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紹介⑥


 ミヤビは再び、どこからか取り出した旗を勢いよく振った。

 

「はーい、皆様お次はあちら! 瑠璃派の公式ライバル! 政治、財務、工作担当! 黄金派の皆様でございまーす!」


 背筋を刃物のように伸ばし、寸分の狂いもなく座り並ぶ八人の男女。

 空気そのものが鋭利な刃物に変わり、こちらの喉元に突きつけられているかのような緊張感――それが黄金派の本質だった。


「さて、瑠璃が表の実務なら、こちらは裏の実務! 隠蔽工作、情報操作! 『完璧に、最短で、手段を選ばず』がモットーの……ちょっぴり過激なエリート集団っす!」


 晶貴(あき)が彫像のごとき穏やかな微笑を浮かべる横で、李苺(もも)は退屈そうに自身の指先を眺め、それからゴミを見るような冷徹な眼差しをミヤビへ向けた。

 ミヤビは春虹(はな)の隣までスキップで近づくと、糸一本の乱れも許さない彼女の完璧な着こなしを、これ見よがしに指さす。春虹はイラついたように舌打ちした。


「見てくださいこの完全無欠! 黄金派はね、成果だけじゃなく『過程』も完璧じゃなきゃダメなんです! 一文字の誤字、一秒の遅刻、一度の失敗……。そんな『ノイズ』を出した子は、徹底的に再教育! 鬼畜の所業だぜっ!」


 心誇(こころ)は慧衣の影に溶けるように立ち、一分の隙もない姿勢を保っている。彼女の視線は慧衣の呼吸一つ、指先の微かな動き一つを逃さぬよう注がれている。

 対照的に、莉騎(りき)は地鳴りを思わせるような圧倒的な威圧感を放ち、彫像のように座していた。ただそこにいるだけで、周囲の空気が重く圧縮されるような錯覚を抱かせる。

 中心に鎮座する慧衣(けい)は、無機質な動作でほんの少しだけ首を傾げた。それだけで、部屋の温度が数度下がったような錯覚を覚える。

 

「……聞いていれば、随分と。好き勝手言ってくれる」


 慧衣が瞬きもせず、まっすぐこちらを見据えたまま呟く。

 傍らの悟留(さとる)が、耐えかねたように身を乗り出し、震える指先で眼鏡のブリッジを押し上げた。


「お前! 慧衣兄様を前に無礼だぞ!」


 慧衣は視線一つ動かさず、片手をわずかに上げて悟留を制した。

 その様子をチェーンメガネをつけた叶馬(かなめ)が、微動だにせず、深淵を覗き込むような瞳で見つめている。


「ようこそ、いらっしゃいました」

「『はぐいさま』のことといい、相変わらず、知り尽くしてて気持ち悪いわ。何者なの?」


 晶貴が角度まで計算し尽くされた優雅な一礼を捧げ、李苺が苛立ちを隠すように強く腕を組む。

 ミヤビは二人の正反対の仕草を、愉快そうに眺める。


「そりゃあ、霊能探偵と呪物商人ですよぉ。神様怪物バケモン退治まで、何でもござれな無敵のコンビですよぉ! ()()()()()()()、仲良しですぅ!」

「それはそれは、素敵なことで」


 二人の声が重なる。たからはその完璧すぎる唱和の裏に、濁った不協和音を察した。

 慧衣が、値踏みするように目を細める。


「……何が目的だ?」

「目的?」

「慧衣。相手はお客様ですよ。そのように、剣を突きつけるかのような物言いは相応しくありません」

 

 晶貴がやんわりと慧衣を窘める。

 慧衣はわずかに顎を引き、さらに鋭さを増した視線が、再びこちらを貫く。

 

「……問題は解決した。何故、ここにいる」


 低く響く慧衣の問いに、たからが静かに一歩を踏み出した。ミヤビが振り回していた旗の布先を片手でそっと押し下げ、黄金派の面々を一人ずつ見つめ直す。

 

「……君たちの、心のケアを行うためだ」

 

 その場に、氷を投げ込んだような沈黙が流れた。

 心誇が何かを言いかけ、喉元まで出かかった言葉を飲み込んで慧衣を仰ぎ見る。


「……そ、そんなもの、慧衣兄様には――」

 

 悟留の反論を、慧衣が静かに掌を向けて遮った。慧衣の瞳が、わずかに室内の光を反射して揺れる。

 それは眼前の女性を精密に測り直すような、静かな視線だった。


「助ける意味も、義理もないだろう。ならば、何故?」


 感情を読み取らせない慧衣の眼差しを、たからは逸らすことなく受け止めた。


「君たちが、ここにいる。それが意味だ」


 慧衣が初めて、吸い込まれるように一度だけ深く瞬いた。大広間の空気が、物理的な重さを持って彼らを縛り付ける。

 その静寂を、ミヤビの甲高い失笑が切り裂いた。

 

「たからさんきっしぇ〜!『心のケア』? 十数年の間、誰も助けてくれなかったこの地獄で、今更、第三者のあんたに何ができるっていうんすか!? 寝言は寝て言うもんすよ!」


 ミヤビは周囲を見回し、同意を求めるように肩をすくめる。彼女にとって、これこそがこの屋敷での「共通認識」であるはずだった。

 だが、誰も笑わず、誰も罵倒しなかった。

 春虹は自身の指先を固く握りしめ、悟留は顔を伏せ、晶貴の笑みは張り付いたまま凍りついている。

 

「……あ、ありゃ……?」


 ミヤビの頬が引きつる。期待した冷笑の合唱は起こらず、ただ、言葉にできない重苦しい「何か」が、澱のようにその場に溜まっていく。


「な、なしてみんな黙られて……」

「そうだな」

 

 たからは揺らぐ空気に関心を示すことなく、手元にある一束の書類――叶馬が細部まで書き抜いた緻密な名簿へ視線を落とした。


「叶馬くん」

「は、はい」

「……リスト、非常に助かっているよ。君のおかげで、私は困らずに済んでいる。ありがとう」

「……はい」

 

 叶馬の喉が小さく鳴った。驚きに目を見開き、それから自分の胸元を強く握りしめる。

 その隣で、莉騎が感情の読めない瞳でじっと叶馬の横顔を見つめ、それから小さく息を吐いた。


「……叶馬」

「だ、大丈夫……ありがとう」


 叶馬は何度も、何度も、言い聞かせるように瞬きを繰り返した。

 

「……次に行くぞ、ミヤビ」

「あい〜……」

 

 たからはそれ以上振り返ることなく、迷いのない足取りで踵を返した。

 背後には、動くことも、声を出すことも忘れ、ただ背中を見送り続けることしかできない八人の沈黙が、色濃く取り残されていた。


「……面倒臭い人間だ」


 遠ざかる背中を見つめ、慧衣が吐息のように呟いた。

 その唇の両端が、ごくわずかに弧を描いていた。

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