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調査①


 翌朝。

 奉日本家の廊下に差し込む朝日は、昨夜の悍ましい無音を嘘のように塗り潰していた。

 庭の木々で鳴く鳥の声、遠くで聞こえる掃除の音。それらは本来、人を安堵させるはずの「生きた音」のはずだった。

 たからとミヤビは昨日の件について、書斎で作戦会議を開いていた。


「うぃ〜、遂に始まりました新キャラ乱れ打ち群像劇! 昨日は神格さんに襲われて大変っしたけども、お陰様でたくさんのうちの子に会えました! まだいます! ほんとごめん!」

「……昨日だけでも、それなりの人数に出会ったな」

「あんなんこのお屋敷の六分の一にもなりませんよぉ」

「……本気で言ってるのか?」


 たからはその瞳に徒労を滲ませる。

 その時、二人の耳に扉の軽いノックが響いた。


「……今の音は?」

「やった〜! 新キャラ来ちゃあ!」


 たからが視線を扉に向けると、扉がゆっくり開き、現れたのは十六歳の少年。整った髪にチェーン付きの眼鏡。胸ポケットには黄金色の小さなリボン。

 抱えた書類の端はぴたりと揃えられ、指先の添え方ひとつにも無駄がない。

 几帳面というだけではない。乱れを許せぬ性質が、その所作の隅々に刻まれていた。

 それを見たミヤビが「あ」と声を漏らし、勢いよく立ち上がって片手を挙げる。

 

「黄金派の叶馬(かなめ)くん!」


 少年の瞳が一瞬大きく見開かれ、身体をやや硬くする。

 

「……何故、僕の名前を……」

「ありゃ?」

 

 叶馬は眉をひそめ、その瞳に疑念を滲ませた。ミヤビはしまった、とでも言いたげに目を瞬かせ、そっとたからへ視線を送る。

 たからは小さく息をつき、手を軽く挙げて合図した。

 

「驚かなくていい。君の名前は、君たちの親たちが教えてくれたんだ。今生き残ってる中で、男性の三つ子は君たちだけだってね。印象に残ってたんだ」

「……なるほど」

 

 叶馬は小さく頷き、まだ警戒を緩めきれない様子で手に持った書類をぎゅっと握り直す。

 

「でも……外の方がどうやって僕たちの親と話が出来たんですか? もう、全員亡くなっているはずなのに」


 ミヤビは軽く肩をすくめ、笑みを浮かべる。

 

「私たちはちょっと特別でね。他の人間とはこれまたちょっと違うんすわ。霊能探偵と呪物商人っすよ?」

「我々は君たちの経緯を調査する立場にある。方法は問題ではない」


 言葉は穏やかだが、踏み込ませない硬さがあった。


「死人に口なしと言うが、死人は生前よりも雄弁に語るものだ。君の親たちが、君に何を託したのか――それを確かめに来た」


 叶馬の眉がようやく少し緩み、リボンのついた胸ポケットに視線を落とす。だが、その視線はすぐには上がらなかった。

 

「……分かりました」

 

 小さく息を吐き、彼は書類の束を差し出した。そこには奉日本家に住まう全員の名前と個人情報が詳細に書かれていた。

 ミヤビは受け取りながら、楽しげに顔を上げる。

 

「ありがと〜、叶馬くん。むっちゃくちゃ助かる。もしかしてキミが作ってくれたの?」

「はい。僕の個人的な判断です。昨日の騒動を受け、黄金派として、僕にできることはないかと考えました。……ご不要でしたら、すいません」


 叶馬の声は静かだが、どこか凛とした緊張感を伴っている。

 ミヤビは受け取った書類を広げ、指先で丁寧にページをめくる。

 

「うわすっげ! ぱねぇ!名前性別の他に、好みとか生活習慣とか、誰と誰の妹とか兄とか、どこの派閥とかリボン付けてるとか、全部書いてあるっ!」

「うるさいぞ。……すまないな叶馬くん。こいつはアホなんだ」

「……いえ」


 興奮するミヤビを横目に、たからは叶馬へ視線を向ける。

 彼はまだ書類の束を持っていた。


「……叶馬くん、それは?」

「ああ……これは、その……」


 叶馬はバツが悪そうに書類の束を抱え込んだ。

 その表情には、申し訳なさというよりも恐怖が強く滲み出ていた。たからの直感が嫌な想像を引き立てる。


「必要、か……分からず、とりあえず持ってきた、んですが……その」

「あまり見られたくないものであるなら、無理しなくても良いぞ。私たちは君たちの親ではない」

「え!? 私はすんごい見たい……いてぇ!?」


 空気も読まずに書類をひったくろうとしたミヤビを物理的に制裁しつつ、たからは叶馬の異変を見逃さなかった。

 

「あ、ああ……っ、すみません、すぐ、直しますから……っ!」

 

 奪われまいと書類を抱きしめたまま、叶馬はガタガタと歯の根を鳴らして震え出した。

 過呼吸気味に謝罪を繰り返すその姿は、明らかに常軌を逸している。スッと、たからの目から温度が消えた。

 

「何をしたんだ?」

「完璧な資料が出来るようになるまで何度でもやらせただけですよぉ! 過程を隠すのは罪人のする恥ずかしいことだって! もちろん間違えたら体罰……いやぁ!叩かないでぇ!」

「君の教育方針については後でじっくり聞こう。……地獄でな」

 

 たからの冷ややかな視線に、ミヤビは「ひぇっ」と首をすくめる。ミヤビから資料を奪い、さっと目を通す。

 手書きのものではあるが、下手な大人が作るよりもよっぽど美しく洗練されており、分かりやすい。

 たからは改めて、手元の資料の束を指で弾いた。紙の端まで定規で測ったように整った文字の羅列。それは少年の努力の結晶というよりは、追い詰められた獲物が差し出す「命乞い」のようにも見えた。

 

「これだけで問題無い。むしろ完璧だ。ありがとう」


 たからの言葉を聞いた瞬間、叶馬の肩が跳ねるように震えた。

 彼は深々と頭を下げたが、眼鏡の縁から床にポタポタと落ちたのは、涙ではなく、尋常ではない量の脂汗だ。

 抱え込んでいた予備の書類を離したその指先は、痙攣したように激しく波打ち、自分ではもう止めることもできないようだった。

 

「……っ、はい……」

 

 肺に溜まっていた毒素を吐き出すような、喘鳴に近い安堵。それは救済というより、死刑執行を先延ばしにされた受刑者のそれだった。

 

「……良かったです。不備があれば、また最初から書き直さねばならないところでした」

 

 ミヤビが植え付けた「完璧でなければならない」という呪いが、神格の力とは別次元で、この少年の精神をボロボロに削り取っていることが明白だった。

 たからは深くため息をついて、彼にハンカチタオルを差し出した。


「怖い思いをさせてすまないな。汗を拭きたまえ」


 彼は恐る恐るそれを受け取った。痛々しい程に震える指先に、たからの眉間のシワがより深くなる。


「……部屋に戻れるかい?」

「……はい、大丈夫です」

「ならば戻りたまえ。ありがとう」


 叶馬が出ていくのを見送ってから、たからはリストに目を落とす。


「……いい子っすねぇ。育てた甲斐がありました」

「君が育てたんじゃない」


 ミヤビは、感無量と言わんばかりに目を閉じる。

 たからは個人情報だけが一覧となって並んでいるページを開いて、その人数をカウントする。


「……年齢が偏ってる」

「高校生好きなんすよ〜、大人と子供の狭間って危うくて最高にえっちっす」

「男女には偏りがないのか」

「無いですぅ。トラウマだって性癖だって男女平等っすよね!」

「派閥は七つか」

「お〜、気になります? 子供が多すぎて分かんないんで、リボン付けて目印にしてんすよ! じゃないと見分けつかんでしょ?」

 

 たからの責めるような視線に、ミヤビは軽く手を振って笑った。


「聞いた話では、跡取り争いをメインとしたヒューマンホラーを書きたかった、と言っていたが」

「いやいや、ほらぁ、キャラメイクが楽しいのなんのって、気がついたら増えちゃって。全員をなんかうまく生かせないかなぁって?」

「だから完結しないんだ。読者はキャラ図鑑を読みに来たんじゃないんだぞ」


 ミヤビは一つ咳払いをして話を戻す。

 

「ほらほら、名前だけじゃなくて、派閥とか覚えなきゃダメっすよ? 一応仲が悪いって設定なんすから〜」

「一応で済ませていい設定じゃない。整合性が取れなくなるぞ。……まぁ、呪いがある以上、子供同士で争っている場合ではないというのは皮肉にも理屈が通るが……」


 たからはリストを手に取り、机の上で軽く並べ替える。

 

「……まさに『多産の呪い』の産物か」

「そうそう。ひっどいでしょ〜? 照れますねぇ」

「褒めてない。……だが、これだけ散らかしてくれたおかげで、ようやくこの屋敷の異常性が可視化されたな」


 たからはリストを大切に鞄にしまった。


「いくぞ。まずは彼らの見舞いからだ」

「博喜くんと蒔時くん、後は奏楽くんっすね〜、起きてっかなぁ?」


 二人は書斎を後にした。

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