かった。このホールのドラゴンは一匹で頭上の透明な球体を見上げていた。
「あの玉を『満たす』のね。」
イオンはドラゴン像のそばに立って、球体を見上げた。あらかじめ読んでおいた『魔法使いの日記』によると、触れながらキーワードを唱えると球体が《プレイヤー》のMPを吸収し始める。球体がMPで満たされれば『転移装置』は起動し、『ドラゴンティアー』を手に入れる事が出来るらしい。どのくらいのMPを必要とするのかは書かれていなかったが、日記の最後に球体を守る守護者の事が書かれていて、MPの供給が始まると、二体のストーンゴーレムが起動するという警告があった。要するに邪魔をするゴーレムと戦いながらMPのチャージを完了させる『クエスト』のようだ。この『クエスト』は魔法系《スキル》の数値か最大MP量が条件になっていて開始されるらしく、アレス達は『クエスト』を受ける事さえ出来なかったらしい。
「まだ玉にさわるなよ。」
ナニワと一緒にホールに入ってきたテスが、インベントリから瓦礫の塊を幾つか取り出しながら云った。テスとナニワは階段の大穴まで戻り、手頃な瓦礫を集めて戻って来たのだ。
「わかってるわ。ねぇ、キーワードってカンペ読みながらでいいのかな?」
「たぶんいいんじゃない? 似たようなクエもそれでいけたけど。」
チャカとヤラッサは、瓦礫を適当な大きさに砕いている。手頃な大きさのモノをアレスがゴーレムの膝や足首の関節の隙間におし当てると、ノーザがハンマーで打ち込んでいく。ノーザのアイデアで、ゴーレムが起動する前に動けなくしてしまおうという作戦だった。最初は『クエスト』を始める前にゴーレムを破壊してしまおうとしたのだが、どうやら破壊不可能オブジェクトらしい。『クエスト』が始まったあとから破壊出来るようになるのか、チャカと戦った骨のように不死身なのかはわからないが、今のうちに動きを封じてしまえれば有利に戦う事が出来る。
《プレイヤー》達はみんなゲーム慣れして、ある意味擦れている。用意された『クエスト』にそのまま挑戦するよりも、楽で安全な方法をなるべく取る。くそ真面目に付き合っていたら、命が幾つあっても足りないというのもある。それに横道のような攻略法は、考えるだけで楽しい。上手くいけば尚更だ。
イオンはアレスからもらったカンニングペーパーから眼を離すと、他のメンバーの作業を眺めだした。『ログアウト』の可能性を誰もが信じている訳でもなく、ノーザは懐疑的な素振りを見せた。アレスとテスは他のメンバーの事を気にして、自分の考えをはっきりと示さない。『ログアウト』と云う言葉に一番希望を見いだしたのはヤラッサだった。ナニワとチャカは何を考えてるのかよくわからない。それでもやるべき事が具体的になると、全員すぐに動き出した。疑問も不安も後回しにして、今出来ることをするしかない。それでも考え方の違いは軋轢を生む切っ掛けになる。
「床石ひっぺがして、ゴーレムの回りに穴でも掘れたらなぁ。」
ヤラッサがゴーレムを眺めて云った。
「この床石は動かせないよ。」
答えたノーザには床石の厚みも見ることが出来る。それを知らないヤラッサが、怪訝な顔をして睨んだ。彼はノーザに気を許していない。アレスとナニワも心の内は似たようなものかもしれないが、態度に表して隠そうとしないのはヤラッサだけだった。ノーザの方は平然として獅子人を見つめ返す。
「僕の事は信用してくれなくて構わないけどねぇ。少なくともこのダンジョンを出るまでは、裏切りや騙し討ちは無いよ。頭悪いな。」
「……!」
ヤラッサが背中の斧に手を伸ばす。ノーザは動かない。アレスが二人の間に入ろうとしたとき、
「コリャ。」
ヤラッサを追いかけたチャカのゲンコツが、二人の頭を見舞った。
「アンタ達、いい加減にしときニャ。」
「俺ぁまだなんもしてねぇよ!」
獅子人が意外なほど情けない声で抗議した。ノーザは尻餅をついて、眼を白黒させている。
「フンッ」
チャカはぷいっと大股で作業場所に戻っていく。
獅子人の情けない姿を見ていたナニワが、背中を向けて肩を震わせているのをイオンは見た。密かに笑っているらしい。テスとアレスは、驚いてチャカを見た後で顔を見合わせて笑った。口元に笑みを残したまま作業を再開した。イオンは意外な行動に驚いてチャカの顔を見た。豹人の表情は相変わらずよくわからなかったが、なんとなく彼女は怒っていると云うよりは照れているように感じられた。




