↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『好きな人がいるので、幼馴染に恋愛相談していたら、なんだか様子がおかしくなりました』   作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/54

第34話 幼馴染が彼氏になった翌朝、家族の前でいつも通りにするのは無理でした


 月曜日の朝、午前五時三十一分。


 目を覚ました私は、枕元の時計を見るより先に、自分の右手へ視線を落とした。


 昨日、春斗と繋いだ手。


 恋人として初めて繋いだ手。


 もちろん、昨日までと形が変わったわけではない。指の長さも、手のひらの大きさも、何一つ変わっていないはずなのに、春斗の手を握った感覚を思い出した瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。


「……彼氏」


 誰もいない部屋で、小さく口にしてみる。


 その一言だけで、頬が熱くなった。


 春斗が彼氏。


 私は春斗の彼女。


 文字にすれば簡単なのに、頭の中で繰り返すだけで心臓が落ち着かない。


 昨日、近所の公園で私は春斗へ「付き合いたい」と伝えた。


 そのあと春斗からも、改めて「俺と付き合ってください」と告白され、私は「はい」と答えた。


 恋人になった。


 手を繋いだ。


 抱き締められた。


 そして、キスはまだ。


 そこまで思い返したところで、私は勢いよく布団を頭まで被った。


「無理……」


 何が無理なのか、自分でもよく分からない。


 恥ずかしい。


 ただ、それだけは確かだった。


 昨日までも春斗とは手を繋いでいたし、抱き締められたこともある。それなのに、恋人になったという一つの事実だけで、同じ接触が全部違うものに思えてしまう。


 昨日までは、恋人になる直前の幼馴染。


 今日は、彼氏と彼女。


 境目はたった一日なのに、意識の中では大きく違っていた。


 布団の中でしばらく転がったあと、私はようやく顔だけを出した。


 スマートフォンへ手を伸ばす。


 通知が一件。


 午前五時十六分。


 春斗。


『起きてる?』


「早い……」


 思わず呟く。


 でも、返事はすぐに打った。


『今起きた』


 既読。


 早い。


 たぶん、春斗も画面を見ていた。


『おはよう』


 それだけ。


 昨日までなら普通の挨拶だった。


 なのに今日は、妙に胸が鳴る。


『おはよう』


 返す。


 少しだけ間が空いた。


 そして。


『彼女』


「っ……!」


 私はスマートフォンを握ったままベッドへ倒れ込んだ。


 何それ。


 朝から。


 そんな呼び方をする必要がどこにあるのか。


『やめて』


 すぐ送る。


『何で』


『恥ずかしい』


『本当だから』


『そうだけど』


 既読。


『真理』


『何』


『彼女』


『春斗』


『何』


『うるさい』


 少し間。


『彼氏』


「うわぁぁぁぁ……!」


 今度こそ枕へ顔を埋めた。


 春斗。


 昨日から本当に強い。


 付き合う前まで、あれだけ気持ちを隠していた人とは思えない。


 今は「好き」も「会いたい」も「彼女」も、全部普通に送ってくる。


 ずるい。


『今日会える』


 さらに届く。


 私は一度深く息を吸い、少しだけ気持ちを整えた。


『うん』


『朝から』


『うん』


『嬉しい』


 また顔が熱くなる。


 でも。


 少しだけ勇気を出す。


『私も』


 そこまで打って。


 もう一つ。


『会いたい』


 送信。


 既読。


 すぐ。


『今行く』


『来なくていい!』


 思わず即返信した。


『冗談』


『春斗の冗談分かりにくい』


『でも会いたい』


『駅で』


『うん』


 会話が止まる。


 私はスマートフォンを胸の上へ置いた。


 今日、学校で春斗と会う。


 今までも毎日会っていた。


 でも今日から違う。


 恋人として会う。


 その事実だけで、朝から胃が少し痛くなるくらい緊張した。


     ◇


 午前五時五十七分。


 制服へ着替え、朝食を済ませた私は玄関を出た。


 今日は私の家が送迎当番だ。


 母が車を出している間、私は玄関前で待つ。


 まだ朝日は完全に昇りきっておらず、住宅街には薄い青白さが残っていた。新聞配達のバイクが遠くを走り、近所の家の室外機だけが低い音を立てている。


 そんな静かな朝なのに、私の心臓は妙にうるさかった。


 数分後。


 春斗の家の前へ車が停まる。


 後部座席のドアが開き、春斗が乗り込んできた。


「おはよう」


「おはよう」


 目が合う。


 すぐに逸らす。


 昨日までなら、こんなことはなかった。


 普通に顔を見て。


 普通に隣へ座って。


 普通に本の話でも学校の話でもした。


 でも今日は。


 春斗が隣へ座っただけで近い。


 肩。


 腕。


 膝。


 全部が気になる。


「真理」


「何」


「近い」


「春斗が」


「俺いつもここ」


「私も」


 運転席の母が、バックミラー越しにちらりとこちらを見る。


「二人とも、今日変だね」


「何もない」


「何もない」


 完全に同時だった。


 母が口元を緩める。


「本当に?」


「うん」


「昨日、二人で出かけた?」


 胸が跳ねる。


「少し」


 私が答える。


 春斗は黙っていた。


「へえ」


 母の声が妙に楽しそうだ。


 絶対。


 何か察している。


「春斗くん」


「はい」


「真理、昨日帰ってからずっとニヤニヤしてたよ」


「お母さん!」


 思わず声が大きくなる。


 春斗が横で小さく笑った。


「知ってます」


「何で!?」


「メッセージ」


「そんなの送ってない!」


「顔見なくても分かる」


「春斗!」


 母まで笑い出す。


「本当に仲いいね」


 その言葉。


 昔から何度も言われてきた。


 仲がいい。


 幼馴染だから。


 家が近いから。


 家族ぐるみだから。


 でも今は。


 それだけではない。


 恋人。


 彼氏。


 彼女。


 言いたい。


 でも。


 恥ずかしい。


「真理」


 春斗が小さな声で呼ぶ。


「何」


「言う?」


 何を、なんて聞かなくても分かった。


 母へ。


 付き合ったこと。


「今?」


「嫌?」


「嫌じゃないけど」


 私は運転席にいる母の後頭部を見る。


「春斗から言って」


「何で俺」


「無理」


「真理から付き合いたいって言った」


「それは二人のときだから言えたの」


「母親だろ」


「だから恥ずかしいの」


 その瞬間。


 母が前を向いたまま言った。


「聞こえてるよ」


「えっ」


 身体が固まった。


 春斗も少しだけ止まる。


「何を?」


 私は苦し紛れにとぼけた。


「付き合った?」


 直球だった。


「……」


「……」


 車内へ沈黙が落ちる。


 ちょうど赤信号になり、車がゆっくり停まった。


 母がバックミラー越しに私たちを見る。


「違う?」


 私は春斗を見る。


 春斗も私を見る。


 数秒。


 そして。


「付き合った」


 春斗が言った。


 胸が鳴る。


 一気に顔が熱くなる。


 母は。


 しばらく。


 本当に何も言わなかった。


 それから。


「やっと?」


「お母さん!?」


 予想していなかった反応に、私は思わず身を乗り出した。


「何でやっとなの!」


「だって」


 母は楽しそうに笑う。


「春斗くん、ずっと真理のこと好きだったでしょう」


 今度は春斗が固まった。


「知ってたんですか」


「親だからね」


「何で私には言わなかったの!」


「本人が言うことだから」


「でも!」


「真理は竹下くんが好きだったでしょう」


 その名前が出た瞬間。


 胸の奥が少し重くなる。


 母もすぐ気づいたらしい。


「ごめん」


 声が少し柔らかくなる。


「ううん」


「でも、ちゃんと決めたんだね」


「うん」


「竹下くんとは?」


 聞かれる。


 私は少しだけ視線を落とす。


「話した」


「うん」


「断った」


「そっか」


「泣いた」


 母は何も挟まない。


「私も」


 車内へ静かな空気が落ちる。


 さっきまでのからかいが嘘みたいだった。


 春斗も。


 何も言わない。


 私の横で。


 ただ聞いている。


「竹下くんのこと」


 母が前を向いたまま言った。


「悪い恋だったことにしないようにね」


「うん」


「真理が本気で好きだったのは、見ていて分かったから」


 胸が少し痛む。


「うん」


 それでも頷く。


「春斗くんも」


「はい」


「真理が竹下くんを好きだったこと、嫉妬しても否定しないであげてね」


「分かってます」


 春斗はすぐに答えた。


 母が少し笑う。


「よし」


「何が」


「一個安心」


「お母さん」


「でも」


 今度は少し真面目な声になる。


「幼馴染から恋人になったからって、何でもすぐ恋人らしくしなくていいからね」


 胸が鳴る。


「分かってる」


「キスとか」


「お母さん!」


 思わず大声を出した。


 春斗が窓の外を見る。


 耳。


 真っ赤。


「まだだから!」


 口にしてから。


 さらに恥ずかしくなる。


 母が少しだけ目を細める。


「まだなんだ」


「そこ拾わないで!」


 春斗の肩が小さく揺れている。


 笑っている。


「春斗!」


「何」


「笑わないで」


「無理」


「彼氏なら助けて」


「母さんじゃない」


「彼氏って言った!」


 自分で言って。


 また顔が熱くなる。


 母は本当に楽しそうだった。


「朝から元気ね」


 私はもう。


 何も言い返せなかった。


     ◇


 岩瀬駅へ到着し、車を降りる。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 母へ言う。


 すると母が、今度は春斗へ声を掛けた。


「春斗くん」


「はい」


「真理よろしくね」


「はい」


「お母さん!」


 叫んだ頃にはドアが閉まり、車はそのまま走り去っていった。


 私はその場で顔を両手で覆った。


「無理」


「何が」


「全部」


「母親に付き合ったって言っただけ」


「春斗は恥ずかしくないの?」


「恥ずかしい」


「見えない」


「かなり」


「嘘」


「本当」


 春斗は少し笑う。


 でも。


 そのあと。


「でも、嬉しい」


 胸が鳴る。


「何が」


「真理の家で、俺が彼氏って認識された」


 その言葉。


 少しだけ。


 胸の中へ落ちる。


 今まで。


 幼馴染。


 家族ぐるみ。


 近所。


 真理の隣にいる春斗。


 それだけだった。


 今は。


 彼氏。


 その立場が。


 少しずつ現実になっていく。


「春斗」


「何」


「私も嬉しい」


 言ってから。


 少しだけ照れた。


「うん」


 春斗も小さく笑う。


 二人で。


 ホームへ向かった。


     ◇


 いつものベンチ。


 いつもの場所。


 私と春斗は隣へ座った。


 人は多い。


 通学する学生。


 会社員。


 顔を知っている人もいる。


 春斗の右手が近い。


 手を繋ぐ?


 そう思う。


 でも。


 もし見られたら。


 学校で噂になる。


 もう、竹下くんを巡ることではかなり噂になっている。


 でも。


 正式に春斗と付き合ったことは。


 まだ知られていない。


「真理」


「何?」


「手」


 やっぱり。


 聞かれた。


「ここで?」


「嫌?」


 私は周囲を見る。


 同じ学校の制服。


 少し離れた場所に二人。


 別の高校らしい生徒。


 通勤客。


「見られる」


「うん」


「噂になる」


「もうなってる」


「付き合ったのはまだ」


「たぶん広がる」


 春斗は気にしていないらしい。


「嫌?」


 改めて聞かれる。


 私は少し考えた。


 春斗と付き合ったことを。


 隠したい?


 答えは。


 違う。


「嫌じゃない」


 私は言った。


「でも恥ずかしい」


「それは俺も」


「じゃあ」


「でも繋ぎたい」


「春斗、最近欲望に忠実」


「待つだけやめた」


「便利な言葉にしてる」


「本当だから」


 私は笑ってしまう。


 そして。


 ベンチの上。


 春斗の手へ。


 自分の手を少し近づける。


 触れる。


 でも。


 握らない。


「これで」


 春斗が見る。


「何これ」


「見えにくい」


「繋いでない」


「触れてる」


「真理」


「何」


「子ども?」


「恥ずかしいの!」


 春斗は笑った。


 でも。


 無理に握らない。


 指先だけ。


 触れたまま。


 それだけで。


 少し。


 落ち着いた。


     ◇


 電車は混んでいた。


 二人で座れる場所はなく、私たちは並んで吊り革を掴んだ。


 朝の車内。


 揺れ。


 人の気配。


 春斗が隣。


 肩が近い。


「真理」


「何」


「今日」


「うん」


「学校で」


 春斗が少しだけ声を落とす。


「付き合ったこと言う?」


 胸が鳴る。


「誰に?」


「聞かれたら」


 私は考える。


 愛ちゃんはもう知っている。


 竹下くんは知らない。


 石井さんも。


 小野寺くんも。


 周囲の生徒も。


 私と春斗が急に近くなったことには気づいている。


 でも。


 正式に交際したことまでは。


 知らない。


「言う」


 私は答えた。


「隠さない」


 春斗の表情が少し柔らかくなる。


「うん」


「でも」


「何」


「自慢みたいには言わない」


「誰に」


「竹下くんの前とか」


 春斗の表情。


 少しだけ固くなる。


「うん」


「嫌?」


「少し」


 正直。


「何が」


「竹下に気を遣うの」


 春斗はそう言った。


「でも」


「うん」


「必要だと思う」


 胸が少し温かくなる。


「春斗」


「何」


「ありがとう」


「うん」


「竹下くんのこと」


「うん」


「まだ」


 声が少し弱くなる。


「気になると思う」


「うん」


「学校休んでたし」


「うん」


「今日来るかもしれない」


「うん」


「話したい」


「うん」


「二人で」


 春斗の顔。


 明らかに。


 少し嫌そう。


「嫌?」


「かなり」


 即答だった。


「でも止めない」


 春斗は続ける。


「真理が竹下と話す必要あるなら」


「うん」


「止めない」


「ありがとう」


「でも」


「何?」


「終わったら俺のところ来て」


 胸が鳴る。


「何で」


「彼氏だから」


 また。


 その言葉。


「……うん」


 頬が熱い。


「分かった」


 答えると。


 春斗は少しだけ嬉しそうに笑った。


     ◇


 水橋高校へ着く頃には、校門前には多くの生徒が集まっていた。


 私と春斗は並んで歩く。


 昨日までと。


 ほとんど同じ。


 歩幅も。


 距離も。


 会話も。


 でも。


 全部違う。


 彼氏。


 彼女。


 そういう関係になった。


「春斗」


「何」


「変な感じ」


「俺も」


「いつも通りなのに」


「付き合ったから」


「それだけで?」


「それが大きい」


 そうかもしれない。


 昇降口へ入る。


 その瞬間。


 視線。


 感じる。


 石井さん。


 下駄箱の前。


 今日は一人ではない。


 クラスメイトらしい女子が二人。


 石井さんと目が合った。


 そして。


 石井さんは。


 私と春斗の距離を見た。


 何か。


 感じ取ったような顔。


「おはよう」


 石井さん。


「おはよう」


 私。


「はよ」


 春斗。


 少し沈黙。


「久保さん」


「何?」


「昨日」


 石井さんが少し迷う。


「春斗と会った?」


「うん」


「一昨日も?」


「うん」


 石井さんの眉が少し寄る。


「それで」


 続きを聞かれる前に。


 私は。


 言った。


「付き合った」


 石井さんの表情が完全に止まった。


 隣にいた女子たちも目を見開く。


 春斗も。


 私を見る。


 でも。


 私は。


 自分で言いたかった。


「昨日から」


 続ける。


「春斗と付き合ってる」


 声。


 震えなかった。


 石井さんは口を少し開き。


 でも。


 何も言えず。


 閉じる。


「……そっか」


 それだけ。


 でも。


 顔。


 平気ではない。


 分かる。


「石井さん」


「何?」


 私は。


 反射的に。


「ごめん」


 言った。


 瞬間。


 石井さんの眉が強く寄る。


「何で謝るの」


「だって」


「私が振られたから?」


「そういう意味じゃ」


「じゃあ何」


 声。


 少し強くなる。


 周囲。


 少し静かになる。


 また。


 見られている。


「久保さん」


 石井さん。


 目が。


 少し赤い。


「付き合ったこと、謝らないで」


 強い声。


「私」


 途中。


 少し詰まる。


「それ、一番嫌」


 胸。


 痛む。


「ごめ」


 言いかけ。


 止めた。


「……うん」


 石井さんが。


 少し息を吐く。


「春斗」


「何」


「おめでとう」


 春斗の表情が少し変わる。


「ありがとう」


「本当に?」


「うん」


「よかったね」


 声は。


 少し震えている。


 でも。


 ちゃんと言う。


 そして。


 私を見る。


「久保さんも」


「うん」


「おめでとう」


 胸が。


 少し。


 苦しくなる。


 でも。


 今度は謝らない。


「ありがとう」


 受け取る。


 石井さんは。


 少し。


 笑った。


 無理をしている。


 でも。


 昨日までと。


 違う。


「でも」


 石井さん。


「今日はちょっと無理」


「うん」


「昼まで話しかけないで」


「分かった」


「春斗も」


「うん」


「図書委員は仕事だから普通にする」


「分かった」


 石井さんは一度目を閉じる。


 そして。


「じゃあ」


 歩き出した。


 クラスメイト女子二人が慌てて追う。


 そのうち一人が。


 石井さんの肩へ手を置いた。


 遠ざかる。


「真理」


 春斗。


「何」


「今の」


「うん」


「最後、謝らなかった」


「途中から」


「うん」


「成長」


「上から言わないで」


 でも。


 少しだけ。


 嬉しかった。


 石井さん。


 傷ついた。


 泣きたいと思う。


 でも。


 おめでとう。


 言ってくれた。


 すぐ友達になるわけではない。


 まだ苦手。


 まだ嫉妬。


 でも。


 一歩。


 前へ。


     ◇


 教室へ入る。


 愛ちゃんは。


 すぐ。


 私の顔を見る。


 そして。


 にやにや。


「おはよう」


「おはよう」


「彼女」


「やめて!」


 小声。


 でも。


 顔は熱い。


「春くんは?」


「商業科」


「当たり前」


「何」


「今日どうだった?」


「家族にバレた」


「もう?」


「車で」


「早」


「お母さん、やっとって」


 愛ちゃん。


 笑う。


「やっぱ親は分かるんだね」


「嫌」


「何で」


「恥ずかしい」


「そのうち春くんの家にも言うんでしょ」


 胸が止まりそう。


「言うの?」


「付き合ってるなら」


「おばさん絶対知ってる」


「どうだろ」


「春斗が言うかな」


「言わせなよ」


「自分で?」


「彼女でしょ」


 また。


 その言葉。


「愛ちゃん」


「何」


「彼女って言わないで」


「何で」


「慣れてない」


「いつ慣れるの」


「分からない」


「面白い」


「楽しんでる」


「かなり」


 愛ちゃん。


 笑う。


 私も。


 少し笑う。


 そして。


 自然に。


 竹下くんの席を見る。


 空いている。


 胸。


 沈む。


「来てないね」


 愛ちゃん。


「うん」


「今日も?」


「分からない」


 担任。


 まだ来ていない。


 小野寺くん。


 席にいる。


 私と目が合う。


 表情。


 少し複雑。


 私は。


 小さく頭を下げる。


 小野寺くん。


 しばらく。


 私を見る。


 そして。


 立ち上がる。


 こちらへ。


 来る。


「久保さん」


「うん」


「竹下」


 胸。


 強く鳴る。


「今日休む」


「そっか」


「昨日」


 小野寺くん。


 少し。


 言葉を選ぶ。


「夜、電話した」


「うん」


「かなり落ち込んでる」


「うん」


「でも」


 私を見る。


「久保さんの悪口、言わなかった」


 胸。


 痛い。


「春斗の悪口は?」


「かなり」


 少し。


 笑いそうになる。


 でも。


 笑えない。


「そっか」


「でも本気で何かする気はない」


「うん」


「ただ」


 小野寺くん。


 視線。


 私の顔。


「もう付き合った?」


 教室。


 少し。


 周囲の耳。


 こっちへ。


 私は。


 逃げない。


「うん」


 答える。


「昨日」


 小野寺くんの目が少し大きくなる。


「そっか」


「うん」


「早い」


 言われる。


 胸へ刺さる。


「うん」


「竹下振って」


「うん」


「次の日?」


「うん」


 小野寺くん。


 少し眉を寄せる。


「正直」


「うん」


「竹下の友達としては、嫌」


 胸。


 痛む。


 でも。


 受け止める。


「うん」


「でも」


 小野寺くん。


 続ける。


「久保さんが春斗選んだのも知ってる」


「うん」


「昨日まで引っ張ってた方が、竹下にはもっときつい」


「うん」


「だから」


 少し。


 息を吐く。


「俺からは何も言わない」


「ありがとう」


「でも」


「うん」


「今、竹下の前でイチャついたら」


 目。


 少し強くなる。


「俺が怒る」


「分かった」


「春斗にも言って」


「うん」


「竹下が戻るまで」


「うん」


「少しだけ」


 小野寺くん。


 声。


 弱くなる。


「時間くれ」


 胸。


 締めつけられる。


「分かった」


 私は。


 答える。


「ちゃんと春斗にも言う」


「うん」


 小野寺くん。


 小さく頷く。


 そして。


 席へ戻る。


 愛ちゃん。


 横。


 少し。


 心配そう。


「大丈夫?」


「うん」


「痛かった?」


「少し」


「でも」


 私は。


 竹下くんの空席を見る。


「言ってくれてよかった」


     ◇


 朝のホームルーム。


 担任。


 出席。


「竹下、体調不良で欠席」


 やっぱり。


 胸が沈む。


 周囲。


 少しざわつく。


 噂。


 もう。


 みんな知っている。


 竹下くんが。


 私を好きだった。


 私が。


 春斗を選んだ。


 そして。


 昨日から。


 春斗と付き合っている。


 その事実。


 今日。


 さらに広がる。


 私は。


 ノートを開く。


 授業。


 始まる。


 でも。


 気持ち。


 落ち着かない。


     ◇


 二時間目の休み時間。


 愛ちゃんと廊下へ出る。


 すると。


 前から。


 商業科の女子二人。


 歩いてくる。


 私を見て。


 少し。


 声を小さくする。


「久保さん?」


「うん」


「春斗くんと付き合ったって本当?」


 早い。


 本当に。


 早い。


「うん」


 答える。


「昨日から」


「やっぱり!」


 一人。


 少し興奮。


「すご」


「竹下くん振ったって」


 もう一人。


 言う。


 愛ちゃんの表情。


 少し硬くなる。


「それ」


 私は。


 声を落とす。


「あんまり面白がらないで」


 二人。


 少し止まる。


「ごめん」


「竹下くんも」


「うん」


「今、学校来てないから」


「そっか」


 気まずそう。


「でも」


 一人。


「おめでとう」


 言う。


 私は。


 少しだけ。


 笑う。


「ありがとう」


 受け取る。


 それで。


 いい。


     ◇


 昼休み。


 春斗からメッセージが届く。


『屋上近く』


 何それ。


『何』


『来れる?』


 私は愛ちゃんを見る。


「春斗」


「行ってきな」


「昼」


「食べてから」


「うん」


 急いで昼食を食べる。


 そして。


 校舎。


 屋上近く。


 普段。


 人の少ない階段踊り場。


 春斗。


 待ってる。


「何?」


 私が聞く。


「話」


「何の」


「石井」


「朝?」


「うん」


「大丈夫?」


「俺は」


「石井さんは?」


「昼、普通だった」


「そっか」


「あと」


 春斗。


 私を見る。


「小野寺」


「何で知ってるの?」


「愛から」


「早い」


「真理」


「何」


「竹下戻るまで」


 春斗。


 少し声を落とす。


「学校で手繋ぐのやめる?」


 胸。


 少し痛い。


 でも。


「うん」


 答える。


「私もそう思ってた」


 春斗。


 少し残念そう。


「嫌?」


「嫌」


「うん」


「彼女なのに」


 また。


 胸が鳴る。


「でも」


 春斗。


 続ける。


「竹下が戻れなくなるのも嫌」


「うん」


「俺」


 少し。


 顔。


 苦しそう。


「竹下嫌いだけど」


「うん」


「真理が好きだった相手だから」


「うん」


「壊したいわけじゃない」


 胸。


 温かい。


「ありがとう」


「でも」


「何」


「学校出たら繋ぐ」


「春斗」


「そこは譲らない」


 思わず。


 笑う。


「分かった」


「本当に?」


「うん」


「彼氏だから?」


「……うん」


 答える。


 春斗。


 顔。


 少し嬉しそう。


「もう一回」


「嫌」


「何で」


「恥ずかしい」


「慣れて」


「無理」


 いつもの。


 でも。


 恋人の会話。


     ◇


 昼休み。


 戻る途中。


 石井さんとすれ違う。


 目。


 合う。


 少し。


 気まずい。


 でも。


 石井さん。


 私を見る。


「久保さん」


「何?」


「朝」


「うん」


「ごめん」


「何が?」


「ちょっと態度悪かった」


「大丈夫」


「大丈夫って言われるのも嫌」


「じゃあ」


 少し考える。


「受け取る」


「うん」


 石井さん。


 少し笑う。


「それでいい」


 そして。


 春斗を見る。


「春斗」


「何」


「幸せそう」


 少し。


 刺のある声。


 でも。


 前より柔らかい。


「うん」


 春斗。


 即答。


 石井さん。


 顔。


 少し歪む。


「そこ即答する?」


「本当だから」


「腹立つ」


「ごめん」


「春斗が謝るな」


 石井さん。


 少し笑う。


 私も。


 少し。


 笑う。


 完全に。


 仲良くなったわけではない。


 でも。


 変わっている。


     ◇


 放課後。


 教室。


 竹下くんの席。


 今日も。


 空いたまま。


 私は鞄を持つ。


 愛ちゃん。


「帰る?」


「うん」


「春くん?」


「うん」


「彼氏と?」


「言わないで」


「いつ慣れるの」


「まだ一日」


「じゃあ一週間後また言う」


「やめて」


 笑う。


 でも。


 竹下くんの席を。


 最後に見る。


「真理」


「何?」


「明日」


 愛ちゃん。


 言う。


「竹下くん、来るかも」


「うん」


「そのとき」


「うん」


「普通にできなくても責めないでね」


「分かってる」


「春くんも」


「分かってる」


「ならいい」


 私は。


 教室を出る。


     ◇


 昇降口。


 春斗。


 待っている。


 私を見る。


「おかえり」


 言われる。


 胸。


 止まりそう。


「何それ」


「何」


「おかえりって」


「俺のところ来たから」


「学校だけど」


「彼女だから」


 また。


 それ。


「春斗」


「何」


「最近全部そこに繋げる」


「使えるから」


「便利にしないで」


 私は。


 笑う。


 そして。


 学校を出る。


 校門。


 人。


 多い。


 手。


 まだ。


 繋がない。


 竹下くんが。


 戻るまで。


 少し。


 控える。


 でも。


 学校から少し離れた。


 角。


 人。


 減る。


 春斗。


 止まる。


「真理」


「何」


 右手。


 差し出す。


「ここから」


 私は。


 周囲を見る。


 誰も。


 ほとんどいない。


 そして。


 自分から。


 春斗の手を取る。


「うん」


 繋ぐ。


 春斗。


 少し笑う。


「やっぱ嬉しい」


「私も」


 答える。


 すぐ。


 顔。


 熱くなる。


「真理」


「何」


「今」


「言わないで」


「嬉しい」


「言った」


「大事だから」


 春斗。


 笑う。


 私は。


 もう。


 少しだけ。


 慣れてきた。


 彼氏。


 彼女。


 恋人。


 まだ。


 口にすると恥ずかしい。


 でも。


 嫌じゃない。


 むしろ。


 嬉しい。


 昔から。


 同じ道を。


 何百回も歩いた。


 でも。


 今日は。


 初めて。


 恋人として。


 春斗の手を繋ぎ。


 帰る。


 その日常が。


 少しずつ。


 始まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。