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登場④


 たからは一人、闇に沈む廊下を歩いていた。その思考は、今しがた起きた「みのり」の出現という異常事態を、冷徹なまでに分解していた。

 

「……物理的な施錠は無意味、か」

 

 彼女が欲しがった「存在」とは、この屋敷の子供たちそのものだ。無論それは差し出すわけにはいかない。

 しかし無垢なる願いを放置しておくわけにもいかない。彼女はただ、産まれたかっただけなのだ。ほかの子供たちと同じように、笑い、泣き、話がしたかったのだろう。

 中途半端な設定が産んだ怪物。神格を捕らえる為にも、彼女を無力化し、屋敷の子供たちへ干渉しない形に収めるしかない。

 

「……たからさん、すいません」

「ちょっといいかしら」

 

 振り返ると、そこには二人の少女が立っていた。

 菖蒲色のリボンを眼鏡にかけた気の弱そうな少女と、ツインテールに黄金色のリボンをつけた気の強そうな少女だった。

 気の強そうな少女が、気の弱そうな少女を指さす。


「黄金の春虹(はな)。こっちは菖蒲の歩惟(あい)

「どうした。自分の部屋へ戻るよう伝えたはずだが」

 

 たからの眼前に立つ二人の少女は、嵐の夜の冷気に身を縮めながらも、その瞳には引き下がらぬ意志を宿していた。

 

「……あの子、みのりちゃんのこと、放っておけないんです」

 

 歩惟が、眼鏡の奥の瞳を揺らしながら、消え入りそうな声で口を開いた。

 春虹が、苛立ちを隠さぬように、けれどどこか縋るような視線をたからに向ける。

 

「あたしたちはあの子に一番近かった。……あの子が何を欲しがって、どんなふうにあたしたちの存在を奪ってくるか、たぶんあんたより知ってるわ」

 

 たからは無言で、二人の足元に落ちる歪な影を見つめた。

 恐怖がないわけではないのだろう。春虹は自分を守るように腕を組み、歩惟は菖蒲色のリボンを何度も弄り、心を落ち着かせようと必死だった。

 それでも彼女たちは、自分たちを脅かす「怪物」のために、この闇の中に留まっている。

 

「……手伝いたい、ということか」

「……はい」

「私、自分が差し出せるものと、その価値くらい分かっています。それでも、今回は別の方法で役に立ちたいんです」

 

 歩惟の震える、けれど真っ直ぐな言葉に、たからは微かに目を細めた。彼女は試すように、あえて残酷な問いを投げかける。

 

「いいか。あの子に関わるということは、己の『存在』を削るということだ。最悪の場合、死ぬ。……そこまでして、君たちはあの子をどうにかしたいのか? あるいは――」

 

 たからは一度言葉を切り、彼女たちの魂の深淵を覗き込むように続けた。

 

「――この息苦しい屋敷で、自らの不全に絶望し、あの子にすべてを譲り渡して『死んでしまいたい』と。そう思っているのか?」

 

 一瞬、廊下の空気が凍りついた。

 外を叩く雨音だけが、暴力的なまでに耳を突く。

 

「……バカにしないでよ」

 

 沈黙を破ったのは春虹だった。黄金色のリボンを跳ね上げ、彼女はたからを真っ向から睨みつける。

 

「死にたいなんて、一度も思ったことない。……私は、自分の名前も、このクソ生意気な性格も、ここで生きてるって証拠も、誰にも渡すつもりはないわよ!」

「私も……」

 

 歩惟もまた、強く頷いた。眼鏡の縁にかけた菖蒲色のリボンが、彼女の決意を肯定するように揺れる。

 

「怖いです。……私は消えたくなかった。消えたくなかったから、私は――」


 歩惟は自分の両腕を、まるで何かから守るように胸の前で交差させた。


「……だから、戦いたいんです。今度は、そうじゃない方法で。あの子を止めて、みんなと一緒に、明日を迎えたいから」

 

 死にたいからではなく、生きたいから。

 合理だけを並べれば、みのりは封じるべき異常でしかない。

だが目の前の二人は、その異常に奪われたくないと言った。

 ただ、それだけだった。

 それだけのはずなのに、その単純さは彼女が積み上げた理屈よりずっと重かった。

 

「……そうか」

 

 たからの唇から、感嘆とも自戒ともつかない溜息が漏れた。

 自らの内側にあった迷いを、闇の奥へと放り捨てた。

 神を捕らえるための手段。怪物を封じ込めるための合理。それらを超えた場所に、守るべき命の重さが、彼女の両肩にずしりと乗った。

 

「分かった。……二人とも、今の言葉を忘れるな。それが、あの子に対抗する唯一の、そして最強の盾になる」

 

 たからは翻り、闇に沈む廊下の先を見据えた。


「……盾、ねぇ。で、具体的にどうすんの?」


 春虹がたからに問いかける。歩惟がそれに続く。


「お姉様やお兄様がやられてしまった時は、ミヤビさんが不思議な鏡で対応したと聞きました。今回もそうなのですか?」

「……いや。今回はそれでは対処できないようだ」


 たからは顔を歪ませる。


「……だから悩んでいた。正直に言うと『消滅』させるだけなら簡単なんだ。大掛かりな儀式を行えば、問答無用でこの世から消し去ること自体は訳ない」


 たからは目を伏せた。


「だが、あれは悪意で生まれたものじゃない。いわばこの屋敷の歪みが生んだ『事故』だ。……事故を処分して終わりにするのは、解決とは言えない」

「はい。そんなの……可哀想です」


 歩惟が泣きそうな顔で呟いた。春虹も同意するように頷く。


「マジ腹立つ。気に食わない」

「だろう。……私も同じ考えだ」


 たからの言葉と呼応するように、窓の外で猛り狂う嵐が一段と激しさを増した。落雷が夜を白く焼き、廊下の奥へと続く闇を不気味に浮かび上がらせる。

 この屋敷に満ちる歪みは、もはや物理的な法則では制御しきれない段階に達している。焦燥感が、たからの胸をじりじりと焼いた。

 その時、廊下の端から歩いてくる複数の人影があった。


「あ、いたいた。お〜い、たからさ〜ん!」

「あ、歩惟ちゃんに春虹ちゃんだ。みんな考えることは同じか」


 少年――皇治がトランプを弄びながら軽薄に笑い、理歌が二人に気づいて、花のような笑顔を咲かせる。

 そして最後尾から、泥のような気配を纏ったミヤビが、ゆらりと影から這い出してきた。


「ど〜です、たからさん。覚悟の程は?」

「ミヤビ。あの子――みのりを、これ以上野放しにはさせない。屋敷の子供たちを、誰一人として彼女に渡しはしない。それが私の決意だ」

 

 たからの声は、鋼のような硬度を持って響いた。対するミヤビは、どこか愉快そうに口角を吊り上げる。

 

「へぇ、熱いっすねぇ。なら、こんなのはどうです?」

 

 ミヤビは一歩前に踏み出し、複数の輸血パックの血を撒き始めた。それは床に落ちる寸前に粘度の高いドロリとしたヘドロに姿を変える。そこから小さな黒い固まりが現れる。


「……神格」

「ええ、そうです。それと」

 

 どこかで笑っているであろうみのりの残像を指差した。

 

「あのみのりちゃんと、このアホ神格……この二つを、一つの存在としてくっつける……ってのはどうです?」

「くっつける……?」


 たからは眉をひそめる。

 その思考回路が、ミヤビの提示した禁忌の融合を、瞬時にシミュレートし始めた。


「ええ。『存在したい』みのりちゃんと、『神に戻りたい』神格。存在したいだけの空虚と、欲望だけ肥大した器なし。なら、器に中身を注いでやれば、上手くまとまるんじゃね? ってことです」

「ああ。……なるほど」


 ミヤビの足元で、神格はたからの存在に怯えているのか、泥のような身体を細かく震わせている。

 ミヤビの影から、ほんの少しだけ目玉らしきものを覗かせては、顔色を窺うように蠢いていた。

 

「あとは説得次第っすね。まぁ人外さんらに話通じるか、若干怪しくはありますけど」

 

 ミヤビの瞳に宿る昏い光が、たからの覚悟を試すように揺れた。

 その時、静かに話を聞いていた春虹が、ミヤビの影を力任せに踏みつける。


「……あんた、神になりたいの? あたしたちの親も、姉さんや兄さんを、弟や妹を殺した理由がそれ?」


 神格は否定するように、その不定形の身体を波打たせた。ずるりと床を這い、黒い粘液が文字を形作っていく。「チガウ」


「……は?」

「あ〜、春虹ちゃん。正確には『神になりたいのはそうだけど、殺したわけじゃない』って言いたいと思うんす」

「……みんなが、狂って死ぬまで暴れさせられたのは、こいつのせいでしょ!?」


 春虹が怒りのままに叫ぶ。黄金色のリボンが激しく揺れ、その形相は怒りと悲しみで鬼気迫るものがあった。

 ミヤビは宥めるように、彼女の肩を軽く叩く。


「狂わせたのはこいつです。血ィ欲しくて暴れさせた」


 ミヤビは足元の泥を、ゴミでも払うかのように軽く蹴り飛ばした。


「で、揺らいだところをみのりちゃんがぱくり。さらにその食べ残しを漁ってるのが君らの『はぐいさま』。ついでに外じゃ嵐まで騒いでる」

「……つまり」


 たからが低く問う。ミヤビは、三日月の形に目を細め、にたりと笑った。


「この屋敷、バケモノ同士の食物連鎖が完成してるってことっす。こえ〜!」

「……何故そんなことに」


 たからはミヤビの顔を見る。ミヤビは半笑いで首を傾げた。


「さ、さぁ……? まぁ、だからこのクソザコ神格さんは、初日に我々に助けを求めてきたんすよね。たまたま入り込んだところに、既にバケモノが跋扈跋扈してたんすから」

「……情けないな君は」


 神格は「コワイ」とだけ書き残し、また影に消える。


「まぁ、ともかく。神格さんは冤罪です。『敵討ち』は別の機会でいいっすか? 春虹ちゃん?」

「……いい」


 春虹は拳を握りしめ、しばらくの間、神格の消えた影を射貫くように睨みつけていた。

 怒りに燃えていた瞳が、やがて諦念と苛立ちの混じった冷たい光へと変わる。


「ああ、神格さんには同意を得てます。『この世界で』存在を確立させることに」

「……ああ。君はそれで良いのか?」


 たからは、この種の神格の生態を知っていた。

 未完結の世界に寄生し、信仰や歪みを糧に力を蓄え、やがて本来の位相へ還る――そういう寄生型の存在だ。

 神格はうごうごと蠢き、「ヨイ」「イキル」「トワニ」と書き残した。床を這う、拙くも必死な文字列。

 それを見下ろし、たからは静かに、そして深く息を吐いた。


「元の世界へ戻ることは諦める、か。……この屋敷で、みのりと結びつき、新たな存在として根付く。それが君の望みなら……成立する」

「じゃ、これで決定っすね!」


 ミヤビがパンッと、乾いた音を立てて手を叩いた。


「やることは簡単。みのりちゃんを呼び出す、神格さんと会わす、一つになる。これだけっす!」

「言うは易し、だがな」

「ま、そこで君らの出番ですよ! 子どもたちぃ!」


 それまで静かに話を聞いていた四人が、弾かれたように顔を上げた。

 ミヤビは道化のように両手を広げ、廊下の冷えた空気をかき混ぜる。


「――バケモノお見合い大作戦、開始っす」

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