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常夜灯と点灯夫のワルツ  作者: 和泉トモノブ


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7/8

点灯夫

 レトロ喫茶・風来坊を出て、来た道をたどりホテルの方向へと歩く。

 道中、川辺さんとの会話は他愛のない物で、シルクハットの男や、幽霊と会話できる云々という話題は上がらなかった。


「これ、僕の愛車ね」

 川辺さんはホテル近くの駐車場に停めてある、ホンダ・フィットを指さして、リモコンキーで鍵を開けた。


「車ってさ、車高低くないと落ち着かないよね」


 ナポリタンの次は車について語るのだろうか。


「あー低い方が安定感ありますよね」

「おー!早坂君とは気が合いそうだ、皆さ気にしなさすぎなんだよね、タイヤ四つ付いてて走ればOKみたいなさ、車高低くないと遠く見れないじゃんね」


 なんか嚙み合ってない気がする。


 川辺さんが運転席に乗り込む。俺も助手席に乗り込んで丁寧にドアを閉めた。

 他人の車に乗るとき、どのくらいの力でドアを閉めるか迷うのは俺だけじゃないはずだ。


「じゃあ、寮まで出発だね」

 川辺さんはシートベルトを締め、ブレーキを踏みながらエンジンスタートスイッチを押した。ポーンという音と共にモーターが起動し「カードが挿入されてません」という音声が流れた。


「えーっと駐車券、駐車券、あーここか」

 川辺さんは運転席のサンバイザーに挟まっていた駐車券をドアポケットに移し、出口に向けて車を発進させる。経路案内通りにゆっくり進み、出口精算機の側に車を寄せるが、精算機との間に大きな隙間が出来てしまった。

「もう少し寄せるべきだったなー」と川辺さんは独り言のようにつぶやいて、窮屈そうに運転席の窓から身を乗り出して精算機に駐車券を入れ、表示された金額を見て、ポケットから二つ折りの財布を取り出し、千円札を2枚入れて、出てきたつり銭と領収書を財布に押し込んで車を発進させた。


「ごめん幽霊と会話できる話が気になりすぎて、すっかり言い忘れてた、業務内容なんだけどさ」

 川辺さんは真っすぐ前を見ながら俺に話しかけてきた。

「はい」

 肝心なことを聞けていないことに気づいた。

 警備会社とは聞いているが、具体的に何をするのだろうか。


「街灯の点検、以上!」

「はい?」

「夜に街灯の点検するんだよ、あと路地に亡者が潜んでいないか確認することもあるけど、ほとんどの業務は夜に街灯がちゃんとついているか確認する作業だね」

「はぁ」

「簡単でしょ?」

「簡単なんですか?」 


 知らない世界で知らない仕事であるのだから不安でしかない。


「僕たちの仕事がなんて言われてるか知ってるかい?」

 少し考えたが答えが浮かばない。

「なんて言われてるんですか?」

「点灯夫、この世界じゃ誰でも出来る仕事って言われてるんだ。でもね、暗闇の中で誰かが迷わないように、誰かが危ない目に遭わないように、常夜灯がちゃんと着いているか確認する。とても大事な仕事だ、大丈夫直ぐに慣れるよ。単純作業も多いから少々退屈かもしれないけど誇りをもってやって欲しい」


 それは分かる、とても正しい。

 例えば、雑用としか思えない様な仕事だって円滑に物事を進めるのに必要不可欠な事だ。人の役に立たない仕事なんて無い。どこの世界にも。


「いつから勤務開始ですかね」

「明日からって言いたいけど色々と準備が必要でしょ?生活用品揃えたりとか、だから14日からだね、16時始業だから10分前には来て頂戴。」


 今日が10日だから4日後だ。


 赤信号で停まると、川辺さんはサイドブレーキを引き、体を捻って後部座席に手を伸ばして置いてあった箱を取って俺に渡した。


「またまた、ごめん、渡し忘れてた、これ、スマホね」

「あ、ありがとうございます」

「申し訳無いけどGPS入れさせてもらってる」

 迷い人は監視対象なんだろうか、良い気分はしないが仕方の無い事なんだろう。

「あーじゃあ悪いこと出来ないですね」

「まぁエッチなお店行っても咎めないから安心してちょーだい」


 そんな冗談を言っている間に信号が青に変わる。

 アクセルを踏むが走り出しが重く、警告音が鳴り出した。


「あれ?」

「サイドブレーキおろしてないです」

「おおう」


 そう言いながら、川辺さんはアクセルから足を離し、サイドブレーキを下ろした。


「ま、そういうこともあるよね」


 無いです、少なくとも俺は。無事に寮に着いてくれることを祈る。


 その後は車線変更で一度クラクションを鳴らされたものの、無事に寮に着いた。

 何度か切り返して駐車場に車を停め、俺と川辺さんは車から降りた。


「ここの2階ね」


 株式会社Lanp Lighter警備保障、社員寮。

 鉄筋コンクリート(づくり)の2階建てのアパートだった。

 中は1DK、ベット、クローゼット、キッチンには冷蔵庫とIHコンロが設置され、調理器具を揃えれば直ぐに自炊できるようになっている、洗面所には洗濯機が設置されており、概ね不自由なく生活が可能な形が取られていた。


「一通りの物は揃ってるけど、服とか包丁やらフライパンやらは自分で揃えて頂戴な。家賃は4万円、その他に、電気とガスと水道料金が給料から天引きされるから、まぁそのつもりでいてください。あ、しっかり手元には残るから安心してね。あとはーー・・・」


 川辺さんは数秒考えてから。


「なんか、もう一つ伝えることあった気がするけど忘れたわ、なんか質問ある?」

「スーツ用意したほうが良いですかね?」

「私服で全然OKよ、動きやすい格好で来てくれ」

「了解です、色々とありがとうございます」

「いやー、何度も言うけどこっちの都合だからね、それと、これ地図ね」


 川辺さんは、寮から事業所までの手書きの地図を俺に渡しながら言った。

 お世辞にも上手とは言えないが、分かりやすくまとめられている。とりあえず迷わずに済みそうだ。


 川辺さんと別れて、部屋に入り荷物を置いた。窓を開けて淀んだ空気を入れ替える。

 取り急ぎ必要なのは、服、あとはタバコと今日の夕飯・・・他にも色々と必要だろう。

 とりあえず、何が必要か確認する必要がある。俺はリュックから大判の付箋を取り出して、買う物を書き出した。


 ・衣類

 ・洗濯洗剤

 ・シャンプーとボディーソープ

 ・ハンドソープ

 ・洗濯物を干すハンガー

 ・バスタオル

 ・普通のタオル

 ・冬に備えてアウターを一着


 そんなもんだろうか、書き出してみると結構多い事に気づく。

 そもそも着の身着のままで新居に入居することなんて、基本的にあり得ないのだから当然のことだ。


 あー面倒だな、そう思いながらキッチンに向かい換気扇のスイッチを入れて、タバコに火をつけた。生活していく内にあれやこれや必要な物が増えていくのだろう。そう考えると少しづつ買い足せば良いのだが、付箋にリストアップした物は最低限必要な物に思えた。


 これ吸い終わったら買い物行くかね、そう思いながらタバコをシンクに落として、蛇口をひねって水をかけた。

 灰皿も必要だな。


 川辺さんから受け取ったスマホの電源を入れて、近くのショッピングモールを検索する。

 バスで15分ほどの所に、イーストモールというショッピングモールがあるらしい。

 近くのバス停までは歩いて10分程かかる。地味に遠いが行くしかない。

 帰りもバスで帰ることになる。今日中にリストアップした物を全て買いそろえるのは無理だろう。

 とりあえずリュックを開けて、ホテルで買った下着や肌着を洗濯機に放り込みリュックの中のスペースを開けた。

 まいったな、洗濯カゴも必要だ。


 川辺さんから受け取ったキャッシュカードと通帳をリュックに入れて寮を出た。

 スマホの地図を頼りにバス停に向かい、定刻通りに来たバスに乗る。

 千円札で運賃を払い、お釣りを財布に放り込む。

 車内は満席。俺は出口を背にして手すりを掴んだ。

 辺りを見回すと優先席に品の良いおばあちゃんが座り、後ろの二人掛けの席では、化粧の勉強だけは頑張ったのだろうという感じの女子高生が二人がしきりに誰かの陰口叩いていた。


 どこの世界もバスの中の様子は同じ様なもの、そう思ったが女子高生の前に座っている男の周りに影の様なものが、ゆらゆらと揺らめいていた。

 男は虚ろな目で窓の外を見ているが、影だけが後ろの席の女子高生を見ている。


 虚ろな目で座っている男がどのような状態か見当がつかないが、男に纏わりついている影は、どこか寂しくて、それ故に誰かを求め傷付けようとする、どうしようもない何かに思えた。

 皆、何もないかのように平然と座っている。

 誰もあの影に気づいてないのだろうか?影に見られている女子高生は前に座る男を気にする様子も無く「やばくない?」とか言いながら笑っていた。


 いったいなにがどうなっているのか、虚ろな男とその影から目を離せずにいると、影は女子高生からゆっくりと俺の方に視線を移してやがて目が合った。


 俺は慌てて顔を逸らし、窓の外に目をやる。


 この状況はやばいのかもしれない、腹の奥から冷たい感覚がこみ上げてくる。

 冷や汗をだらだらと流しているうちに、運転手のやる気の無い声が車内に響き、エアブレーキの音と共にバスが止まり扉が開く。二人掛けの席に座っていた女子高生が並んで降り、少し間を置いて虚ろな目の男も降りていった。


 恐る恐る男の座っていた席を見たが、もうそこに影は無かった。


 扉が閉まってバスが再び走り出す。

 背筋を伸ばして深呼吸を静かに3回。

 ショッピングモールに着いたら、とりあえず喫煙所を探そう。


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