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5話

「エリシア、そこはもっと手首を柔らかく使うのだ! 剣も魔法も、力の起点は末端ではない、芯だと言っただろう!」

店の裏庭から、レオンハルトの雷鳴のような怒声が響く。

……いや、やってることは「雑巾がけ」なんだけどな。

俺はカウンターで帳簿を付けながら、開け放した扉の向こうを眺めた。

そこには、全身から青白い闘気を放ちながら浮遊する幽霊騎士と、必死に床を磨くエリシアの姿があった。

「は、はい! レオンハルト先生! こう……ですかっ!?」

エリシアが雑巾を振りかぶると、彼女の指先から無意識に漏れ出た魔力が、雑巾を伝って床に叩きつけられた。

パァァァン!

乾いた音と共に、床の汚れどころか、石畳までがピカピカを通り越して鏡のように光り出す。

『うむ! 今のは良い「魔力操作マナ・コントロール」だ。その調子で、次は棚の裏の隙間まで、精密な風魔法で埃を掻き出せ!』

「……おい、レオンハルト。ほどほどにしろよ。エリシアが過労で倒れたら、代わりのバイトはお前しかいないんだぞ」

俺が釘を刺すと、レオンハルトはフンと鎧を鳴らした。

『タツヤ、貴殿は甘い。この娘には天賦の才がある。私の指導しごきがあれば、一ヶ月で宮廷魔導師など鼻で笑える存在になるだろう』

『……あの、クロガネ様。レオンハルト先生に教えてもらうようになってから、体がすごく軽くて……。魔法も、なんだか「視える」ようになってきたんです』

エリシアが顔を上気させて報告してくる。

俺は彼女に視線を向け、さりげなくスキルを発動した。

名称: エリシア

状態: 覚醒中(魔力回路がレオンハルトの霊気によって強制拡張されている)

習得スキル: 【精密魔力操作】【生活魔法(極)】【神速清掃】

(おいおい、なんだよ『神速清掃』って。掃除で世界でも獲るつもりか?)

だが、確かに彼女の魔力量は、店に来た時の数倍に膨れ上がっている。

亡国の皇女としてのポテンシャルが、伝説の騎士による「家事修行」というわけのわからないルートで開花しつつあった。

レオンハルトによる「死ぬ気でやる雑巾がけ」が一段落し、エリシアが肩で息をしながらカウンターに戻ってきた。

「……お、お待たせしました、クロガネ様。お掃除、終わりました!」

「ああ、お疲れさん。じゃあ、約束通り『鑑定』の基本を教えてやる。座れ」

俺はカウンターの上に、店内の棚から適当に選んだ三つの品物を並べた。

一つは、ピカピカに磨かれた真鍮のブローチ。

一つは、少し黒ずんだ鉄の指輪。

そして最後の一つは、何の変哲もない小さな小石だ。

「いいか、エリシア。スキルに頼る前に、まずは自分の目で『視る』んだ。この中で、どれが一番価値があると思う?」

エリシアは真剣な表情で品物を覗き込んだ。

「ええと……このブローチはすごく綺麗です。きっと高いですよね。あ、でも、この指輪は少し古い感じがします。歴史があるのかも……。この石は……ただの石、ですよね?」

彼女は迷いながら、一番輝いている真鍮のブローチを指差した。

俺は小さく首を振って、スキルの結果を彼女の脳内に共有シェアしてやる。

1. 偽りのブローチ

価値:銅貨2枚

詳細:安物の真鍮に「輝き」の魔法をかけただけの紛い物。三日で光が消える。

2. 呪われかけた鉄輪

価値:銀貨5枚

詳細:かつて愛し合った恋人たちの誓いの品。込められた思念により、身につける者の活力を少しだけ高める。

3. 竜の涙(化石)

価値:金貨500枚

詳細:外見はただの石だが、内部に超高純度の魔力を秘めた竜の体液。

「ええっ!? その石が、金貨500枚……!?」

エリシアが椅子から転げ落ちそうになるのを、背後で見ていたレオンハルトが霊体で支えた。

『ほう……。その石、我らの時代には「賢者の触媒」と呼ばれていた宝か。タツヤ、貴殿はこれを平然とガラクタの中に混ぜていたのか?』

「ああ。目利きの利かない泥棒避けにはちょうどいいだろ? ……いいか、エリシア。外見の輝きに騙されるな。それは『今の状態』に過ぎない。鑑定士が視るべきは、その品物が持つ『本質』と、それが辿ってきた『時間』だ」

俺は鉄の指輪を彼女の手に握らせた。

「この指輪は、価値としては銀貨数枚だ。だが、これを亡くなった妻の形見として探している男にとっては、金貨100枚以上の価値がある。……鑑定とは、ただの値段当てじゃない。その品物の『居場所』を見つけてやることだ」

エリシアは指輪をそっと握りしめ、その冷たい鉄の感触から、何かを感じ取ろうとするように目を閉じた。

「……居場所、ですか。……私も、クロガネ様に鑑定していただいたから、ここにいられるんですね」

彼女が少し寂しげに、でも嬉しそうに笑った。

かつて皇女として「政治の道具」という価値しか与えられなかった彼女にとって、俺が付けた「掃除婦兼、弟子の卵」という安っぽい、けれど確かな居場所は、何よりも価値があるものだったらしい。

「……お前の価値を決めたのは、俺のスキルじゃない。お前がここで働くと決めた、その意志だ。……ほら、湿っぽくなるのは終わりだ。次は、その『石』の中にある魔力の流れを視る訓練をするぞ」

「はいっ! 頑張ります、師匠!」

「師匠って呼ぶな、給料が上がるわけじゃないぞ」

そんなやり取りをしながら、俺たちは夜が更けるまで、ガラクタの山に隠された「真実」を探し続けた。

——この時、エリシアが「魔法の構造」を鑑定するコツを掴んでしまったことが、翌日の魔法ギルド襲来であの「無自覚な無双」を生むことになるとは、俺もまだ気づいていなかった。

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