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紹介⑤


「さあさあ、続きましては菖蒲派……から、これまた不穏な理由で枝分かれした風神信仰、撫子派の皆々様っす!」

「……よくも、よくもまた、ここに来られたわね……!」


 ミヤビが掲げたガイド旗が指し示す先。そこにはどこか凍りついたような沈黙が漂っていた。

 中心に座り、アウトドアウェアを纏った少女――牧庭(まり)が、椅子が軋むほどの勢いで立ち上がる。その顔は、煮え繰り返るような怒りに真っ赤に染まっていた。


「落ち着けって、牧庭さんよ。一応説明はさせてやろうぜ」

「そうだ。たからさんが困ってしまうだろ」


 左右から、ゆったりとした着流しをだらしなく着崩した少年、霜汰(そうた)と洗い古されたシャツを無造作に着た、線の細い少年の尋都(ひろと)が、食ってかかろうとする彼女の肩を、力任せに押さえ込む。


「……えー……効率第一の菖蒲本流に愛想を尽かし、見えない風に救いを求めた、お屋敷随一のロマンチスト集団でーす! 見えないものに縋るってのは、追い詰められた人間の定番っすよねぇ?」

「待て〜、待て〜、だよ?」

「……言いたいことは沢山あるもんね」


 その横ではヘアバンドをつけた少年、日暖(ひなた)が、幼さを残す短い前髪の双子の少女、沙良(さくら)汐鈴(しおり)の二人に押さえつけられていた。

 牧庭ほどではないが、瞬きひとつせずにミヤビを見ていた。


「でもここだって、神様のご機嫌損ねないようにって、存分に子どもを働かせ、文句言ったらシバいて、跡取り争いもさせて、美味しい果実だけ狙おうとしたトンデモ派閥ですよっ! 」


 背後では牧庭が鬼の形相で機を窺い、日暖もまた、底冷えするような眼差しを向けている。

 その無言の圧力に耐えかねたのか、ミヤビは言い終わるなり、逃げるようにたからの方へ向き直った。


「お腹痛いんで早退しまぁすっ!」

「ダメだ。君には、彼女らの言葉を最後まで聞く義務がある」

 

 たからの手が、ミヤビの襟首を逃がさない。グイと引き戻されたミヤビは、情けなくたからの腕の中で縮こまった。

 そして解放された牧庭の絶叫に近い説教と、感情をあえて排したような冷徹な問答が始まった。

 それは整然とした正論ではなく、行き場を失った子供たちの悲鳴だった。


「なんで……! なんであんなことしたの!? 倉庫に置いてあった、私たちの『神様』をあんな風に、玩具みたいにっ!」

「みんなが、尋都にぃが、すごく大事にして、守ってきてたのに」


 牧庭が怒りに顔を真っ赤にして詰め寄り、日暖が温度を削ぎ落としたような冷徹な問いを投げ続ける。

 対するミヤビは、たからに首根っこを掴まれたまま「そっちの管理不足っす〜」と、どこまでも軽薄に受け流し続けていた。

 たからは、その騒乱を背景に追いやりながら、周囲に佇む他の子供たちへと視線を向けた。


「悪いな。うちの牧庭さんはどうにも『いっちょかみ』でな。一言申し添えないと気が済まねぇらしいんだわ」


 たからの隣で、牧庭の勢いに苦笑いしていた霜汰が、やれやれと肩をすくめて話しかけてくる。

 

「……構わない。元より悪いのはあいつだ。責任を取らせねばなるまい」


 たからは、腕の中でなおも口を動かしているミヤビを、射抜くような冷徹な目で見下ろした。

 霜汰はそれを見て、けらけら笑って頷いた。

 その横でショートカットの居燭(いおり)だけは、彼らの激昂にも、今の和やかなやり取りにも参加せず、姿勢を正したまま手元の泥人形を見つめていた。

 周囲の喧騒が彼女の手前で弾かれているかのような、奇妙な静寂がそこにはあった。


「なんであそこに置いてあったか分かる!? あそこは、あそこで苦しんだ子たちが、少しでも安心できるようにって、嫌な音い出も、神様がいてくれたら少し安心できる場所になるようにっておいていたの! 尋都の優しさなんだよ!」

「それを、尋にぃのこと追い詰めて、無理矢理……!」

「い、いやいや! 合意の上だったじゃないっすか!?」


 すぐ近くの喧騒は未だ激しさを失わないまま、続いていた。

 たからはミヤビが逃げないように固定しながら、話の中心人物に声をかけた。

 

「……すまなかった。ミヤビが、君たちの拠り所を、あんな風に不躾に扱って」

「……いえ。いつまでも、置いておくわけには……とは、思ってたので……」


 尋都は取り繕うように、たからに笑顔を向けた。

 だが、その口角は微かに震え、引き結ばれた唇からは血の気が引いている。

 無理に広げた笑みの形が、かえって彼の中に生じた亀裂を際立たせているようだった。

 

「……まぁでも、神様は、人形の中にいるわけじゃないので」

「そう、なのか?」

「ああ。昔な、どこからか、ふっと風が吹くんだ。涙を乾かしてくれるような、優しいそよ風だ。なぁ?」

 

 霜汰が同意を求めるように沙良に向き直る。

 沙良は祈るように両手を組み、消え入りそうな声で言葉を継いだ。

 

「……誰も助けてくれないとき、その風だけが、私たちの頭を撫でてくれたの。それだけで、明日も生きていいんだ〜……って、そう思えたんです」

 

 たからの胸に、冷たい風が吹き抜けるような感触があった。

 

「……すまないな、本当に」

「いいんですって。……いや、よくはないですけど。俺としては、こんな大事になったの、ちょっと嬉しかったんです。誰かがこんなにも怒ってくれるの、初めてだったから」


 尋都は照れ隠しをするように、力なく頬をかいた。

 その瞳には、荒れ狂う外の世界への恐怖よりも、どこか誇らしげな色が混じっている。

 

「しかも、ほんとにいるとは思わなくて。な?」

「……ずっと、そばに居てくれたんだなって」


 汐鈴の言葉を聞いて、たからは目を伏せる。

 それは救いなどではなかったのかもしれない。

 それでも、窓の隙間から吹き込む風だけは、彼らを見捨てなかったのだ。


「しかも、『はぐいさま』も俺らの神様も馬鹿にして……こんな嵐、起こして。こんな馬鹿なの、あんただけだろ!」

「不敬って言葉を知らないの!? あなたの行動でみんなが一斉に死んじゃうかもしれなかったのに! そうなったら責任取れるの!?」

「本流の神様は怒らせてないと思います〜!」


 ミヤビは反省の色を見せず、日暖と牧庭の説教を聞いている。

 たからはふと首を傾げた。

 

「しかし、一つの家庭……いや、一族の中に、相反する二つの信仰が並び立つものか?」

「……いえ、こっちの神様の話は禁忌でした」


 尋都が震える手を強く握り込む。爪が皮膚に食い込み、白くなった指先が小刻みに震えていた。

 沙良は無意識に首元を押さえた。着崩れた襟の隙間から、深い切り傷のような痕が覗く。汐鈴もまた、反射的に腕を庇うように抱いた。裂傷の痕が残るその腕を、隠すように。


「……口にするだけで、はぐいさまに聞こえるって言われてたから」

「そうそう。殺されるってな」


 霜汰は乾いた笑いを漏らし、腹を庇うように腕を組んだ。

 

「……そういえば、君は以前『父様に壊された』と言っていたな」

「はは、よく覚えてんな。流石は探偵さんだ」

 

 それまで壁際の暗がりに溶けていた影が、不意に身じろぎした。束颯(つかさ)がゆっくりと光の当たる場所へ歩いてくる。


「他んところ父様に聞いただけでこれよ。霜汰兄さんも殴られて腹、破裂したんだっけ?」

「見せしめにな」

「マジ、災難。言葉で説明して欲しいよな、全く」

「……っ、君……」

 

 たからは息を呑み、言葉を失った。胸の奥が、鈍い痛みで軋む。

 束颯は、無造作に首を傾げた。分厚い前髪がさらりと流れ、隠されていた顔の半分が露わになる。そこには、赤みこそ引いているものの、引き攣れ、爛れた痛々しい火傷の痕が広がっていた。

 束颯の冷ややかな視線が、真っ向からたからを射抜く。その反応を、値を踏むように。

 たからは唇を強く引き結び、数秒の沈黙の後、絞り出すように口を開いた。


「……痛かっただろう」


 あまりにも拙く、あまりにも当然すぎる言葉。

 言った本人も、それが何の慰めにもならないと自嘲するように眉を寄せた。


「すまない。違うな。……そんなことを言われたいわけじゃないか」


 たからは小さく首を振り、それでも束颯から目を逸らさずに言葉を重ねようとしたが、出てこない。

 束颯は興味を失ったように体勢を戻した。痒そうに顔を振り、再び前髪で傷を隠す。


「……なんだ、卒倒しないんだな」

「誰から聞いた?」

「あいつ」


 束颯の指先が、説教の最中だというのに、所在なげに浮いているミヤビを指した。


「あいつ……君に何を言った!? 薬を渡したらしいのは聞いたが……」

「……別に」


 束颯はそれ以上、会話を続ける気はないと背を向けた。

 

「はいはーい! 説教終了! 説明も終了! 本流の神様にビビって逃げて、勝手に話して秘密にできなきゃシバく! 矛盾と逃避の無責任派閥、撫子派でした〜!」

「ちょっと、話はまだ終わってない!」

「うるせぇ終わりだぁ!」

 

 ミヤビがパンパンと手を叩き、強引に幕を引く。彼女の瞳には、子供たちの語った「そよ風」への理解も、贖罪の念も映っていない。ただ、次の獲物を探す好奇心だけがぎらついていた。

 

「湿っぽい風も止んだところで、次なる目的地の設定完了! さあ、次だ次ぃ!」

 

 ミヤビは弾むような足取りで、子供たちの聖域を切り裂くように、闇の奥へと進んでいった。

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