エイリアンズ
タバコを灰皿でもみ消し、ため息を付く。
川辺さんの言う通り、ありのまま伝えるしかない。その理屈は理解できる。
ただ、カナは流星群を見るために家族に黙って家を出て、そして殺されている。カナからすれば幽霊の姿で両親に会うのは相当シンドイだろう。
ダンベルを飲み込んだかのように勢いよく気分が沈んでいくのを感じながら、俺は屋上のドアを開け、お通夜の件をどう伝えるか頭の中でシミュレーションしながら階段を降りた。
「お通夜だぞ」
「カナのお通夜行くよ」
「カナぁ~お通夜だよぉ~もっちろんカナのぉ」
駄目だ、どんな伝え方をしても重い事には変わらない。暗澹とした思いで、会議室のドアに手をかけたその時、カナの声が聞こえた。
「ここのレアチーズケーキが美味しいんだよ、あとここのクレープがね」
ドアを開けると、困り果ててるシゲさんの姿が目に飛び込んだ。……どういう状況だよ。
シゲさんが俺に助けを求める。
「おう早坂、すまんが嬢ちゃんが何を言っているか分からねえ」
「レアチーズケーキの美味しいお店とクレープの話です」俺は複雑な思いでカナの姿を見つめながらシゲさんに答えた。
「なんだそんな事か」そう言ってシゲさんは安堵したような表情を見せた。
カナは、俺以外の人間とは会話が成立しないということを理解しているはずだ。
しかしカナは、無理に作った笑顔で地図を指さし、アイスやらクレープやらとシゲさんに向かって捲し立てている。
それは身体も、声も、何もかもを手放してしまったという残酷な事実。集団の中に確かに存在しているのに誰にも声が届かないという事実。そして強制的に抱え込まされた圧倒的な孤独を全力で否定している様に見えた。
……今後一人にさせるのは止めておいた方が良さそうだ。
「カナ、今度一緒にそこのケーキ屋行ってみるか、俺はクレープのが好きだけど」俺は必死になって地図を指さすカナに声をかける。
「えーシゲさんと一緒に行きたーい」カナはいたずらっぽく笑ってみせた。
シゲさんは怪訝そうな顔で俺とカナを交互に見ている。
「早坂、嬢ちゃんなんて言ってるんだ?」
「シゲさんとデートしたいようです」
「モテる男はつらいねぇ」
シゲさんは、わざとらしくハンチング帽を取り頭をさすった。
俺は少しため息をつきながら腕時計を見る。時刻は、午前5時13分、定時まであとちょっとだ。
「シゲさん、この後なにしたら良いですか?」
「あーどうすっかな、まぁ、定時までまだあるけど、打ち込み教えるには中途半端だしな。ゴミでも片付けるか」
そう言いながらシゲさんはハンチング帽を被りなおし、机に広げられている地図を丁寧に折りたたむ。会議室を出て、地図を元あった場所に戻し、光度計から出力した紙を画鋲でコルクボードに刺した。
その後、給湯室に入り、ゴミ箱を開け、ゴミでいっぱいになったビニール袋を引っ張り出す。
「はいこれ持って」そう言ってシゲさんは俺にビニール袋を手渡す。
俺は各デスクのゴミを回収していく。事務所にいるスタッフは動き回る幽霊の様子を横目で見ながら、パソコンに向かいデータの打ち込みを続けていた。
カナは、裁断された紙が半分ほど溜まっているシュレッダーをじっと見つめ
「これも捨てるのー?」と聞いてきた。
「シュレッダーのゴミは回収するんですか?」
俺はシゲさんに尋ねる。
「それは資源ゴミだから別日なんよ、面倒だよな、燃やしちまえばみんな一緒だってのによ」面倒くさそうにシゲさんは答えた。
「らしいよ」
「ふーん、じゃあ三角コーナーの生ゴミは資源ゴミなの?」
「あ、忘れてた、シゲさん、生ゴミ忘れてるってカナが」
「お、そうだったな、なんだ嬢ちゃん、俺達よりしっかりしてるな」
シゲさんは感心したような目でカナを見た。
ゴミの回収は10分足らずで終わり、シゲさんに手伝えること無いか聞いたところ、本来であればデータベースの打ち込み作業があるのだが、日勤の業務を覚えてからのが良いとのこと。
そもそも日勤の業務を覚えてから夜勤を覚えるのが慣例だとぼやいた。
「まったく物事には順番ってもんがあるんだけどな、いきなり夜勤じゃ分けわからなくなるだろうに」
シゲさんは呟くようにそう言ってため息をついた。
まぁ今日は覚えなくて良いからと言って、シゲさんは俺を隣に座らせ、PCのモニターに映る地図と、常夜灯の聖油残量の見方、影や常夜灯の故障が発見された場合の報告書のテンプレートがどこのサーバーにあるか等々事細かに教えてくれた。
やること多すぎて覚えられるか不安だ。
「ま、やるときになったらまた聞いてくれ、慣れりゃ大した事無いからよ。さ、定時だ帰るべよ」そう言ってシゲさんはロッカールームに入っていった。
午前6時、日の出とともに業務を終え、俺とカナは会社を後にした。夜勤の翌日は休みという勤務形態にホッとする。とりあえず、寮に戻って一眠りしたい。
「おじさんの家ってどんな感じなの?」カナは俺の横を滑るようについてくる。
「おじさんじゃなくて、早坂ノボルな」
どのくらいの付き合いになるか分からないが、いつまでも「おじさん」と呼ばれるのは気分がいいものではない。
「じゃあ、ノボル君ね」カナはいたずらっぽく笑った。……ノボル君って言われるような歳じゃないんだけどな。
「うん、いいよそれで」仕方なしに俺は答えた。
早坂ノボル、つい最近手に入れた仮の名前だが、違和感が無くなりつつあることに少し驚いた。このままずっとこの世界で早坂ノボルとして生きていくつもりは無いのだが、たった数日で順応しだしている自分が少し怖くなってくる。
人気のない白んだ街並みを30分ほど歩き、寮に着いた。俺は鍵を開けて中に入り、後ろ手で玄関の鍵を閉め、下駄箱の上に鍵を置いた。
「おっじゃましまーす」カナは勢いよく、ダイニングの扉をすり抜け俺の部屋に入っていき「意外と綺麗なんだね」と意外そうな顔で狭い部屋を見渡した。
「散らかってると落ち着かないんだ、仕方なく片付けてるよ、それに長く住むつもりはないし、物は最小限に留めようと思ってね」
「ふーん」
俺は腕時計を外し、ポケットから財布を出してテーブルに放り投げる。キッチンに行って換気扇の紐を引っ張り、ポケットからタバコを取り出して火を点けた。
肺の奥まで煙を吸い込み、換気扇に向かって吐き出す。カナは物珍しそうに部屋のあっちこっちを見て回っている。
「そんな珍しいものはないよ」タバコを片手にカナに声をかける。
「あたし、一人暮らしに憧れてたんだよねこんな感じなんだ、うわ!ビールと炭酸水しか入ってない」
カナはキッチンのすぐ隣にある冷蔵庫に頭を突っ込んで、はしゃいでいる。
俺は、短くなったタバコを灰皿でもみ消し、意を決してカナに話しかけた。いくら恐れても夜は来るし、朝を迎えるものだ。先延ばしには出来ない。
「カナ」
「なに?」カナは冷蔵庫に顔を突っ込んだまま答える。
「明日買い物行くよ」
「何買うの?」
「俺の喪服、カナのお通夜に参列するんだ」
「そっか、いつ?」
あっさりした返事が返ってきた。
「来週の火曜日」
「ふーん」
「行くか?」
しばらく沈黙が続いた後、カナはゆっくりと冷蔵庫から頭を引き抜いた。
「行く」
「そうか」
俺はホッと胸を撫でおろす、伝えなきゃいけないことを伝えられたという安堵感だ。二本目のタバコに火を点けるかどうか迷いながら、キッチンに置いたボックスを手に取って見つめる。
「なぁカナ」
「ん?」
「葬式って亡くなった本人がその場にいることがありえるのか?」
俺はカナに疑問をぶつける。5秒ほど思案してボックスからタバコを一本取り出し、指でカプセルを潰して口にくわえ火を点けた。
「そりゃそうでしょ」カナは、そんなことも知らないの?と言いたげな表情を見せた。
「そういうもんなのか?」俺はカナの表情を見て驚く。
「え?ノボル君、お葬式出たことないの?」
「少なくともこっちの世界ではね」
「なにそれ?」
「いろいろあるんだよ」
今、こちらの世界に来た経緯を説明するのは少し面倒だ。俺は換気扇に向かって煙を吐いた。そして自分の葬儀に自分が出席してる様子を思い浮かべる。どう考えても気持ち悪い光景にしか見えない。
「カナは葬儀に出たことあるんだ」
「そう、小学生のころだけどね、おじいちゃんのお葬式に出たのね、でさ、おじいちゃんが幽霊になってさ、なんだっけお香典?とか、あの、名前書く受付みたいなのあるじゃん、そのわきでおじいちゃんニコニコ笑ってるの『お疲れさまでした』とか『ありがとうございました』とか色々な人が、泣きながら幽霊になったおじいちゃんに向かって声かけてるわけ、遺された人はみんな最後の挨拶を言うの、おじいちゃんの声は誰にも聞こえないんだけどさ」
「そっか」天寿を全うしたならそれは素敵な光景に見えるだろう。
「ねぇ、私の葬儀でみんな泣いてくれるかな」
泣いてくれるか、カナの問いかけが、タバコの煙と共に換気扇に吸われていく気がした。俺は短くなったタバコを灰皿でもみ消し、少しだけため息をついた。
俺は視線を下に向けて、記憶を遡る。
「高校の時な、友達が亡くなったんだ、事故でさ、でもお通夜に参列したとき、遺影を見ても涙一つ出なかったんだよ、結構仲良くていつも馬鹿話したり、騒いだりしてたんだけどね、薄情だなって自分でも思ったよ。でも卒業式の時にさ、そいつのこと思い出して涙が止まらなくなったんだ、あいつ卒業出来なかったんだって思ってさ」
俺の言葉も換気扇に吸い込まれていく気がした。
「そっか、じゃあ、そん時に泣かなくても、いつか思い出して、泣いてくれる誰かがいるかもね」
カナは天井を見ながら呟く様に言った。
「そうだね、簡単に受け止めて泣いたり出来ない事もあるわけさ」
俺も天井を見ながら言った。
「ふーん」
「ふーんかよ」
「そ、ふーんだよ」
カナは小さく笑った。その笑顔は少し寂しそうに見えた。
長い一日だ。緊張の糸が切れたのか、急に眠気が襲ってきた。
「寝る」
俺はパーカーを脱いで、黒のロンTとカーゴパンツという格好でベットに飛び込んだ。
「え?その格好で寝ちゃうの?」
カナはベットに腰かける。
「着替えんのもシンドイ、疲れたわ、カナも疲れたろう」
「あたしは大丈夫、だって幽霊だもん」
「そっか、幽霊だったな」
俺はそう言うと、急速に意識が遠のいていくのを感じた。眠りに落ちる直前「おやすみ」というカナの声が聞こえた気がした。




