紹介③
「さぁさぁ、お次は翡翠派! 芸術だの音楽だの、神に愛されるためなら指が潰れようが喉が裂けようがお構いなしの才能至上主義集団でーす!」
ミヤビが、またどこからか派手なガイド旗をぶん回しながら、高いテンションで移動する。
その先には、翡翠色のリボンをつけた集団が、こちらを怪訝そうに見つめている。
「ここは『一芸に秀でてこそ神に愛される』なーんて狂信的なモットーを掲げる、努力の天才集団!」
「努力の天才……物は言いようだな」
壁に寄りかかった短髪の少年、和竢が小さく呟く。その眉間に刻まれた皺は、彼がその言葉に抱く嫌悪を如実に物語っていた。
「才能が芽吹くまで人格も睡眠もゴリゴリ削って矯正・強制・超特訓! 芽が出なきゃゴミ箱行き! おら、ワクワクすっぞ!」
「ワクワクしないよぉ……」
「ちょっと! 言い方が悪いわ! 特にそのゴミ箱って表現、デリカシーがない! 聞いてるだけで胃が痛くなりそう!」
「……否定はできないのが、一番の毒」
のんびりとした口調で眉をひそめる夢追、ミヤビを指さし避難する心麗、そしてどこか浮世離れした空気を纏う琴祢。
三人の言葉と窓の雨音だけが、しばらく場を満たした。しかし、ミヤビはその空気を切り裂くように、明るい声を出す。
「今回のオーディエンスは賑やかっすねぇ! さあ、この『神様の推し認定』を目指す皆さんの内訳はと言いますと――」
「詳しいねぇ、お姉さん」
ふわりと、横から軽薄な声が割り込んだ。
長い髪をひとつに束ねた少年、皇治は、手元のトランプを流れるような手つきで指の背へと跳ね上げ、吸い込まれるように掌へ収めてみせた。
「あ゛っ! てめぇ!!」
ミヤビが弾かれたように振り返る。その顔からは、先ほどまでの営業用の笑みが瞬時に消え失せ、剥き出しの敵意が覗いた。
「……どうした?」
たからが尋ねると、ミヤビは忌々しげに舌打ちをして即答した。
「天敵ですっ! 私の天敵ですよっ!」
「あはは、オレたち仲良しだもんね」
「んなわけ! 仲良くなった覚えねぇし!」
ミヤビが叫ぶと、皇治がわざとらしく肩をすくめ、降参のポーズをとる。
たからは改めて翡翠派の面々へと目を向ける。
たからの視線は、男装をした女性――海聖が、白くなるほど強く握りしめている懐中時計で止まった。
「……なるほど。才能、か」
「そうだ」
海聖が、静かに一歩前へ踏み出す。彼女の視線は秒針のように迷いなく、そこに感情の揺れはなかった。
彼女は一度だけ、深く呼吸を整えた。
「私は管理。海兎は言語化」
柔らかい天然パーマの海兎が、困ったような笑みを浮かべて、眼鏡を指で押し上げる。
「そんな仰々しいものじゃないよ。ただ、言いくるめるのが上手なだけで」
海聖はそれを無視して続けた。
「夢追は小説。心麗は漫画。琴祢はイラスト」
名前を呼ばれた少女たちは、視線だけで肯定を示す。その瞳には、自らの領域に対する矜持が宿っていた。
「和竢は作曲。大誉はギター。皇治は手品」
「トランペットって言われた方が嬉しかったね」
「……いい。好きでやってんだ」
横で大誉が、長いまつ毛を揺らして穏やかに微笑む。対照的に、和竢は複雑な影を落とした表情で目を伏せた。
皇治がくすりと、皮肉めいた笑いを漏らす。
「才能云々、他人にラベルを貼られたくないよねぇ。分かる、分かるよ」
一拍の沈黙。海聖の視線が、最後の一人――|申し訳なさそうに背を丸めた拓輝へと落ちた。
「拓輝は……未確定。現在は、派内の整理整頓を担っている」
「違いますよたからさん! あいつ本当は――」
「才能ナシ、ですよ。俺は」
拓輝が、遮るように穏やかな声を出した。申し訳なさそうに頭を掻き、力なく笑う。
海聖はそれ以上何も言わず、小さくため息をついた。
「うっわ、自分で言っちゃったよ、この人!」
「まあ、事実だし……」
ミヤビが大げさにのけぞる。拓輝は苦笑を浮かべたまま、静かに続けた。
「才能の欠片もない人間が、この魔境で今日まで生き残ってること自体が奇跡なんです……。せめて毎日ピカピカに掃除して、処分されないように必死に媚び売ってました」
「そうか」
卑下するわけでもなく、ただ現実を受け入れている拓輝の態度に、たからは言葉を飲み込んだ。
たからは、海聖のその狂いのない秒針を指差す。
「その時計も、才能の証明か?」
海聖はわずかに沈黙し、短く答えた。
「……いや。これは、障害だ」
場が、しんと凍りついた。窓の外で鳴る雷鳴さえも、遠のいたように感じられた。
「海聖ちゃん」
隣の海兎が、宥めるように彼女の名を呼ぶ。だが、海聖は拒絶するように首を振った。
「不正確な情報は、不要な誤解を招く。……これは才能などという高尚なものではない」
一拍置いて、海聖は息を吐くように言葉を紡いだ。
「……病気のようなものだ」
重苦しい沈黙が場を支配する。
誰も、すぐには言葉を出せなかった。それを破ったのは、意外にも身内の声だった。
「えー、でも私は『時の神様に愛された聖女』って思うなー。すごくロマンあるよぉ? 一秒の狂いもなく運命を刻み続けるなんて、最高の悲劇のヒロインじゃない」
「甘いわね、夢追。ロマンなんていう不確かな言葉で濁さないで」
心麗が、苛立ちを隠さずに割り込む。彼女の瞳は、すでに海聖を「キャラ」として解体し始めていた。
「海聖姉様は『管理』という概念そのものに選別されたのよ。これは物語性じゃなくてシステムの問題。完璧な整合性を保つための、絶対的な演算装置としての記号……。それこそが海聖姉様の美しさに他ならないわ!」
「……二人とも、解釈が説明的すぎる。構図として弱い」
神秘的な雰囲気を纏う琴祢が、冷ややかに二人を突き放した。
「そこは『絶対零度の秒針』。あるいは『凍りついた時間への殉教者』。……必要なのは理屈じゃなくて、感情。訴えかける情緒」
「あ、始まった……」
拓輝がぽつりと呟く。
三人の少女は、もはや周囲の視線など忘れたかのように主張し始めた。
「物語には、読者を惹きつける象徴が必要なの!」
「整合性のない設定は雑音よ! 彼女は『最高の管理者』であるべきなの!」
「インパクト。……言葉じゃない、一瞬の視覚的暴力こそが全て」
「やめなさい! 客人の前でみっともない!」
海聖は、こめかみに指を当て、深く、深く息を吐いた。
「……そう思ってくれているなら、せめて喧嘩はやめてくれ」
「ギター、持ってくればよかったね」
騒ぎを対岸の火事のように眺めていた大誉が、ぽつりと零した。
たからが不思議そうに首を傾げると、和竢と皇治が諦めを含んだ顔で説明を添える。
「兄さんがギターを弾き始めると、全員そっちに気を取られて喧嘩が止まるんだ」
「聴いてたら争いも忘れちゃうもんねぇ」
「……取って来ます?」
拓輝が、場違いなほど天然なトーンで提案した。
だが、窓を叩く雨音はさらに激しさを増し、叩きつけるような勢いになっている。今この大広間を出るのは、死を招く行為に等しい。
「ダメダメ、絶対ダメ〜!」
「こんな嵐の中、他の部屋に行くなんて自殺行為よっ! 何考えてるの!?」
「……今夜は、誰も死なせない構図にしたい」
少女たちの鋭いツッコミが重なった。
その様子を黙って見ていたたからが、海聖に向かって小さく息を吐く。
「苦労しているんだな」
海聖は一瞬、弾かれたように意外そうな顔をしたが、すぐに鉄面皮を取り戻して答えた。
「……否定はしない」
ほんのわずかだけ、彼女の強張っていた肩の力が下りた。




