Honesty
「で、連れてきちゃったわけだ…」
シゲさんは渋い顔で俺に言った。
営業所に戻った後、40分程休憩をもらい、あらかじめコンビニで買っておいた、おにぎりとサンドイッチを食べ、屋上でタバコを吸った。その後、川辺さんの指示のもと午前1時からの巡回をシゲさんと行うことになった。
「すいません、成り行きでこうなっちゃいまして」
現在、シゲさんが運転する巡回車の中である。
カナは、さもそれが当然であるかのように巡回車の後部座席にちょこんと座り、俺とシゲさんのやり取りを見ていた。
どこにでも付いてくるんだなこの娘、まぁ話ができるのが俺だけとあっちゃ仕方ない事なのだけれど。
「ねぇねぇ、おじさん、なにやるの?」
カナは後部座席から俺に声をかけた。
「これから街灯がちゃんと点いているか見回りだね」
俺はカナの質問に答える。
「嬢ちゃんなんだって?」
シゲさんはバックミラーに映るカナを見てから俺に聞いた。
「仕事が気になるみたいです」
「殊勝なこった、じゃあ今日は社会科見学だな、なかなか無い経験だぞぉ。早坂、お前さん初日だからって甘くしないからな、まぁ、あれだ、嬢ちゃんにカッコいいとこ見せてみろ」
「はい」
助手席の前にはダッシュボードに埋め込まれた光度計があった。盤面には「一般道」と書かれた緑色の区画があり、針はその中で静かに揺れている。 シゲさん曰く、ここを維持できていれば問題ないとのことだ。俺はその針が緑の範囲で小さく震える様子をぼんやりと眺めていた。
シゲさんはハンドルを握り、真っすぐ前方を見ながら俺に声をかける。
「その光度計は後で紙に出力してチェックしていくんだけど、異変が見られたときに、例えばよ、街灯が一つ消えてたりしたら、当然数値も落ちるわけさ。ただ街灯が一つ消えていたとしても気づかない場合がある、これはその補助だな。まぁ、異変が無いか注意深く観察してくれや」
「異変って例えばどういう感じですか?」俺はシゲさんに尋ねる。
「さっきも言ったように街灯が消えてたら、かなりまずいわな。あと妙に暗いとこがないか、黒いモヤがかかった場所がないか、あとはぁ、そうだなぁ⋯人が歩いていたら声をかけるくらいか」
「人?」
「そう、人、この時間帯に誰か歩いてたら危ないだろう」
時刻は深夜1時24分、例えばコンビニに行く、それくらいのちょっとした外出くらいは有りそうだが。
「いけないんですか?この時間帯に外に出ちゃ」俺はシゲさんに聞いてみる。
「いけないことは無い、ちょっとコンビニにタバコやら酒やら買いに行くってパターンもあるからな、でもお前さん他所から来たから分からないと思うが、こっちの夜は想像以上に危険がいっぱいでな、地域によっては夜間外出禁止になってる所があるくらいだ、この世界は特殊だって事は分かってるだろ?」
後部座席に座っているカナの存在が、想像以上の危険を証明している。
カナはあの夜、どうして路地裏に行ったのだろうか。
まぁ、今考えても仕方ない事なのだが。
巡回車は法定速度を守りながら左車線を走り、カーナビの赤い印の付近で減速し、ハザードをつけて停車した。そして「はい、光度確認」と言いながらシゲさんは俺にタブレット端末を渡す。
俺は事前に聞いていた方法で端末を操作し、映し出された地図を見ながら、赤いチェックマークが付けられてる箇所の光度が正常値になっているのを確認する。
その間シゲさんはハンドルの上部に両手を乗せ、前のめりになってフロントガラスから上をのぞき込み、念入りに街灯のチェックをしていた。
俺は端末の地図から赤いチェックマークを外し、シゲさんに正常値であると伝えると、シゲさんは「OK」と言って再び車を発進させた。
俺はタブレットを膝に置いたまま、点灯夫の仕事について気になることをシゲさんに尋ねてみる。
「街灯が切れてたらどうするんですか?」
「原因によりけりだが壊れてたら通報だな、聖油切れならトランクに積んである油を補充すりゃいい、故障してたら街灯に書かれた番号を確認して、ガス会社にデータを送信、流石に壊れてたら俺たちじゃ直せないやな、餅は餅屋ってな」
「すいません、もうひとつ」
「おう、なんでも聞けぇ」
「黒いモヤモヤを発見したらどうするんですか?」
「追い払う」
「追い払う?」
「そ、追い払う、トランクに積んである聖油たっぷりのガスランタンをピカーっと照らして、影を追い払ってだ、その後、塩撒いてお札貼って、後は警察に通報だな」
「警察ってヨントクですか?」
「ヨントクは捜査一課だから基本的になんか起きてからしか動けねぇ、追い払った後の事後処理は生活安全課だな」
なるほど、怪異の全てを点灯夫が請け負うわけじゃないようだ。それぞれに役割をもって、その役割をしっかりこなす、元居た世界と変わらない。まぁ最前線に点灯夫が立たされているのは間違いないみたいだが。
その後、シゲさんの運転する巡回車は、法定速度をきっちり守って国道を走り住宅街を時速30キロで回り、時折停車して、光度のチェックを行い、午前3時に営業所に戻ってきた。
車を車庫に戻し、エンジンを切る。俺はダッシュボードの上に置いてあるバインダーを取り、 ボールペンで今日の巡回ルートのチェック項目をシゲさんと確認しながらレ点を入れ、報告事項の欄に「異常なし」と書き込んだ。
俺は巡回で廻った街の風景を思い出してみる、異常と思われるものは無かった。恐らくだけど。
シゲさんは、光度計の出力と書かれたボタンを押す。光度計からレシート状の紙がせり出した。巡回区画に入った時刻から3分刻みに光度と「3A」「6F」といった記号が印字され、ジッジッという音とともに出続け、最終的に20センチ程の長さになった。
「この紙どうするんですか?」俺はシゲさんに尋ねる。
「この後、光度のチェックをして、事務所のコルクボードに貼り付けておくんだ、3分ごとの光度は自動でデータベースに打ち込まれるんだけどな、細かい数字の動きは、紙ベースで見ていく方が見落としが少ないからよ」
シゲさんは出てきた紙を丁寧にちぎり、運転席を降りる。
俺はカナに声をかけた。
「行こうか」
「うん」
助手席から降りて歩く俺の後ろを、カナは音もなくついてきた。
事務所に戻り、車のキーと緊急連絡用のトランシーバーをシゲさんの指示で元の場所に戻す。
「さて、やるかね」シゲさんはそう言って会議室に入り、A2の大きさに印刷された地図を机に広げ、キャスターのついた回転椅子を引いて座った。俺も隣に座る。カナは俺の後ろをピッタリとくっついてきていた。
「でもまぁ、やっぱ…」
シゲさんは横目でカナを見ながら独り言のように呟く、そして深くため息をつき、椅子を回転させ、カナの方を向いてハンチング帽を取り「すまなかった」と頭を下げた。
「点灯夫ってのはよ、亡者から人を守るのが仕事だ、俺たちは常夜灯の管理くらいしか出来ないけどよ、嬢ちゃんが…なんだ、被害にあったのは俺たち点灯夫の責任だ、だから、勝手ですまないけどよ、謝らせてくれ、すまなかった」
シゲさんは再び頭を下げ、禿げ上がった頭頂部をカナに向けた。
プロ意識があるからこその誠実な謝罪だ。メチャクチャかっこいいな、俺は頭を下げるシゲさんを見て素直にそう思った。
「ハゲてる」シゲさんの頭頂部を指さしながらカナが呟く。
「カナ?」俺は驚いてカナを見た。
「だってハゲてるじゃん」
「指をさすんじゃないよ、話聞いてたか?」
「だって気になるんだもん」
「だから指をさすなって」
シゲさんは俺とカナのやり取りを見て、自分の頭に手をやった。
「早坂、もしかして嬢ちゃん俺の頭のこと言ってるのか?」
「え、ええ」
俺は戸惑いながら返事をすると、シゲさんは大きな声で笑い出した。
「あははは、謝り損だなこりゃ!なんだなぁ、ケジメつけようと思ったのによぉ」
「そ、おじさん謝り損。だっておじさん、なんも悪くないじゃん」
カナは笑顔でシゲさんに声をかける。
「なんも悪くないって言ってます、俺もカナと同じ意見です」
俺はカナの言葉を通訳した。
「まぁ、本人が許してくれるならそりゃそれで良いんだわ、だけどな早坂、お前さんは点灯夫の仕事に就いたんだ、人の命がかかってるってこと、これだけは肝に銘じておいてほしいんだわ」
そう言ってシゲさんは自分の頭に手を当てて「ハゲてるかぁ」と呟きながらハンチング帽を被りなおした。
「それと早坂、嬢ちゃんに、ありがとうって伝えてくれ、胸のつかえがマシになったってな」
「どういたしまして」カナが答える。
「どういたしまして、とのことです」
俺はカナの言葉をそのままシゲさんに伝えた。
「んじゃ、仕事の続きしますか、地味な仕事をよ」
シゲさんは机に広げられた地図に、半分に折ったレシート状の紙を重ねて、俺に巡回後のチェックの仕方をレクチャーしていく。ルートごとに気を付けること、光量の変化、どこの区画にどういう人が住んでいるか、影が発生したことのある場所について、一度で覚えるのは到底無理な容量だった。頭を抱える俺にシゲさんが声をかける。
「一応言っとくけど、一度に全部覚える必要ないからな、んなもん他所から来たお前さんに誰も期待してないし無理なのは重々承知だから、迷ったら都度聞いてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「んじゃ、休憩行ってきな、くたびれたろ」
「え?いいんですか?」
「いいよ、初日で警察署に行った新人なんて可哀そうで見てらんないから行ってこい」
「ありがとうございます、カナ、俺はタバコ吸いに行くけどどうする?」
俺はカナの方を向いて一応聞いてみる。
カナは少し考え「ここでおじさんの仕事見てる」そう言って地図に目を落とした。
「嬢ちゃんなんだって?」シゲさんは俺に通訳を求める。
「ここに残って仕事を見ているとのことです」
「殊勝なこったなぁ」
「じゃあ、すいません、いってきます」
「おう、行っといで」
「いってらっしゃーい」
カナとシゲさんに手を振られ俺は会議室を後にする。階段を上り屋上のドアを開けると冷たい風が吹き抜ける。「スゥ、さっむ!」俺は息を吸いながら呟き、ダウンジャケットを持ってくればよかったと後悔した。
「お、お疲れさん」
常夜灯に照らされた灰皿、その横で川辺さんがアイコスを片手に立っていた。
「あ、おつかれさまです、寒いっすね」
俺は灰皿を挟んで川辺さんの隣に立ち、タバコのカプセルを指でつぶしてライターで火を点ける。肺の奥まで煙を吸い込んで夜空に向かって吐き出した。
「寒いねー、今日はありがとうね」
「いえ、大丈夫です」
しばらく、沈黙が続く。
川辺さんはアイコスから吸殻を抜き取って灰皿に放り込み、ポケットから二本目のタバコを取り出してアイコスに押し込んでスイッチを入れた。
「この時間が一番暗いらしいよ」少ない煙を吐き出しながら川辺さんが言った。
「はい?」
「夜明け前」
川辺さんは少ない煙を吐きながら。アイコスを持った手で空を指さす。
腕時計を見ると時刻は午前4時52分、日の出まであとどのくらいだろうか?
「この時間が一番危ないんですか?」俺は川辺さんに尋ねる。
「うーんどうなんだろうね、夜はどの時間も危ないからさ、ただカナちゃんが亡くなったのがこの時間帯なのよ」
「この時間にですか?」
「そう」
「え、なんで」
「流星群、流れ星を見るために家族が寝静まった家を、そーっと出たらしいのよ」
俺は空に向かって煙を吐く。静まり返った夜空にはオリオン座が輝度を増して居座っていた。星が流れそうな気配はない。タバコの煙だけが、ただ虚しく立ち上っていく。
「早坂君、喪服…無いよね」
「ええ、着の身着のままこっちに迷い込みましたから、カナの葬儀ですか?」
「そう、お通夜の方に出てもらいたい、喪服買う時は領収書貰ってね、経費で落とすからさ」
俺はタバコを灰皿でもみ消して放り込んだ。
「カナになんて言いましょう?」俺は川辺さんに尋ねる。
「ありのまま言うしか無いんじゃないかなぁ」
そう言いながら川辺さんはアイコスから吸殻を抜き取り灰皿に放り込んだ。
俺は二本目のタバコに火を点け、もう一度オリオン座を見上げた。




