34.スライム
テスが眼を覚ますと、イオンは既に起きていた。どうやら盗み聞きのお陰で、少し寝過ごしたらしい。テスが起きて詫びるとノーザが笑って手を振った。食事をとりながら今日の探索について話し合う。
アレス達が霊廟にいたのが三日か四日前のだと『骨』は云っていた。既に霊廟の探索を終え、このホールからの階段を進んで上のフロアに進んだ可能性が高い。パーティーは階段を進むことになった。
「ところで先生、その鉄砲みたいなのは?」
緩い傾斜の階段を登りながら、ノーザがイオンの持つ武器を見て訊ねた。声が少し高い天井に反響する。
「新兵器よ。」
イオンは得意気で鼻息が荒い。――そういえばそれも試して見ないとな、テスも振り向いてイオンの新兵器を見た。華奢な腕の中で黒光りする武器は、《識別》で恐ろしい、と云うより非常識な攻撃力を示した。ダンジョン入り口のガーゴイル達を突発する有効な手段になるかもしれないが、《識別》の結果をどうしてもそのまま信じられない。三百五十万なんて予想ダメージは、もちろん他に見たことがない。この良くできた『世界』にも一つくらいバグがあるのかもしれないが、不格好な見た目のギャップもあって、強そうな武器に見えなかった。
その時、《探知》が進行方向にモンスターがいることを告げる。ちょうどいい。
「ちょっとそれ、試して見るか。」
一行は立ち止まってモンスターを見た。スライムだ。半透明の水溜まりが盛り上がった様な姿で、粘り気のありそうな泡が、体の中で膨らんで浮いて、表面をゆっくりと流れた。半透明の軟体の中に哀れなネズミの姿が透けて見える。スライムは全身を僅かに震わせ、膨張と縮小を繰り返していた。どうやら食事中らしい。
「チャカ、もう少し下がって。」
テスがチャカを下がらせると、イオンは三人の前に出て銃を構えた。唇を舐め、にじって脚をやや開いて両手を伸ばす。全長が長く重心のバランスが悪いため、両手で持って何度か握り直し、トリガーを引く。
「……!」
銃口の先、イオンの前に現れた冗談のような巨大なエフェクトを見た瞬間、テスは何か叫んで階段を全速力で駆け下りていた。自分でも何を叫んだのかわからなかった。ノーザがとっさに『マナシールド』を唱えようとし、突進してきたチャカに抱き抱えられ詠唱が中断される。チャカはノーザをそのままテスの前方に力一杯投げ、テスを追って走り始めた。ノーザも起き上がり、直ぐに状況を把握して階段を駆け下りる。
三人の後ろで轟音が轟いて、背中に爆風を受け吹っ飛ばされる。少し転がると急いで起き上がって走り出す。瓦礫が背中に当たってテスはよろめく。走る三人を瓦礫と一緒に吹っ飛んで来たイオンが追い抜く。イオンは『マナシールド』の見えない障壁に守られながら、階段や壁にバウンドして、ぶつかりながら転がり落ちていく。足元の石の階段が波打つように動く。周囲の圧力に負けた石が砕ける。足を取られて前のめりになった頭の上を、頭と同じくらいの大きさの瓦礫が掠めて飛んでいった。
テスは階段を降りきってホールに戻ると、膝に手をついて呼吸を整えた。階段の傾斜を転がり流れて来た瓦礫混じりの土が、ホールの床に少し広がって止まる。ノーザもその中にいた。一緒に流れた瓦礫の量が多ければ、彼は死んでいただろう。よろよろと立ち上がって階段から離れると、壁に寄りかかって座り込む。階段の上方から巨大なものがぶつかって跳ね返る音が連続で聴こえ、近づいてくる。周囲の壁や天井が振動し、てぱらぱらと砂や小石が落ち、音と振動が大きくなる。巨大な瓦礫の塊がホールに転がり込んで床を破壊して跳ね、正面の壁に激突して砕けた。もうもうと砂埃が立ち込め視界が悪い中、テスは恐る恐る階段に戻って覗き込んだ。手足を伸ばし、大の字のチャカが側面の壁に爪を立て、張り付くように立っていた。まっすぐに伸びた尻尾が普段の三倍の太さに膨らんで、手足と同じく壁に張り付いている。テスが声をかけても、チャカは前を見たまま動かなかった。
イオンはホールの床の上に倒れ、気を失っていた。MPが無くなり、『マナシールド』が消滅して転がるのが止まったらしい。身体中に擦り傷が出来て、ヒットポイントも四割ほど減っている。気絶してる間に治療してしまえるだろう。
テスは、イオンのそばに落ちていた銃をおそるおそるつまみ上げた。それはまだ熱をもっていて、銃口の周囲の空気が揺らいでいた。彼はその銃をインベントリに放り込むとアイテムメニューから『削除』を選び、躊躇なく確認ウィンドウの『yes』を押した。イオンの眼が覚めたら瓦礫の下だと説明する事にして。
ノーザがチャカとイオンを治療している間、テスは崩れた階段を戻って被害状況を確認してみる事にした。スライムのいた場所は、底の様子も伺い知れない巨大な穴になっていた。穴の周辺は徹底的に破壊され、壁はダンジョンの壁面が剥がれ落ち、土がむき出しになている。天井は穴の上で大きく欠損し、アーチを失った周囲の構造物が崩落しかけている。いつ崩れ落ちるかわからない。
「テス!」
覚えのある声がした。テスが振り向くと、穴の向こう側に三人の人物がいた。異変を知って様子を見に来たらしいアレス達が、穴の向こう側でテスに手を振っていた。




