第39話 初デートの服を選ぶだけなのに、彼氏へ見せたい私は教室でまで落ち着けませんでした
木曜日の朝、午前五時二十四分。
目を覚ました私は、布団の中でしばらく天井を見つめていた。
眠いわけではない。むしろ目を開けた瞬間から頭の中は妙にはっきりしていて、まだ起き上がってもいないのに、土曜日のことばかり考えてしまっている。
春斗とのデート。
恋人になってから初めて、最初から「デート」として約束した休日のお出かけ。
木下書房へ行って、そのあと水戸へ出る。細かい予定まではまだ決まっていないけれど、それでも春斗と一日を過ごせるというだけで胸の奥がくすぐったくなった。
昨日の夜は、結局なかなか眠れなかった。
愛ちゃんへ相談したキスのことまで考えてしまったからだ。
今から答えを決める必要はない。
その瞬間に、春斗としたいと思うかどうかで決めればいい。
そう言われたことで少し気持ちは軽くなったけれど、意識しなくなったわけではない。むしろ「考えないようにしよう」と思うたびに、公園で春斗の顔が近づいた瞬間を思い出してしまう。
「……まだ朝なのに」
小さく呟き、私は枕元のスマートフォンへ手を伸ばした。
画面には一件の通知が表示されている。
午前五時十一分。
『起きた?』
春斗だった。
私は少し笑った。
昔から毎朝一緒に登校していたから、春斗は私が何時頃に起きるのか大体知っている。それでも恋人になってから届く「起きた?」は、以前より少しだけ特別に感じる。
『今』
送ると、すぐに既読がついた。
『おはよう』
『おはよう』
そこまでは普通だった。
でも、次に届いた文字を見た瞬間、私は自然と口元を緩めてしまう。
『土曜』
朝一番から、もう土曜日の話。
『うん』
『雨降らない』
『もう調べたの?』
『昨日から』
『早い』
『デートだから』
胸が鳴る。
何度言われても、まだ「デート」という言葉には慣れない。
付き合ったのだから、恋人同士で出かけるならデート。それくらい分かっているのに、自分と春斗へその言葉が当てはめられると妙に恥ずかしくなる。
『春斗』
『何』
『楽しみ?』
少しだけ聞いてみたくなった。
既読。
ほとんど待たずに返事が来る。
『かなり』
予想通りだった。
私は布団の中で小さく笑う。
『私も』
送る。
また少し間があり。
『真理』
『何』
『服』
昨日の続き。
心臓が少し速くなる。
『まだ決めてない』
『今日決める?』
『愛ちゃんと』
『そっか』
その短い返事が、少しだけ残念そうに見えた。
気のせいかもしれない。
でも。
私は少し考えたあと、指を動かす。
『春斗も選ぶ?』
既読。
今度は返事まで少し長い。
『俺?』
『うん』
『俺が選んでいいの』
『最後は自分で決めるけど』
『うん』
『春斗が好きそうなの聞きたい』
送信した瞬間、私は布団の中で顔を両手で覆った。
何を言っているんだろう。
完全に。
彼氏へ可愛いと思われたい女の子の発言だった。
いや。
実際そうなのだけれど。
自覚すると恥ずかしい。
既読はついている。
でも返事が来ない。
『春斗?』
少しして。
『今かなり嬉しい』
やっぱり。
私は笑った。
『大事だから?』
『大事だから』
最近、何度も繰り返しているやり取り。
それでも嫌ではない。
『じゃあ学校で聞く』
『うん』
『でも』
『何』
『俺が選んだの着てきたら、たぶんかなり喜ぶ』
その言葉が胸の中へじわじわ広がっていく。
『そんなに?』
『彼女が俺とのデートのために選ぶんだろ』
『うん』
『普通に嬉しい』
私は画面を見ながら少しだけ黙った。
前にも似たことがあった。
竹下くんとの初めてのデートの前。
私は春斗へ服の写真を送った。
春斗に可愛いと思ってほしかった。
でも、竹下くんから「俺とのデートに着ていく服なら、最初に俺が見たかった」と言われた。
そのとき初めて。
デートで着る服は、ただ可愛いかどうかだけではなく、その相手との時間の一部でもあるのだと知った。
だから今回は。
ちゃんと春斗とのものにしたい。
『分かった』
私は送る。
『考える』
『絶対』
『命令?』
『お願い』
少しだけ笑った。
春斗は最近。
本当に素直だ。
◇
朝。
今日は春斗の家の送迎当番だった。
車へ乗り込むと、春斗はいつものように後部座席へ座っていた。私へ気づくと少しだけ口元を緩める。
「おはよう」
「おはよう」
目が合い、少し笑う。
恋人になってから数日。
この程度なら。
少しずつ。
自然にできるようになってきた。
「真理ちゃん、おはよう」
運転席から春斗のお母さんが声を掛けてくれる。
「おはようございます」
「春ちゃん、今日は朝から機嫌いいわよ」
「母さん」
春斗がすぐに嫌そうな顔をした。
「何」
「言わなくていい」
「だって、土曜日の天気何回も見てたじゃない」
「一回」
「三回くらい見てた」
「三回?」
私は思わず春斗を見る。
「一回」
「三回」
「母さん」
おばさんは楽しそうだ。
春斗の耳が少し赤くなっている。
「春斗」
「何」
「楽しみ?」
「朝聞いた」
「直接も聞きたい」
春斗は一瞬こちらを見る。
そして。
「楽しみ」
即答だった。
胸が少し跳ねる。
「真理ちゃんも?」
今度はおばさんが聞いてくる。
「……楽しみです」
私も正直に答えた。
春斗が少しだけ嬉しそうに笑う。
それが恥ずかしくて、私は窓の外へ視線を逃がした。
「どこ行くの?」
「木下書房」
春斗が答える。
「あら」
「何」
「店主さんに報告?」
「うん」
「やっぱり」
私は少し身を乗り出した。
「おばさんも木下書房知ってるんですか?」
「もちろん。昔からある店だもの」
「春斗、昔から行ってたんですか?」
「中学生の頃から一人で行ってたよ」
私は驚いて春斗を見る。
「知らなかった」
「言ってないから」
「何で?」
「言う必要なかった」
付き合う前なら。
そこで終わっていたと思う。
でも。
昨日。
おばさんに言われた。
幼馴染だからって、何でも知っていると思わない方がいい。
恋人になったからこそ。
今まで知らなかった部分を聞いていけばいい。
「じゃあ土曜、教えて」
私は言った。
「何を」
「木下書房のこと。春斗が昔どんな本買ってたとか」
「いっぱいある」
「全部は無理?」
「かなり」
「じゃあ少しずつ」
「うん」
「春斗が昔好きだった本も知りたい」
「今も好きなの多い」
「それも」
「分かった」
おばさんがバックミラー越しに私たちを見る。
「いいね」
「何が?」
「ちゃんと恋人してる」
「おばさん!」
顔が熱くなる。
春斗も窓の外へ顔を向けた。
耳が赤い。
それでも。
私は少しだけ。
嬉しかった。
◇
岩瀬駅。
いつものベンチへ並んで座る。
平日の朝は人が多く、同じ学校の生徒もいる。
だから手は繋がない。
でも、以前より少しだけ距離は近い。
「真理」
「何?」
「服」
「まだ言うの?」
「うん」
「学校でって言ったでしょ」
「待てない」
「子ども?」
「デートだから」
「それ便利な言葉にしてない?」
「してる」
認めるんだ。
私は笑う。
「どんなの好き?」
聞く。
春斗は少し考えた。
「水色」
「色?」
「うん。真理に似合う」
前。
竹下くんとの初デートで。
私は水色のブラウスを着た。
その記憶が少しだけ胸へ触れる。
でも。
春斗は私が考え込むより先に続けた。
「あと白」
「白?」
「うん」
「服の形は?」
「スカート」
「スカート?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど」
少し笑ってしまう。
「春斗、スカート好きなの?」
「真理の」
顔が熱くなった。
「そういう言い方ずるい」
「本当だから」
「長いの?」
「膝くらい」
「具体的すぎない?」
「見たことある」
「いつ」
「前」
春斗が少し視線を逸らした。
「中学のとき。家族で出かけた日に着てた」
私は動きを止めた。
「覚えてるの?」
「うん」
「何年前?」
「知らない。でも覚えてる」
春斗。
昔から。
私を見ていた。
今なら。
その意味が分かる。
「春斗」
「何」
「昔から見すぎ」
「真理だから」
また胸が鳴る。
最近の春斗。
本当に強い。
「じゃあ、水色か白」
「うん」
「スカート」
「うん」
「候補に入れる」
春斗の表情が少し柔らかくなる。
「楽しみ」
「まだ決めてないよ」
「俺が言ったの入ってる」
「うん」
「かなり嬉しい」
その顔を見て。
私は改めて思った。
今回は。
ちゃんと。
春斗とのデートを。
春斗とのものにする。
◇
学校へ着く。
校門をくぐると、今日もいくつかの視線を感じた。
それでも昨日ほど刺さるようなものではない。
噂が少し落ち着いたのかもしれない。
「おはよう」
前から石井さんが歩いてきた。
一人だった。
「おはよう」
私が返す。
「はよ」
春斗も答える。
石井さんは私たちを見て、少しだけ眉を上げた。
「今日、距離近くない?」
「そう?」
「そう」
確かに。
春斗は以前より少し私の近くを歩いている。
「春斗」
「何」
「幸せ?」
急だった。
私は少しだけ身構える。
でも。
春斗は迷わない。
「うん」
石井さんの表情が一瞬だけ歪む。
「本当に即答するね」
「聞いたから」
「腹立つ」
「ごめん」
「春斗が謝るな」
昨日と似たやり取り。
でも。
声は昨日よりずっと柔らかい。
「久保さん」
「何?」
「土曜、デート?」
「何で知ってるの?」
私が驚くと、石井さんは少し笑った。
「春斗」
「俺言ってない」
「じゃあ何で」
「顔」
「また!?」
石井さんは少し笑う。
「春斗、昨日からずっと機嫌いい」
「そんなに分かる?」
「分かる」
私は春斗を見る。
「やめろ」
「見る」
「何を」
「機嫌いい彼氏」
言った瞬間。
自分で固まった。
顔が熱くなる。
石井さんも少し目を動かす。
でも。
すぐに。
「そのうち慣れそうだね」
「何が」
「彼氏って言うの」
「まだ無理」
「今言った」
「石井さん!」
思わず少し笑った。
石井さんも。
笑った。
完全に傷が消えたわけではない。
それでも。
前より。
ずっと自然だった。
「何着るの?」
「まだ決めてない」
「春斗に聞いた?」
「うん」
「何て?」
「水色か白で、スカート」
石井さんが春斗を見る。
「分かりやす」
「何が」
「女の子らしい服好きなんだ」
「真理に似合うから」
石井さんが一瞬黙った。
それから。
少しだけ笑う。
「それ言えるようになったんだ」
「何」
「前の春斗なら絶対言わなかった」
私は少し興味が湧いた。
「石井さん」
「何?」
「前の春斗ってどんな感じだった?」
「聞くな」
春斗がすぐ止める。
「知りたい」
「普通」
「嘘」
石井さんが少し面白そうな顔になる。
「かなり淡白だったよ」
「やっぱり」
「必要なことしか言わないし、女子と話しても基本同じ」
「うん」
「でも」
石井さんが一瞬私を見る。
「久保さんの話だけ、ちょっと反応違った」
「石井」
春斗が止める。
「いいじゃん」
石井さんは少し笑う。
「前から分かりやすかったよ」
胸が温かくなる。
でも。
石井さんの目には。
ほんの少しだけ。
まだ寂しさが残っていた。
私は。
そこへ。
ごめんとも。
ありがとうとも言わなかった。
どちらも。
今は違う気がした。
「そっか」
ただ。
受け取る。
石井さんは少しだけ頷き、自分の教室へ向かった。
その背中は。
少しずつ。
前より真っ直ぐになっているように見えた。
◇
教室へ入る。
竹下くんは、もう席にいた。
昨日。
三人で話した。
今日。
どんな空気になるか。
少し緊張する。
目が合う。
竹下くんの表情はまだ少し硬い。
でも。
「おはよう」
竹下くんから言った。
私は一瞬。
驚いた。
「おはよう」
返す。
それだけ。
でも。
大きい。
愛ちゃんが後ろで少し目を見開いている。
私は席へ座った。
「真理」
愛ちゃんが小声で呼ぶ。
「うん」
「今、おはようって」
「うん」
「竹下くんから」
「うん」
胸が少し温かい。
「よかったね」
「うん」
完全に元通りではない。
たぶん。
すぐには戻らない。
でも。
挨拶できた。
昨日ちゃんと話した意味は。
あったのだと思う。
◇
午前中の授業。
私は。
思っていたより集中できなかった。
原因。
分かる。
土曜日。
服。
春斗。
デート。
三時間目の途中。
愛ちゃんが自分のノートの端へ小さく書く。
『集中』
私は横目で見る。
『してる』
返す。
『嘘』
『してる』
『土曜』
ばれた。
私は少し睨む。
愛ちゃん。
笑う。
ちょうど先生がこちらを見たので。
急いで前を向いた。
◇
昼休み。
私は愛ちゃんと食堂へ行った。
竹下くんは小野寺くんたちと少し離れた席へ座っている。
以前なら。
同じ場所。
同じくらいの距離。
でも。
今は。
少し離れている。
それでいい。
「服」
愛ちゃんが言った。
「うん」
「春くん何て?」
「水色か白」
「うん」
「スカート」
「へえ」
「何」
「分かりやすい」
「石井さんにも言われた」
「春くん、女の子らしいの好きなんだ」
「私に似合うからって」
愛ちゃんの箸が止まった。
「何」
「それ言ったの?」
「うん」
「春くん、本当に強くなったね」
「最近ずっと」
「付き合ってから遠慮なくなった」
「かなり」
二人で少し笑う。
「候補送って」
「今日?」
「うん。家帰ったら」
「分かった」
愛ちゃんは少しだけ意味ありげな顔をする。
「あと」
「何?」
「キス」
「ここで言わないで!」
思わず声が大きくなった。
近くにいた女子がちらりとこちらを見る。
私は急いで声を落とす。
「愛ちゃん!」
「私は小声だったよ」
「私が大きかった」
「そうだね」
「もう」
愛ちゃんは楽しそうに笑う。
「まだ考えてる?」
「……少し」
「今決めなくていいって言ったでしょ」
「分かってる」
「じゃあ」
少し真面目に。
「したい?」
私は箸を止めた。
「今?」
「土曜」
「分からない」
「うん」
「でも」
少しだけ声を落とす。
「前より、怖くないかも」
口にした。
愛ちゃんの表情が少し柔らかくなる。
「そっか」
「うん」
「なら、そのとき決めな」
「うん」
それだけ。
でも。
胸が。
少し速くなった。
◇
昼休みが終わる少し前。
教室で次の授業の準備をしていると。
竹下くんがこちらへ歩いてきた。
「久保さん」
「うん」
「一個聞いていい?」
「うん」
竹下くんは少し言いにくそうに視線を逸らした。
「土曜」
胸が少し動く。
「うん」
「春斗くんと出かける?」
私は驚いた。
「何で分かるの?」
「噂」
学校。
本当に怖い。
「うん」
私は逃げない。
「デートする」
竹下くんの表情が少しだけ硬くなった。
でも。
すぐに。
頷く。
「そっか」
「うん」
「何する?」
聞かれる。
少し意外だった。
「木下書房行って、そのあと水戸」
「映画?」
「まだ決めてない」
竹下くんがほんの少しだけ笑った。
「映画はやめた?」
「決めてないけど」
私は少しだけ考える。
「竹下くんと最初に行ったから」
竹下くんの目が少し揺れた。
「春斗との最初のデートでは、違うことしたいなって」
竹下くんはしばらく何も言わなかった。
「そっか」
その声には。
少しだけ。
苦さが残っている。
私は。
ごめん。
と言いかける。
でも。
止めた。
竹下くんがそれに気づく。
「謝らない?」
「うん」
「成長」
「春斗にも言われた」
「腹立つ」
「そこ?」
ほんの少し。
二人で笑った。
それだけで。
少しだけ。
以前の空気が戻る。
「久保さん」
「何?」
「俺」
竹下くんは少し間を置く。
「土曜、気にしないようにする」
胸が少し痛む。
「うん」
「たぶん、かなり気になるけど」
「うん」
「でも連絡しない」
その言葉に。
胸がきゅっとなる。
「ありがとう」
「それは言っていい」
「うん」
「あと」
「何?」
竹下くんは少し視線を逸らす。
「楽しんできて」
私は完全に黙った。
竹下くんは少しだけ苦笑する。
「まだ嫌だけど」
「うん」
「でも、言えるくらいにはなった」
胸が熱くなる。
「うん」
それしか。
返せなかった。
竹下くんが席へ戻っていく。
私はその背中を見た。
昨日。
春斗へ。
大事にしろ。
と言った。
今日。
私へ。
楽しんできて。
と言った。
竹下くん。
少しずつ。
前へ進んでいる。
だったら。
私も。
ちゃんと前へ進みたい。
◇
放課後。
昇降口では春斗が待っていた。
私を見ると。
「おかえり」
また言う。
「学校だよ」
「俺のところ来た」
「最近それ好きだね」
「うん」
思わず笑う。
学校を出る。
まだ生徒は多い。
だから。
手は繋がない。
「真理」
「何?」
「今日、竹下と話した?」
早い。
「何で」
「顔」
「みんな私の顔分かりすぎ」
「真理だから」
また。
私は笑う。
「話した」
「何」
「土曜のこと」
春斗の歩幅が少し変わった。
「何で知ってる」
「噂」
「早い」
「私も思った」
「で?」
少し警戒した顔。
「楽しんできてって」
春斗の足が止まった。
「竹下が?」
「うん」
「本当に?」
「うん」
春斗は少し驚いていた。
「それは」
言葉を探す。
「ちょっと見直した」
「本人に言う?」
「言わない」
「何で」
「調子乗る」
私は笑った。
「でも」
春斗の表情が少しだけ柔らかくなる。
「よかった」
「何が」
「真理、土曜ちゃんと楽しめそう」
胸が温かくなる。
春斗も。
竹下くんも。
まだ完全ではない。
それでも。
少しずつ。
前へ進んでいる。
◇
学校から少し離れ、人通りが減ったところで春斗が右手を差し出した。
「ここから」
最近のいつもの合図。
私は迷わず手を取る。
「うん」
指が絡む。
温かい。
「春斗」
「何?」
「服」
春斗がすぐこちらを見る。
「決める?」
「今日」
「うん」
「写真送る」
春斗が少し嬉しそうになる。
「最初に?」
「愛ちゃん」
春斗の足が止まる。
「え」
「候補選ぶから」
「俺最初」
「完成は春斗」
少し沈黙。
「それならいい」
単純。
私は笑う。
「完成したのは最初に春斗」
「うん」
「約束」
「約束」
繋いだ手を少し強く握られた。
◇
夜、午後七時四十八分。
私の部屋の床には、何着かの服が広げられていた。
愛ちゃんとはビデオ通話を繋いでいる。
『白のブラウス』
「うん」
『水色のカーディガン』
「うん」
『紺のスカート』
「春斗、水色か白って」
『両方入ってる』
「確かに」
白。
水色。
スカート。
春斗が言ったもの。
全部。
「これかな」
『いいと思う』
「子どもっぽくない?」
『真理に似合う』
「春斗と同じこと言う」
『彼氏と親友の意見一致』
「恥ずかしい」
『何が』
「彼氏って」
『まだ?』
「まだ」
愛ちゃんが笑う。
『髪どうする?』
「迷ってる」
『下ろして片側留める』
「前の茶色?」
言った瞬間。
少し止まる。
偕楽園。
竹下くんとのデート。
あの日。
使った。
竹下くん。
可愛いと言ってくれた。
『真理?』
「うん」
『変える?』
私は少し考えた。
過去を消したいわけではない。
でも。
新しいデート。
春斗との。
最初のデート。
「変える」
『何にする?』
「白い方」
以前買って。
まだ一度も使っていない。
小さな白いヘアピン。
「春斗とのデートだから、新しいの使う」
愛ちゃんが少しだけ柔らかく笑った。
『いいと思う』
竹下くんとの記憶。
消さない。
でも。
その上へ。
春斗との新しい時間を作る。
それでいい。
◇
午後八時十二分。
私は選んだ服へ着替え、鏡の前へ立った。
白いブラウス。
水色のカーディガン。
紺色の膝下スカート。
白いスニーカー。
髪は下ろしたまま、片側を小さな白いヘアピンで留める。
派手ではない。
でも。
普段より。
少しだけ。
女の子らしく見える。
春斗。
どう思うだろう。
胸が速くなる。
写真を撮る。
一枚目。
顔が硬い。
撮り直す。
二枚目。
笑いすぎ。
三枚目。
少しだけ自然。
それを選ぶ。
春斗とのトーク画面を開く。
『決まった』
送る。
すぐに。
『写真』
早い。
『待って』
『待てない』
『子ども』
『デート』
『便利にするな』
『使える』
私は少し笑う。
そして。
写真を送信した。
既読。
すぐ。
でも。
返事が来ない。
一分。
二分。
長い。
『春斗?』
既読。
少しして。
『真理』
『何』
『かなり可愛い』
胸が大きく鳴った。
画面を見たまま動けなくなる。
『本当?』
『うん』
『何でも言ってない?』
『本当に』
『どこ』
少し意地悪に聞く。
春斗は。
ちゃんと返す。
『白』
『うん』
『水色』
『うん』
『スカート』
『うん』
『髪』
『うん』
そして。
『笑ってる顔』
胸が熱くなる。
『それ服じゃない』
『一番可愛い』
私はスマートフォンを胸へ抱えた。
「……無理」
でも。
嬉しい。
すごく。
『土曜』
『うん』
『それで来て』
『うん』
『絶対』
『分かった』
少し間。
『真理』
『何』
『今会いたい』
胸が鳴る。
『私も』
『見たい』
『土曜』
『写真じゃ足りない』
『我慢』
『彼女』
『便利にしない』
『お願い』
私は笑った。
『土曜まで』
『分かった』
そして。
『楽しみ』
『私も』
送る。
もう。
隠さない。
楽しみ。
春斗との。
最初からデートとして約束した。
初めての休日。
◇
夜。
布団へ入り、枕元へスマートフォンを置く。
春斗との最後のやり取りは。
『おやすみ』
『おやすみ』
それだけ。
今日は。
キスの話はしなかった。
でも。
私は鏡の中の自分を思い出す。
春斗に。
かなり可愛い。
と言われた。
土曜日。
今度は直接。
春斗を見る。
私も。
見られる。
手を繋ぐ。
たぶん。
今までより。
もっと近くなる。
そして。
キス。
また。
頭へ浮かぶ。
でも。
昨日ほど怖くなかった。
むしろ。
少し。
期待している自分がいた。
「……そのとき決める」
小さく呟く。
今から意味を決めない。
答えも作らない。
春斗が近づいて。
聞いてくれたとき。
私がどうしたいか。
それだけで決める。
そして。
もし。
そのとき。
春斗とキスしたいと思ったなら。
私は。
もう逃げない。
目を閉じる。
土曜日まで。
あと二日。
たった二日なのに。
今の私には。
少し長すぎるように感じられた。




