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『好きな人がいるので、幼馴染に恋愛相談していたら、なんだか様子がおかしくなりました』   作者: 伊佐波瑞樹


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3/52

第3話 恋愛相談のはずなのに、幼馴染の作戦が妙に本気です


 翌朝。


 午前五時四十八分。


 岩瀬駅のホームには、昨日と同じように薄い朝靄が残っていた。


 空はまだ完全には明るくなりきっていない。


 東の方だけが白く霞み、その向こうから少しずつ朝の光が広がってきている。


 線路脇に生えた草には夜露が残り、風が吹くたび細い葉先が揺れていた。


 ホームの端。


 古びたベンチ。


 小さな待合室。


 遠くから聞こえる鳥の声。


 時折、駅前の道路を車が通り過ぎる音。


 人の少ないこの時間の岩瀬駅は、昼間とはまるで別の場所に見える。


 私はベンチに座り。


 両手でスマートフォンを握り。


 画面をじっと見つめていた。


 正確には。


 画面に表示された、一行の文字を。


 かれこれ三分ほど見続けていた。


『竹下くんに自然に話しかける方法』


 検索窓に入力した文字。


 まだ検索ボタンは押していない。


「……」


 押すべきか。


 押さないべきか。


 いや。


 普通なら押す。


 せっかく入力したのだから。


 しかし。


 もし検索履歴を誰かに見られたら。


 どうしよう。


 いや、誰が見るんだ。


 私のスマートフォンだ。


 お母さん?


 勝手には見ない。


 愛ちゃん?


 見せなければいい。


 春斗?


 ……春斗は。


 人のスマートフォンには興味がない。


 たぶん。


 それなのに。


 なぜか。


 この一行を検索することが。


 妙に恥ずかしい。


「何してんの」


「ひゃっ!」


 突然。


 耳元近くから声がした。


 私は反射的にスマートフォンを胸へ抱き込んだ。


 その勢いで。


 ベンチから落ちそうになる。


「危な」


 腕を掴まれた。


 春斗だ。


 いつの間にか。


 私のすぐ横に立っていた。


「び、びっくりしたぁ!」


「それはこっちの台詞だ」


「急に覗き込まないでよ!」


「三回呼んだ」


「嘘」


「本当」


「聞こえなかった」


「スマホに集中しすぎ」


 春斗は。


 私の腕から手を離す。


 そのまま。


 少し眠そうな顔で。


 私を見る。


「何見てた」


「何でもない」


「怪しい」


「春斗には関係ない」


「じゃあいい」


 あっさり。


 春斗は興味を失った。


 片手に持っていた文庫本を開く。


 私は。


 少しだけ。


 むっとした。


 いや。


 別に。


 見せたいわけじゃない。


 でも。


 もう一回くらい聞いてもよくない?


 何見てたの。


 とか。


 何で隠したの。


 とか。


 そういうの。


 ないの?


「……」


「何」


「何でもない」


「そう」


 春斗はページをめくる。


 私は。


 また少し。


 むっとする。


 何だろう。


 この気持ち。


 自分でもよく分からない。


「春斗」


「何」


「昨日さ」


「うん」


「竹下くんのこと、結構調べてくれたじゃん」


「調べてない」


「身長まで知ってたよね」


「たまたま」


「百七十八センチって、たまたまで知る情報じゃないよ」


「聞こえた」


「何が」


「誰かが話してるの」


「誰が?」


「知らない」


「嘘だぁ」


「朝からうるさいな」


 春斗は本から目を上げた。


 少し眉を寄せている。


 私は。


 ベンチに座ったまま。


 春斗を見上げた。


「ねえ」


「何」


「私のために調べてくれたんでしょう?」


「……」


「だったら、そう言えばいいのに」


「別に」


「照れてる?」


「違う」


「じゃあ何で?」


「お前がうるさいから」


「ひどい」


「毎日竹下竹下言われるなら、少しくらい情報があった方が話が早い」


「……」


 私は。


 一瞬。


 黙った。


「つまり」


「何」


「これからも相談に乗ってくれるってこと?」


「……」


 春斗の視線が。


 本へ戻る。


 返事はない。


「春斗」


「うるさい」


「乗ってくれるの?」


「知らない」


「じゃあ今から相談するね」


「人の話聞けよ」


「どうしたら竹下くんともっと仲良くなれると思う?」


「……」


 春斗が。


 ゆっくり。


 本を閉じた。


 昨日と同じ。


 ぱたん。


 その音。


 私は思わず。


 背筋を伸ばす。


「何」


「本気で聞いてるのか」


「本気だよ」


「昨日、少し話せたんだろ」


「うん」


「だったら同じように話せばいい」


「それができたら苦労しないよ!」


「昨日できたじゃん」


「偶然だからできたの!」


「筆箱落として?」


「そう」


「頭ぶつけて?」


「それは事故」


「昼も同じ席になって?」


「愛ちゃんのおかげ」


「つまり全部偶然と他人任せ」


「……」


 私は。


 黙った。


 正論だ。


 腹立つ。


 正論だから。


 余計腹立つ。


「だから相談してるの」


「じゃあ」


 春斗は。


 少し考える。


 朝の風が。


 ホームを抜ける。


 遠く。


 線路の先で。


 踏切の音が聞こえた。


「毎日一回は、自分から話しかけろ」


「え」


「それだけ」


「それが難しいんだって!」


「難しくない」


「春斗には分からない!」


「分かる必要ない」


「恋する乙女の心を理解してよ」


「無理」


「努力して!」


「嫌だ」


 春斗は。


 相変わらず。


 冷たい。


 でも。


 言っていることは。


 何となく。


 昨日までと違う。


 適当に。


 話しかけろ。


 で終わらせるのではなく。


 毎日一回。


 という。


 具体的な。


 作戦のようなもの。


「毎日一回?」


「最低一回」


「最低?」


「朝の挨拶以外」


「厳しくない?」


「挨拶は会話に入らない」


「私にとっては大イベントなんだけど」


「昨日噛んでたもんな」


「思い出させないで!」


 私は。


 両手で顔を覆う。


 朝から。


 嫌な記憶が蘇った。


「おはよございましゅ……」


「やめて!」


「再現しただけ」


「自分でも忘れようとしてるのに!」


「無理だろ」


「春斗!」


 ホームの端にいた作業着姿の男性が。


 こちらを見た。


 私は。


 慌てて声を落とす。


「……とにかく」


 春斗も。


 少し声を小さくする。


「普通に話せ」


「何を?」


「何でもいい」


「その何でもが分からないの」


「授業」


「真面目すぎる」


「昼飯」


「急じゃない?」


「サッカー」


「詳しくない」


「好きな食べ物」


「昨日の唐揚げの話したら、監視してたみたいじゃん」


「実際見てたんだろ」


「言い方!」


 春斗が。


 ため息をつく。


 その顔に。


 少しだけ。


 本気で考えているような色が見えた。


 私は。


 何だか。


 不思議な気持ちになる。


 昨日まで。


 興味ない。


 としか言わなかった人。


 恋愛相談なんて。


 面倒だ。


 という顔をしていた人。


 なのに。


 今は。


 私が竹下くんと話す方法を。


 考えている。


「じゃあ」


 春斗が言う。


「今日、ノート借りろ」


「ノート?」


「昨日のLHR」


「私、ちゃんと取ってるよ?」


「知ってる」


「じゃあ何で?」


「全部取れてるのか」


「え」


 私は。


 固まった。


 昨日。


 竹下くんと手が触れたこと。


 頭をぶつけたこと。


 授業中。


 竹下くんがノートを見せてくれたこと。


 そのせいで。


 いろいろ。


 上の空だった。


「……多分」


「多分?」


「少し抜けてるかも」


「じゃあ借りろ」


「でも愛ちゃんのでもいいじゃん」


「竹下から借りろ」


「……」


「話すきっかけになる」


「……」


 なるほど。


 私は。


 少しだけ。


 目を見開いた。


 確かに。


 自然だ。


 昨日の授業。


 ノート。


 隣の席。


 借りても。


 全然おかしくない。


 しかも。


 借りたら。


 返すときにも。


 もう一度。


 話せる。


「春斗」


「何」


「天才?」


「普通」


「すごい!」


「大袈裟」


「それやる!」


「勝手にしろ」


「じゃあ今日、借りてみる!」


「そう」


 私は。


 嬉しくなった。


 心臓が。


 少しだけ。


 早くなる。


 今日。


 自分から。


 竹下くんに。


 話しかける。


 できるかな。


 いや。


 やる。


 春斗が。


 せっかく考えてくれた。


 しかも。


 自然な理由もある。


「ねえ春斗」


「何」


「もし借りられたら、次どうすればいい?」


「知らない」


「そこまで考えてよ!」


「まず今日やれ」


「冷たい」


「一つずつだろ」


「……」


 一つずつ。


 その言葉が。


 妙に。


 胸に残った。


 私は。


 恋をすると。


 どうしても。


 先ばかり考える。


 付き合いたい。


 仲良くなりたい。


 連絡先交換したい。


 一緒に帰りたい。


 デートしたい。


 でも。


 その前に。


 話さなきゃいけない。


 一歩ずつ。


「……うん」


 私は。


 小さく頷いた。


 春斗は。


 少しだけ。


 こちらを見る。


「何」


「ありがとう」


「別に」


「今のは素直に受け取ってよ」


「眠い」


「逃げた」


 そのとき。


 遠くから。


 電車の音が。


 近づいてきた。


 ホームに。


 朝の光が。


 少しずつ。


 強く差し込んでくる。


     ◇


 午前七時二十分。


 水橋高校第三校舎。


 一年特進SSクラス。


 私は。


 自分の席に座り。


 教科書を開いていた。


 正確には。


 開いているだけだった。


 目は。


 ほとんど。


 文字を追っていない。


 隣の席。


 空いている。


 竹下くんは。


 まだ来ていない。


 私は。


 朝から。


 ずっと。


 春斗の作戦を。


 頭の中で繰り返していた。


 昨日のLHRのノート。


 少し見せてもらってもいい?


 これだけ。


 簡単。


 簡単すぎる。


 誰でもできる。


 普通の会話。


 そう。


 普通。


「……」


 私は。


 机の下で。


 両手を握る。


 いや。


 無理かもしれない。


「真理」


「ひゃい!」


「また変な声出た」


 後ろから。


 愛ちゃん。


 私は。


 ゆっくり振り返る。


「おはよう」


「おはよ。何その顔」


「何」


「戦場に行く人みたい」


「……」


 愛ちゃんが。


 私の顔を覗き込む。


「何かあった?」


「今日」


「うん」


「竹下くんに」


「うん」


「自分から話しかける」


 愛ちゃんが。


 止まった。


「……」


「何」


「えらい!」


「声大きい!」


 私は。


 慌てて。


 愛ちゃんの口を塞ぐ。


 近くにいた女子生徒が。


 こちらを見る。


「ごめんごめん」


 愛ちゃんは。


 私の手を外し。


 声を落とす。


「どうしたの急に」


「春斗が」


「春くん?」


「昨日のLHRのノート借りろって」


「……」


 愛ちゃんの顔が。


 変わった。


 驚き。


 そのあと。


 少し考えるような。


 妙な顔。


「春くんが言ったの?」


「うん」


「竹下くんから借りろって?」


「うん」


「……へえ」


「またそれ」


「いや」


 愛ちゃんが。


 自分の席に座る。


 それから。


 頬杖をつき。


 私を見る。


「春くん、本気で協力してるんだ」


「そうみたい」


「……」


「何?」


「いやぁ」


 愛ちゃんは。


 何とも言えない顔で。


 笑う。


「複雑だなぁと思って」


「何が?」


「真理には分からない」


「またそれ?」


「うん」


「教えてよ」


「まだ早い」


「同い年なのに!」


 私が。


 抗議しようとした。


 そのとき。


「おはよう」


 声。


 心臓。


 跳ねる。


 竹下くん。


 来た。


「お、おはよう!」


 今日は。


 噛まなかった。


 言えた。


 ちゃんと。


 竹下くんが。


 少し笑う。


「今日は普通だったね」


「昨日の覚えてるの!?」


「そりゃ覚えてるよ」


「忘れて!」


「無理かな」


「お願い!」


 竹下くんが笑う。


 愛ちゃんも。


 後ろで笑っている。


 私は。


 恥ずかしくて。


 机に突っ伏したくなる。


 でも。


 今日は。


 それだけではない。


 話す。


 自分から。


 ノート。


 借りる。


「た、竹下くん」


「ん?」


 来た。


 今。


 今だ。


 私は。


 鞄の中を。


 意味もなく探る。


「昨日の」


「うん」


「LHRの」


「うん」


「ノート……」


 そこまで言って。


 止まる。


 何で。


 この先が。


 出ない。


 見せて。


 だけ。


 言えばいい。


「ノート?」


 竹下くんが。


 首を傾げる。


 私は。


 必死に。


 続きを出す。


「ちょっと、見せてもらってもいい?」


「いいよ」


「……」


「今?」


「……え?」


「今見る?」


「あ、うん!」


 早い。


 早すぎる。


 あまりにも。


 あっさり。


 竹下くんは。


 机の中から。


 ノートを取り出す。


「昨日のどこ?」


「えっと……」


 私は。


 自分のノートを開く。


 途中。


 確かに。


 少し抜けている。


 竹下くんの手と触れたあと。


 授業が。


 ほとんど頭に入っていなかったところ。


「ここ」


「ああ」


 竹下くんが。


 ノートを開く。


「この辺かな」


 机を。


 少し。


 こちらへ寄せる。


 距離が。


 近くなる。


 私は。


 呼吸を。


 忘れそうになる。


 ノート。


 ノートを見ろ。


 竹下くんを見るな。


 私は。


 必死に。


 文字を追う。


 字。


 綺麗。


 意外。


 いや。


 勉強もできるんだから。


 綺麗でも不思議じゃない。


「竹下くん、字綺麗だね」


 言った。


 自然に。


 言えた。


 竹下くんが。


 少し笑う。


「そう?」


「うん。もっと走り書きかと思ってた」


「それ、どういうイメージ?」


「サッカー部だから」


「雑そうってこと?」


「ち、違う!」


 私は。


 慌てる。


 竹下くんは。


 笑っている。


「冗談」


「びっくりした」


「久保さん、すぐ慌てるよね」


「……」


 また。


 言われた。


 でも。


 昨日より。


 少し。


 嬉しい。


 覚えてくれてる。


 私のこと。


「竹下くんは」


「ん?」


「意外と意地悪」


「え」


「今の」


「ああ」


 竹下くんが。


 また笑う。


「ごめん」


「許します」


「上からだな」


「今だけ」


 言えた。


 普通に。


 会話。


 できてる。


 愛ちゃんが。


 後ろで。


 静かに。


 こちらを見ている。


 そして。


 私と目が合うと。


 こっそり。


 親指を立てた。


 私は。


 机の下で。


 小さく拳を握る。


 やった。


 春斗。


 すごい。


 この作戦。


 本当に。


 使えた。


「ノート、昼まで借りていい?」


「いいよ」


「ありがとう」


「うん」


 竹下くんは。


 自分の教科書を取り出す。


 会話は。


 そこで終わる。


 でも。


 昨日とは違う。


 私から。


 話しかけた。


 自分で。


 きっかけを作った。


 胸の奥が。


 少し。


 温かい。


 嬉しい。


 たった。


 数分。


 それだけ。


 それなのに。


 今日は。


 朝から。


 いい日かもしれない。


     ◇


 午前十時二十分。


 二時間目と三時間目の間の休み時間。


 私は。


 竹下くんのノートを見ながら。


 抜けていたところを。


 書き写していた。


 愛ちゃんが。


 隣に立つ。


「どう?」


「何が」


「幸せ?」


「……うん」


「即答」


「だって」


 私は。


 ノートを見る。


 竹下くんの字。


 綺麗。


 丁寧。


 ポイントのところには。


 小さく線が引いてある。


「これ、本人のノートなんだよ」


「知ってる」


「竹下くんが触った」


「ノートだからね」


「家宝にしたい」


「借り物だから返して」


「分かってるよ!」


 愛ちゃんが笑う。


「でも良かったじゃん。普通に話せて」


「うん」


「春くんの作戦、大成功?」


「大成功」


「……」


 また。


 愛ちゃんが。


 少し。


 考える。


「何」


「いや」


「何かあるなら言って」


「春くんさ」


「うん」


「なんでそんなに恋愛相談上手なの?」


「……」


 私は。


 止まった。


 確かに。


 それは。


 思った。


 春斗。


 恋愛経験。


 あるの?


 聞いたことない。


 中学の頃。


 女子と話しているところ。


 そんなに見た記憶ない。


 告白されたという噂は。


 何回かあった。


 でも。


 本人に聞いても。


「知らない」


 で終わった。


 高校に入ってからも。


 商業科の女子に。


 話しかけられることはあるらしい。


 愛ちゃんが。


 前に。


 言っていた。


 でも。


 春斗本人は。


 興味なさそう。


「本とか読んでるからじゃない?」


「恋愛小説?」


「何でも読むよ」


「なるほど」


 愛ちゃんが。


 少し笑う。


「じゃあ恋愛小説で勉強したのかな」


「春斗が?」


「うん」


「……」


 想像する。


 春斗。


 真顔で。


 恋愛小説を読み。


 恋する乙女の気持ちを勉強。


 無理。


「似合わない」


「ひどい」


「だって春斗だよ?」


「春くんに謝って」


「本人には言わないから」


 愛ちゃんが。


 また。


 小さく笑う。


 そのとき。


 教室の前方から。


「久保さん」


 呼ばれた。


 竹下くん。


 私は。


 反射的に。


 姿勢を正す。


「はい!」


「ノート、急がなくていいから」


「あ」


 私が。


 慌てて書いているのを。


 見ていたらしい。


「次の授業、使わないし」


「でも」


「昼でいいよ」


「ありがとう」


「うん」


 竹下くんは。


 友達のところへ戻る。


 私は。


 その背中を。


 少しだけ。


 見送る。


「……優しい」


「真理」


「何」


「顔」


「え」


「にやけてる」


 私は。


 両手で。


 頬を押さえた。


 熱い。


「仕方ないよ」


「はいはい」


 愛ちゃんが。


 呆れたように笑う。


 でも。


 私の中は。


 朝より。


 もっと。


 軽くなっていた。


     ◇


 昼休み。


 私は。


 竹下くんのノートを。


 両手で持っていた。


 返す。


 ただ。


 返すだけ。


 朝。


 借りるときより。


 緊張する。


 何で?


 返すだけなのに。


「真理」


「何」


「行ってきな」


「今?」


「今」


「竹下くん、友達と話してる」


「だから?」


「邪魔じゃないかな」


「返すだけ」


「でも」


「春くんに怒られるよ」


「何で春斗」


「一つずつって言われたんでしょ?」


「……」


 その通り。


 私は。


 ノートを。


 少し強く握る。


 よし。


 行く。


 竹下くんは。


 教室の後ろ。


 男子二人と。


 話している。


 サッカーの話だろうか。


 時々。


 笑い声。


 私は。


 一歩。


 近づく。


 二歩。


 三歩。


 途中で。


 逃げたくなる。


 でも。


 愛ちゃんが。


 後ろから。


 見ている。


 きっと。


 春斗も。


 今朝。


「まず今日やれ」


 って。


 言っていた。


「竹下くん」


「あ、久保さん」


 竹下くんが。


 こちらを見る。


 友人二人も。


 見る。


 緊張。


 三倍。


「ノート、ありがとう」


「ああ。もういい?」


「うん」


「全部写せた?」


「うん。助かった」


「良かった」


 私は。


 ノートを。


 差し出す。


 竹下くんが。


 受け取る。


 終わり。


 ここで。


 戻ってもいい。


 でも。


 朝。


 春斗が。


 最低一回。


 挨拶以外。


 そう言った。


 これは。


 もう達成。


 なのに。


 私は。


 少しだけ。


 もう一つ。


 話してみたくなった。


「竹下くん」


「ん?」


「昨日の体育」


「うん」


「サッカー、すごかったね」


 言えた。


 ずっと。


 言いたかったこと。


 竹下くんが。


 少し。


 驚いた顔。


「見てたの?」


「う、うん」


 まずい。


 見てたって。


 気持ち悪い?


 いや。


 体育。


 同じ。


 普通。


「三人抜いてたよね」


「よく見てたね」


「たまたま!」


 反射で。


 大きな声。


 周りの男子が。


 笑う。


「たまたまで三人抜きまで覚える?」


「そこは!」


 竹下くんも。


 笑う。


 また。


 あの笑顔。


「ありがとう」


「え」


「見てくれてたなら嬉しい」


「……」


 胸。


 止まる。


 いや。


 動いてる。


 むしろ。


 激しい。


 見てくれてたなら。


 嬉しい。


 嬉しい。


 今。


 そう。


 言った。


「今日も練習あるの?」


 私は。


 勢いに乗って。


 聞いた。


「あるよ」


「毎日?」


「ほぼ毎日かな。朝練は週四」


「……」


 朝練。


 週四。


 春斗が。


 昨日。


 言ってた。


 同じ。


 当たり前。


 本人のことだから。


 同じで当然。


 でも。


 一瞬。


 春斗の顔が。


 頭をよぎる。


「久保さん?」


「あ、ごめん」


「どうした?」


「何でもない」


「そう?」


「うん」


 私は。


 笑う。


「練習、頑張ってね」


「ありがとう」


 それだけ。


 私は。


 自分の席へ戻る。


 歩いている間。


 足が。


 ふわふわする。


 愛ちゃんが。


 待っている。


「どうだった?」


「……」


「真理?」


「見てくれてたなら嬉しいって」


「え」


「言われた」


「おお」


「どうしよう」


「何が」


「死ぬ」


「死なないで」


「無理」


「生きて」


「竹下くん尊い」


「帰ってきて」


 私は。


 机へ。


 突っ伏した。


 でも。


 今度は。


 恥ずかしいからではない。


 嬉しすぎて。


 顔を見られたくない。


 そんな。


 気持ちだった。


     ◇


 放課後。


 水戸駅へ向かう道。


 夕方の空は。


 昨日より。


 雲が多かった。


 昼間の暑さが。


 まだ。


 アスファルトに残っている。


 学校を出る生徒の群れ。


 自転車。


 バス。


 部活へ向かう声。


 私は。


 第一校舎側の合流場所で。


 春斗を待っていた。


 今日は。


 五分。


 十分。


 来ない。


「遅いな」


 私は。


 スマートフォンを見る。


 連絡。


 なし。


 いつもなら。


 もう来る。


 少し。


 気になる。


 何かあった?


 委員会?


 商業科。


 何か。


 居残り?


 私は。


 メッセージを打つ。


『まだ?』


 送る。


 すぐ。


 既読。


『今行く』


 短い。


 いつもの。


 春斗。


 私は。


 少しだけ。


 安心する。


 数分後。


 春斗が。


 校舎の角から。


 歩いてきた。


 片手に鞄。


 もう片方。


 本。


 いつも通り。


 ただ。


 その後ろ。


 女子生徒が。


 二人。


 いる。


「久保くん、じゃあまた明日ね」


「お疲れ」


「資料ありがとー」


「うん」


 女子。


 春斗と。


 話してる。


 普通。


 同じクラス?


 商業科?


 知らない。


 私は。


 何となく。


 その光景を。


 じっと見る。


 女子の一人が。


 春斗へ。


 笑いかける。


 春斗も。


 ほんの少し。


 頷く。


 それだけ。


 それだけなのに。


「真理」


「え」


 春斗が。


 もう。


 目の前。


「何ぼーっとしてんの」


「別に」


「帰るぞ」


「うん」


 私は。


 春斗の隣へ並ぶ。


 歩く。


 でも。


 何となく。


 気になる。


「今の誰?」


「何が」


「女の子」


「クラスの」


「ふうん」


「何」


「別に」


「変な奴」


 春斗は。


 前を見る。


 私は。


 少しだけ。


 後ろを振り返る。


 さっきの女子たち。


 もう。


 別の方向へ歩いている。


 何で。


 気になったんだろう。


 別に。


 春斗が。


 誰と話そうと。


 関係ない。


 幼馴染。


 ただの。


 幼馴染。


「それより」


 春斗が言う。


「今日どうだった」


「え?」


「竹下」


「……!」


 一瞬で。


 気持ちが。


 切り替わる。


「聞いて!」


「声大きい」


「ノート作戦大成功!」


「そう」


「ちゃんと借りられた!」


「そう」


「しかも会話できた!」


「そう」


「もっと喜んで!」


「何で俺が」


「作戦成功したんだよ!」


「お前の作戦だろ」


「春斗が考えた!」


「……」


 春斗は。


 少し。


 黙る。


「それで?」


「え?」


「何話した」


 私は。


 驚いた。


 聞くんだ。


 春斗から。


 それで。


 って。


「えっとね」


 私は。


 朝。


 字が綺麗だと言ったこと。


 少し冗談を言われたこと。


 ノートを返したこと。


 昨日の体育の話をしたこと。


 そして。


「見てくれてたなら嬉しいって言われた」


「……」


 春斗の足が。


 少し。


 遅くなる。


「聞いてる?」


「聞いてる」


「それでね、朝練は週四だって!」


「知ってる」


「春斗の情報、本当だった!」


「だから言っただろ」


「すごいね。どこから聞いたの?」


「別に」


「また隠す」


「隠してない」


「じゃあ誰?」


「言う必要ないだろ」


「気になる」


「面倒」


 私は。


 頬を膨らませる。


 でも。


 嬉しい。


 今日は。


 進んだ。


 少し。


 ほんの少し。


 竹下くんと。


 近づいた。


 そんな気がする。


「春斗」


「何」


「明日は?」


「何が」


「次の作戦」


「……」


 春斗が。


 こちらを見る。


「もう次?」


「だって今日成功したから」


「……」


「ねえ」


「……」


 春斗は。


 前を見る。


 しばらく。


 黙る。


 夕方の街。


 交差点。


 信号。


 人の流れ。


 少しずつ。


 水戸駅へ。


 近づく。


「連絡先」


 春斗が。


 ぽつり。


 言った。


「え」


「まだ交換してないんだろ」


「……うん」


「じゃあ」


 春斗が。


 一瞬。


 言葉を止めた。


 ほんの。


 一瞬。


 それだけ。


 でも。


 なぜか。


 私には。


 少し長く感じた。


「次は、それじゃないか」


「連絡先……」


 私は。


 胸の中で。


 その言葉を。


 繰り返す。


 竹下くんと。


 連絡先。


 交換。


 スマートフォン。


 メッセージ。


 休日。


 放課後。


 学校以外でも。


 話せる。


「……無理!」


「早い」


「無理無理無理!」


「さっきまで次の作戦って言ってただろ」


「難易度上がりすぎ!」


「ノート借りるより少し上なだけ」


「全然違う!」


「同じクラスだろ」


「だからって!」


 私は。


 頭を抱える。


 無理。


 でも。


 欲しい。


 連絡先。


 交換したい。


 すごく。


 したい。


「どうやって?」


「知らない」


「考えて!」


「自分で」


「ここまで来たら最後まで責任持ってよ!」


「何の責任だよ」


「恋愛相談役!」


「勝手に役職作るな」


「春斗しかいないの!」


 私が。


 そう言うと。


 春斗が。


 止まった。


「……」


 私は。


 二歩。


 先へ行く。


 それから。


 気づいて。


 振り返る。


「春斗?」


「……」


「どうしたの?」


 春斗は。


 少しだけ。


 目を伏せていた。


 夕陽。


 影。


 表情。


 よく見えない。


「何でもない」


「ほんと?」


「うん」


 春斗は。


 また。


 歩き出す。


 私の横。


 並ぶ。


「連絡先」


「うん」


「自然に聞く方法考えとく」


「本当!?」


「うるさい」


「やった!」


 私は。


 嬉しくなって。


 春斗の腕を。


 軽く叩く。


「頼りにしてるよ、恋愛相談役!」


「やめろ」


「先生!」


「嫌だ」


「師匠!」


「もっと嫌だ」


「恋の軍師!」


「帰るぞ」


「逃げた!」


 私は。


 笑う。


 春斗は。


 呆れた顔。


 でも。


 ほんの少し。


 口元。


 緩んでいる。


 私は。


 それを見て。


 何となく。


 安心する。


 やっぱり。


 春斗は。


 春斗だ。


 昔から。


 変わらない。


 無愛想。


 面倒くさがり。


 本ばかり。


 でも。


 何だかんだ。


 助けてくれる。


 今だって。


 私の恋。


 応援。


 してくれている。


 そう。


 思っていた。


     ◇


 電車の中。


 水戸駅を出て。


 しばらく。


 私は。


 今日のことを。


 ずっと。


 頭の中で。


 思い返していた。


 竹下くん。


 笑顔。


 ノート。


 会話。


『見てくれてたなら嬉しい』


 思い出す。


 また。


 にやける。


「気持ち悪い」


「春斗!」


「何」


「今、幸せを噛み締めてるの」


「勝手にしろ」


「竹下くん、優しいよね」


「そう」


「字も綺麗」


「そう」


「サッカーも上手い」


「そう」


「笑顔可愛い」


「そう」


「身長百七十八」


「知ってる」


「朝練週四」


「知ってる」


「……」


 私は。


 止まる。


「春斗」


「何」


「やっぱ詳しすぎない?」


「何が」


「竹下くん」


「……」


「本当にどこまで調べたの?」


「別に」


「誕生日知ってる?」


「……」


 春斗。


 黙る。


「え」


「……」


「知ってるの?」


「知らない」


「今の間!」


「知らない」


「絶対知ってる!」


「うるさい」


「いつ!?」


「知らない」


「何月!?」


「知らない」


「何日!?」


「知らない」


「じゃあ好きな食べ物!」


「唐揚げ」


「知ってるじゃん!」


「お前が昨日言った」


「あ」


 そうだった。


 私は。


 少し。


 恥ずかしくなる。


 春斗は。


 ため息。


「少し落ち着け」


「だって気になる」


「何が」


「何でそんなに竹下くんに詳しいの?」


「……」


 春斗は。


 窓の外を見る。


 夕方。


 電車の窓。


 流れる景色。


 田んぼ。


 家。


 電柱。


 空。


「お前が」


「え?」


 春斗が。


 小さく。


 言った。


「お前が本気だって言うから」


「……」


「それだけ」


 私は。


 少し。


 黙る。


 春斗。


 こちらを。


 見ない。


「じゃあ」


 私は。


 笑う。


「やっぱり私のためじゃん」


「違う」


「同じだよ」


「違う」


「優しい」


「うるさい」


「ありがとう」


「……」


 返事。


 ない。


 でも。


 私は。


 嬉しかった。


 だから。


 気づかなかった。


 春斗が。


 本を開いているのに。


 さっきから。


 同じページを。


 一度も。


 めくっていなかったことに。


 その目が。


 文字を。


 ほとんど。


 追っていなかったことに。


 そして。


 私が。


「竹下くん」


 と口にするたび。


 ほんの少しだけ。


 春斗の指が。


 本の端を。


 強く。


 握っていたことに。


 私は。


 まだ。


 何も。


 気づいていなかった。

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