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紹介⑧


 たからは、肌を刺すような独特の重苦しさに、無意識のうちに喉を鳴らして足を止めた。

 広い空間のあちこちに、山吹色のリボンを身につけた子供たちが点在している。だが、先ほどの黄金派のような統率されたエリートの空気はない。

 あるのは、湿り気を帯びた諦念と、互いを突き放すような冷ややかな距離感だった。

 

「はーい、皆様お待たせしました! 本日最後を飾りますのは、こちら! 奉日本家が誇る『多産の呪いと恩恵』を一身に受けた派閥でございまーす!」

 

 ミヤビは、これまでの疲れなど微塵も感じさせない軽快な足取りで中央へ躍り出ると、いっそ不自然なほど高く、突き抜けた声を張り上げた。

 

「見てくださいよ、この人数! つってもそんないねぇけど。産まれてきてえらい! 生きててえらい! 最大で十つ子までいたっていうから驚きっすよねぇ。まさに数で勝負、物量作戦! 質より量! ……あ、でもそれだけ」

 

 ミヤビはそこで言葉を切り、体のサイズに合わない、ぶかぶかのシャツに身を包んだ少年、幸多(こうた)を指差した。

 

「――都合が悪けりゃ即ポイ捨て。産むだけ産んで、あとは勝手にどうぞ。愛なんて高価なもん、この派閥には在庫切れっす! 伝統と信頼のネグレクト派閥、山吹派へようこそっ!」

 

 驚くほど似通った、しかしどこか生気を欠いた顔立ちの四人勇虎(ゆうと)理歌(りか)文蘭(あやか)敦稀(あつき)の四つ子が、温度のない表情でこちらをじっと見つめていた。

 子供たちの瞳には、怒りすら浮かんでいない。ただ、当たり前の事実を読み上げられた時のように、無機質な光が宿っているだけだ。

 たからは、車椅子の冷たい質感を感じさせないほど凛とした佇まいでこちらを見据える遊梨(ゆうな)に歩み寄った。

 

「遊梨くん、体調はどうだ」

「……たから様。ご心配なく」

 

 遊梨は口角を微かに持ち上げたが、その瞳の奥には深い影が沈んでいる。彼女の背後には、蓮華(れん)が影のように寄り添い、一切の感情を削ぎ落とした貌で、周囲を拒絶するように立っていた。

 たからは遊梨から視線を移し、壁際に力なく寄りかかっている少女に歩み寄った。

 

「君は彩弓(あゆみ)くんだな。少し顔色が良くない」

 

 伸び放題の髪を、無造作に山吹色のリボンで束ねた彩弓に声をかけると、彼女は鬱陶しそうに鼻を鳴らし、視線を外した。

 

「別に。……あんたに関係ないでしょ」

 

 彩弓は突き放すような、ぶっきらぼうな返事をした。

 たからは少し離れた柱の影に視線を移した。そこには、光先と駿来が互いの体温を確かめ合うように座っている。

 たからと目が合うなり、二人は弾かれたように顔を背けた。

 

「……光先くん、駿来くん」

 

 たからが静かに名前を呼ぶと、二人は無言でさらに身を寄せ合った。光先は駿来の袖を白くなるほど強く握り、駿来はそれを庇うように腕を回す。

 それは、守り合うというより、外から来るものを拒絶するための本能的な塊のようだった。

 

 光先は唇を強く結んだまま、頑なにたからを正面から見ようとしない。駿来の肩に顔を埋め、小さく旋律を口ずさむ。

 駿来は代わりに、たからの接近を阻むような低い、棘のある声を吐き捨てた。

 

「……何も言わないでください。光先に」

 

 彼らの結束は、絆というよりは外敵から身を守るための防衛本能に近い。

 その様子を、ミヤビが面白がるように肩を揺らして口を挟んだ。

 

「あはは! 嫌われてるっすねぇ、たからさん! 親に捨てられた子は、他人の善意が一番の毒薬なんすよ!」

「……毒薬……か」

 

 たからの呟きに、ミヤビが追い打ちをかけるように無邪気に笑う。

 四つ子のうちの一人、勇虎がぽつりと零した。視線は床の一点を見つめたままだ。

 

「……僕らは、『余り物』ですから。僕は一番目だけど、理歌は三番目、文蘭は七番目。敦稀は十番目」

「順番、よく覚えてるね……忘れてた。たくさんいたな」

「その後、一人減って、また一人減って……父様は数えるのをやめてたよ」

「……怖かったのに。父様は『なんだ、まだいたのか』って……」

 

 文蘭は、歪んだ笑みを浮かべたまま、零れそうな涙を堪えるように笑う。

 敦稀が寂しそうに、爪を噛みながら呟く。

 

「父様は俺たちの顔も、名前もろくに覚えてなかった」

「そうそう、いっつも間違えるの。何回言っても『ふみか』だったな〜。私は『りか』なのに」

「適当に呼べば当たると思ってんだ」

「最後は『ああ、あれの余りか』だもん。ひどいよね」

 

 理歌がおどけた仕草で肩をすくめた。

 ミヤビも同じようにおどけてみせる。

 

「あはは、そりゃそうだ! 子どもなんざ、基本は使い捨てっすよ。ここは物量で実質的な実権握ってましたからね〜! 今日はだ〜れだ、早く供物になれって! う〜ん、持ってるやつはつよぉい!」

「……ミヤビ」

 

 たからが、氷のような声でその名を窘める。

 その時、車椅子の遊梨が、ふと、不可解なものを見るように首を傾げた。

 

「……たから様」

「なんだ」

「先ほどから気になっていたのですが、……お二人は、私たちの名前を呼ぶ時、一度も迷わなかった」

 

 遊梨の澄んだ瞳が、たからの心の奥底を射抜くように向けられる。

 

「私たちの名前も、扱いも、この派閥が、どのような役割だったのかも……まるですべてを見てきたかのように。私たちのお父様から聞いていたとはいえ……不自然だとは、思いませんか?」

 

 肌を刺すような独特の重苦しさが、他からにまとわりつく。

 たからは何も言わぬまま、隣のミヤビに視線を投げた。

 たからの冷ややかな視線を感じたミヤビは、「え゛!?」と素っ頓狂な声を上げてのけぞる。

 

「え、いやその、ほら! たからさん霊能探偵っすし!? 死んだ相手から話聞くとかそういう、ね!? 得意分野ってやつで!」

「……得意分野」

「おおう、そりゃあ根掘り葉掘り、手取り足取り腰取り教えてもらった訳ですよ! 君たちのことなんざ、全部頭に入ってます!」

「……本当に、それだけですか?」

「そりゃあ、君ら父親だけでも何人いると思ってんすか! きちんと、『全員』から話を聞きました。『全員』ですっ! 『全派閥』、『全父親と全母親』、『全使用人』からお話を聞きましたっ! だからもう知らないこと探す方が難しいっすよ!」

「……全員、ですか……」

 

 遊梨は感情の読めない声で、ただ静かにそう返した。


「……分かりました。信じます」

「よっしゃあ! 信用勝ち取ったりぃ!」


 ミヤビは大袈裟にガッツポーズしてみせる。

 その後ろでは彩弓が、顔を背けたまま、静かに話を聞いていた。

 

「……あの」

 

 蓮華が、石像のような沈黙を破って、おずおずと一歩前に出る。無表情の中に、微かな怯えと、それを上回るほどの期待が混ざっている。

 ミヤビがそれを見て、大袈裟に後ずさった。

 

「ひぇっ……自主的に動いた……!」

「どうした?」

 

 たからは、彼の目線の高さに合わせるように少し腰を落として問いかける。

 

「……父様は、僕のこと……なんと仰られていましたか?」

「……蓮華」

 

 遊梨が、いたわしそうにその名を呼ぶ。

 たからは返答に窮し、重い沈黙が流れた。しかし、ミヤビは好機とばかりに胸を張って言い放つ。

 

「何にも! 眼中にすらありませんでした!」

「ミヤビッ!」

 

 たからが思わずミヤビの襟元を掴む。

 しかし、蓮華の反応は、拍子抜けするほど静かなものだった。

 

「……そうですか」

 

 蓮華は薄く笑って頭を下げた。そして吸い込まれるように元の無表情へと戻り、いつもの場所――遊梨の車椅子の背後へと、影のように収まっていく。

 たからはミヤビを掴んだまま、その背中を見送るしかなかった。

 

「……ミヤビ、君という人間は……!」

「え〜、だってホントのことじゃないっすか〜!」

 

 悪びれずに肩をすくめるミヤビから、たからは力なく手を離す。

 大広間に、しばらく沈黙が満ちた。

 

「これにて、奉日本家大集合大広間ルームツアーを終わりにしまっす! ご協力ありがとうございました〜!」

 

 ミヤビはパタパタと軽薄に旗を振り、背を向けて大広間を去る。

 たからは、一度だけ背後の子供たちを振り返り、重い足取りでその場を後にした。

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