紹介④
「さあさあ、続きましては菖蒲派! ここはお堅いっすよぉ。豊潤の神こと『はぐいさま』に仕え、皆々の生活を支える、なーんて聞こえはいいですが……その実態は、祈りよりも運用! 信仰よりも管理! 超・実務型宗教組織でーす!」
ミヤビが再びガイド旗を高く掲げ、大広間の別区画へと足を進める。
そこは、先ほどの翡翠派の喧騒とは打って変わり、奇妙なほど整然としていた。菖蒲色のリボンをつけた男女が、足音一つにまで気を配るように姿勢を整える。
その中の一人、短いツインテールの少女――明笑が、あからさまに鬱陶しそうな顔をした。
「うーわ、最悪。こっち来た……」
「明笑ちゃん! 初対面なのになんですかその言い草はっ!」
「知らねぇし」
彼女はただ面倒くさそうに、泥を払うような視線でミヤビとたからを見ていた。
「ごほん。えー、気を取り直しまして、ここは『役割の集合体』。一人が欠ければ工程が止まり、代わりがいれば誰でもいい。ハードワーカースーパー激務労働派閥です!」
「……子供を労働力として使う派閥か」
たからは悲しそうに眉をひそめた。その胸を、冷たい風が吹き抜けるような感触がある。
「理解が早いですねたからさん! ま、ここだけが特別ブラックってわけじゃないんで安心してくださーい! この屋敷、どこも平等に終わってますから」
「……聞いてる限りではそうらしいな」
たからは肺の空気をすべて吐き出すような、重苦しい溜息を漏らした。目の前の子供たちは、誰一人として反論せず、膝の上で拳を握り、微動だにせずこちらを見つめてくる。
「さて、そんなシステムの一部として機能する皆さんの内訳ですが――おっと、その前に」
ミヤビの指差す先、一人の少女が蹲っていた。
椿紗は、長い前髪で顔のすべてを覆い隠し、外界との接触を頑なに拒んでいる。
彼女の指は、強く腕を掴んでいた。不規則に顔を揺らし、時折、何かに取り憑かれたように皮膚を擦る。
「……痒いのか?」
たからの問いに、椿紗はびくりと肩を跳ねさせた。前髪の隙間から、怯えきった視線がわずかに覗く。
「……はい。薬……塗った、ので……」
「薬?」
たからの問いかけに、椿紗の代わりにミヤビが答える。
「昨日、私があげたんすよ。ちゃんと付けてて偉いっすね〜」
「……ほんとに、痒い。……すごく……」
蚊の鳴くような声で、彼女は不快そうに前髪を掴んだ。
前髪が割れた拍子に不意に見えた皮膚には、焼けただれた痕が色濃く残っていた。だが、異常なほどに赤みは引いている。
「呪物レベルってどんなもんか知りませんけど、普通の薬より治り早そうっすよね!」
「……なぜそんな危険なものを易々と……」
「……でも、治る。……治る、なら、……我慢する……」
再生し続ける細胞がもたらす激しい痒みは、彼女にとって「希望」そのものだった。
時折覗く瞳に、縋るような光が宿っているのをたからは見た。
「う〜わ、嬉しそうでヤダヤダ。あっこみたいに絶望してくれねぇと」
「……してねぇから」
跳ねっ返りの強い短髪を揺らす龍空がミヤビを射抜くような視線で見据えている。その隣では、誠実そうな丸坊主の少年、蒼天が対照的にニコニコと柔和な笑みを浮かべていた。
龍空の敵意を察し、たからは内心でため息をつく。
ミヤビが事前の接触で、また少年たちのトラウマを逆撫でしたのは明白だった。
「初めまして。たからさん」
「……君が蒼天くんか? ……神棚の件、本当にすまなかったな」
「いいえ、大丈夫です」
蒼天は廊下の先の窓、荒れ狂う外の世界を見ながら、静かに微笑む。
たからは龍空に向き直った。
「……君も、本当にミヤビがすまなかった。私の管理不足だ」
「あはは、大丈夫っスよ! たからさんは悪くねぇっス。もうオレ的には、神様がやっつけてくれたんで、大満足って感じっスね」
「……そう、か?」
先程ミヤビを睨んでいた時とは打って変わった、軽薄な態度で龍空は笑った。
たからはその空虚な明るさに、少なからず困惑する。
「……君、本当は怖かったんじゃないのか?」
「いや別に? ヤなこと言われて頭には来ましたけど、そこまでって感じっス」
龍空は肩を竦め、へらりと笑う。
「……オレ、ああいうの慣れてるんで」
たからは、龍空の指先が、袖口を強く摘んでいることに気づいた。彼の肩は、嵐が吹き荒れていた時から、一度も完全には下がっていなかった。
「……そうか」
たからは、それ以上は追及しなかった。
そこに双子の最年長、編み込みをした少女青風と、肩の長さまであるストレートヘアーを揺らす玲香が軽快に走って現れた。
「全く、神に喧嘩売るたぁ、不届き者すぎるぜっ!」
「命知らずがよぉ!」
「ほんとだぜっ! 頭おかしいんじゃねぇのかぁ!?」
「自分のことだろう!? ……いや本当にすまなかった」
たからは二人に対して、頭を下げる。ミヤビの頭を鷲掴みにして、同様に下げさせた。
「このことに関してはこちらで解決する。今の大嵐も収めてもらえるように懇願するつもりだ」
「……あの……そのことなんですけど」
二人と共に来ていた、ミディアムヘアの歩惟は、困ったように眉を下げていた。
「違うんです。私たちの神様とは、だいぶ……」
「違う?」
たからは歩惟を見る。
その横から割り込むようにミヤビが滑り込んできた。
「おうよっ。大嵐びゅうびゅう風の神様じゃねくて、等価交換でリソースを増やしてくれる大増殖神様こそが、奉日本家の『本来』の神様ですもんねっ!」
双子に呼ばれた、感情の起伏を一切感じさせない、端正な横顔の青年、奏楽がわずかに目を見開く。
「……なぜ、それを……」
「まあまあ! 詳しい話は専門家にしてもらいましょ。ねえ、奏楽くん!」
ミヤビに促され、奏楽が静かに、しかし澱みなく口を開いた。
その口調には信仰心ゆえの熱は宿っておらず、淡々と淡白で、まるで無機質な仕様書を読み上げているかのようだった。
「私たちが信じていた神は、『はぐいさま』と申します」
「はぐいさま……聞いたことないな」
たからは首を傾げた。この屋敷特有の、あるいは血族のみに受け継がれてきた土着信仰だろうか。
「豊潤をもたらすとされていました。豊潤の神は、捧げ物を恵みに変える……」
「恵みに変える……?」
「はい。安価な供物なら日用品へ。そして――」
奏楽の視線が、一瞬だけ焦点の合わない虚空を彷徨う。
「『役目を終えたもの』……あるいは『完全な供物』は、最も純度の高い還元素材、金や銅として処理されます。奉日本家は、そのようにして資源を得て、強力な交渉材料として貿易を行ってきました」
「……完璧な供物?」
「ご遺体っすね!」
ミヤビが場違いなほど明るい声をあげる。その弾んだトーンが、言葉の毒性をいっそう際立たせた。
「……遺体」
「こいつマジでなんでも知ってるぜ……?」
「やべぇよ……ガチの奉日本の関係者じゃね……?」
ヒソヒソと怯える双子に、ミヤビがわざと顔を近づけた。
「きゃー!」と悲鳴をあげて退散する二人。どこか真剣味を欠いたやり取りに、たからはため息をつく。
だが、逃げたはずの二人は吸い寄せられるように、すぐにまた戻ってきた。
「あ、基本的に供物を運ぶのは子どもたちのおしごとでっせ! えっちらおっちら、痛む体を引きずりながらの重労働。心が痛みます」
「大変でした」
「体も心もボロボロでした」
茶化すようなミヤビの言葉に、玲香と青風が沈痛な面持ちで追従する。
その言葉の重みは、彼らの年齢にはあまりに不釣り合いだった。
「……ただ、記録だけはお父様が行っていたので、もしかしたらどこかにその記録が残っているかもしれません」
奏楽の淡々とした、それでいて重苦しい告白に、たからは一つ深く頷いた。
「なにかの手がかりになるかもしれないな。嵐が収まり次第、見に行ってみよう」
「収まりますかぁ? 一生無理じゃないっすかね?」
ミヤビが半信半疑に肩をすくめた、その時だった。
ふらりと、足取りで明笑が輪に加わる。
「託矢にぃはどこ行ったの? さっきからいないんだけど」
「託矢くん!?」
「まさかまさか、遂にお庭に行っちゃった!?」
明笑の言葉が終わらぬうちに、双子が弾かれたように飛び起きた。
焦燥を剥き出しにして、広い大広間をキョロキョロと見回す。
「そんな……いくらお花が生涯の伴侶だからって!」
「こんな大嵐の中お迎えに行くなんて! 正気の沙汰じゃないよ!」
「うう、私たちがちゃんと見てなかったばっかりに……」
「なんでこんなことに……!」
「……僕はここにいるけど?」
エプロンをつけた青年が、背後から困惑した声をかけた。
双子は彼の姿をまじまじと見つめ、それから示し合わせたようにハンカチを取り出した。
「託矢くん……もう会えねぇかもしれねぇな……!」
「お花と共に生涯を終えるとはよぉ……!」
「だからここにいるって! 生きてるよ!」
双子のブラックジョークに、託矢は必死にツッコミを入れ、肩を揺らす。
「僕を虐めて楽しむのは自由だけどさ、そういう言い方はやめなって。多感で敏感な子だっているんだから……!」
「……いやだって」
「……ねぇ?」
双子はこそこそとたからの方へ近づき、耳打ちをする。
「託矢くん、どんなに酷い罰を受けても、おつとめを放り出してお花の所へ行っちゃうんですよぉ?」
「お花に恋慕を抱いてるとしか思えませんよねぇ?」
「……なるほど?」
親から言いつけられた仕事を行わず、花の世話に注力する。
その姿は、規律に縛られた他の子から見れば、さぞ異端の「狂気」に見えたのだろう。
「でもこんな大嵐じゃあ、愛しの恋人たちはもう……」
「うっうっ、悲劇すぎるぜ……!」
「……恋人ではないけどね」
託矢は力なく項垂れた。その顔は、今にも泣き出しそうな子供のようでありながら、同時にどこか遠い世界を見つめているような、なんとも形容しがたい悲しげな顔をしていた。
「でも、……また植えたらいいから」
「嵐が収まったらね」
「今はお外に出ちゃダメだよ? ……明笑ちゃん、この人見張っといて!」
「はぁい、玲香ねぇ。逃げたら捕まえとく」
託矢が消え入りそうな声でこぼした言葉は、双子の容赦ない追撃と明笑の淡白な返事にかき消された。
たからは黙って託矢を見ていた。冷えた大広間の中で、彼の心根に触れた胸の奥が、火を押し当てられたようにチリりと熱く焼ける。
「はいはーい! そこまで! 植物愛好家への風評被害はまた今度っす!」
ミヤビがパンパンと景気よく手を叩き、強引に会話の幕を引いた。彼女は掲げた旗を窓の外、荒れ狂う闇の方へと向ける。
「湿っぽい話でお腹いっぱいになったところで、外の『神様』は相変わらずご機嫌ななめっす。さて、たからさん。次なる目標を得たところで次に行きましょー!」
ミヤビは弾むような足取りで、停滞した空気を切り裂くように次の集団の元へと進んでいった。




