■-5-■
「保全措置」――
俺は一瞬、その言葉を聞かされ、頭の中が真っ白になった。
ほんのわずかな時間だが、憤慨の感情すらどこかへ飛んで、目の前の美少女教祖の顔を、呆然と見詰めた。
アヤコは、その視線を悠然と受け流し、革張りのソファに歩み寄る。
「まあ、折角の再会ですし、『岡井』さんも楽になさってください」
そう告げて、俺にも着席を勧めてから、アヤコはソファに腰掛けた。
俺も、それで少し落ち着きを取り戻し、ひとまず彼女に倣う。
それからアヤコは、ゆっくりと先を続けた。
「元々、私が生まれ故郷の異世界で、無限転生の遺失魔法を発見し、自分自身に付与した最初の動機は、純粋な知的好奇心のようなものです」
転生後のアヤコは、無限の時間を生きる存在と化し、望み通りのものを手に入れた。
それは、彼女にとって興味に足る対象を、永遠に研究・観察し続けられる能力だ。ありとあらゆる歴史の出来事も、生物の進化も、時空世界の行く末さえ、時間さえ無限にあれば、じかに見届け、確認できるのだ。
アヤコにとって、果てなく続く転生は、その先に尽きない興味が常に存在しているものなのだ。彼女は、自分の人生に、目に見える具体的な成果を求めている人間ではなかった。
ただ、過去や未来、異世界なり平行世界、そういう数多の時空に現れる事象を見て、触れて、確かめてみたい――
アヤコの中にある欲求は、ひどく曖昧で、それでいてある意味では非常に純粋なものなのだった。
そして、その欲求が、アヤコの価値観そのものと密接に関わっていた。
「ねえ、『岡井』さんは、人間って、どういうものだと思います? ――この質問には、きっと色々な答え方があると思うんですけど」
アヤコは、左右の手のひらを胸の前で合わせ、可愛らしい仕草で、
「地球上における生命としての外観に関して言えば、四六億年前の地表で発生した化学反応の産物。そこから生まれた有機体が、進化した形態のひとつです。タンパク質の結合だったり、遺伝子について言うと、アミノ酸で構成された鎖」
「……おまえは、自分自身のことも、そういうものだと思っているのか?」
「はい。ただ、どちらかというと、不安定な有機質の器自体を、私の本体だと見做しているかどうかについては、ちょっと明確にお答えしかねますけどねー。『私』というのは、本質的にはこの器に保存されたデータの方だと思います」
アヤコによると、人間というのは多様なデータの「情報集積体」なのだという。
そして、無限転生は、情報の最適なバックアップ手段らしい。
永遠に続くループを生きる転生者は、記憶を蓄積し続けながら、その情報を時空の一部に安定化させて保存し得る、有用な媒体そのものだというのだ。
転生者を一人でも多く生み出せば、それだけ多くの人間の情報を保存し続け、この時空全体の利益にも資する――
アヤコは、彼女の壮大な構想を、そのように説明した。
「馬鹿げている」
俺は、かぶりを振りながら、
「誰もそんな、おまえ一人の価値観を、押し付けられて受け入れたいとは思っていないはずだ」
「地球のある時空は、データの保存環境としては、元々あまり向いていない場所なのですよ。アナログ的で不安定な空間構成要素が強く、他の異世界のように、人間が自分自身の能力情報を、デジタルに数値化されたものとして認識することさえできない」
アヤコは、ふーっと浅く息を吐いた。
「天気の悪い日、雨の当たるところに本を置いておいたら、痛んでしまう。ぼやぼやして、持ち主が来るまで触っちゃいけないからって、放っておくべきなんですか? これは、その本が読めなくなるともったいないから、別の場所に移して保管しておきましょう、というような話なのですが」
「仮に、おまえの転生魔法が、実際この世界のデータ保全に繋がるとして」
俺は、アヤコの理屈の綻びを探して、強い口調で言った。
「この教団事務所にやってくるような人間の記憶情報なんかより、もっと優先的に残しておくべき人間のデータがあるんじゃないのか。少なくとも、かつて『石黒』だったときの俺のデータに、どれだけの価値があるんだ」
「その疑問については、複数の理由でお答えできます」
アヤコは、あくまで悪戯っぽい微笑を絶やさない。
「ひとつは、たとえ初期状態で然して有用なデータを持たない人物でも、チート転生者として『能力引継ぎ』を何度も繰り返せば、いずれは何らかの価値を示す、ということです」
俺は、思わず息を呑んだ。
我が身を振り返ってみれば、たしかにアヤコの指摘は否定し切れない。
人生一周目の俺は、どうしようもない負け組だった。だが、人生二周目以降では、現代日本と異世界の違いはあるにしろ、いずれも一定以上の社会的地位を築くに至っていた。
そうした様々な体験を経て得たものに、「データの蓄積」として有用性を求めるのであれば、たしかに相応の価値は自ずから生ずるのかもしれない。
また仮に、転生者が異世界で習得した能力が、直接的に社会そのものに何らかの効用をもたらすものではなかったとしても、アヤコは一向にかまわないと述べる。
そのデータに、価値があるかないかは、今、自分たちだけの判断で決めることは不可能だからだ、というのだ。
「日本の古い浮世絵や春画も、現代に置き換えたら萌えイラストやエロ漫画と大差なかったかもしれません。ミロのヴィーナスの作者も、古代クレタ島じゃなく、現代日本の秋葉原に生まれていたら、作っていたのは案外アニメの美少女フィギュアだったのかもしれませんよー」
アヤコは、うんうんと、何度もうなずいてみせながら、
「時空を超えて、別の時代、別の環境に生きる人が見れば、現在は否定的な評価しか与えられていないものも、立派に文化的な遺産となり得るのです」
俺は、じっと考え込んだ。
まず、明らかになったのは、アヤコはやはり自分の行為を、まったく不正な犯罪だとは、思っていないということだ。
それどころか、彼女独特の価値観に照らせば、賛美されるべき「善行」だとさえ確信している可能性が強い。
だが――
「……俺には、どうしても、おまえのやっていることが、真っ当だとは思えない」
俺は、きっぱりと言った。
アヤコは、異世界転生という餌で、多くの人を騙した。
アヤコのやってる「保全措置」とやらが、正しいか間違っているかは、まったくの別問題として。
少なくとも、アヤコは売買契約成立前の時点で、彼女の扱う「転生商品」に関する充分な説明責任を果たしていたとは思えない。
いや、もちろん異世界転生契約自体が、そもそも現行法に想定された取引行為ではない、というのも事実ではある。だが、アヤコの態度は、信義誠実の原則にも反し、一種の自殺幇助だとも取れまいか?
俺を含め、サイモンやジュリア夫人、あるいはきっとウイルズこと伝説の勇者カークライトも――
犠牲者は皆、転生前は人生に疲れ、夢も希望も見失っていた。
その弱みにつけ込んで、仔細を知らせないままに、異世界転生させてしまう。
俺には、そういう手口が、どうしても許せないのだ。
たしかに、ウイルズの言っていたように、俺たちチート転生者は、「自殺」という間違いを選んでしまったのかもしれない。
その報いは、甘んじて受けよう。
でも、アヤコが唆さねば、全員が異世界転生を希望しただろうか。自分の人生に諦観を抱き、惨めな想いに囚われていたとしても、現世を生き続けようとしたのではないか。
それを思えば、アヤコの行為は、支持されるに足りない。
この美少女は、やはりとんでもない魔女なのだ。
「そうですか。結局、分かり合えないのですね、私たち」
俺の返事を聞いて、アヤコはまたわざとらしく両手を左右に広げてみせ、
「それで、貴方はどうしますか? 私の活動を止めるために、何か手を打つつもりですか」
「無論、そうするつもりだ」
俺は、即答した。
「あ、お教えするまでもないかもしれませんが」
アヤコは、自分の肩に掛かった、長くつやつやした黒髪を、右手で撫で、そっと梳かしつけながら、
「私を殺す、というような手段では、問題は何も解決しませんよ。私もまた、無限の時間を生きるチート転生者なのですから。また、同じこの世界に生まれ変わって、新しい教団を作るだけです」
「もちろん、わかっているさ」
それも、ちゃんと把握している。
俺が微動だにせず受け答えると、アヤコはいかにも興味深そうな顔つきになった。
へえ……、と感心したようにつぶやき、美少女教祖は不意に大きな瞳を、嗜虐的に細めた。まるで、俺の決意を試すことで、楽しんでいるかに見えた。
「ちなみに、これから半月以内のごく近い未来ですが」
アヤコは、どこかうっとりとした口調で告げた。
「三日後にここを訪れ、一〇日後には他界予定の『石黒』さんについて、自殺するまでの経緯を探るため、たぶん彼のご家族がこの教団事務所にやって来ます」
「……ああ。そういうことは、想像していた」
「私はそこで、貴方の前世のご家族に対して、異世界転生を勧めることもできるのですよ? ――『貴方の息子さんは、別の世界で生きています』って」
アヤコは、自分の問い掛けに対して、俺がどんな言葉を返すのか、心底関心を寄せているらしかった。
彼女の表情は、子供のようにワクワクした様子で、輝いていた。
たぶん無邪気であることほど、残酷なことはない。
「『石黒』さんのご両親は、どんな反応を示すでしょうねー? まあ、きっと普段の冷静な思考であれば、私のような小娘の妄想めいた言葉なんて、まるで相手にされないでしょうけど。でもひょっとして、思いも寄らなかった『自分の子供が生きている可能性』を、誰かに上手にチラつかされたら、どうなるか……」
アヤコは、ほとんど囁くみたいにして、自分の悪魔的な計画を披露した。
きっと、この女の思惑通りになってしまうかもしれないな、と俺は思った。
心の弱っているとき、人間は常識で受け入れられないようなものに、何かの弾みでうっかりすがってしまう。そういう信じられないことがあると思う。
少なくとも、俺はあの日、アヤコから壺を買った。
それがかつての自分の両親にも、絶対ないとどうして言い切れるだろう。
「どうですか、『岡井』さん。これは取引です」
アヤコは、少し身を前へ乗り出した。
「今の貴方は、色々な業界に沢山のコネクションをお持ちでしょう? その人脈を、今後この教団のために生かして頂けないかしら」
ひどく、悪趣味な提案だった。
アヤコは実質的に、俺の転生前に両親だった人物を人質に取っている。
それを材料にして、今まさに俺が宣戦布告した教団を、俺の手で保護しろと要求してきたのだ。
自殺幇助や霊感商法といった嫌疑で、アヤコの教団を追求しようとしている人々が、俺以外にも存在することは、すでにわかっている。
アヤコとすれば、一石二鳥の策略だ。
自分の目的の障害となる人間を取り除き、かつ逆に利用して、それ以外の敵対勢力の動向をも抑止しようというわけだった。
「……わかった。承知しよう」
「あら、随分とあっさり引き受けてくださるのですね」
アヤコは、俺の返答に拍子抜けしたようだった。
致し方ない。「石黒」の両親は、今現在の俺にとっての両親でこそないが、転生前の自分を育ててくれ、苦労や心配をかけた。その恩義は、今も強く感じている。
それに、これは俺が、再び現代日本に「岡井」として転生したときから、薄々予想していた事態でもあった。
アヤコは、たしかに転生前の記憶をたどると、俺のようなチート転生者の手を借りて、この教団を世間から守っていると言っていた。あるいは、俺以外にも同じように、彼女から脅されているチート転生者がいるのかもしれない。
とにかく、俺がこの魔女に、不本意ながら手を貸す展開になるであろうことも、そうしたわけで織り込み済みだ。
ひょっとしたら、あのウイルズも、これに近い事態を漠然と予感していて、俺が元の世界へ戻ることに反対だったのかもしれない。
しかし、むしろ実は、俺が今日ここを訪れた理由のひとつは、アヤコとこの約束を取り付けることだった。
もし、こうした取引を交わしておかねば、アヤコは知らぬ間に、「石黒」の両親をはじめ、あらゆる時間軸の俺と親しい人物を、異世界送りにしてしまうかもしれない。
だから、その上で俺は改めて、目の前の魔女に自分の意思を表明した。
「だが、俺は、おまえの目的を、必ず妨げてみせる」
「――面白いことをおっしゃるのですね、『岡井』さん。私を殺しても無意味だし、貴方は私の教団を訴えることもできない。いえ、それどころか、たった今、庇護せねばならない立場になったはず」
アヤコは、胡乱そうな眼差しをこちらへ向け、
「それで、どうやって私の邪魔をなさるのかしら? まるで矛盾していますよ」
「いいや、決して矛盾しないさ。ちゃんと、そういう方法がある」
俺は、アヤコを食い止める、ただひとつの手段を知っていた。
アヤコや教団を、直接抑圧するような手段ではなく、『石黒』の両親も危険に晒さずに済むやり方。
……それは、俺のようなチート転生者にしか、できない挑戦だ。
「この教団を訪れる、入信希望者をゼロにすることができれば、もう新たなチート転生者は生まれない」
アヤコは、にわかに虚を衝かれた様子で、瞳を瞬かせた。
さすがに、俺の考えは、彼女の想像の斜め上を行っていたようだ。
「さて、そんなことが可能でしょうか?」
「まあ、すぐには無理だろうな」
俺には、アヤコの言葉を否定できなかった。
異世界転生に憧れる人間は、きっと多い。チート能力付きとすれば、尚更だ。
近年のweb小説を含むライトノベル、アニメやゲームといった若年層を主要購買層としたサブカルチャーの類を眺めていても、その需要の高さは窺い知れる。
未来に悲観し、現実に嫌気が差している人間は、お世辞にも少なくない。
転生前にアラフォーだった俺も、そういう消費者の一部に組み込んでいいのかどうかはわからないけど、もうこんな負け組人生真っ平だと思っていた。
いや、若者だけとは限らない。
現代日本には、年間三万人もの自殺者がいるという。とても正常な数字じゃない。
劣悪な労働環境や様々な精神的圧迫、少数派に対する非寛容と差別意識……
数多の人間が苦しんでいる。
しかもそれを、「苦しいのはおまえだけじゃないんだから我慢しろ」と言って、苦しいままの状況に据え置こうとする。耐えられないからといって背を向ければ、それは甘えだと罵られる。
そんなの、誰だって異世界に行きたくなる。
その先に心躍る冒険があって、可愛らしい女の子がいて、爽やかな感動が待っているのなら、そっちを選ぶに決まっているんだ。
……そこに、凶悪な落とし穴があるなんて、夢想だにしていないから。
しかし、俺は一度切りの人生より、無限に終わらない転生の危険を理解した。
安易に騙されて、奇跡でもないのに、異世界へ行ってはいけない。
「――異世界で人生をやり直したいだなんて、誰も考えたりしない世の中にする。何十年、何百年……もしかすると、何千年かかるかもしれないが、いつか必ず」
それが、俺の出した回答だった。
誰も現実に不満を抱かない世界の構築。
そこは、たとえ異世界に興味を抱いたとしても、やっぱり自分の生まれた場所が一番尊いのだと、誰もが知っている社会だ。
何度も繰り返すことなく、たった一度の人生だから努力して、それ相応とまでは言わなくても、その打ち込んだものが、何一つ無駄にならないと思える世の中――
そういうものを作ることこそ、きっとアヤコの野望を打ち砕くのだ。
そして、無限の転生を繰り返す俺なら、そのために尽力し続けられる。
たしかに今、年に三万人居る自殺者を、ゼロにすることは不可能だろう。
いや、厳密に言えば、たとえ裕福で社会的な地位もある暮らしをしている人でも、何らかの切迫した精神状態から、思い余って自ら命を絶つことはあり得る。失恋を原因とする自殺などは、貧困問題とは別物だ。
だから実際は、絶対にゼロになることはない。たぶん。
それでも、きっと今よりいい世の中を実現できれば、自分の生きている日常に絶望して、すべてを投げ出したいだなんて考える人間は、ずっと減る。
俺は、そう信じている。
「……さすがにこれは驚きました、『岡井』さん」
アヤコは、すっかり呆れ顔になって、
「政治家なんてものになろうとすると、誰でもそういう白々しい綺麗事が言語化できるようになるものなのでしょうか?」
「さあな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
俺は、アヤコの言葉を、無下には扱わなかった。
おそらく、「綺麗事」という指摘は、ある程度正しい。
自分でも、自分の考えが、現実という大きな難敵の前には、いかにも頼りない理想論だということはわかっている。
そう、ループ転生の悲劇を食い止めるため、この壮大な「役割を演じるゲーム」の最後に待ち受けているボスキャラは、「現実の世の中」そのものなのだ。
この最後の敵が、いかに強大なのか、少し具体的に考えてみよう。
仮に、貧困層の救済が、経済格差を一定是正し、社会的落伍者の減少に繋がるとする。これを実現するには、低所得者への福祉拡充が重要になるだろう。
ところが、こうした政策は、自然と「大きな政府」を形成しがちである。
これは、自由市場を標榜し、「小さな政府」を支持する人々の反発を招きやすい。
高福祉は、高額課税と表裏一体であるため、経済成長を冷え込ませ、社会全体としては利益に寄与するものではない、という見方もあるのだ。
より多くの人々の利益を、全体としてのより大きな利益と見做し、そのために少数弱者は自己責任として切り捨てるのか。
それとも、全ての人間の尊厳とは、なにものにも否定され得べきものではないのか。
これはきっと、正解のない問い掛けだ。
俺にも、何が本当に正しいのかは、おいそれと判断できない。
あるいは、やっぱり俺は、いかにも元アラフォーフリーターらしいバカなのか。
こんな戦いをアヤコに挑もうとしたのは、俺が初めてなのではなく、単に誰も解決できないと知っていたから、みんな挑もうとしてこなかっただけなのか。
「――なるほど。どうやら、それなりの覚悟はあるみたいですね」
俺の表情を覗き込むように窺いながら、アヤコはつぶやいた。
それから、数秒の間を挟んで、堪え切れなくなったように、喉の奥から押し殺したような笑い声を漏らす。口元に右手の人差し指を寄せて、彼女の面持ちは、いかにも愉快そうなそれに変わった。
「いいでしょう、『岡井』さん。とても面白いと思いますよ」
一頻り可笑しげな素振りを見せたあと、アヤコはそう言って、突然ソファから立ち上がる。
彼女の長く、黒いさらさらした髪が、白い千早と共にふわりと舞って、俺の視界に広がった。顔を上げてみると、アヤコは腕組みし、少し高いところから、整った美貌で俺を真っ直ぐに見下ろしていた。
「貴方と私、どちらが正しいのか。それは、これから先の世の中が証明してくれることでしょう。……答えが出るまで、私もそれに付き合いますよ。どれだけの年月、何度のループ転生を繰り返すかもわかりませんけど」
俺は、黙ったまま、何も答えなかった。
それを、アヤコがどういう印象を持って受け止めたかは、彼女の表情からだけでは、はっきりと読み取れない。
ただ、おもむろにこの魔女は片手で、自分の髪をばさりと跳ね上げ、ここではないどこか遠くを眺めるような目つきになった。
「貴方がその志をあきらめようとしない限り、貴方は私にとっても、有益な『研究対象』になりそうです」
こうして――
かつて、異世界で漆黒を冠した異名で呼ばれていた俺と、
漆黒の長髪を持つ美貌の魔女との、
無限の時間を生きる二人の転生者同士によって、
いつ果てるともない遠大な戦いの幕が、まさに切って落とされたのだった!
<漆黒の転生者!・了>