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第四夜


 深夜。大広間の喧騒から切り離された別室で、たからとミヤビは向かい合っていた。

 部屋の隅では、新しく「生」を得た少女――みのりが、椅子にちょこんと座っている。その手には、ミヤビが用意した輸血パックが握られていた。

 ストローから音を立てて、彼女は神格と混ざり合った「食糧」を、無心に、小さな嚥下音を立てて喉に流し込んでいる。

 

「……ひとまずは、落ち着いたな」


 たからが、湯気の立つカップを机に置き、重い溜息をついた。

 その視線の先では、みのりがパックを空にし、満足げに黄金の瞳を細めている。

 

「各派閥の長たちとは話がついた。みのりは『屋敷の新しい同居人』として、各派閥が持ち回りで面倒を見ることになる。……異論は出なかったよ。むしろ、あの子たちが自ら提案してくれた」

「へぇ……。あのあいつらも、たまには殊勝なこと言うじゃないっすか。自分たちの存在を食い散らかそうとしたバケモノっすよ? お人好しにも程がある」


 ミヤビはいつものように皮肉を口にするが、その声にはいつもの張りがなかった。

 彼女は壁に背を預け、手元の空のカップを意味もなく指先でなぞっている。

 

「ミヤビ、君はどうした。らしくないな。……策が上手くいきすぎて、拍子抜けしたか?」

「……まさか。たからさん、あんたこそ何すか。さっきから私を見る目が、まるでお説教前の教師みたいで、最高に居心地悪いんすけど」


 ミヤビは顔を背けた。その脳裏には、美術室で皇治と理歌に投げかけられた言葉が、呪いのようにこびりついて離れない。

『ショーにしないと、人の傷を見てられないんでしょ?』

『茶化さないと、怖いんだよね』

 

「……ねぇ、たからさん」

「なんだ」

「私って、そんなに必死に見えました? 『面白がってる作者』であろうとすることに」


 その問いは、ミヤビの唇から零れ落ちた純粋な「不全感」だった。

 たからは、茶を啜る手を止め、まっすぐにミヤビを見据えた。

 

「……さぁな」

「なんすかその煮え切らない返事」


 たからは静かに立ち上がり、みのりの頭をそっと撫でた。

 

「作者は自分の生み出したものに無関心ではいられない。君は彼らを観察しているつもりで、その実、彼らに『自分』を定義してほしいと願っていたんじゃないか?」

「……最悪。自創作キャラの分際で刃向かってんじゃねぇぞ」


 ミヤビは膝を抱え、深く顔を埋めた。

 

「……嫌いっす……私は作者なのに。大好きな、虐待受けて認知歪んだ可哀想なキャラの、ぐずぐすに膿んだ傷を剥き出しにさせて、ニヤニヤしながら眺めてたいだけなのに……」

「……君が彼らに『刺激』を与えたように、彼らもまた、君に干渉してきたんだろう。それが……この屋敷で生きるということ、なのかもしれないな」


 たからの言葉が、今はただ、冷たいナイフのように自分の中心部を削り取っていく。

 

「なんでだよっ! 反撃されるなんて聞いてねぇぞ! 私は見てただけっすよ! なんもしてない! 安全圏からじっくりねっとり舐め回して、ただただ設定語りを楽しんでただけなのにっ!」

「関係ない」


 たからは淡々と、空になったパックをみのりの手から抜き取り、新しい予備を差し出した。

 

「しばらくは、私たちの部屋でこの子の面倒を見ることになる。……ミヤビ、君も手伝え」

 

 ミヤビは顔を上げず、ただ小さく「ちっ」と舌打ちをした。

 

「……子守りまでさせるなんて、ほんとブラックな職場っすね、ここは。……おい、みのりちゃん。あんまり飲みすぎて太っても、私のせいにすんなよ?」

 

 みのりは、ミヤビの声に反応してゆっくりと顔を上げた。黄金色の瞳が、じっと、射抜くようにミヤビを見つめる。

 その無機質で、けれどすべてを見透かすような視線は、先ほどミヤビを追い詰めた子供たちの瞳と酷似していた。

 

「……ミヤビ。ふるえてる」

「は……?」

「こころ。おんなじ。……穴のなか。ずっと、ないてた、わたしと、おんなじ」

 

 みのりはストローを離し、ミヤビの膝元まで這い寄ると、その冷たい指先でミヤビの服の裾をぎゅっと掴んだ。

 

「……なっ、」

「もう穴といっしょ、いきてける」


 ミヤビは弾かれたように顔を上げ、完全に言葉を失った。

 冷たい小さな指が自分の服の裾を掴む感触に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 息が浅くなり、喉の奥が熱くなった。


「……たからさん。今すぐあの子の口、縫い合わせていいっすか。なんか……心臓に悪いんすけど」

「……鏡を見せられるのが嫌なら、まずは自分の歪な内面を少しは整理することだな」


 たからは微かに口角を上げ、窓の外を見た。

 窓の外では、依然として激しい雨が叩きつけ、雷鳴が屋敷を震わせている。

 嵐は止む気配を見せず、夜の闇はいっそう深くなっていくようだった。

 稲光が時折、部屋の中を白く焼き、無垢な表情で血を啜る怪物と、己の深淵を覗かれて狼狽える「大人」の影を、不気味に浮かび上がらせていた。

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