32話 俺は何者?
「まあさすがに手を乾かすアレはねえよな。タオル持ってくればよかった」
用を済ませ、水で濡れた手を振りながらトイレから出てくる。手洗いの水道があるだけでもすごいことなのだろう。温風の出るアレまで求めるのは高望みが過ぎた。
と、完全に気を抜いて出てきた俺の前に、二人の女の子が待ち伏せていた。
「あれ?さっきの……」
「あ、あの……助けてくれてありがとう。その……」
「あいつらが起きる前に帰れば良かったのに」
「え、いや、それはそうなんだけど……」
「どうしてもお礼はしなきゃと思って……」
律儀な子達だなあ。いや、まあ普通か。この子達からしたら結界まで張られて助けなんて来るはずがない状況だった訳だし。
「ま、怪我が無くてよかった。んじゃ」
素直にお礼の言葉を受け、フードコートに戻ろうとする。
「え、終わり!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
歩き出した俺の背後から女の子の驚く声が聞こえる。
「え……何?なんか用?」
「あ、用っていうか……え、逆にいいんですか?」
「……………何が?」
「何がって……いや、こっちがどうって訳じゃないけど……」
「…………?」
「……えっと…………」
何だ?いいんですかって何だよ?
全然わかんねえ。いいや、戻ろう。腹へった。
「……特にないなら行くわ。帰り道気をつけてね」
さりげなく気遣いの一言を添え、フードコートに向けて歩き出す。
「え、本気?嘘でしょ?」
「いやいや、これじゃ気が済まないよ……」
歩き出したのだが、なんか後ろからゴニョゴニョ聞こえる。どうやらついてきているらしい。
……………………気まずい。
え、なんで?なんでついてくんの?
謎の不安を抱えながら、フードコートへ戻っていく。
………結局、席までついてきた。
「あ、戻ってきた」
先に飯を食い終わりやがった様子のルシャナがこちらに気付き、他の3人も振り向く。……みんな先に食ってるよちくしょう。
「遅かったじゃねえか。一体何して………ん?その子達は?」
フィックスが後ろの二人に気付く。一瞬間を置いて何か面白いものを発見したように目を輝かせるのがなんとも憎たらしい。
続いてあとの3人も女の子たちを見る。
見られた女の子たちをたちはというと、気まずそうな様子だったのが、席に座るメンバーを見て驚愕の表情で固まっている。
ああ、ルシャナ以外は有名人だからな……特にリントは。
「なあアキラ、もしかして、やっぱりまた面白い事になってんのか?」
「説明するけど別に面白くはねえよ。いや、実はさっき──」
一連の流れを話すと、まずルシャナとフィックスが悔しそうにテーブルを叩いた。
「チクショー!やっぱり面白いことになってたー!ついていけば良かったー!!」
「うわぁぁぁ、見たかったなーアキラ君の戦い!さしずめチンピラ対筋肉ヤクザって感じ!!」
「」
「あ、すいません調子に乗りました。目は本当に痛いんで許してください」
悔しがる二人に対して、リントとシャーレイは何考えてるんだという目でこっちを見ている。
「え、俺そんなに悪いことした?」
「いや、悪くはないですけど……え、アキラさん、正気ですか?」
「失礼な事言うなあリントくん」
「いやいや、リントの言う通り……え、本気でわからないのか?」
シャーレイのガチな様子の顔を見て、なんの事かと首を傾げる。
「いやいやアキラさん……完全にフラグ成立じゃないですか。なんで避けてるんですか?」
「フラグ?何の………………あ」
「今やっとですか?」
「え、いやだって、そういうの無くしてくれってダーナ様に頼んだんだぞ?なのにこんな簡単にフラグ立ったらおかしいじゃん」
「この場合アキラさんの方から助けてるじゃないですか!そりゃ普通にフラグ立ちますよ!」
「現代日本じゃ大体サラっとお礼言われて終わりだろ」
「知りませんよ!この世界はこの世界だし、現に二人も女の子がついてきてるじゃないですか!完全にフラグですよ!!」
「マジかよ…………」
「なんでフラグ立ってその反応なんですか……普通喜ぶとこでしょ……」
「そういえば今までこっちで会った女子はみんなお前の嫁だもんなあ……イベントは多くてもフラグなんか立たないから油断してた………」
「フリーの女の子だったとしても好感度上がるようなイベントは無かったと思いますけど」
「さっきから何の話をしてるんだ……?フラグ…………?」
シャーレイが若干引いているのを見て俺もリントも一旦会話を止める。
「気にすんな、俺とリントにしかわからない暗号みたいなもんだ」
「いつの間にそんなものを……」
適当にごまかし、冷静になってどうしたものか考える。女の子たちは、先程から固まったままだ。何でだろう?
固まった彼女たちの視線の先には、リントやフィックスが……あぁ、そりゃそうか。
「この感じ、多分大丈夫じゃねえ?」
「え、なんでですか?」
「二人を見てみろ。超絶イケメンで勇者とSランク冒険者であるお前とフィックスに完全に目を奪われている。恐らく一目惚れだ。きっと俺が何したかなんて忘れたよ」
「なぜそんなに自分を軽く見るんですか………」
「俺が軽いんじゃなくてお前らが輝き過ぎてるだけだ」
「あんま褒めんなよー照れるなー」
俺の予想にリントは呆れ、フィックスは調子よく照れていた。
まぁ、固まったままないるならこのまま此処を離れてしまえばやりすごせるだろう。
「い、いや!忘れませんよ!!ちょっと、いやかなりビックリしただけです!!」
「チッ」
ダメだった。会話は聞こえていたらしく、威勢の良かった方の女の子がハッと気づいたように喋り出した。
「え、今舌打ちしました?」
「してないしてない。で、じゃあなんでここまで着いてきて固まってたの?」
「だ、だから……ビックリしたんです!助けてくれた人に何かお礼しなきゃと思ってたら……勇者様やそのお仲間がいるなんて!」
「まあそうなるよね。そっちも?」
おとなしかった子の方は、恐縮そうな表情のままこくこくと頷いた。
「も、もしかして……あなたも勇者様と共に魔王を倒す旅をしたお仲間ですか!?」
「いや違うけど」
「あ、あれ?」
と、ここでリントとシャーレイからツッコミが入った。
「アキラさん、自分でややこしくしてる」
「仲間ということにしておけばすんなり信じただろうに……」
「あ」
しまった。確かにここで違うと言ったらじゃあなんで一緒にいるのとなってしまう。
……いや、おかしいだろ。別に普通に友達とかでいいじゃん。
「僕、普通の男友達いないんですよ。大体知り合いは女の子か滅茶苦茶強い人かって感じです」
「お前自分で言ってて悲しくないの?」
「ハーレムに余計なモブは不要でしょう!扱いを間違えれば不快なだけだ!」
「あ、それはすっげえわかる。ゴメン俺が間違ってた」
納得してしまった。こんなことを嫁の前で堂々と言えるこいつを格好いいとすら思った。
いや違う、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「アレだ。フィックスの仲間ってことでいいだろ。友達の友達的な感じで」
「剣聖フィックスは基本的に1人で行動し、仲間は作らないって有名ですよ」
「そうなのぉ!?」
「んあぁ、大体の奴は邪魔で近くにいると巻き込んで斬っちまうからな。それこそ俺と近くでまともに共闘できるのはリントくらいのもんだ」
「剣聖っていう割に雑ゥ!!」
「いや、できなくはねえけど気ぃ使って面倒くさいってだけだよ。とにかく、俺と仲間って時点で俺と同等以上の実力ってことになっちゃうけど」
「………ちなみにフィックスってこの世界で大体どんくらい?」
シャーレイが無慈悲に答える。
「ま、リントが最強として、5本の指には入るだろうな」
「強すぎるッピ!!」
「だから褒めんなって~」
気楽に照れているこの剣聖はさておき、これはまずい。
どう頑張っても俺が勇者や剣聖と肩を並べるとんでもない実力者になってしまう。
さっきから砕けて話してしまったせいで、「実はそんなに親しくないです」みたいな言い訳もきかないだろう。
どうしよう………
と、あーうー悩んでいるところで、さっきから1人だけ静かにニヤニヤしてる奴に気が付いた。
見れば、ルシャナがご満悦な笑みでこちらを見ている。
おい、まさか……
「アキラくんが余計な能力希望したせいで、自然とフラグが立ちまくってモテモテになる、って見込みは無いんだよねえ?僕、そんなのつまんないな……」
「お前、言う気か……?」
「この子達だって、恩人の正体くらい偽られずはっきりと知りたいと思うし……」
女の子達を見ると、この人が教えてくれるのかな?という感じで、固唾を飲んでルシャナの方を見ている。
「何より!女の子にモテモテになってあたふたするアキラくんを見てみたい!!」
「野郎ぶっ殺してやる!!」
元コマンドー部隊ばりの物騒な言葉と共に掴みかかるが、遅かった。
俺の腕は空を切り、ルシャナは俺の手の届かぬ頭上へ翼を広げ飛び上がる。
「つ、翼!?」
「え、このひと人間じゃない!?」
女の子達もいきなり飛び上がって翼を羽ばたかせる男を見て驚愕している。こいつ完全に隠す気ねえ!
「僕がこれを言ったら、アキラ君は間違いなく純粋な本気の殺意をもって僕を攻撃するだろう。比喩じゃなくマジで殺す気で」
「わかってんならやめろよ」
当然のように交わされる殺伐とした会話に、女の子達は「え、仲間じゃないの?」という顔で不安そうに俺とルシャナを交互に見ている、
「だが構わない!!どうせ死なないしすぐ治るし!!その方が面白いから!!」
「やめろこの野郎ぉぉ!!」
「この彼、アキラくんは、勇者リントに続く者としてこの世界に降臨した!つまり、今また猛威を奮う魔王を倒す為に降り立った、最新にして現代の勇者なのだ!!!」
俺の叫びも虚しく、やたら仰々しく、やたら高々と、アホ救世神により俺が勇者であると宣言されてしまった。




