30.燐光
骨の持つ剣の刀身が微かに蒼く輝きだした。刀身に刻まれた古代の文字をイオンは見た。骨は剣を高く上げて上段に構える。相対するチャカは右手に持つ剣を僅かに前に倒すと膝を緩め、背中を丸め全身でバネの様な張力を蓄えながらも、刹那の攻防と駆け引きに反応するため四肢から余分な緊張を取り去っていた。彼女の金色に光る瞳は、ただ目前の剣士の剣のみを見ていた。その瞳孔が開いて大きくなった。
骨の一撃がホールの床の石材を砕いて破片を飛散させた。跳んでかわした空中で、すでにチャカは上半身を左にひねって力を貯めている。剣を横に振りながら、空中で身体の姿勢をかえて重心をずらす。剣の軌道が途中で変化して骨の左鎖骨をとらえた。そのまま剣を右から左へ返すとき、空中にあった床の破片を弾く。破片は骨の顔に当たった。彼は意に介さず剣を振り上げた。刃が空中のチャカに迫る。チャカは刀身で下からの斬撃を受け、その勢いを利用して後ろに跳んだ。その軌跡を蒼く光る刀身の突きが掠める。下からの斬撃から突きに移ったタイミングに、チャカは内心で舌を巻いた。彼の攻撃には、振り切った剣が次の技に移る瞬間の一瞬の停滞も無い。どのようにして動いているのかはわからないが、彼には筋肉の緊張や解放も呼吸の溜めもタイミングも何もない。スピードではチャカがやや勝っているが、読み違えれば一撃貰う事になる。飛び退いたチャカが立ち上がって正眼に構えると、骨も同じく構える。二人はじりじりと回りながら距離を詰めていった。ほとんど同時に互いが互いの間合いに入って、型と技の見本のような攻防が始まる。変則的な刹那の応酬から始まった戦いは、今度は反対に意気の合った者同士が行う即興の演武か演舞のような物になっていった。
「あの鎖骨、ダメージになってないな。」
二人の戦いを見ていたテスが呟いた。骨のヒットポイントは全く減っていない。この戦闘は、『クエスト』用の特別なルールで行われてるのではないか？テスは思い始めた。
「大丈夫かしら？」
イオンがテスに聞いた。テスは答えなかったが、その表情はチャカを心配しているようには見えなかった。
「ひょっとして本当に剣を折らないと駄目なのかな？」
ノーザが誰にともなく自分の思い付きを話す。
「『あの剣をを折ってくれ』か。そうだな。」
テスがそれに答えた。骨は云っていた。『あの剣を折ってはくれまいか』このクエストバトルは、あの剣の耐久度が無くなるまで続くのではないか？もしもそうならば、とんでもなく長い持久戦になる。それに骨本人への攻撃は意味がないようだ。砕かれた鎖骨は、骨の動作に何の影響も無いようでヒットポイントも減っていない。あの骨には、スタミナも関係ないのかもしれないが《プレイヤー》のスタミナは有限だ。戦いが長引いてスタミナが尽きれば、防御力の無いチャカは床の石を砕いたあの一撃を喰らって死ぬだろう。だがテスは助けに入るつもりはなかった。イオンがチャカに《付与魔法》をかけようとしたのも止めさせる。ノーザは最初から手を出すつもりは無いらしい。
「止めときな。手出し無用さ。」
「テス！でも……」
「『バッフも回復もいらない』って云ってたろ。今のうちに休んどこう。」
「でも、あの骨すごく強そうよ。」
「強いって云うか不死身だな。ヒットポイント減らないし。あの剣の耐久度が無くなるまで持久戦で、一撃まともに喰らえばチャカが死ぬさ。無茶な『クエスト』だけど関係ない。」
「『ニャ』が付いてない時のチャカには、全部関係ない。全部ぶった斬るだけさ。」
テスは座り込んで食糧を取り出すと食べ始める。ノーザもそれに倣った。イオンはどうしていいかわからずに、ホールの入り口に立って二人の剣士を見ていた。
剣技の応酬は加速していき、再び変則的な動きを交えていった。チャカが刀身に肘を折った左腕を当て、骨の斬撃を受け、そのまま押し返す。鍔迫り合いが始まってすぐにチャカが骨を押し込む。骨は仰け反りながら一歩左足を後退させて持ちこたえている。タイミングを打ち合わせたかのように同時に力を抜いて腕を振り上げる。鍔迫り合いの至近距離のまま渾身の一撃を振り抜く。チャカの斬撃が骨の、骨の斬撃がチャカの刃の軌道を変えた。チャカが下に振り切った腕を返して振り上げた。骨は後ろに二度跳ぶ。チャカが再び正眼に剣を構え呼吸を整える瞬間、間合いの外から骨の突きが伸びた。骨は、剣を握る右腕を肩から外して左手に持っていた。突きはチャカの右腕を掠めていた。
「人の身では思い描く事すら叶わなかった技。思いのままに振るえるのは愉しくもある。」
骨は右腕を左手で持ったまま剣を横に振った。チャカは左手に剣を持ち変えた。
