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常夜灯と点灯夫のワルツ  作者: 和泉トモノブ


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10/11

少女

「で、あたしはこれからどうなるわけ?」

 カナが俺に話しかけてきた。


「どうなるんだろ?」

「おじさん頼りないなぁ」


 頼られても困る。

 困るのだが、年端も行かない女の子が理不尽に命を落とし、これからどうなるのか不安になるのは当然の話だ。


「あの浅川さん」

「なんでしょう?」

「この娘…カナは、これからどうなるんでしょうか?」

「本来なら四十九日の法要が済んだら彼岸に行くことになるけど」


 彼岸っていうのはあの世のことだろうか。


「本来ならっていうのは?」

「殺された者はこの世に強い未練を残すことが多いから、なかなかね、成仏できないのよ」

「カナはこれからどうなるか気になってるみたいだけど」

「まぁ当然よね、モンタージュも出来たし解決までここに居てもらうしかないわ」


 カナのためにも犯人が早く捕まることを祈るしかなさそうだ。


「後は警察に任せるしかないみたいだよ」

 俺はカナに言った。


「そっか…そっかそっか…」


 カナは自分を納得させるように呟いた。その目元は、少し涙ぐんでいるように見えた 。


 10年くらい前だろうか「この年になると無駄に苦労してる若いもんが見てられなくてな」と言って福祉業界に転職した先輩を思い出した。

 あの時の先輩の言葉、今なら理解できる。


 死してなお苦しい思いをするのは見てられない。それが若者なら尚更だ。

 それに事件解決まで、この部屋で待つにはあまりに殺風景すぎる。

 俺なら半日も持たず気が狂うだろう。


「浅川さん、解決まで、カナをここに閉じ込めるってのはちょっと……せめて家族のもとに連れて行ってはどうでしょう。お忙しいなら俺が…」


 意を決して口にした俺の提案を遮るように、横から川辺さんが口を挟んだ。


「早坂君、それは警察の仕事だよ」

「はい…」


 至極真っ当な意見だ、反論の余地もない。


 浅川警部は、俺と川辺さんのやり取りを見て、それから五芒星の真ん中にいるカナを眺め、腕を組み、眉をひそめながらしばらく考え込んていた。


 やっぱり余計なことを言ってしまったか。怒らせてしまったかもしれない。


 やがて、意を決したように浅川警部が口を開く。


「いいわ、送って行ってあげて」

「え、いいんですか」

「ええ、いいわ、私も自宅に送る方が良いと思うから、ただし責任もってしっかり送って頂戴」 


「浅川…」

 川辺さんは浅川警部を見ながら、ため息をつき、つぶやくように言った。


「川辺さん、たぶんだけど、この娘は早坂君と一緒にいた方が安定するわ、それに…」

 浅川警部は部屋を隅々まで見渡してから「ここはあまりに寂しいもの」そう言って細い指先をパチンと鳴らした。五芒星の魔法陣が静かに消えていく。


「やったー」

 カナが屈託のない笑顔で駆け寄ってくる。


「川辺さん、すいません」

 俺は川辺さんに謝罪する。


「まぁいいよ、そんな顔しなさんな…早坂君が真面目なのが良くわかったよ、まぁ…その真面目さが裏目に出ないことを祈ろうかね」


 川辺さんは少しため息をつき、そして穏やかな表情でカナの方へ視線を向けた。


「カナちゃんを家まで連れて行ってやろうね」


「…はい」

 俺は少しホッとしていた。余計な事を言ったに違いないが、ともあれ許してもらったという安堵感だ。

 とにかくカナを確実に家まで届けなければ、まぁ、ハンドルを握るのは川辺さんなのだが。

 安堵した俺の顔を見て川辺さんは少し笑った。そして浅川警部に声をかける。


「浅川」

「なに?」

「数珠余ってたべ」

「あるけど」

「一つよこせ」

「はいはい」


 俺はどこか不穏な二人のやり取りを見ながら、数珠の効果について考える。


「早坂君ちょっと待っててね、今取ってくる」

 そう言って浅川警部は部屋を出ていった。


「数珠ってなんか効果あるんですか?」

 俺は川辺さんに質問をぶつける。

「ん?魔除けとして効果てきめん…って言いたいけど気休めだな、まぁ無いよりマシ、早坂君、一応次のターゲットになりそうなわけだし、心強いでしょ?気休めでも」


 程なくして浅川警部が数珠ブレスレットを持って部屋に戻ってきた。

 俺は浅川警部から渡された数珠を腕に着ける。何の変哲もない数珠だ。少し邪魔くさい。

 気休めという川辺さんの言葉が俺の頭をもたげてくる。


「早坂君、これは肌身離さず、ずっとつけてて」

 浅川警部は俺の手首に嵌めた数珠を指さして言った。

「風呂の時もですか」

「そう、お風呂の時も、寝るときも」


 浅川警部は、静かにため息をつく。そして俺とカナを見た。


「数珠は絶対に外さないでね」

 浅川警部は強く念押しする。

「はい」

 気圧されるように俺は答えた。


 俺と浅川警部のやり取りを見ていた川辺さんは、笑みを浮かべる。

「効きそうだろ?それ、ほいじゃ、この子送ってやらんとね」

「あ、はい、行こう、カナ」


 俺の呼びかけに、カナは小さく頷く。


「うん」


 俺が歩き出すと、カナは影のように静かに後をついてきた。

 

 時刻は22時、空はすっかり暗くなっている。

 常夜灯の灯りと、客の居ないコンビニ、誰かの帰りを待つ家々の灯りだけが夜を支配していた。

 俺は、川辺さんのホンダ・フィットの助手席に乗り込む。カナが音もなく後部座席に入っていった。

 川辺さんはブレーキを踏みながらエンジンスタートスイッチを押す。


「後部座席に幽霊って初なんだよねー」

「すいません、勝手なこといったばかりに」

「いいのいいの、いい経験になったから、気にしないでちょうだい」


 警察署の駐車場を出て国道を走る。これからカナの家まで1時間ほどのドライブだ。

 カナは後部座席から申し訳なさそうな声で俺に話しかけた。


「ごめんね、おじさん迷惑かけちゃって」

「気にしないで」


 俺の言葉にカナは少し安堵した様子をみせた。


「カナちゃんなんて?」

 ハンドルを握りまっすぐ前を見つめながら川辺さんが俺に声をかける。

「ごめんねって言ってます」

「謝る必要ないのになぁ、最近の子はいい子だねぇ、僕なんか若いころ挨拶一つまともに出来なかったのになぁ」

「俺もですよ、余計に悔やまれますね、本当…」

「…だね」


 重い沈黙の中、カーナビの音声だけが車内に響く。まさにお通夜状態だ。

 重たい空気に耐えきれなかったのか、カナが前に乗り出す。

 頬に微かな冷気を感じた。


「ねぇ、なんか音楽かけてよ」

「なんて?」

 川辺さんが俺に通訳を求める。

「音楽かけてほしいそうです」


 川辺さんはポケットからスマホを出して俺に渡した。


「多分ブルートゥースつながっているから、サブスクから流しな」


 俺は川辺さんのスマホを操作して、音楽アプリを開き検索バーをタップした。


「カナ、何がいい?」

「えっとね、TOKYO No1 SOUL SETのJIVE MY REVOLVER」

「懐かしい、よく知ってるね」


 俺は検索バーにアーティスト名を入力する。90年代中盤のいわゆる隠れた名曲ってやつだ、この曲がリリースした当時は小学生だった。

 TOKYO No1 SOUL SETの存在を知ったのは高校生になって友達にオススメされてからだ。

 俺もその時の友達も、思春期特有のなんだかいろいろと拗らせた奴だった。

 今となっては良い思い出だ、いや良い思い出か?

 まぁ、何にしてもこちらの世界でも活動しているのかと思うと少し感慨深いものがある。


「お父さんとあ母さんが好きなんだよね、TOKYO No1 SOUL SET」

 カナは笑いながら言う。

「音楽が好きなご両親なんだね」

「そうそう、キリンジとかもちっちゃい頃聴いてたよ」

「へー」


 俺はカナの指定した曲を探し出して再生ボタンを押した。カーステレオから、Black Heatの軽快なジャズのサンプリングが流れだし、そして歌に入った。


「なんだ?お経か?」

 川辺さんは眉をひそめる。

「ポエトリーリーディングって言うらしいですよ、般若心経より刺さるでしょ?」

「んん、ちょっと気持ち悪いな、バックに流れるジャズは好きだけど」


 後ろを振り返ると、カナは懐かしそうな様子で曲を聴いている。


 カーナビから「およそ700メートル先、碑高歴史博物館交差点を左です」と案内が流れる。

 俺は右前にある7インチの画面に視線を移す。高速道路を避け、一般道優先で走っているせいか目的地まで大回りになっていた。

 到着予定時刻を確認すると、カナの自宅まであと20分程かかるようだ。

 車はナビ通り700メートル進んだ交差点で左折し、真ん中の車線を走る。


 曲が終わり、関連した曲がランダム再生された。

「HIP HOPってのはどーもなぁ」と言いながら川辺さんはバックミラーでカナの様子を伺った。


「なんかカナちゃんの顔色良くないように見えるけど、早坂君どーお?」

「俺は大丈夫ですけど」

「あーたじゃない、カナちゃんの様子よ、ちょいと話しかけてみてちょうだい」


 あー、俺の心配してたわけじゃないのね、恥ずかしい。


「カナ、大丈夫か?」


 後ろを振り返りながら俺はカナに声をかけた。

 自宅が近くなって笑顔になっている…という様子は全く無い。

 むしろ暗い顔でうつ向いている。


「カナ?」

「ごめんね、おじさん」

「ん?」

「お父さんとお母さんにどういう顔して会えばいいか分からなくっちゃった」


 俺はカナの気持ちを想像する。


 この先の未来を断たれた圧倒的な暴力によって断たれてしまったこと。

 育ててくれた、父と母への思い、きっとこんな形で会いたくは無いだろう。

「ありがとう」も「ただいま」も「ごめんなさい」の声でさえ、両親の耳に届く事はもう無い。


 どれも俺の憶測でしかないのだが、締め付けられるような思いがこみ上げてくる。


「どうする?引き返す?」

 しばらくの沈黙の後、カナは重い口を開いた。

「うん、ごめんね」


 川辺さんは減速しながらハザードランプを点け、路肩に車を寄せる。

 シフトレバーをパーキングに入れてサイドブレーキを引いた。


「カナちゃん、なんて言ってる?」

「どういう顔して会えばいいか分からなくなった…と、引き返すかと聞いたら、『うん』と答えました」


 川辺さんは深くため息をついた。


「OK、戻るか」

「警察署にですか?」

「いや、営業所、カナちゃんのことは早坂君がちゃーんと面倒見るんだよ」

「はい、そのつもりです」

「すまないね、早坂君しかカナちゃんと話できないから」

「謝らないでください、俺が勝手に言い出したことですから」


 川辺さんはカーナビの行き先を営業所に変更し、シフトレバーをドライブに入れ、ウィンカーを点け、アクセルを踏む。しばらくして警告音が鳴り始めた。


「あれ?」

「川辺さん、サイドブレーキです」

「あーそうか」


 川辺さんはアクセルから足を離してサイドブレーキを下ろした。

 カナは後部座席から助手席のヘッドセットを掴み、前に乗り出して川辺さんの顔を見つめる。


「このおじさん運転ヘタクソ?」

 おー、余計な事言わないでくれ。


「カナちゃんなんて?」

 川辺さんはカナに見られている事に気づいて俺に声をかける。


「えーっと、川辺さんのお気に入りの曲をかけてほしいそうです、多分」

 俺はとっさに嘘をついた。


「多分ね、上手く面倒見れてるじゃないの、大人だなぁ」

 多分と付けたのは失敗だったな。


「ひゅー♪おっとなぁ!」

 カナが俺をからかってくる。勘弁してくれ。


「A列車で行こう流しますか?」

「頼むわ」


 陽気なジャズを流しながら、夜の 一般道を走る。

 時刻はもうすぐ23時。

 いつの間にか通り過ぎる車は、片手で数えられる程になっていた。

 常夜灯とコンビニの灯りが窓の外を流れ去っていった。

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