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第七夜


 「いやぁ、いよいよ明日っすねぇ」

 

 ミヤビはベッドに腰掛け、行儀悪く足をぶらぶらさせている。

 その様子は、まるで遠足の前日にはしゃぐ小学生のようだ。

 

「六十人全員大移動! ワクワクドキドキ境界超えの大脱出! ……マジで出来るんすかね?」

「……ああ、問題ない」

 

 たからは窓の外を眺めながら、短く応じた。

 嵐が吹き荒れた影響で、木々は倒れ、草木は引きちぎられている。

 初日の穏やかさが嘘のような、凄惨な夜景だった。

 

「彼らが外に出たことを確認し、我々は現実へと帰還する。それだけだ」

「うぃ〜っす。……あ、たからさん。最後に一つ、聞いていいっすか?」

「……なんだ」

 

 たからは振り返ることなく、気配だけで問いかけた。

 

「いっつもいっつも、なんでそんなにマジなんすか? 子どもに対して熱量高すぎ。救うとか、救えるとか……マジで思ってたんすか?」

 

 ミヤビの刺すような問いに、たからは沈黙した。

 右手の指先が、無意識に左の手首を強く掴む。

 何度も、何度も、爪が食い込むほど握りしめたあの感触が、今も皮膚の裏側に張り付いている。

 

「……私は、かつて『強いる側』にいた人間だ」

 

 声は低く、ひどく無機質だったが、語尾がわずかにかすれた。

 ミヤビは獲物の隙を見つけた獣のように、身を乗り出した。

 

「あっは! やっぱそうっすよねぇ! 道理で気が強ぇと思ったんすわ。どう考えても、虐げられてた側の思考回路じゃあねぇっすもんね!」

 

 たからは無言でミヤビを一瞥した。

 その瞳には、いつもの冷静さの奥に、澱のような疲弊と苛立ちが混じっている。

 

「……うるさいな」

「う〜わ、最低! やーい、虐待親! 親? たからさん、その見た目の若々しさで、やることやってんすか!?」

「……そうだ。否定はしない」

「うわぁ……。だから子ども相手に急に熱くなるんだ。自分の手で壊しちゃった何かを、今さら他所の子で埋め合わせしようとしてるんだ。自分を安心させるための、お薬せーしゅ! 」

 

 ミヤビは一瞬だけ、嵐の向こう側を見るように視線を遠ざけた。だが、次の瞬間にはもう、歪な笑みを顔に貼り付け直していた。

 

「効き目、ありました?」

 

 たからは数秒のあいだ、思考を止めた。

 左手首を掴んでいた指をゆっくりと解き、静かに、重く答える。

 

「……十分に、効きすぎるほどだ」

 

 その答えを口にした後、たからは一息ついた。

 彼女はすぐに背筋を伸ばし、仮面のような落ち着きを取り戻した。

 

「……聞きたいことはそれだけか?」

「それだけっす。ひぇ〜、最後に聞いといてよかったぁ。最初から知ってたら『虐待親フィルター』かかるとこだった〜。こいつ、こんな偉そうなこと言ってんのに!? って」

「相変わらずだな、君は」

 

 たからはゆっくりと振り返り、ミヤビを正面から見据えた。

 

「……なら、私からも一つ聞いていいか」

「ひぇ!? 逆襲? な、え、い、いいですけど……来るなら来いやっ!」

 

 ミヤビは反射的に枕と毛布を丸め、盾のように胸元に構える。

 たからはそんなミヤビをじっと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「……傷は、癒えたか?」

 

 ミヤビの笑顔が、一拍だけ、素材に戻る。

 そして即座に、毒の効いた笑顔を高らかに鳴らした。

 

「んなわけ! 一日二日、一言二言程度で治るような、ヤワな傷ならもう治ってますよ! 救われるわけねぇだろ、こんな短期間で!」

「……そうか」

 

 たからは、それ以上は追及しなかった。

 その一言で十分だった。

 

「早く寝ろ。明日は早い」

「うぃ〜!」

 

 灯りが消され、嵐の音だけが支配する暗闇が、二人を等しく覆い尽くした。

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