35.ヤラッサ
「スライムと戦って、味方の攻撃で全滅しかけたって云ったら信じるかい?」
「スライムと戦って、味方の攻撃で全滅しかけたって云ったら信じるかニャ?」
「スライムと戦って、味方の攻撃で全滅しかけたって云ったら信じる?」
「……ごめんなさい。」
「……訳がわからんな。」
イオンの開けた大穴を『浮遊』でこえてアレス達と合流したテス達は、お互いの無事を確認しつつ、惨状の説明に、というより理解を諦めてもらうのに苦労していた。大穴を覗きこんでいたアレスと二人の獣人が立ち上がった。
「ま、詳しい話は上で教えてくれ。」
アレスがそう云って歩き出すと、二人の獣人も後に続いた。
イオンは獣人の一人に見覚えがあった。以前《ギルド》の掲示板前で会ったことのある獅子人で、ヤラッサと云う名前のようだ。彼はテスとも親しいらしく、合流したときにテスの肩を掴んで乱暴な抱擁をした。アレスと似たような金属の鎧を着て、巨大な斧を背負っている。もう一人は犬科の動物がモチーフのようだが、イオンには種族がよくわからなかった。黒い毛並みのやや尖った顔をした軽装備の男性で、武器は左右の腰に差した短剣のようだ。名前はナニワと云った。
アレスとテスが並んで先頭を歩く。緩い傾斜の階段を進む七人は無言だった。質問も答も後回しにして。ひとつだけ、アレスは何も云わずにノーザを見て、眼でテスに訊く。
「それも説明するよ。」
テスが声に出して答えた事で、三人はひとまず疑問を保留にしたらしい。ナニワがノーザのすぐ後ろを歩くのはさりげ無かった。ヤラッサがアレスの後ろにぴったりと張り付くように割り込んで進むのはわかりやすく、それを見てイオンは三人がノーザを警戒しているのに気が付いた。瓦礫に埋もれて杖を失い、泥だらけのノーザは弁えて大人しくしているように見える。イオンはノーザと並んで歩いた。ノーザは、すぐ前を進むチャカの背を見ていた。
長い階段の終わりは、シンプルな石壁の回廊で左右の壁には木製の扉がいくつかあった。扉は人間族向きの大きさで、補強に鉄の板が打ち付けてある。壁の石の材質や大きさは、亡者達のいた玄室と同じもので、ゲーム風に考えれば入り口と同じレベルの階層なのだろうと思われた。アレス達はここを『前室』と呼んでいた。登ってきた階段の正面には金属製で両開きの扉がある。一行は『前室』の一つに入った。
部屋の中にはアレス達の寝具やランプが置かれ、そのスペースを確保するために元からあった家具と思われる残骸が部屋の隅に積み重ねられていた。それは本棚と机だったかも知れない。残骸の上に何冊かの書物が投げ捨てられていた。寝具や旅の荷物は三人のものしかない。それを見てテスは覚悟を決めた。
「他のメンバーは?」
「死んだ、三人だ。」
捜索パーティーのリーダーとして、訊かなければならなかった。アレスも先ず云わねばならないことだった。
「俺の……」
責任だ。そう云おうとした口が巨大な手に塞がれた。ヤラッサだ。
「そっから先は云うな、アレス。」
雑で乱暴な制止の動作と口調は、襲いかかっているようにも見える。でも彼は悲しそうな眼をしていた。
「外のガーゴイル?」
テスは無表情で事務的に訊く。アレスも同じように答えた。
「ああ、そうだ。あんまり優秀なAIじゃないみたいだが、ヒットポイントの少ない奴を優先して襲うみたいでな。そっちはよく突発出来たな……被害は無かったのか?」
そういえばイオンばかりが狙われていた。状況の考察が不十分だった。テスは自分の甘さを痛感した。もしもイオンが、アレス達の残した目印に気が付くのが遅ければどうなっていたか。
「イオンが目印に気が付いてね。一斉にダンジョンに駆け込んで、なんとか。」
テスは横にいたイオンを指して云った。名前を呼ばれて振り向いたイオンは、自分を見つめて眉寝にシワを寄せるヤラッサと眼があった。きっと『現実』では眼が悪かったに違いない。クセがぬけてない、とイオンは思った。
「まさか……ステラか?」
ヤラッサがイオンの前に立って肩を掴んで揺らした。首を痛めるほど強い力に、逃げ出そうとしてイオンは尻餅をついた。
「や、すまねぇ。しかしよぉ、また会えるとはなぁ……」
イオンを助け起こそうと屈みながら今度は泣き出しそうな顔になった。この表情豊かなライオンはステラの知り合いらしい。ヤラッサは何か思い付いたように手を打って、テスに向かって訊く。
「ひょっとして、あの大穴はこいつが?」
テスは頷いた。ヤラッサは今度は豪快に笑いだした。
「やっぱりな! ありゃお前さんのやらかした中でも最大級の悪戯だぜ!」
獅子人が笑い、チャカが大きく頷いて眼を閉じるのを横目で見て、イオンは自分の『前世』が非常に気になった。でも、訊かないほうがいいかも、どんな顔していいかわからなくなる。そんな気がした。




