日常③
たからとミヤビが角を曲がった瞬間、廊下の端に人影があった。
居燭が、冷たい石床に直接座り込んでいる。膝を揃え、背筋だけは真っ直ぐに伸ばしたまま、壊れた窓枠をただ見つめていた。
嵐に砕かれたその木枠は、亡き姉の形見だった。ひしゃげた桟が無残に折れ、床に散った破片がそのままになっている。
彼女はそのどれにも触れず、片付けもせず、ただ座っていた。
「……居燭くん」
たからが、その小さな背中に声をかけようとした。だが、ミヤビがその肩を掴んで止めた。
「たからさん、ストップ」
ミヤビが指さした先に、明笑と蓮華の姿があった。
蓮華が声をかけてきたことに、明笑は酷く驚いた様子だった。
「……明笑、……様」
蓮華が、抑揚のない声で言った。
「お暇ですよね。ここにいるということは」
「……なんの用?」
明笑は心底面倒くさそうに返事をした。
「面倒事ならやんないよ。あんたが来るとか、遊梨が呼んでんの?」
「……違います。僕が来たくてきました。『サボり方』を教えて欲しいんです」
蓮華は居燭を指さした。
彼女は二人のことには気がついていないのだろう。窓枠だけを見ている。
「……明笑様は、サボりの天才でしょう?」
「違うけど。なに、居燭にサボれって言うの? あんな働き者に? 無理じゃね?」
「……今なら、届くかもしれません」
明笑は、心底だるそうに溜息を吐いた。
「……んー、分かった。言えばいいんでしょ。あんたもついてきて説得しなさいよね」
「もちろんです」
明笑は気だるげな足取りのまま、座り込んでいる居燭の前に立った。
彼女は壊れた窓枠には目もくれず、温度の低い声を投げた。
「……おーい、居燭。蓮華がさ、サボりたいんだって。……三人で、どっか行こうよ。掃除、だるいし」
あまりに雑な誘いに、蓮華が無言のまま一歩前に出た。
「……居燭様。僕たちと一緒にいませんか? 今日は、誰も見てません……から」
「今ね、ちょうど会議だから、にぃさまもねぇさまもいないし、見回り組は中央行ってるから、サボるなら今」
「……少しだけ、どうですか?」
居燭は、二人をゆっくりと見上げた。姉の形見が壊れたその場所から、視線を二人へと移す。
長い沈黙の後、彼女は立ち上がった。
「……分かりました」
その一言を聞くと、明笑は「ん。行こ」とだけ言って、背を向けて歩き出した。
蓮華と居燭がその後に続き、三人の影は廊下の奥へと消えていった。
たからがそれを見届けていると、隣でミヤビが言った。
「子どもたちは大丈夫っすよ、たからさん。こんだけ人数がいるんすから。誰かしらが、どっかしらで、上手いことやりますよ」
「……なるほどな」
たからは、自嘲するように息を吐いた。
ミヤビは、壊れた窓枠の隙間から差し込む光を、細めた瞳で見つめていた。




