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第6章 何も起きないのに面白い

前章では、私が昔よりも重い展開や、長く続くストレスを避けるようになった、という話をした。


では、その反対に。


今の私は、どんな作品を以前よりよく選ぶようになったのか。


考えてみると、かなり極端なところまで来ている。


大事件がなくてもいい。


世界の危機もなくていい。


強敵が毎回出てこなくてもいい。


主人公がご飯を食べて。


家を作って。


畑を耕して。


仲間が増えて。


そのまま楽しく暮らしている。


……それで、結構読めてしまうのである。


ここで、昔の自分を都合よく作らないようにしておこう。


私は昔から、こういう作品を全く楽しめなかったわけではない。


ただ今は。


大事件がなくても面白い、ということを以前よりはっきり自覚している。


そして、そういう作品を選ぶ頻度も増えた。


私にとって分かりやすい作品が、


『異世界のんびり農家』


である。


主人公が異世界へ行き。


農業を始め。


暮らす場所を作る。


最初は小さかった生活圏に、少しずつ住人が増えていく。


畑が広がる。


家が増える。


食べ物が増える。


新しい種族がやってくる。


他の村や町との交流も始まる。


気がつけば、


「最初、こんなに大きな話だったっけ?」


というくらい世界が広がっている。


だが、その広がり方が急ではない。


一つ増える。


また一つ増える。


昨日までなかったものが、今日にはある。


そうやって少しずつ積み上がっていく。


私は、この感覚がかなり好きらしい。


考えてみれば。


私が『異世界のんびり農家』を読んでいる時、


「次の強敵は誰だ?」


とはあまり考えていない。


むしろ、


「今度は何を作るんだろう」


「次は誰が来るんだろう」


「また村が大きくなるのかな」


そちらが気になる。


つまり私は、


事件の大きさではなく、世界が少しずつ育っていくこと


を楽しんでいる。


主人公が一つ問題を解決した。


終わり。


ではない。


その結果として、


新しい人が住み。


新しい建物ができ。


新しい関係が生まれ。


以前より少しだけ世界が広くなる。


それが次の話につながる。


この、


積み上げたものが消えずに残っていく感じ


が気持ちいい。


ゲームで例えるなら、


ラスボスを倒すことよりも、拠点を発展させることを楽しんでいる感覚に近いのかもしれない。


家を建てる。


畑を広げる。


設備を増やす。


住人が増える。


新しいものが作れるようになる。


最初は何もなかった場所が、少しずつ賑やかになっていく。


大きな事件を一つ解決するより、


昨日より少し豊かになった


ことに満足する。


そういう楽しさである。


考えてみれば、これは物語としてかなり地味だ。


だが地味だからこそ、長く読めることもある。


毎回、


世界滅亡。


国家存亡。


最強の敵。


悲劇。


裏切り。


と続いたら、読んでいる方も大変である。


一方で、


「新しいパンが焼けた」


「風呂ができた」


「祭りをすることになった」


でも、一話は作れる。


むしろ、そのくらいの出来事だからこそ、


登場人物たちの日常を楽しめる。


そして、ここで気づく。


私は以前、


物語というものは、


主人公に目的があり。


それを邪魔するものがあり。


困難を乗り越えて。


最後に何かを達成する。


そういうものだと、どこかで思っていた。


もちろん、そういう物語は今でも面白い。


だが、それだけではない。


『異世界のんびり農家』のような作品では、


巨大なゴールへ一直線に進むというより、


暮らしそのものが続いていく。


今日の生活があり。


明日の生活がある。


そこに少し新しいことが起きる。


その小さな変化の積み重ねが、気がつけば大きな物語になっている。


最初から、


「世界を救う」


という目的がなくてもいい。


村が昨日より少し大きくなった。


それだけでも話は前へ進んでいる。


これは日常ものにも近い。


学校へ行く。


友達と話す。


買い物へ行く。


ご飯を食べる。


季節が変わる。


大事件は起きない。


でも、キャラクターの関係は少しずつ変わっていく。


昨日知らなかったことを知る。


少し仲良くなる。


新しい場所へ行く。


小さな経験が増える。


何も起きていないようで、


ちゃんと時間は進んでいる。


だから読める。


むしろ、そのゆっくりした変化を見ること自体が面白い。


そして。


こういう作品を読んでいる時の私は、


昔とは違う理由で続きを読んでいることに気がついた。


昔は、


「この先、何が起きるんだ?」


が大きかった。


今は作品によって、


「この場所が、この先どうなっていくんだろう」


になっている。


似ているようで、少し違う。


大事件の答えが知りたいのではない。


今あるものが、どう育つのかを見たい。


主人公がどこまで強くなるのかではなく。


村がどこまで大きくなるのか。


仲間がどれだけ増えるのか。


どんな生活になっていくのか。


そういう未来が見たい。


さらに言えば。


私は、


その世界にもう少しいたい


と思って読んでいる作品がある。


これは、かなり大きな変化だと思う。


続きが気になるから読む。


だけではない。


好きな主人公がいる。


好きな仲間がいる。


好きな場所がある。


そこへ、また遊びに行きたい。


だから読む。


物語というより、


居心地のいい場所へ戻ってくる感覚


に近い。


新刊が出た。


更新された。


「あ、またあの世界に行ける」


となる。


これなら、大事件などなくてもいい。


むしろ何百話も続いてほしい。


私は昔から、短い作品より長く続く作品の方が好きだった。


そこは、あまり変わっていない。


その理由の一つも、ここにあるのかもしれない。


もちろん、面白い話をたくさん読みたい。


それもある。


だが。


好きになった世界が、すぐ終わってしまうのが寂しい。


主人公たちに愛着が湧いた。


仲間にも慣れた。


世界の仕組みも分かってきた。


「さあ、これからもっと楽しめそうだ」


と思ったところで完結。


すると、


「え、もう終わり?」


となる。


逆に。


百話。


二百話。


三百話。


まだ続いている。


それを見ると、


「よし、しばらくここにいられる」


と思う。


物語を消費するというより、


世界に住み着いている。


だいぶ図々しい読者である。


ただし。


本当に何も変わらなければ、それはそれで困る。


毎回、


朝起きました。


畑を耕しました。


ご飯を食べました。


寝ました。


だけでは、さすがに厳しい。


新しい住人が来る。


新しい作物を育てる。


新しい料理を作る。


新しい建物を建てる。


他の町へ行く。


祭りをする。


季節が変わる。


子供が成長する。


大事件である必要はない。


でも、


小さな変化は欲しい。


ここが大事なのだと思う。


大きく壊す必要はない。


今まで積み上げたものを一度全部失わせなくてもいい。


その上に、また一つ積めばいい。


そして次に、もう一つ積む。


そうやって世界が育っていく。


考えてみれば。


私は最近、


壊して作り直す物語より、積み上げて広げていく物語


を以前よりはっきり好んでいるのかもしれない。


主人公の国が滅びました。


仲間がバラバラになりました。


全部失いました。


ゼロから再出発です。


こういう展開も昔なら今より広く楽しめた。


今は、


「せっかくここまで作ったのに……」


と思ってしまう。


だったら。


昨日作った家が今日もあり。


今日作った畑が明日もあり。


そこにまた何かが増える。


そちらの方が嬉しい。


これはもう、物語に何を求めているのかが随分変わっている。


だから、


「何も起きないのに面白い」


という言い方も、正確ではないのかもしれない。


何も起きていないわけではない。


世界は少しずつ変わっている。


人が増える。


関係が広がる。


生活が豊かになる。


主人公の居場所が大きくなる。


ただ。


それが世界の危機や絶望ではないだけだ。


小さな変化を積み重ねること自体が、ちゃんと物語になっている。


私はそれを楽しめるようになった。


いや。


今では、かなり好きである。


昔からこういう積み上げを楽しめる作品は好きだった。


ただ今は、


「今日は何が一つ増えるんだろう」


と思いながら読む。


そう考えると。


私が求めるようになったものは、


刺激の強さだけではないらしい。


好きな世界が続くこと。


昨日までの積み重ねが残っていること。


そこに少しだけ新しいものが加わること。


その感覚が、妙に心地いい。


そして。


ここからさらに考えていくと。


私はどうやら、


物語の中で起きる出来事だけではなく、


「この先もきっと大丈夫だ」と感じられること


そのものにも、以前より価値を感じるようになっている。


ただ、それは第5章で書いた「重い展開が苦手になった」という話とは、少し違う気がする。


逃げたいから安心を求めるだけではない。


安心していられること自体を、楽しむようになった。


次は、その違いをもう少し考えてみたい。


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