4話
騎士団が逃げ去り、静まり返った店内にエリシアの声が響く。
「あの……クロガネ様。さっきの騎士様たち、大丈夫でしょうか……?」
「知るか。商売の基本は自己責任だ。それよりエリシア、床の掃除を頼む。あいつらが泥靴で汚していきやがった」
俺がぶっきらぼうに答えると、彼女は「はいっ」と元気に箒を手に取った。
だが、その時だ。
店内の空気が、一瞬で凍りついた。
冬の冷気ではない。肌を刺すような、圧倒的な『死』の気配。
「……誰だ」
俺が視線を向けたのは、さっき団長が放り投げていった『聖域の守護鞘』。
そこから黒い霧が立ち昇り、一人の騎士の姿を形作っていく。
透き通った体、古めかしい重装鎧。その眼窩には、青白い炎が宿っていた。
『……我が鞘を「ゴミ」と呼び、あのような小物に売り渡すとは。不届き千万……』
凄まじいプレッシャーだ。常人なら腰を抜かして失神するレベルだろう。
エリシアが震えながら俺の背中に隠れる。
だが、俺は溜息をついて、カウンターから身を乗り出した。
「おいおい、勝手に出てきて営業妨害か? ……鑑定」
名称: レオンハルト(の霊体)
正体: 三百年前、魔王を相打ちで倒した伝説の聖騎士。
状態: 非常に機嫌が悪い。自分の装備を粗末に扱われ、プライドがズタズタ。
「レオンハルト。三百年も前の英雄が、現世の商売に口出しするなよ。……あんな小物に渡したのは、あんたの呪いがどれだけ鈍ってるか試しただけだ。結果、現役バリバリだったじゃないか」
幽霊騎士——レオンハルトの動きが止まった。
『……貴様、何故我が名を知っている。それに、あの呪いの正体を見抜いていただと……?』
「俺の目は節穴じゃないんでね。あんたのその鎧も、肩のところが少し歪んでるな。生前の最後の一撃、左からの横薙ぎを食らった時の傷だろ? 執着で形を保ってるみたいだが、鑑定すれば『修復が必要なジャンク品』だ」
『……なっ!?』
伝説の英雄が、絶句した。
彼はただの幽霊ではない。自分の武具や名誉を何よりも重んじる、誇り高き騎士だ。
そんな彼にとって、俺の「目利き」は神の宣告にも等しい。
「エリシア、塩を持ってきてくれ。……と言いたいところだが、レオンハルト。あんた、そんな姿で彷徨ってないで、うちの『用心棒』にならないか?」
『……何だと? 栄光ある聖騎士の私が、このような薄汚い店で……』
「その透けた鎧、俺なら『直して』やれるぞ。現世の物質を定着させて、もう一度実体を持てるようにしてやる。……鑑定スキルを応用した『価値の再構築』だ。どうだ、悪くない話だろ?」
レオンハルトの青白い炎が、激しく揺れた。
彼はしばらく沈黙した後、その場に跪き、剣を捧げるポーズをとった。
『……信じられん。三百年ぶりに、私を正当に評価(鑑定)する男に会うとは。……よかろう。その条件、呑ませてもらおう』
こうして、俺の店には「伝説の英雄(の幽霊)」という、給料ゼロ・戦闘力MAXの最強セキュリティが加わった。
「よし、契約成立だ。じゃあレオンハルト、まずはその辺の棚のホコリを、霊力で吹き飛ばしといてくれ」
『……掃除か? 聖騎士の私に、掃除をしろというのか……!?』
「文句を言うな、居候」
俺はニヤリと笑い、新しい「在庫」の整理を始めた。




