第10章 十数年読んで、結局私は何が好きなのか
ここまで。
テンプレを覚えすぎたとか。
主人公最強を以前より選ぶようになったとか。
ストレスに弱くなったとか。
何も起きなくても読めるとか。
長い作品が好きなのにマンネリは嫌だとか。
散々、自分の読書傾向について書いてきた。
そして前章では。
長年読んできた結果、
自分に合う作品を、読む前からある程度選ぶようになった
という話までした。
ならば。
そろそろ一度、はっきりさせておこう。
十数年なろうを読んできて。
結局。
私は、どんな作品が好きなのか。
まず。
主人公は強い方がいい。
できれば最初から強い。
もちろん。
弱い主人公が努力して成長する物語も面白い。
それは分かっている。
だが。
今の私が新しい作品を探していて、
「主人公は序盤かなり弱いです」
と、
「主人公は最初から最強です」
が並んでいたら。
かなり高い確率で。
最初から最強を開く。
もう認めよう。
私は俺TUEEEが好きである。
しかも。
ただ強いだけではなく。
その強さによって、
安心して読める主人公
がいい。
敵が出た。
まあ大丈夫。
事件が起きた。
何とかするだろう。
仲間が困っている。
たぶん助ける。
そんな感じで読みたい。
毎回、
「今回こそ死ぬかもしれない!」
と胃を痛めながら読む必要はない。
むしろ。
敵が本気を出し。
周囲が絶望し。
読者だけが、
「いや、それ主人公には効かないでしょ」
と知っている。
……いい。
大変いい。
そして。
コメディ要素も欲しい。
これはかなり重要である。
主人公が強すぎる。
普通なら緊張感がなくなる。
でも。
それを周囲が勘違いしたり。
本人だけ自覚がなかったり。
何気なくやったことが大事件になったり。
そういう形で笑わせてくれれば。
いくら強くても読める。
というより。
強ければ強いほど面白いことすらある。
私はたぶん。
圧倒的な強さそのものより。
圧倒的な強さによって起きる周囲の反応
が好きなのだ。
主人公が、
「これくらい普通だろう」
と思っている。
周囲が、
「普通じゃない!」
となる。
何度見ても。
割と好きである。
それから。
人間関係は平和な方がいい。
主人公が周囲から好かれる。
仲間に信頼される。
家族のような関係ができる。
新しい人物も、最終的には馴染んでいく。
そういう作品がいい。
逆に。
仲間同士がずっと疑い合う。
裏切る。
騙す。
洗脳される。
誤解が何十話も続く。
この辺は。
今の私にはかなり厳しい。
別に。
登場人物全員が聖人である必要はない。
嫌な奴が出てもいい。
敵だって必要だろう。
ただ。
嫌な状態を長く引っ張らないでほしい。
そこが大事らしい。
スローライフも好きだ。
ただし。
本当に何もしないだけではなく。
少しずつ何かが増えていく方がいい。
家ができる。
畑が広がる。
仲間が増える。
店が大きくなる。
村が発展する。
新しい料理ができる。
知らない場所へ行く。
昨日より。
ほんの少しだけ世界が広くなる。
私はどうやら。
一度作ったものを壊してゼロへ戻すより。
積み上げたものの上に、また何かを足していく話
が好きなのだ。
そして。
長い方がいい。
これはもう、どうしようもない。
百話。
二百話。
三百話。
まだある。
嬉しい。
しかし。
長ければいいわけではない。
同じ展開を延々繰り返されると。
「変化が欲しい」
と言い始める。
短ければ、
「もっと読みたい」
と言い。
長ければ、
「マンネリは嫌だ」
と言う。
作者からすれば。
かなり付き合いづらい読者である。
テンプレも好きだ。
これも。
昔なら、少し認めにくかったかもしれない。
「また異世界転生?」
「また鑑定?」
「また収納?」
「また追放?」
そんなことを言いながら。
普通に読む。
なぜなら。
知っている型は読みやすい。
世界のルールを一から覚えなくていい。
この辺は第1章から散々書いてきた。
なので。
今さら格好をつけても仕方がない。
私はテンプレが嫌いなのではない。
面白いテンプレが好きなのだ。
ただし。
テンプレそのままでは困る。
何か一つ。
新しいものが欲しい。
主人公最強。
それは好き。
でも。
今回は何が違うのか。
配信する。
芸能界へ行く。
現代にダンジョンがある。
男女比がおかしい。
料理をする。
村を作る。
子供に転生する。
一つ何かが加わる。
すると。
「ほう」
となる。
つまり。
私は。
安心したい。
でも。
驚きたい。
のである。
矛盾している。
結果は安心できる方がいい。
でも過程には少し意外性が欲しい。
主人公は勝ってほしい。
でも勝ち方は面白くしてほしい。
知っている世界がいい。
でも少し新しい設定は欲しい。
長く続いてほしい。
でもマンネリは嫌。
コメディがいい。
でも何も起きないのも困る。
ストレスは少ない方がいい。
でも物語としての変化は欲しい。
……。
改めて並べると。
注文、多いな私。
作者側から見たら。
最初から最強にしろ。
でも緊張感はなくすな。
ストレスは少なくしろ。
でも退屈させるな。
テンプレを使え。
でも新しくしろ。
長く続けろ。
でも同じことはするな。
……とんでもない客である。
「じゃあ、お前が書け」
と言われたら。
私は静かに読む側へ戻る。
読む方が楽しいのである。
ただ。
十数年読んできた結果。
こういう細かな好みが増えたこと自体は。
悪いことではないと思う。
そして、ここまで並べてみて。
一つ、かなり大事なことにも気づいた。
私は、
軽い作品を好きになった
わけではない。
デスマーチのような安心して読める作品も。
のんびり積み上げていく作品も。
昔から好きだった。
変わったのは、
好きなものの中心そのものより。
そこから外れた作品まで読めていた、私の許容範囲
の方なのかもしれない。
昔は好きなゾーンの周りまで、もっと広く手を伸ばせた。
今は、
「今日はここまで重いのはいいかな」
「これは長くしんどそうだな」
と、早めに戻ってくる。
好みが反転したのではない。
好きな場所が、以前よりはっきりした。
その言い方の方が、今の実感には近い。
昔よりわがままになった。
確かにそうかもしれない。
でも同時に。
昔より、
自分がどこを面白いと思っているのか
が分かるようになった。
主人公が勝つことだけではない。
安心できること。
居心地がいいこと。
仲間が増えること。
周囲が驚くこと。
小さなものが積み上がっていくこと。
好きな世界が長く続くこと。
そこに少しだけ、
「今回はそう来たか」
という新しさがあること。
そういうものを。
私は面白いと感じる。
例えば。
『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』をなぜ長く好きだったのか。
改めて考えると。
かなり分かりやすい。
主人公は強い。
旅をする。
仲間が増える。
料理もある。
生活もある。
事件が起きても、基本的には安心して読める。
世界はどんどん広がる。
そして長い。
今の私が好きだと書いてきたものが。
かなり入っている。
そりゃ好きになる。
『異世界のんびり農家』もそうだ。
強い主人公。
生活。
仲間。
発展。
積み上げ。
長く続く世界。
こちらは。
「次の敵は誰だ」
ではなく。
「次は何が増えるんだろう」
で読める。
これも。
今の私にはかなり合っている。
つまり。
ここまで第三部で延々分析してきた結果。
昔から好きだった作品についても、
なぜ好きだったのかを、以前より説明できるようになった。
これは少し面白い。
一方で。
昔なら読めた作品が。
今はしんどくなった理由も見えてきた。
作品の質が落ちたわけではない。
ジャンルがおかしくなったわけでもない。
私の中で。
物語に求めるものの比重が変わった。
刺激より安心。
逆転のカタルシスより、そもそも長く苦しまないこと。
予測不能な展開より、好きな世界が壊れないこと。
成長して最強になることより、最強になった後の楽しさ。
そんな方向へ。
少しずつ移動していた。
面白いのは。
別にある日突然、
「今日から私はスローライフ好きになります」
と思ったわけではないことだ。
何百作品。
何千話。
読んで。
途中でやめて。
また新しい作品を読んで。
「これは好き」
「これはしんどい」
を繰り返す。
そうしているうちに。
いつの間にか。
今の好みが出来上がっていた。
読書履歴というのは。
作品の記録だけではないのかもしれない。
その時の自分が何を求めていたのかという記録
でもあるのだろう。
そして。
ここまで来ると。
第三部の最初に書いた疑問へ戻ってくる。
私はこれまで。
「なろうは変わった」
と思っていた。
実際。
変わった。
流行するジャンルも。
主人公の強さも。
物語の始まり方も。
作品の見せ方も。
いろいろ変わった。
だが。
その変化を十数年眺め続けた私も。
同じ場所にはいなかった。
読む作品が変わった。
好きな展開が変わった。
嫌いな展開が増えた。
作品の選び方も変わった。
楽しみ方まで変わった。
では。
なろうが私に合う方向へ変わってきたのか。
それとも。
私が、なろうに合う読者へ変わってきたのか。
たぶん。
答えは一つではない。
その辺を最後に。
もう一度考えてみたい。




