6話
店の外から、馬の嘶きと複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「……チッ。どうやら、お前の『魔法修行』の成果を試す機会が、思ったより早く来たみたいだな」
表通りから現れたのは、先日追い返した騎士団……ではない。
もっと質の悪い、「魔法ギルド」の紋章をつけた男たちだった。
店に足を踏み入れてきたのは、豪奢なローブを纏った三人組だった。
中央に立つ、モノクル(片眼鏡)をかけた細身の男が、不快そうに鼻を鳴らす。
「……ここか。未登録の魔力反応が、異常な数値で観測された場所というのは。私は魔法ギルドの査察官、ハリスだ」
ハリスと名乗った男は、店内に充満する「清浄な空気」に顔をしかめた。
レオンハルトの霊気と、エリシアが磨き上げた魔力の残滓が、この店を聖域のような空間に変えてしまっているのだ。
「悪いがうちはただのガラクタ屋だ。魔力なんて上等なもんは置いてないぜ」
俺が適当にあしらうと、ハリスの視線が俺の背後に隠れるエリシアに突き刺さった。
「ふん、しらばくを……。おい、そこの娘。お前が使っているその術式は何だ? 周囲の魔力を強制的に固定し、微塵の塵すら通さない……。これは失われたはずの『絶対拒絶』の系譜ではないか!」
ハリスは驚愕に目を見開いている。
……いや、それ、エリシアがさっき「埃が舞うとクロガネ様が咳き込むから」って理由で作った、ただの『強力な空気清浄結界』なんだけどな。
「えっ……。あ、あの、これはただの『お掃除魔法』の応用で……」
「馬鹿な! この密度、この安定感! 国家防衛級の結界を掃除だと!? 貴様、魔法を何だと思っている!」
ハリスが激昂し、懐から杖を取り出した。
「不審な魔導師として拘束する!」と叫び、杖の先に高密度の炎が収束していく。
『……タツヤ。あの小物、我が弟子に杖を向けるか。塵にする許可を』
レオンハルトが横で青い炎を揺らし、今にも抜剣しそうな気配を見せる。
「待てレオンハルト、掃除したばかりの床が汚れる。……エリシア、やってみろ。さっき俺が教えた『鑑定』の応用だ。相手の魔法をよく見て、その『価値』を判断しろ」
「は、はい! ……ええと、鑑定……」
エリシアが、ハリスの放とうとしている火球をじっと見つめる。
彼女の眼には、俺の指導とレオンハルトの特訓によって、魔法の構造が「ガラクタ」のように透けて見えていた。
「ええと……。その魔法、火力のバランスがガタガタで、熱効率も悪いです。……あ、そこの節を少し『つまめば』、消えちゃうかも」
エリシアが、まるで糸くずを取るような動作で、空中に指を伸ばした。
シュン……。
次の瞬間。
ハリスが全力で放とうとしていた極大の火球は、音もなく霧散した。
それどころか、ハリスの杖に込められていた魔力までが、エリシアの「掃除(吸引)」の動作に巻き込まれ、空っぽになってしまった。
「なっ……!? 私の『爆炎嵐』が……消えた!? 杖の魔力まで吸い尽くされただと……!?」
「あ、ごめんなさい! ちょっと強く掃除しすぎちゃいました……」
申し訳なさそうに手を合わせるエリシア。
だがハリスは、もはや恐怖で腰が抜けていた。
「バ、化物か……! 魔法の構造を直接解体し、無効化するだと……!? 記録だ、すぐにギルドへ報告を——」
「おい、ハリス。お前のその杖、よく見たら『ヒビ』が入ってるぞ。鑑定してやろうか?」
俺が冷たく声をかけると、ハリスは真っ青な顔で俺を見た。
「この杖は……ギルドから貸与された一級品だぞ……!」
「いや、ただの『耐久値切れのジャンク』だ。今すぐ店を出ないと、お前の手の中で爆発するぜ」
俺の「鑑定」という名の脅しに、ハリスは悲鳴を上げて店から転げ落ちるように逃げ去っていった。
もちろん、杖が爆発するなんてのは嘘だ。ただ、少しだけ『価値(耐久度)』を操作して、今にも壊れそうな音を鳴らしてやっただけだ。
『ふん、他愛もない。……しかしエリシア、今の魔法解体は見事であったぞ』
「ありがとうございます! レオンハルト先生!」
「……やれやれ、これでお客さんが遠のいたら、お前らの給料から引くからな」
俺は苦笑いしながら、空になった紅茶のカップを置いた。
さて、魔法ギルドまで敵に回したかもしれないが、おかげでエリシアの「実戦」のデータも取れた。
そろそろ、この店の「真の目玉商品」を披露する時が来たかもしれないな。




