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第1章 読者はテンプレを覚えすぎた

なろうを読み始めた頃。


私は、異世界に行くだけでかなりワクワクしていた。


見知らぬ世界。


魔法がある。


冒険者がいる。


モンスターがいる。


そして主人公には、何やら特別な能力がある。


それだけで、


「おお、今度はどんな世界なんだ?」


と楽しめた。


今考えると、ずいぶん初々しい読者だったものである。


前章で、十数年なろうを読み続けるうちに、作品だけでなく私自身も変わったのではないか、と書いた。


その変化の中でも、一番分かりやすいものがある。


なろうの“お約束”を覚えすぎた。


これである。


例えば「鑑定」。


初めて見た頃は、


「対象の情報を見ることができる能力か。便利だな」


と、その能力についてちゃんと理解しようとしていた……ような気がする。


今はどうだ。


作中で、


「スキル《鑑定》を獲得しました」


と出た瞬間、


はいはい、ステータスとかアイテムの詳細が見えるやつね。


説明を読む前から大体分かる。


「アイテムボックス」。


はいはい、物を大量に収納できる空間ね。


「言語理解」。


はいはい、異世界なのに普通に会話できる理由ね。


「隠蔽」。


はいはい、鑑定された時に能力を隠すやつ。


「マップ」。


はいはい、頭の中か視界に地図が出るやつね。


もちろん、作品ごとに細かな仕様は違う。


アイテムボックスの中では時間が止まるのか。


生き物は入るのか。


容量に限界はあるのか。


鑑定にもレベル差があるのか。


そういう違いはある。


だが、基本的な機能については、もう説明される前からこちらが知っている。


考えてみれば、これは結構すごいことではないだろうか。


それぞれの作品に直接のつながりがあるわけでもない。


作者も違う。


世界も違う。


設定も違う。


なのに、長年大量の作品で似たものが使われ続けた結果、


「なろうを読んでいる人なら、大体分かる共通言語」


が出来上がっているのである。


そして、能力だけではない。


世界そのものにもお約束がある。


主人公が街に着いた。


冒険者ギルドを探す。


私はもう知っている。


たぶん登録する。


受付嬢がいる。


ランクの説明をされる。


依頼を受ける。


最初は薬草採取あたりかもしれない。


そして運が悪ければ――いや、物語的には運がいいのかもしれないが――柄の悪い冒険者に絡まれる。


「おいおい、こんなガキが冒険者だって?」


などと言われる。


私はもう、この冒険者の未来まで知っている。


ああ、この人、負けるんだな。


主人公が強いことを読者に教えるために出てきた人である。


まだ名前すら知らないのに。


昔なら、


「うわ、絡まれた。どうなるんだ?」


だったのが、


今では、


「はいはい、最初のかませ犬ね」


である。


我ながら失礼な読者になった。


だが、これは私の性格が悪くなったわけではない。


たぶん。


学習してしまったのである。


「追放」もそうだ。


主人公がパーティーから追い出された。


昔なら、


「えっ、これからどうするんだ?」


だった。


今なら、


「あ、このパーティー、あとで困るな」


となる。


主人公が追い出される。


実は主人公がパーティーを陰で支えていた。


追放後、主人公は別の場所で成功する。


追放した側は徐々にうまくいかなくなる。


そして、


「あいつを追い出したのは間違いだった!」


となる。


まだ最初の数話なのに、その辺まで何となく見える。


「無能」と言われた。


はいはい、有能ね。


「ハズレスキル」を引いた。


はいはい、実は壊れ性能ね。


「最弱職」になった。


はいはい、後で最強になるんでしょ。


「役立たずだから出ていけ!」


はいはい、後で戻ってきてくれって言うんでしょ。


もはや条件反射である。


悪役令嬢ものでも似たことが起きる。


主人公が目を覚ます。


豪華な部屋。


知らない顔。


鏡を見る。


そして、


「この顔……まさか!」


となる。


はい。


分かります。


あなた、悪役令嬢なんですね。


その後、


「このままでは破滅する!」


となれば、


はいはい、破滅回避ですね。


婚約破棄。


断罪イベント。


乙女ゲームのヒロイン。


攻略対象。


そういう言葉が並んだだけで、こちらの頭の中には、ある程度の構図が出来上がる。


もちろん、それぞれの作品はそこから工夫する。


本当に悪役だったり。


ヒロイン側にも転生者がいたり。


ゲームだと思っていた世界が実は違ったり。


そもそも破滅を避ける気がなかったり。


基本形が知られているからこそ、その基本形を崩すこと自体がネタになる。


つまり作者と読者の間に、


「まずこの型は知っていますよね?」


という暗黙の了解が存在している。


これって、少しゲームに似ている気がする。


RPGを初めて遊んだ時は、


「HPって何?」


「MPって何?」


「レベルって?」


から始まる。


でも何本も遊んでいる人なら、いちいち説明されなくても大体分かる。


HPなら体力。


MPなら魔法を使うためのもの。


レベルが上がれば基本的には強くなる。


ゲームごとに細部は違っても、根っこの部分は共通している。


なろうも、長い時間をかけて同じようなところまで来たのかもしれない。


読者が、ジャンルそのものの操作方法を覚えてしまった。


だから作者側も、一から全部説明しなくてよくなる。


例えば、


「冒険者ギルドとは、この世界に存在する冒険者を管理し、依頼を仲介する組織であり――」


と何ページも説明しなくても、


「冒険者ギルドへ向かった」


だけで大体伝わる。


読者の頭の中には勝手に、


受付があって。


依頼の掲示板があって。


ランク制度があって。


冒険者たちがいて。


という景色が浮かぶ。


冷静に考えれば、


どこの異世界のギルドも同じ組織とは限らない。


なのに、こちらは勝手に補完する。


完全に訓練されている。


もちろん、これは悪いことばかりではない。


説明を省略できる分、作者はその作品独自の部分を早く見せられる。


読者も、


「はいはい、その辺は分かったから先へ行こう」


とテンポよく読める。


異世界に転移するまで十話。


能力説明に五話。


街に着くまで十話。


冒険者登録にさらに五話。


そんなことを毎回やられたら、それはそれで大変だ。


テンプレが存在するからこそ、


共通部分はさらっと流して、その作品だけの違いを楽しむ。


そんな読み方ができるようになった。


ある意味では、長年の積み重ねによって、作者と読者の間に巨大な共通知識が蓄積されたとも言える。


ただし、その代償もある。


読者が知りすぎてしまった。


主人公が追放された瞬間、


「ああ、この先そうなるんだろうな」


と予想する。


悪役令嬢に転生した瞬間、


「破滅回避するんだな」


と予想する。


主人公が「ハズレスキル」を手にした瞬間、


「いや、それ絶対ハズレじゃないだろ」


と思う。


そして大抵、その予想は当たる。


つまり作者は、


読者がすでに一歩先を読んでいる状態から物語を始めなければならない。


これは結構大変なんじゃないだろうか。


昔なら、


「実はこの能力、ものすごく強かった!」


で驚けた。


今なら、


「知ってた」


である。


「追放したパーティーが主人公の重要性に気付いた!」


「知ってた」


「悪役令嬢が本来のヒロインより人気者になった!」


「知ってた」


「最弱職だと思われていた主人公が最強になった!」


「でしょうね」


読者が可愛くない。


だから後発作品は、既存の型を利用しながら、


「でも今回は、ちょっと違いますよ」


という部分を加えてくる。


追放ものだけど、普通の追放ものではない。


悪役令嬢だけど、いつもの破滅回避ではない。


スローライフだけど、全然スローライフできない。


現代ダンジョンだけど、それを配信する。


配信ものだけど、主人公本人だけ自分の異常さに気付いていない。


第一部では、私はこの流れを主に作品側から見ていた。


一つの型が流行れば似た作品が増える。


似た作品が増えれば、後発作品は差別化しなければならない。


だから、


「何を一つ足すか」


が重要になっていく。


でも読者側から見ると、少し違った景色が見える。


なぜ「一つ足す」必要があるのか。


それは、


私たちが基本形を知りすぎてしまったから


なのかもしれない。


結局のところ。


私たちはテンプレに飽きたのではない。


テンプレを覚えすぎたのだ。


そして、そこまで先が読めるなら。


そこまで基本形が分かっているなら。


一つ疑問が出てくる。


なぜ、それでも私は読むのだろう。


次は、その辺を考えてみようと思う。


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