7話
ハリスが逃げ帰ってから三日。
店の前には、昨日までなかった豪華な馬車が止まっていた。
降りてきたのは、長い髭をたくわえ、古びているが計算し尽くされた魔導衣を纏った老人。
背後に控えるハリスが、震える指で店を指差す。
「閣下、ここです! ここに、私の魔法を『掃除』でかき消した恐るべき娘と、不遜な鑑定士が……!」
老人はハリスを無視し、静かに店の扉を開けた。
カランカラン、と乾いた鐘の音が響く。
「……ほう。これは驚いた。王都の隅に、これほど澄んだ『澱みのない場所』があるとはな」
現れたのは、魔法ギルド最高顧問にして、王国最強の魔導師の一人と謳われる【賢者・ゼノス】だった。
名称: ゼノス・アルトマン
正体: 魔法ギルド最高顧問。八元属性を極めた「至高の魔導師」。
状態: 猛烈な好奇心。エリシアの魔力に「懐かしさ」を感じている。
「いらっしゃい。……ハリスの野郎、まだ杖のヒビを気にしてるのか?」
俺がカウンターで頬杖をつきながら言うと、ゼノスは愉快そうに目を細めた。
「ハリスの杖のことなどどうでもよい。私はただ、我が愛弟子の魔法を『ゴミ』と断じた鑑定士の目と、それを『掃除』したという娘に興味があってな」
その瞬間、ゼノスの体から静かな、だが逃げ場のない圧力が溢れ出した。
エリシアが息を呑み、レオンハルトが実体化して俺の前に立つ。
『……退け、老いぼれ。これ以上我が主に圧をかけるなら、その髭を剃り落とすぞ』
「……レオンハルトか。三百年前に死んだ英雄まで『在庫』にしているとはな。店主、貴殿は何者だ?」
「ただの古物商だよ。……エリシア、客人に茶を出せ。あと、昨日仕入れた『あの干し果実』も皿に盛っておけ」
「は、はいっ!」
エリシアが緊張しながら、木箱から真っ赤な実を取り出し、ゼノスの前に差し出した。
ゼノスは最初、それをただの軽食として口に運ぼうとしたが……指が触れた瞬間、彼の動きが凍りついた。
「……ま、待て。これは……何だ?」
「ん? 街道の露天商が『酸っぱすぎて売れない』って捨て値で売ってた木の実だ。鑑定したら面白かったから、俺が買い叩いて、エリシアの魔法で少し『熟成』させた」
ゼノスは震える手で、モノクルを装着し直した。
名称: 熟成された世界樹の雫
価値: 国一つ分の軍事費に相当
詳細: 伝説の「世界樹」が千年に一度つける果実。エリシアの純粋な魔力で強制熟成され、一口食べれば魔力の限界値が永続的に上昇する。
「……これを、茶菓子に出すというのか!? 世界中の魔法使いが一生を賭けて探し求める至宝を……!」
「価値なんてのは食ってなきゃゼロだろ。ほら、冷めないうちに茶を飲めよ」
ゼノスは、まるで神に捧げる供物を扱うような手つきで、その実を口に含んだ。
刹那、店内に爆発的な魔力の奔流が吹き荒れる……が、エリシアが「あ、埃が舞っちゃう」と指を鳴らした瞬間、その奔流は一瞬で凪になった。
「…………負けだ。私の完敗だよ」
ゼノスは深々と椅子に腰掛け、力なく笑った。
「ハリスの言ったことは正しかった。いや、足りないくらいだ。……店主、いやクロガネ殿。この娘を魔法ギルドで預からせてはもらえないか? 彼女なら、次の時代の『聖女』に……」
「断る」
俺は即答した。
「こいつはうちの大事な看板娘だ。ギルドの政治道具にするために買い取ったんじゃねえ。……だろ、エリシア?」
「はい! 私は、クロガネ様のところで、もっと『鑑定』の修行がしたいです!」
ゼノスは呆れたように天を仰いだが、やがて満足そうに頷いた。
「よかろう。……だが、魔法ギルドが貴殿を放っておくはずもない。……そこで提案だ。私がこの店を『ギルド公認・特級鑑定所』として保護しよう。その代わり、時々でいい……私に、このお茶を飲ませに来させてくれんか?」
こうして、俺の店には「国家最高の賢者」という、これ以上ないほど厄介で強力な「常連客」がつくことになった。




