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第2章 「またこれか」と言いながら、なぜ読むのか

前章では、私たち読者の側も、すっかり「なろうの文法」を覚えてしまったという話をした。


では。


先の展開まである程度予想できるのに、なぜ私はまだ読むのだろう。


本当に飽きたのなら、読まなければいい。


だが私は読む。


「また追放か」


と言いながら、あらすじを読む。


「また主人公最強か」


と言いながら、一話を開く。


「またダンジョン配信か」


と言いながら、気がつけば何十話も読んでいる。


……結局、好きなのである。


思えば、なろうを読み始めてから、流行するジャンルは何度も変わってきた。


最初は異世界転移。


次第に転生が増え。


チート能力を持つ主人公が増え。


料理、生産、内政、農業。


追放、ざまぁ。


悪役令嬢。


スローライフ。


そして現代ダンジョンや配信。


最近では異世界から帰ってきた主人公や、現代に転生する主人公まで珍しくなくなった。


大きく見れば、ずっと似たようなものを読んでいるようにも見える。


だが、その時々で少しずつ違う。


異世界転生そのものに慣れてきた頃には、そこに料理が加わった。


料理に慣れれば、農業や内政が広がった。


追放ものが増えれば、今度はざまぁの仕方や、追放される理由に工夫が出てきた。


異世界ばかりだったと思ったら、現代にダンジョンが生えた。


そしてダンジョン探索だけでは足りなくなったのか、そこに配信が加わった。


なろうは、読者が一つの味に慣れる頃になると、少し違う味を出してくる。


そんな印象がある。


第一部でも触れたが、後発作品ほど、


「既存の型に何を一つ足すか」


が重要になっていったのだと思う。


異世界転生だけでは珍しくない。


では、異世界転生した主人公が料理人だったら?


役者だったら?


動画配信者だったら?


異世界ではなく現代にダンジョンが出現したら?


そのダンジョン探索をライブ配信したら?


男女比がおかしい世界だったら?


同じように見える作品でも、何か一つ違う要素が加わるだけで、印象はかなり変わる。


そして私は、


「またこれか」


と言いながら、その一つ違う部分を見に行っているのではないか。


そんな気がする。


考えてみれば、完全に新しいものばかりを求めているわけでもない。


むしろ、全く知らないルール、全く知らない世界観、全く知らない物語の構造を一から理解するのは、それなりにエネルギーがいる。


その点、なろう系のテンプレは楽だ。


冒険者ギルド。


ステータス。


スキル。


魔法。


ダンジョン。


転生。


追放。


この辺が出てくれば、基本的なところはすぐ分かる。


知っている。


慣れている。


だから読み始めるための負担が少ない。


その上で、


「今回はここが違うのか」


という部分だけを楽しめる。


これは案外、大きな理由なのかもしれない。


料理に例えるなら、カレーが近い。


私はカレーが好きだ。


だが、毎日まったく同じカレーを食べ続ければ、さすがに飽きる。


だからチーズを乗せる。


カツを乗せる。


辛さを変える。


具材を変える。


スープカレーにしてみる。


基本は知っている味。


でも少し違う。


そのくらいが妙に落ち着く。


なろうを長く読み続けている私にとって、テンプレはもう、


飽きの原因であると同時に、安心材料にもなっている


のではないだろうか。


そして、予定調和だからつまらないとも限らない。


例えば、追放もの。


追放した側が後で後悔することくらい、大体分かっている。


読者は、


「こいつら絶対あとで困るぞ」


と思いながら読む。


そして本当に困る。


「ほら見ろ!」


となる。


驚きはない。


でも気持ちいい。


ざまぁものも同じだ。


主人公を馬鹿にしていた人物が、後になって主人公の凄さを知る。


「そんな……まさか……」


となる。


読者は最初から知っている。


それでも、


そう、それが見たかった。


となる。


これは、物語の先が読めない面白さとは別の楽しみ方なのだと思う。


昔、時代劇なんかを見ていると、


「どうせ最後には悪代官がやられるんでしょ」


と思っていた。


ヒーローものだって、


「最後には主人公が勝つ」


と知っている。


それでも見る。


何が起きるか分からないから見るのではなく、


分かっている展開が、どうやってそこへ辿り着くのかを見る。


あるいは、


期待した場面がちゃんと来るのを待つ。


なろうのテンプレも、長く続くうちにそこまで来たのかもしれない。


つまり、


テンプレは陳腐化したのではなく、様式美になった。


もちろん、何でも同じならいいわけではない。


追放されました。


実は最強でした。


ざまぁしました。


終わり。


これだけなら、さすがに厳しい。


その途中に、


キャラクターの魅力。


文章のテンポ。


ギャグ。


世界観。


人間関係。


意外な能力の使い方。


あるいは、ほんの少しの捻り。


そういったものが必要になる。


逆に言えば、基本形が同じだからこそ、


細かな違いがよく見える。


この作品の主人公は好きだ。


この作品は会話が面白い。


この作品は設定の使い方が上手い。


この作品は、同じ追放ものなのに妙に先が気になる。


そんな差を見つけること自体が、長年読んできた読者の楽しみになっているのかもしれない。


ただし。


予定調和だけで、いつまでも読めるわけでもない。


同じ型の中に、


「今回はここが違うのか」


と思える何かが欲しくなる。


いつもの味は好き。


でも、まったく同じでは嫌だ。


この面倒な話は、後でもう一度きちんと掘ることにする。


ここではひとまず。


テンプレは先が読めるからつまらないのではなく。


先が読めること自体を楽しめるところまで、読者側も慣れてしまった。


そう考えておきたい。


そして、その流れの中で。


主人公の強さについても、ずいぶん変化したように思う。


昔は、


弱かった主人公が成長し。


強敵を倒し。


さらに強くなり。


最後には世界最強や神に近いところまで辿り着く。


そこが物語の終着点だった。


だが最近は、最初から最強の主人公も珍しくない。


下手をすれば、


「その強さ、昔なら最終回の主人公じゃない?」


というレベルから始まる。


それでも物語は普通に続く。


むしろ、その方が読みやすいと感じる自分までいる。


いつから私は、


「主人公が強くなる話」


よりも、


「最初から強い主人公が何をするか」


を楽しむようになったのだろう。


次は、その辺をもう少し掘ってみたい。


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