紹介②
大広間に足を踏み入れた瞬間、緊張感を切り裂くような明るい声が響いた。
「はーい、失礼しますよ〜! ただいまよりルームツアーを開催しますのでね、皆様ご協力くださ〜い!」
ざわざわとする大広間。
ミヤビは無遠慮に、瑠璃色のリボンを身につけた八人の男女が集まっている空間へ移動する。
「ご注目くださーい! 正面に見えますのが、泣く子も黙る武力集団、瑠璃派でございまーす!」
ミヤビがどこから取り出したのか、派手な旗を振り回しながら観光ガイドさながらのテンションで現れた。
その振る舞いは、ここが厳粛な場であることを完全に無視している。
「奉日本家において長らく実権と実務を握ってきたエリート派閥っ! 領地経営、対外交渉、武力制圧、資材管理、その辺ぜ〜んぶ担当!」
「な、何が始まったんだ……?」
一番背の高い一葵が困惑したように辺りを見回すと、隣の鐘雨が長く美しい髪をかきあげて座り直した。
「……またやってる」
「ええ、それはもう! 剣術、体術、礼法、暗算、徹底教育! とてもとても優秀ですよ! あ、優秀じゃない子は――」
ミヤビはそこで言葉を切り、残酷な笑みを深める。
「――間引かれちゃったんで、そりゃここにはいないっすよね!」
「……笑える冗談を言ってくれ」
眼鏡のブリッジを押し上げて、博喜が少し青ざめた顔で呟く。首に食い込む三角巾の結び目が、固定された腕の重さを無機質に主張していた。
その隣に座っていた舞妃が何も言わずに、顔半分を覆う前髪の奥から鋭い瞳を向け、鞘に収まった真剣の柄に触れた。
「随分とお詳しいのですね?」
「えへへ、『お勉強』してきましたから!」
よもぎ色の着物を揺らした萌生の冷ややかな問いかけに、ミヤビは待ってましたとばかりに胸を張った。
「代々当主を選出した気高き派閥! 出来て当然やって当たり前! できなきゃ、飯抜き。眠れない。立たされる。閉じ込められる。まぁそのへんの定番フルコースっす」
「定番で済ませるな」
ドヤ顔で語り続けるミヤビに、たからが低い声で呟く。
雫桜は反射的に探偵帽を目深に引き下げた。幼い指先がつばを握る力だけが、不自然に強い。
だが、たからの視線は一人、明らかに異質な気配を放つ少女、望浠で止まった。
「あ、望浠ちゃん、どう? お薬貰う気になった?」
「……っ」
ミヤビが距離を詰めようとした瞬間、望浠は剥き出しの警戒心を露わにし、傷を隠すように髪をなぞった。
直後、ゴッ、という重い衝撃音。
言葉よりも先に放たれたたからの鉄拳が、ミヤビの頭にめり込んだ。
「は、判断が早すぎる……!」
「聞くまでもない」
「せめて言い訳ぐらいは――」
「聞くまでもない」
たからは床で悶絶する女を一瞥もせず、望浠の前に歩み寄った。そして、少しだけ腰を落として彼女と目線を合わせる。
その瞳には、先ほどの暴力的な鋭さは微塵もなかった。
「ミヤビがすまなかった。……あとできっちり叱っておく」
たからは静かに問いかけた。
「何をされたか、教えてくれないか」
「……傷のこと」
望浠は戸惑い、言い淀んだ。一瞬だけ、無様に転がるミヤビを見る。
「……あの人は、人を傷つけるのが得意です」
「それは、すまなかった」
たからは静かに頭を下げる。望浠は困ったように眉を下げた。
「……あなたが謝ることでは」
「えっ、ちょ、そこまで重い話っすか!? ただの事実確認じゃないっすか!」
「うるさい」
床から這い出そうとしたミヤビに、たからの二発目が容赦なく沈んだ。
その拍子にふらついたミヤビの向こう、たからの視界に一人の少年が映る。
鐘雨の隣で膝を抱え、ぼんやりと座り込む少年、雪羽だった。
無表情で、何を見ているのかも分からない瞳。こちらの騒ぎなど眼中にないように見える。指先には不格好に貼られた小さな絆創膏が、白く浮いている。
「おっ、たからさん気になります? 彼は雪羽くん。鐘雨くんの双子の弟、選ばれなかった方、空っぽ人間くんです。や〜い、空っぽ人間〜!」
「よさないか!」
ミヤビの言葉にも雪羽は反応を示さない。
「反省してないな、君。いい加減に――」
「……違う」
雪羽の小さな、はっきりとした拒絶に、室内の空気が一変した。
「わ、喋った……!」
雫桜が目を見開き、鐘雨が心配そうに彼を覗き込む。
「……珍しいじゃない」
ミヤビさえも、その一言に言葉を止めた。
「……何が違うんだ?」
たからの問いかけに、雪羽は答えない。ただその虚ろな瞳をたからに向けているだけだ。
たからは雪羽の瞳をじっと見据え、そして静かに促した。
「君は何を見てきた?」
雪羽は沈黙の後、淡々と、しかし確かな記憶を刻み込むように口を開いた。
「鐘雨は、僕が寝たら布団を直す。雫桜は夜に窓の鍵を見て回る。望浠は、小さな傷にも絆創膏を貼る」
「なに、起きてたの?」
「見てたの!?」
鐘雨は静かに笑う。雫桜は真っ赤になって顔を伏せた。
「……そっちの方が、綺麗に治るから」
望浠の視線が、雪羽の指先へ落ちた。
「舞妃姉さんは、まだ咲いてる花は摘まない。博喜兄さんは読んだ本の角を撫でる」
舞妃は何も言わずに目を伏せ、博喜は反射的に本の角へ伸ばした指を、はっとして止めた。
「一葵兄様は人のリボンを必ず結び直す。萌生姉様は夜に食堂の机と椅子を直す……」
「……よく見てるな」
たからの言葉に、一葵はきまり悪そうに視線を逸らし、萌生は静かに目を閉じる。
「……誰でもやるよ、そんなの」
「大したことではありませんわ」
それは誰も誇ることのない、ごく些細な癖だった。けれどそこには確かに、誰かを気にかけた痕跡があった。
たからはミヤビに向き直り、逃げ場を塞ぐような正論を叩きつけた。
「聞いたか、ミヤビ。彼は空っぽなんじゃない。君が、見ようとしなかっただけだ」
「いやいや、ただの高機能監視カメラなだけでしょ……」
ミヤビは苦し紛れに言い返したが、たからの眼差しがそれを許さない。
「他者を観察し、その小さな営みを覚えている。それは立派に、ここに生きてきた証だ」
雪羽は小さく目を瞬かせた。
何かが胸の奥を掠めた気がしたが、それが何なのかは分からなかった。
「はいはい、なんか知らんけど急に美談っぽくなったので次いきまーす! 翡翠派はこちら!」
ぶち壊された余韻。ミヤビが強引に場を仕切り直そうと、その歩みをすすめた。
たからは雪羽の顔を見る。相変わらず虚ろな瞳がこちらに向いていた。彼女はそれを確認してから、ミヤビの後を追った。




