善得寺城へと帰ります。
小田原城から使者が来たので登城して北条 氏綱殿との会見だ。
北条 長綱殿はもちろん、後から名前を聞いたが氏綱殿の嫡男である【北条 氏康】殿、氏康殿の弟である【北条 為昌】殿、【北条 氏堯】殿氏綱殿の猶子となった【北条 綱高】など北条一族が大集合だ。
私は葛山 氏広殿、太原 崇孚、松永 久秀を引き連れての会見だ。
事前に話は通っているので今川家と武田家の同盟を承認して、今川家、北条家、武田家の三国同盟も視野に入れている事を家臣たちの前で宣言した。
会見中には友野 次郎右兵衛が職人を連れて北条家の家臣の監視の中、井戸に手押しポンプを設置してしており、試しに水を汲み上げたのだろう、会見中に外から歓声が聞こえて来た。
北条家家臣たちは外から聞こえてくる歓声に首を傾げていたが、事情を知っている北条一族は若い、氏康殿、為昌殿、氏堯殿は早く見たいのかそわそわしていた。
それを見た氏綱殿と長綱殿は苦笑いをしていた。
会見が終わり、設置した手押しポンプの元に訪れると楽しそうに水を汲み上げる為昌殿と氏堯殿がいた。
嫡子である氏康殿はそんな弟を優しい目で眺めていた。
その後、氏康殿、為昌殿、氏堯殿は長綱殿に使者を迎えている時に感情を表に出した事について、説教をされたそうだ。
因みに氏綱殿から次郎右兵衛に手押しポンプの注文が入り次郎右兵衛は石巻 家貞殿と別室で交渉を始めている。
氏康殿、為昌殿、氏堯殿とは年も近いので仲良くなり、すぐに互いに呼び捨てで呼び合う仲になった。
3人は私や家臣たちの身体付きを見てびっくりしていたので美味しい食事と適度な運動をしていれば、大丈夫と答えておいた。
3人にも獣肉、牛乳などを食べる事を進めておいた。
3人と喋っていると、長綱殿が現れて台所へと案内するから付いてくるように言われた。
長綱殿を見た3人はビクッとしていた…
さっき、説教をされたばかりなので身体が反応してしまったみたいだ。
蕎麦打ちが気になるらしく、3人も台所へと一緒に付いて来る。
台所に着くと弥助がいたので声をかけ。
弥助の料理の師匠が小田原城の台所を仕切っているそうで、一緒に蕎麦打ちをするようだ。
蕎麦つゆはすでに弥助によって教えられており、完成していた。
味を確認したが流石、料理人と思わせる美味さだった。
教える為に大量に作ってしまったかけ汁を少しもらい、次郎右兵衛の店から持って来た鶏肉を小さめに切り、人参は千切りにしてかけ汁に入れる。
さらに刻んだ油揚げを投入してもう1種類、かけ汁を作った。
油揚げを甘辛く煮て、きつね蕎麦にするのも良いかな?
早速、おあかげさんを煮始める。
気付くと柳生 家厳と弥助は蕎麦打ちを始めていた。
今回は家厳も前回の反省をしてしっかりと蕎麦打ちを教えながら蕎麦打ちをしている。
弥助はチラチラと私の作っている蕎麦つゆとおあげさんが気になるようだが今は蕎麦打ちに専念するように!!
後で教えるから…
家厳が昨日、探して来た蒲鉾も使うことにする。
蒲鉾と言っても蒸し蒲鉾ではなく、竹輪のわような蒲鉾なので青海苔を衣に混ぜて磯辺揚げにしよう。
玉ねぎ、人参、小エビを使ってかき揚げと魚、鶏、野菜、山菜の天ぷらを揚げよう。
玉ねぎ、人参、サツマイモは堺で入手出来たがジャガイモは未だに見つからないな…
この時期だとジャガイモはまだ、新大陸か……
無事に蕎麦打ちも終わったようで、流石は弥助の師匠は1回目から中々の蕎麦を打っていた。
天ぷら、かき揚げ、磯辺揚げは最初の何個かは私が揚げたがその後は本職に任せた。
弥助は鶏と人参が入った蕎麦つゆも美味いと食べていたし、普通の蕎麦つゆにおあげさんを乗せて食べるのも良いと言っていた。
冬になったら鴨とネギを入れらた蕎麦つゆを作るのも良いと伝えておいた。
蕎麦は皆に好評だった。
氏広殿は鶏と人参が入った蕎麦つゆをとても気に入り、領地に帰ったら皆に食べさせると言っていた。
氏康、為昌、氏堯の3人も蕎麦を大変気に入り、私の所に良い物を食べさせてもらったとお礼に来た。
氏康は魚の天ぷらを気に入り、為昌、氏堯は鶏天を気に入ったそうだ。
次郎右兵衛に至急届けてもらった牛乳も3人は気に入っており、次郎右兵衛の店からしばらく牛乳を購入する事になった。
為昌は早くに亡くなるので丈夫な身体を手に入れて長生きして欲しいな。
せっかく仲良くなった事だし。
こうして小田原での任務を終えて後は駿河国に帰るばかりだ。
帰りは駿府の今川館に直行して、お屋形様に報告をしなければならない。
今回、今川館へ向かうのに長綱殿も同行する。
今川家と今後の話し合いもあるのだろう。
長綱殿の準備もあるので2日後に出発となる。
さらに長綱殿は一回、箱根権現に戻る為、そのまま、陸路で田子の浦湊まで行き、田子の浦湊から今川館まで進む事になっている。
小田原城から出発の時に長綱殿とともに氏康がいるのを発見した。
氏綱殿が私が健在な今のうちに外の世界を見て来い、と長綱殿とともに駿河国へ行くように命令されたようだ。
小田原から箱根を越えて無事に善得寺城へとたどり着いた。
善得寺城と吉原城を状況を確認した所、結構な仕事が溜まっていた為、ここで家厳と大林 勘助は善得寺城に、久秀は吉原城に残ってもらうになった。
明日の朝から吉原水軍で駿府の今川館へと向かう。
長綱殿と氏康なたは善得寺城に泊まってもらう事にした。
氏康には善得寺城は小さいけど中々良い城だし、城下も活気に溢れているな、と褒めてくれた。
1つ気になる事は、小田原城と比べたら善得寺城はそりゃ小さいよ……
翌日、長綱殿と氏康は田子の浦湊の発展ぶりと活気に驚きながら、吉原水軍により駿府の今川館へ向かった。




